スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イタチは「うちは虐殺」の真犯人なのか?

 
ところで、うちは一族は何人いたんでしょうか?描写に登場したうちは一族って、シスイ(は死んじゃったけど…)と、怒鳴り込んで来た3人組と煎餅屋のおじちゃんとばちゃん。それに、サスケ一家。これだけしか描写にはない(汗)。家族構成を4人とすると、煎餅屋を除いて考えて16人(4×4)+4(サスケ一家)で20人。ゴキブリだったら、この何倍ってなるんだけど…(笑)。最低でもこれ以上は居る筈。

「今や、うちは一族も小さくなってしまったけど」

イタチはサスケに言っています。かつてはうちは一族ももっと人口が多かったみたいです(25巻/57頁)。多分、「九尾事件」によって多くのうちは一族が失われたのでしょう。この「おんぶ」から役8年前の大事件に、警務部隊のうちは一族が率先して繰り出したのは想像に難く在りません。その時、戦死者が多数出たとしても、亡くなったのは戦闘要員のみで、その家族は残された筈です。非戦闘要員ではありますが、遺族としてうちは一族の人口を形成する大きな要素であると考えられます。

「今でもほぼ全員がここの第一分隊に所属し里の治安維持に貢献している」

「班(=4人)→分隊(小隊)(=4個班)→中隊(=4個分隊)→大隊(=4個中隊)」じゃないかと想像しています。自衛隊なんかはこんな風に編成してるみたいですし。1個班が4人(4マンセル)だから、1個分隊は総勢16名。これに家族がそれぞれ居るとすれば、最大64人(16×3+16)。煎餅屋のおばちゃんみたいな非戦闘員も含めればもっと多くなるでしょう。それに、煎餅屋さんがあるくらいですから、もっと生活に密着したサービスを提供する職種もあったでしょう。それに、九尾事件の戦死者の遺族まで含めるとうちは一族の総勢は100人前後の人口は、最低でもあったんではないでしょうか?

うちは虐殺はサスケの証言(回想)によるとイタチの単独犯という事になっています。つまり、イタチが一人で、うちは一族の老弱男女の全てを殺したのです。殺した…と言うのだから、殺したのでしょうが、如何に万華鏡写輪眼の開眼者で、超天才のイタチの能力を持ってしても、非戦闘要員を含めた全員をイタチ独りで全員殺す事なんて可能なんでしょうか?逃げた人はいなかったんでしょうか?他に暗部や通常の任務でその場に居なかった忍はいなかったんでしょうか?何処かに遊びに行ってた人はいなかったんでしょうか?この騒ぎに気付いた木の葉の忍は居なかったのでしょうか?

警務部隊の中には写輪眼開眼者で強い忍も居たでしょうし、煎餅屋のおばちゃんみたいに戦闘とは全く関係ない一般人も居る事を考慮して、一人を殺すのに30秒掛かるとして100人居たら50分が必要です。ざっと、小一時間です。きっと隠れた人や逃げ出した人を追い掛けたりと、実際にはこれより余計に時間が掛かると考えた方が良いと思います。

描写的には集会場で行われる「集会」をうちは一族は重視しています。うちは虐殺の犯行時期をこの集会に合わせたと考えるのが妥当ですが、非参加者(非戦闘員)はどうでしょうか?サスケの母も集会に参加していたようではないし、煎餅屋のおばちゃんも参加はしていなかったでしょう。一族が集落を成し、ある程度、集まって生活していたとしても、それを一人で一網打尽に全員を殺してしまえるものでしょうか?フガクやミコトは自宅で絶命していますし、集会を狙った…と言うのもやや外れてるかも知れないけど。

イタチは、現在、登場している忍者の中では恐らく最強であるとは思いますが、それにしても、10〜20人もの写輪眼を相手に闘って、それを皆殺しにできるでしょうか?しかも、建物なのどの損傷がほとんどない。特にフガクとミコトが殺害された、サスケ宅の広間は大きな窓があるんですが、そのガラスが割れていない。辺りに血痕が散乱するものの、室内の乱れもない(ようです)。町中(うちはの集落)でクナイを突き立てられて倒れる人はいますが、火の手も上がっていなし、第一、誰も悲鳴とか発しなかったんでしょうか?木の葉の里の忍者の誰一人として気付かないような、うちは虐殺は、そんなにしめやかな事件だったんでしょうか?うちは虐殺の中で、うちは一族の反撃の気配が感じられないのです。虐殺への反抗に、誰も火遁・豪火球の術を使わなかったようです(笑)。

イタチはこの時点で万華鏡写輪眼を開眼していますが、サスケに月読を一発食らわせ、別れ際に万華鏡でサスケを眠らせています。その前にうちは虐殺を行ったとして、その時に万華鏡写輪眼は使わなかったのでしょうか?少なくともサスケに会った時に「はぁはぁ」とはなってなかった(笑)。虐殺をイタチが行ったとして、万華鏡写輪眼を多用したようではない筈です。だとしたら、うちはの写輪眼使いは、ほとんどがイタチの通常の写輪眼を相手の尽く破れ去ったと言う事なのでしょうか?辺りにそれ程の被害も及ぼさず、事も無げに殺られていったんでしょうか?

しかも、このうちはの集落が忍里である木の葉の里の中にあったにも関わらず、外部から察知されていないと言う点に注目すると、木の葉がこの虐殺を黙認した(知っていた)か、或いは木の葉が参加して虐殺を行ったか?(うちは虐殺に木の葉やタンゾウが絡んでるとするともっと複雑になるので、省きます…笑)と言う線がない限りは、察知されるより早く完了しなくては成立しません。イタチ単独犯で木の葉の関与がない…と言う前提で、うちは虐殺は極めて短時間に、しかも静粛に完了しなければならないことになります。

例えば10分とか15分の短時間です。100人居たとしたら、一人を殺める時間は6秒~9秒です(笑)。椀子そばの速食い見たいです(笑)。これが5分とかだと一人当たり3秒です(汗)。ここまで来ると、鶏のヒナの雄雌の判別師みたいです(笑)。でも、あんまり時間を要するようだと、とてもじゃないけど誰かに気付かれる。第一ここは普通の人の町じゃない、忍の里なんですから…。それをイタチが単独で実行したと考えるのは、どう考えてもあり得ない!不可能過ぎる!

一方、うちは虐殺時のイタチはどんな風だったんでしょうか?

先ず、額当てをしている。しかも、木の葉マークに傷がない。過去の回想などの描写を観察すると、額当てに傷があったり、なかったりする事から、イタチは額当てを使い分けていた事が想像されます。うちは虐殺時は、傷がない。これは、ここに至まで、イタチが木の葉の忍として行動していた事を意味していると考えて良い描写であると、僕は考えます。つまり、何らかの任務の後、この場に来た…と言う考えです。

普段のイタチの任務時の服装や装備の描写は一切なかったんですが、うちは虐殺ではボディアーマーのような、ベストを着用しています。多分、暗部の専用アイテムでしょう。それほど汚れてないし、疲れているようにも見えない。今正に、100人もの同族を一人で殺しまくったような感じがイタチからは感じられないです。どうしても…。

<ズズズズズズッ……>今回も呪印全開で状態2です(汗)。描写がないので大妄想です(汗)。







うちは虐殺の「真犯人」はサソリだッ!!!


現在、描写がある忍の中で、しかも、事件当時、極々短時間にうちは虐殺を実行可能なのはサソリだけだと、僕は考えています。最強のイタチをもってしても、うちは虐殺は不可能であったと思うんです。しかし、サソリであれば、うちは一族の中に自分の「部下」(術を埋込んだ状態)を潜り込ませることができます。潜り込ませると言うか、うちは一族の忍の何名かを術に嵌め、操れた筈です。極端に考えると、一族の半数を「部下」にできるなら、一瞬でうちは虐殺はなった筈です。或いは家族の中に一人でも「部下」が居れば非戦闘員の抹殺も漏れなくできた事でしょう。そして、先ずはその「部下」を使って一族を殺し、任務が終了した時点で、その「部下」同士を殺させる(この役目をイタチが受け持った可能性もある)。そう言う酷い命令を実行させたんじゃないっでしょうか?サソリは完璧な「悪」ですから、非情な行動が可能なのです。

サソリの術は時限式に発動できるので、うちはの集会や、一族が集うようなイベントの時に合わせて術を発動させれば良い訳です。しかも、同時多発的な事件の勃発であれば、虚を突かれるわけだし、その分、写輪眼同士でも優位に立てるでしょう。どう考えても不可能な「うちは虐殺」も同士討ちの殺し合いなら可能ではないでしょうか?大規模な火災や破壊がなく、木の葉の中でも極めて隠密裏に事件が遂行できる能力を有するのはサソリだけです。

もう、一つの可能性は「飛雷神の術」なんですが、術の継承の描写もないし、四代目は死んだ事になっている(笑)。うちは虐殺の描写を隈無く読み替えして、どこにも飛雷神の術式がないことも確認済みです(笑)。勿論、術式を仕込んだ特別製のクナイも(笑)。なので、この線はないと…。

「サスケ…来てはならん!」

多分、フガクの声だったと思います(25巻/138頁)。「父さん!母さん!」と、サスケが蛮勇を奮い起こして広間に突入した時、フガクがミコトに折り重なるように倒れていました。そして、そこにはイタチの姿があった。誰もがイタチが二人を殺した!と考えてしまうシチュエーションです(笑)。明らかに、イタチは「黒」…真っ黒ですね(笑)。

更に<ズズズズズッ…>で呪印全開で!(ああ、何度も妄想が湧いて来る…笑)





ミコトがフガクを、サスケを殺そうとしたッ!!


もしかしたら、ミコトがサソリの術にハマっていた…と考えるとしっくり来ます(笑)。ミコトがフガクを殺そうとしたんじゃないでしょうか?しかもミコトは、サスケも殺めようとしたかも知れない。サスケを制したのはフガクの台詞だったでしょうから、フガクはミコトを阻止しようとして、相打ちになったのかも。イタチはそれを傍観していた。か、駆け付けた直後だった…と。

では、イタチは何故、この場に居合わせたんでしょうか?この時、既にイタチは「暁」と関係がありました。この場に居合わせた装束からすると暗部として行動していたようです。或いは、事件の特性上、「暁」を秘匿した偽装の可能性もあるけど。決定的な描写がないので…。しかし、サソリが真犯人として、イタチもうちは虐殺を容認した上での結果であるし、二人の共同作業であったか可能性もあります。イタチ、スイーパー説です(笑)。それか、サスケを守ろうとしたんじゃないか?と二重三重に疑ってます。

懲りずに<ズズズズズッ…>で呪印全開で!(ああ、精神が喰われて行く…笑)





イタチはサスケを生かす取引を「暁」と取り交わしていた!


イタチはサソリに、サスケを証人に仕立て上げる事で、うちは虐殺をイタチの単独犯としてカモフラージュする提案をしたんじゃないでしょうか?サスケ「生証人」にすることで、この凶悪犯罪から「暁」の名は消える筈だ!と。何ぼ何でも、こんな事、「暁」がしでかしたのなら木の葉も動かざるを得ないし、イタチの単独犯であれば、一族の内紛と片付けられると「暁」に持ちかけたのかも知れません。

現在の展開で、「暁」のリーダーのペインの上位の意志(黒幕)の存在が明らかになり、万華鏡写輪眼の重要性が取沙汰されています。サスケはイタチの考えと関係なく生かされたのかも知れないし、写輪眼の宿命として生き残った。イタチは利用されてるだけかも知れないし、ここは何とも言えません。黒幕がまだ誰か?解らないので…。でも、トビが怪しいんです。「良い感じだ…」とデイダラVSサスケの一部始終を「黒幕」が知り得た…つまり、闘った二人以外にサスケの写輪眼を見ているのはトビだけだから。トビが黒幕に伝えたか?もしかしたらトビが黒幕かもしれない!そんな疑念がムクムクと湧き上がっている状況です。

「今の…貴様など…殺す価値も無い」

イタチは何故、こんな言葉をワザワザ吐いたんでしょうか?殺す価値が他のうちは一族にはあって、アカデミーの学生とは言え、優秀(主席)なサスケがそれから漏れるのも変じゃないですか?イタチはサスケを殺さないで済む口実をこしらえた…としか思えない。

「…愚かなる弟よ…」「このオレを殺したくば 恨め! 憎め!」

イタチの言葉は重ね重ね引っ掛かります(25巻/151頁)。何故、自分の殺し方をサスケに教えるのでしょうか?まるで、サスケに殺される事を願っているかのように思えて来ます。これは、依頼じゃないんでしょうか?サスケに対する。恨む事で何か強い力が生まれる暗示があるのかも知れません。「禍々しいチャクラ」の描写はこれまでも度々、描写されています。第2部のナルトの内なる九尾とサスケが対峙した時も九尾がサスケのチャクラの質を指摘していましたし、第1部終了時のカブトもサスケのチャクラ性質の変化に気付いてました。

チャクラの性質変化と形態変化の概念が忍術の強さを、ある程度限定しています。それ以降の差別化を、この「質」に委ねている気がします。それに、写輪眼の本当の意味。負の方向性。禍々しさ。サスケを激しくダークサイドに引っ張る引力のようです。イタチはサスケに、「自分(イタチ)を超える強さ」を求めてるんじゃないでしょうか?でないと、それこそ生きていけない。そこには写輪眼の「宿命」があるのだと、強烈に伝えたかったんではないでしょうか?

「そして みにくく生きのびるがいい………逃げて…逃げて… 生にしがみつくがいい」

虐殺当時から、何だか薄らと感じていたんですが、イタチはサスケに「生きる目的」を与えているんではないでしょうか?「殺す価値がない」とまで言っておいて、今度は「生きろ!」です。一族全員が死んでしまった。大好きだった母も父も死んだ。まだ8歳程度の子供のサスケを、このまま独りぼっちで放置してしまうと、この先、生きる事を望まないかも知れない。サスケが自ら「死」を選択する事をイタチは恐れたんです。だから、何かの目的を付与する事で無理矢理にでも「生きる」選択をさせる必要を、イタチは感じていたんじゃないでしょうか?イタチは自分自身を殺すべき仇役に仕立てて、心のそこからサスケに恨ませる事で、サスケに生きる「目的」を持たせたんじゃないでしょうか?

「兄さん…

アンタを
殺すためなら
この先が
どんな闇だろうと
オレは突き進んでやる!


どんな事が
あっても
力を手に
入れてやる!!」

亡き父の前で豪火球の術を成功させ、「さすが、オレの子だ」と褒められた桟橋(25巻/162頁)。そこで、サスケは深い水底に沈みながらイタチへの憎しみを噛みしめます。サスケはイタチを殺す為に生きる事を決意したのです。どんなに孤独でも、悲しくても死なない!と決めたのです。そう言う気持ちにさせたのはイタチです。つまり、サスケを生かしたのはイタチなのです。

描写的に秘匿されているので、憶測の域を出ませんが、うちは虐殺は回避不能の「運命」みたいなモノだったんだと思います。それが「写輪眼の本当の意味」によるのか?それとも「暁」の黒幕の意志によるものなのか?は先送りしても、うちは虐殺ではイタチは、サスケだけは生かしたいと考えたんだと思っています。その為に、ワザと恨まれるような事を言い、サスケを復讐者として、「生」に執着させた。

「そうか…そういう事か…」

南賀ノ神社本堂…その右奥から七枚目の畳の下に一族秘密の集会場がある(25巻/157頁)。サスケは、ここで「写輪眼の本当の意味」に触れています。8歳の子供が理解できる。その碑文は非情に簡単な内容だったんではないでしょうか?もしかしたら、非情に「下らない」内容だったのかも知れない。普通の大人は信じないような現実味のない内容だったのかも知れません。サスケの「目」が黒く塗りつぶされる”例”の描写ですから、サスケの心の内は見えませんが…。きっと、イタチの行動の不可思議さは、この碑文の文言によるものと、僕は考えています。

凄く余談なんですが、「うちは虐殺=うちは集団自殺」ってのもあるかな?って考えてたんですが、このサスケの「何だ…」で、その後のイタチへの恨みっぷりを見て、ナシ!となりました(笑)。

「そのお陰で この”眼”を手に入れた」

うちは虐殺で、イタチは饒舌でした(25巻/149頁)。普段、「………」のイタチがです。これは全てのイタチの台詞を疑った方が良いかも知れない。この後の、カカシの万華鏡写輪眼の開眼もあるし、もしかしたら、イタチはシスイを殺してすらいないかも知れません。僕はシスイの「遺書」にも痼りを感じてます。それは、又、別の機会に…。

「そして、いつかオレと同じ”眼”を持ってオレの前に来い」

万華鏡写輪眼をサスケに示すイタチ(25巻/151頁)。イタチは成長したサスケに会いたいと願っています。勿論、イタチはうちは虐殺の犯人ではない。少なくとも主導的な立場にはいなかった筈です。全てはサスケの為。サスケを生かす為に泥を被ったのだと、僕は考えています。そして、イタチはサスケの優しい「お兄さん」のまま、今も在るのだと、僕は信じています。

で、つづく(汗)。

イタチさんはやってない!


第364話「狙いは…!!」 | BLOG TOP | 大蛇丸の「優しさ」について考えてみる!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。