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弥彦は何歳で死んだのか?

  
「!!」(綱手)

「んー……」(綱手)

「食べ物はさっきやったろ!
何で付いて来る!?」
(綱手)

「オレたちに忍術を教えてくれ…
アンタたち木ノ葉の忍だろ」(弥彦)

雨隠れの難民だった弥彦・小南・長門が後に「三忍」と呼ばれる自来也・綱手・大蛇丸に接触したエピソードで(第41巻/52頁)、綱手が弥彦達を邪険にしていた描写に非常にご執心です(笑)。綱手は実弟・縄樹の死と、恋人・ダンの死と言う大きな「痛み」を経験して「血」に対する恐怖…PTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥っています。縄樹の死においては大蛇丸のGJ(詳しくは「大蛇丸の”優しさ”について考えてみる!」を今一度…)で回避されたんですが、ダンの死を間近(ダンの血を浴びながら治療するも力及ばなかった…)に体験して以来、「血のPTSD」に陥り、隠遁生活(シズネを随伴してギャンブルに明け暮れる諸国漫遊…「伝説のカモ」の異名あり…笑)に入っていた筈です。

「忍術を学ぶ!」(弥彦)

弥彦ら雨隠れの難民との接触は綱手は自来也と大蛇丸と共に木ノ葉の任務に就いていますから、少なくともダンの死以前の描写である事が知れます。最近の描写では弥彦らとの接触が「三忍命名」にまつわる山椒魚の半蔵との一戦の直後、或いは至近であった事が知れています。弥彦達は自来也らが半蔵と対峙する戦域にたまたま居合わせ被害(チビ戦死)を被っています。その時、弥彦は忍術修得の必要性(第446話/「ただ二人を守りたい」)を感じていて、半蔵と互角に渡り合い生き延びた自来也たちに目を付け意図的に接触した可能性があると思います。自来也の隈取りの長さも符合しますので、半蔵の一戦と弥彦らと自来也たちの接触は非常に近接しているのは動かないでしょう。

僕の考察は「潜る」(ダイヴ)が基本で、キャラに憑依(ひょうい)するようにして、そのキャラの心の奥底に潜るようにして、その時起こった出来事を考えるもので、時には鋭い刃物で刺され、ある時は業火に焼かれ、ある時はフカフカのオッパイに埋もれ…ま…いろんな辛い事や苦しい事…そして極稀に役得を味わいながら『NARUTO -ナルト-』と言う壮大な物語を考える荒行をしています(笑)。それが非常にナイーブでセンシティブな状態を作り出すので、そんな時にコメントでアレコレやり取りするのが辛いのでコメント欄を封印している…そんな弊害を抱えながらも、それが一応、気難しい僕の考察スタイルなのであります。そして、それをベースにした考察で極極稀にGJがありますので、こうして皆さんとの関係が継続してる…って事でもあります。

…で、弥彦らに会った時の綱手にダイヴしてみたところ、綱手のつっけんどんで邪険な弥彦らへの反応は、どうしても縄樹が戦死した後とは思えない…と言うか、有り得ないです。縄樹をあそこまで溺愛した綱手が、縄樹の死後、弥彦(ナルトにも似てるし、縄樹にも何処か似てる…しかも元気で生意気…)に綱手があんな風な厳しく素っ気ない対応は出来ない筈です。綱手には明確に母性が在り、それが単に自来也に向かわなかっただけで、縄樹、ダン(そして大蛇丸?)には極めて濃厚に注がれています。その綱手が縄樹に似通った子供であり、悲惨な境遇にある弥彦らを前にあんな態度が取れる状況はただ一つ…それは…縄樹が存命している頃だった…と言う事です。もしあの時、縄樹が既に死んでいたなら、あの場で綱手のあの邪険さは無かった筈です。

綱手は縄樹が心配で早く木ノ葉に帰りたかった…。

母性は優先順位(プライオリティ)が極めて明確に分別され、何をおいても先ず身内(最優先は我が子)に向かうエゴと言い換えても良いくらいの愛です。それは種を保存する生命のメカニズム=本能に起因する必然とも言えます。だから、慈愛とはまったく違います。あの時、綱手が弥彦らを邪険に出来たのは縄樹と言う発露があったからであって、もしそれが失われていたなら、大蛇丸が懸念した「その場限りの慰め」であろうと、綱手の母性は弥彦らに向かった筈です。僕の屈折した境遇は長門にも降りていて、この接触でその綱手の非常に濃厚な母性への接触は長門に大いなる期待を抱かせたのではないかと…疑念を抱かせるほどです(笑)。つまり、自来也たちと弥彦らの接触は縄樹の死以前に特定出来ます。

「お前は亡がらを見ない方がいい……」(自来也)

「別にいいなじゃない…
どうせ見た所で弟だと判別できや
しないんだから」
(大蛇丸)

具体的には…縄樹の戦死(第18巻/136頁)が縄樹12歳ですから、綱手=三忍が23歳の頃だと思います。つまり弥彦らと自来也が遭遇したのは三忍が23歳以前。これは乾パンを弥彦らに分け与えた自来也の外見…特に隈取りの長さと上手く符合していて…その意味では縄樹の死の描写での自来也はもう少し長いのでかなり後とも思え、一応上手く説明出来ます。丁度、縄樹戦死の頃、オビトが生まれ、その後、カカシが生まれ…奇しくも綱手の最愛の男性・ダンの姪であるシズネもこの頃生まれています。ダンを失い「血のPTSD」に陥った綱手がシズネを弟子受けし、ギャンブルに溺れることで気を紛らわして放浪する…その綱手の自暴自棄な喪失感の反動形成は個人的に良く判ります。綱手も大きな「痛み」に流された一人だったんですよね…。

弥彦は何歳で死んだのか?




「この戦い…おそらく木ノ葉隠れの勝利だ
お前たちはいかしておいてやろう」(半蔵)

「情けは要らねー!
まだまだ戦える!!」
(自来也)

「よせ!自来也!!」(綱手)

「お前たち三人は強い……
そしてここでさえも生き残った…
この半蔵…これよりお前たちを
”木ノ葉の三忍”と呼び称えよう
命の代償にそれぞれ名を名乗れ」(半蔵)

自来也は雨隠れの内紛の終結…半蔵の死を驚きを持って受け入れ、半蔵に対するリスペクトともとれる回想をしています(第40巻/183-184頁)。一番、近々のエピソードで、恐らくこの行が半蔵のブラフ(はったり)であり、半蔵ってホントは「どカスのど小物」だった…と言うのはおいていて…(笑)、「三忍」とは無双の強さを持ち忍界にその名を轟かせる半蔵に命を救われた…ある意味、「蔑称」であった訳で、それを臥薪嘗胆(がしんしょうたん)した自来也・綱手・大蛇丸が自ら創設した揺るぎない力量を獲得した行ないに対する二次的な賞賛を意味する称号であったのだと思います。なので「三忍」は自来也たちが広めた筈も無く、寧ろ半蔵が自分の売名の為に積極的に吹聴したものであって、自来也達の成長の期間が必要ですから、その普及には時間を要した筈です。

「三忍命名」の一件は、半蔵に命を救われた…情けをかけられた自来也たちが自ら「三忍」を誇る道理は無く、寧ろ、最近分かった(第447話/「信じる」)半蔵の「どカスでど小物」な本質が、自分の武勇を吹聴し、そもそもでこれから忍界でブイブイと存在感を発揮して行くであろう自来也・綱手・大蛇丸と言う新進気鋭を見逃してやった…と言う大物っぷりを広める為のプロパガンダに近く、「嫌らしい売名行為」と言えるものであったのだと思います。それとは別に自来也たちはあの時の悔しさをバネに精進した結果、忍界で大きな存在感を示す「三忍」を称号として昇華させた…全く別のラインが恰も同じ地平にあったような錯覚があるだけで、ま…それもこれもどカスの半蔵のせいで…(笑)。ちなみに、「三忍命名」の時期に関する手掛かりはダンの死で描かれています。


「……綱手……
……オレはま…まだ……
死にたくない……や………
やらなきゃ…ならないことが
山ほど……あるんだ」(ダン)

「しゃべるなダン!」<ジュウウウ>(綱手)

(腎臓自体が吹っ飛んじまってる…駄目だ…
たとえ三忍と呼ばれる綱手の医療忍術を駆使しても
臓器自体を蘇らせることは出来ない…)(木ノ葉)

きっと綱手とダンが同じ任務に就いていた時の事件だと思います(第18巻/142頁)。ダンが負傷し、綱手が医療忍術で治治療しようとするんですが、あまりにも傷が深過ぎて(内臓が吹っ飛んでしまうような…)どうにもならなかった…。これが綱手の「血のPTSD」の契機なんですが、後にそれを克服した綱手が陰・封印解で繰り出す「創造再生」が臓器をも創造する忍術だった…と言うのが”ダンに対する綱手の心残り”だったかと思うと胸が詰まりました、似た様なお話で、大蛇丸が「不死転生」を考案したのも両親の死を起点にしたものだったかと思うと、忍術が殺し、忍術がそれを復帰させるイタチごっこみたいな…忍術なんかがあるから「命」が軽薄になってしまうんじゃないか…と思えて来ます。

身近な者の死を知って
何も感じなのは殺戮者だけだ」(自来也)

「………」(綱手)
「お前は違うだろ?」(自来也)

「お前ほど里の者たちの身を
案じてる奴はいなかった…

あの時だって………」(自来也)

「そのくらいで
説教は止めろ!」(綱手)

…ちょっと余談ですが(第18巻/122頁)、綱手の放浪って何時からだろう…と考えてたんですが、綱手捜索編で自来也と綱手が飲み屋で差し向かいで、自来也が意味不明な事を言ってまして、もしかしたら「あの時だって………」と自来也が言うほどの事件って、「九尾事件」かしらと思うと、綱手が「カツユの術」(カツユを口寄せして、木ノ葉隠れ全土を網羅する医療ネットワークを構築する忍術。カツユが人員を包み込み敵の攻撃を防護する防御系忍術でもある)…つまり、陰・封印解で額に溜め込んだ膨大なチャクラを解放し木ノ葉を九尾の被害から救う一助を為したんではないかしら。

…シズネのアカデミー卒業年次が9歳から4年後の神無毘橋の戦い。その2年後の九尾事件。第三次忍界大戦が終結し、落ち着いたかと思った頃の「九尾事件」。そのドサクサで綱手が逃げちゃったのかな…なんて考えたりします。「血のPTSD」を克服は出来たいなかった筈だから、負傷者を直接の治療できなかっただろうけど、「カツユの術」を発動して仔カツユ達が<ズズズズ…>とやったのを、自来也は綱手に思い出させよう…それが「説教」だと綱手が言ったのかな…なんてね(笑)。綱手の「九尾事件」での実績があったから、ダンゾウが地下に潜る時に「全滅はない」と断言出来たのかな…とも思います。(閑話休題)

で…この時、一緒にいた木ノ葉の忍(一時、イビキさんかと思ったんだけど、よく見たら違った…老眼かしら…そう言えば新聞読む時、ちょっと遠ざけてる?…笑)が、綱手を「三忍」と読んでいるので、半蔵との一戦はどんなに遅くてもダンの戦死の時期…つまり綱手らが27歳以前だった…と特定出来る訳です。弥彦達と遭遇したのが縄樹が死んだ以前で、しかも自来也たちが半蔵に互角の戦いを繰り広げられる時期に、雨隠れでの難民だった頃の弥彦らとの遭遇のタイミングはかなり絞り込まれます。自来也を取り巻く時系列の考察にはミナトも関係していて、それによって弥彦らの時系列はもっと整然として来ます。


「…波風ミナト
確かに似てるな…」(綱手)

「いやミナトは十年に一度の逸材
あれほどの天才はそう生まれてこん
優しい男だったが根性は筋金入り
瞬く間に四代目になった」(自来也)

「親になったことがないから良く分からんが…
あいつがワシの子だったら
さぞかし鼻が高かっただろーの」(自来也)

ナル×ジャン的考察法で自来也にダイヴしてみたところ(第40巻/146-147頁)、自来也がミナトを失った喪失感は、カカシをもってしても、ましてやナルトをもってしても埋まらないくらい深いものだったと思われます。そして、この時、自来也が見せた濃厚な父性はミナトに対する「一点買い」をも感じさせます。加えて、自来也が粛々と「予言」の付託に応える様や、弟子への思い入れ(…消し去る時の悲しみ)などを考え合わせると、同時に並行して弟子を持つ事は自来也は許容しなかった…と思います。と言うのは自来也の弟子は「予言の子」であり、「間違った成長」を遂げた弟子は殺す事が妙木山の「予言」には内包されていたからです。それが両肩にフカサクとシマを降ろした「仙人モード」の真実(監視)でしょう。

またまた余談ですが…「仙人モード」における「融合」(両性の術)は、はっきり言って過ぎたるお節介であると思います。そもそも「正しくなけりゃ殺さにゃいけん」(フカサク)と言うのが妙木山の自分ルールであって、一体、どんな権限があってそんなあんのサ!!と腹立たしくもあり、ナルトに融合しようとしたフカサクを九尾が拒否った時には、拳を握り締めて喜んだものでした(笑)。自来也の「仙人モード」の完成形こそ、親の過ぎたるお節介そのもので、それが自来也の双肩に乗っかってたのは何をか言わんやの過保護っぷりをアピールしているようでおかしいです(笑)。同じ理由でミナトも仙術をマスターしてた可能性はあったけど「融合」は拒絶したフシがあり「ミナトは何故、"黄色い閃光"だったのか?」にまとめてあります。

また、フカサクの「融合」を拒んだ描写では猛り狂う九尾のイメージ(チャクラ)がフカサクを弾き飛ばし、畏れを感じさせていましたが、ナルトはそれに全く無反応で何が起こっているか分からないようでした。つまり、ナルトの意識の及ばない領域での拒否だったと言う事です。ナルトの中に在ってナルトの意識の及ばないところって、八卦の封印式の内側しかないじゃないですか(笑)。多分アレは、フカサクの理不尽な介入に業を煮やしたクシナが八卦の封印式の蛇口をほんの少し開いて、フカサクを追い出したんだと思います。ナルトの面倒は心配してくれなくてもちゃんと見てますから…と言いたげに(笑)。その意味で、八卦の封印式が機能していれば九尾は既にナルトの相棒なのかな…と思えます。同時に、その手厚い配慮にはミナトとクシナがその一命を賭して施した大きな愛を感じました。

「少しの間だが…
お前(長門)だと信じていた…」(自来也)

「さよならだ…」(自来也)

ペイン三体(畜生道・人間道・餓鬼道)を幻術に嵌め石剣で貫く時の自来也の辛そうな唇…(第41巻/179頁)。自来也が輪廻眼に六道仙人の布教した忍教の理念…「安寧秩序」を託された…と思われる長門を「正しき予言の子」と信じたからこそ忍術を三年間も教えた訳で、長門を弟子受けしている期間に並行して他の弟子を取ったり、長門が存命中、或いは消去前に自来也が他の弟子を取るのは、自来也の性格やポリシーを鑑みれば有り得ないと、僕は思います。恋愛じゃないけど…二股かける様な不義理を自来也がしない事は、綱手へのストーカー的な50年(半世紀ですよ!!半世紀)にも及ぶ勢いの粘着に現れてると思うんです。長門を修行後、放免したのは木ノ葉の内部情勢の不穏さが大きく、それでも自来也は三人を遠くから見守っていた筈です。

「あれから数年
お前たちの名をちらほら
聞くようになった
いくつかの紛争で名を売ったが
その後死んだと聞いた…」(自来也)

「先生はあれからの
私たちを知らない」
(小南)

自来也が免許皆伝を与え雨隠れを去ってから数年(第41巻/75頁)、長門の戦死を知った。自来也の事だから自分の目で確かめに行っただろうし、状況から考えれば「どカスでど小物」の半蔵が弥彦を死に追いやり、長門の両脚を奪った「半蔵事件」だったんじゃないかと思います。この一件で長門は「外道魔像」との契約で堕天を余儀なくされ、弥彦の遺した組織と共に闇に消えた…それが”暁”の母体になった…。多分、このタイミングで長門はトビ(或いは黒幕)と出会い、現在の形(システムペイン)を構築した筈です。ま…何れにしても跡形も無く痕跡を消した。それが自来也に長門の死を認定させた…と。そして、綱手一人を愛し続ける自来也の律儀さから、自来也がミナトを弟子受けしたのは、長門を失った…長門の「死」を自来也が認識した以降だったと、僕は考えます。

…と言うのは、自来也の弟子=「予言の子」だから、弟子受けするからには殺す覚悟が最初に無くてはならん訳です。自来也みたいに優しくて暖かい人が、手塩にかけた可愛い弟子を殺めないといけない…その心の「痛み」を考えると、次から次へと弟子受けするのではなく、弟子の成長を見守りながらの取捨選択があったのだと、僕は考えるからです。自来也が長門を「信じていてた」のであれば、長門が「正しき予言の子」であると信じていたと言う事であり、その長門がいるのに殺さねばならない可能性の在る弟子を受ける事を自来也は望まない…望む筈なんかないってばよ!!と、ナル×ジャン的には考えざるを得ないと言う事です。ぶっちゃけ…こんなに萌えちゃう…可愛い仔ミナトを自来也が弟子にしたのは長門が死んでから…だと、僕は考えちゃう訳だ…。



仔ミナトに萌えて何がいけないのサ!!

「飛雷神・仔ミナト~木ノ葉の黄色い閃光」
illustration:Cerberus


「この木ノ葉の里には
毎年多くの忍が生まれ育ち…
生き…戦い……
里を守る為に死んでいく…」
(三代目)

「そんな里の者達は
たとえ血の繋がりがなくとも…
ワシにとっては大切な…大切な…」(三代目)

「家族じゃ!」(三代目)

木ノ葉崩しでの三代目の走馬灯に可愛い「仔ミナト」が登場しています(第14巻/94-95頁)。走馬灯の流れとしてはヒルゼンが後に「三忍」と呼ばれるようになる自来也・綱手・大蛇丸を弟子受けし、三代目火影に就任。その後、一人前になった自来也がミナト(と他に二人の弟子)を弟子受けした…その後、大蛇丸のアンコの弟子受け…と続いて行くんですが、ミナトの横で屈んで枠に収まろうとする自来也の隈取りはかなり長い。弥彦らと会った時<縄樹が死んだ時<三代目の走馬灯で、自来也の時系列と自来也の隈取りが関係しているのであれば、かなりこっち寄り(九尾事件)の回想と言えそうです。そして、この時のミナト…描きながら萌え死にそうでした…。この待画(240×340px/72dpi/jpeg)…ミナトの頬を紅潮させたのは個人的な僕の趣味です(笑)。

ああ…そうさ!!ペドフェリア(幼児性愛者→ペドベロス?)さッ!!、ショタコン(腐的少年愛?)さぁッ!!(笑)←ノ、ノリなので…ご理解を(笑)。正直、萌えました…けど。自分のケータイに飛ばして、待ち受けを見て…何度…何度…<ニタッ>っとした事でしょうか(笑)。ま…その筋の人(←やっぱそうなんですね。分かります)として言わせて貰えるなら10歳程度。もっと幼くてもおかしくない外見であると…その筋の専門家として断言させて下さい(笑)…となると、自来也が長門らを弟子受けし、三年間面倒を見て「あれから数年」して戦死した=「半蔵事件」であるとすれば、かなり窮屈な時系列になる…困りました(笑)。でも、自来也の人間性を考えれば『二股は無い』と信じたいので…。この場合は、弥彦らの自来也との接触した年齢をやや下目に考えて回避する方法しか無いと思います。

或いは…自来也たちが半蔵と殺り合った「三忍命名」の一戦を自来也たちが18歳程度だった…とすると、もう少し整合性が保てるかなーと思います。これは自来也たちの外見年齢からしてギリギリの譲歩であり、半蔵にブラフかまされて、コロッと騙され、退き下がる素直さ的には18歳程度がしっくり来ますし、となれば、綱手が幼い実弟の縄樹(綱手が18歳ならば縄樹は7歳)を心配して、縄樹との天秤は当然、縄樹にガツンと傾きますから、弥彦らを邪険にしたのももっと受け入れ易いです。新進気鋭の忍に対して半蔵が「賞賛」と言うあめ玉と「ブラフ」(はったり)と言うムチで丸め込む手法は「半蔵事件」の長門に対する言葉でも見え隠れしていて、「三忍命名」の一戦と非常に近似しいると、僕は考えています。

まあ、18歳程度で自来也が長門たちを弟子受けした…となればミナトの享年は23歳程度。「半蔵事件」は長門たちが16歳程度の時系列になる筈で一番しっくり来るかも…ッて事は自来也たちは18歳で半蔵と互角の力量があった…半蔵がブラフで逃げたなら既に凌駕していた事になり、その自来也たちに「三忍」と命名する事で自分のネームバリューを上げた狡猾さは半蔵の行いに一貫してて、実は「どカスでど小物」であった山椒魚の半蔵が「はったり」だけで世の中渡ってた事が分かった今は腹立たしさだけがフツフツと湧いて来て、ペイン六道(システムペイン)が半蔵をフルボッコにして全てを無に帰した一件には同情を禁じ得ません(笑)。

当初、7歳程度で弟子入りと考えていましたが、それを6歳として、三年間の修行で9歳。そこから数年で14歳程度で「半蔵(どカスでど小物)事件」があった…そこで自来也が長門の戦死を知ったとすれば、ギリギリ10歳程度でミナトを弟子受けし、ミナトは18~19歳程度で神無毘橋の戦いを経験し、そのまま一気に19~20歳程度で四代目火影に就任。その直後、「九尾事件」が勃発し、20~21歳程度で逝ってしまった…(「波風ミナトは何歳で逝ったのか?」参照)となると言うのがナル×ジャン的な見解であります。弥彦や長門の外見からも「半蔵事件」での年齢は14歳が下限であり、ちょっとキチキチだけど、人間考察…心の襞を考えるナル×ジャンの見解だとこうなってしまいます。

しかし、しかし…ですよ。「半蔵事件」でも長門らが14歳程度(譲歩して16歳)だったとするならば、そんな若者をですよ…いい歳ブッコイタ忍者の頭領の…よりにもよって山椒魚の半蔵なんて自来也がリスペクトするような有名人が、手下を大量に集め、おまけに木ノ葉の暗部まで増援まで呼んで、その上、女子の小南を縄で縛って(縛るのはいろんな意味があって、時に「愛」も存在するんだけど、この場合は違ったみたい…)人質に取って、弥彦を騙した後に、駆け寄った長門には起爆札のトラップを仕掛けてあったなんて…こんな酷い事、どんな脳味噌があったら出来るんでしょうか(笑)。ああ…今考えても腹が立つ!!こんな事ができる大人がいるから悲しみが連鎖してしまうんだ…。きっと…この闇に”真の敵”は潜んでいる…。

「性別は男
年齢は見るかぎり25~30
特徴は鼻に六つ耳に七つのピアスをしています
能力は引力と斥力のような術を使用!」(チョウジ)

…となると、死んだ筈の弥彦の外見年齢の説明が…となるので時系列考察は大変(あまり好きではない…)なんですが…(汗)、例えば…長門の老け具合は「外道魔像」との契約による寿命(生命)の供出で説明できますし、実際死んではいないですから、現状だと40歳程度なのかな…長門は何とでも説明がつきますけど、問題は弥彦ですよね。天道の弥彦が「25~30歳」と言うのは、長門がシステムペインで常にチャクラを供給し続け、それが肉体を活性し、細胞を成長させた…腐らせない為に維持管理した結果…と考えればある程度、納得出来ると思います。普通の経時による成長ではなくもう少し緩やかに変化したと考えれば、天道の現在の外見も一応おかしくはないと思います。

僕は本体の長門が姿を現した時から多脚戦車風の乗り物に乗った…長門が見窄らしく痩せ痩けた無様な格好をしているのに、天道が颯爽と凛々しく美しいのが僕には引っかかっていたんだけど、あれは長門が弥彦を大事にしてた結果だったんじゃないかと思います。長門は弥彦が死んでからも、小南と弥彦の…ただ二人を守りたい…と言う願いを貫き通したんだと思います。だから、自分の事など顧みる余裕など無かった訳です。…それと、小南。小南の年齢ですよね。これまで綱手の忍術なんかもありますが、リアルの世の中でも化粧なのか変装なのかで(笑)……ま…苦節ウン年…可愛い悪魔に翻弄される人生を送って参りましたが…女子の年齢だけは未だに良く理解ができかねておりまs(ry




    

「窓越し」(まっカカ…其の九) | BLOG TOP | 第447話「信じる」

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