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第449話「希望の花」


「外道・輪廻天生の術」(長門)

「!?」(ナルト)

「長門アナタ!!」(小南)

「小南…もういい
オレに新たな選択肢ができた…
諦めていた選択肢が…」(長門)

「何だ?
何の術だってばよ!?」(ナルト)

「………」(小南)

輪廻眼を持つ者はペイン六人全ての術を扱え
生と死の存在する世界の外に居ると言われている
長門の瞳力は生死を司る七人目のペイン…」(小南)

「外道」(小南)

「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の「輪廻六道」の外…「外道」…その全てを扱えるのが輪廻眼の瞳力とのことです。ペインは七人居たって事だ。しかし「生死を司る術」…なんて、大それた「力」があったのに、それでも尚、長門が悩んでいたのは「外道」が「解脱」を意味しなかったからでしょう。悩みを抱えた神様ってのもアレだなーと思ってたんですが(笑)、長門自身が「外道」で、輪廻の環の中に居る「六道」を操る…って言うのは上手く考えたなと思います。ちなみにシステムペインに使われた死体…あれは皆、自来也が知る顔でしたし、自来也が弥彦を殺してない…って部分で括るならば自来也が情けをかけて殺さなかった忍ではないかと思います。人と人が争い痛みが生まれる。その中でも存在する「情け」。悩める神様である長門もその一点…自来也のような大人が示した「情け」に、自来也を師として慕う長門が希望を見出したかったからじゃないかと、僕は考えています。

毎度、小南は長門が心配で叱る様な口調ですが、それは長門の状態と術の重さ(反動)を良く知るからです。そんな小南に今までぞんざいな返答しかしなかった長門の態度が変節しています。何気に物腰が柔らかいです(笑)。小南は長門にとっては明確な母性であり、長門を許す存在です。そして決して長門に生き方を示す父性ではなかった…。どんな時でも長門を「許す」事しかできない小南の面持ちが、今回はこれまでにも増して…とても切ないです。長門の変節は長門と小南の関係性に不足する父性をナルトが補った結果であると思います。ある意味、ナルトは長門に「生き方」を示したのだと言えます。それが長門の凍った心を溶かし、痛みに歪められた自分の行ないを反省するに至る訳です。この長門の変節は、ナルトが長門に勝利した上に成り立っていて、雨隠れの潜入戦で善戦したものの自来也は長門に敗れてしまったからそれが成らなかった…。それが戦いを頭から否定しがちな価値観の中で「力」の必要性を示しているかのようです。



今のチャクラでこの術をしたら…長門は
……そこまでしてこの子に…)「……」(小南)

「………」(小南)

(長門を変えた不思議な子)(小南)

「生死を司る」と言うくらいだから、誰かを生き返らせてくれるんでしょうが(後述あり!!お祭りが既にそこかしこで始まっている筈です!!)、これはあくまでも忍術であり、膨大なチャクラを消費する。チャクラ残量の限界を超えた術の発動は術者の生死に関わる…それが小南が諦めに近い表情で長門を見つめさせるのです。恐らく、この術が長門の最期の術になる…その歯痒さに小南は必死に耐えているのです。長門は木ノ葉襲撃において「オレの正義」を終始一貫していました。それを心配しながら見ているしかなかった小南はどんなにか辛かった事でしょう。それでも小南は長門に寄り添う様に一緒に居ました。それは長門を守りたかったからです。小南にとって長門は大切な人であったのです。人を愛する事に理由はない。だから一切の説明は不要なのです。それが小南の「………」の意味でしょう。そして、小南をしても為し得なかった偉業…「長門の変節」…それを為したナルト…それに驚き、ちょっと妬けてる(かに見える…)小南が無性に可愛いく思えます(笑)。ちょっといい女じゃねーですか!!


<ボフ>

<ズオオオオオ>(閻魔蟋蟀)

<ガバ><グババババ>(閻魔蟋蟀)


「何だ?」(木ノ葉の忍)

<ズッ>(木ノ葉の忍)

<ズッ><ムクッ>(フカサク)

「!!?」(シマ)

「…母ちゃん…
…ここはどこじゃ?」
(フカサク)

「ギャアアアアア!!」(シマ)

「わー」(木ノ葉の忍)

(フカサク様は確実に死んでいた!
何なのコレ…一体何が起こったの!?)
(サクラ)

「うっ…」(木ノ葉の忍)

「バ…バカな…こ…こんな事が…」(木ノ葉の忍)

<ガラガラ>(木ノ葉の忍)

「?」(木ノ葉の忍)

「……」(シズネ)

「え?」(いの)

「…どういう事だ?」(シカマル)


「これは…!?」(いのいち)

「どうやらナルトの決着
ついたようだな」(シカク)

術に集中する長門。すると跡形も無くなった木ノ葉隠れに異変が起こります。あの地獄道が使っていた「閻魔蟋蟀」…それも超大型…が出現します。僕はペイン(…自分で自分を「神」と言うペインを嘘っぱちの神様だと思っていたので…)が使う閻魔様なんてきっと嘘っぱちだから「閻魔蟋蟀」と呼んでましたが、ホントに生死を司る…モノホンの神様と言っても良いくらいの能力があったようですね。しかし、これはあくまでも忍術。チャクラを動力源にした忍術の理(ことわり)の中で機能するものであり、人知の範囲内なのだと思います。その方法論が輪廻眼にあった訳で、この力をして「神」と言うのであれば、今ならばペイン(長門)の気持ちも判ります。「中二病」なんて言ってしまって…余程、僕の方が…(汗)。

その閻魔様が大口を開けて吐き出した「光」が木ノ葉隠れに飛び散ります。そしてそれが倒れる戦死者の胸に飛び込んだかと思うと、ドンドン復活して行くのです。「陰陽論」では「肉体」(陰)と「精神」(陽)の分離が「死」とされていますので(屍鬼封尽ではそれを利用して対象を殺めるのですが)、人の死を陰陽分離と捉えれば、人が死ぬ事によって分離された「陽」(精神=霊体)を「陰」(肉体)に返還すれば死を免れる…と言う理屈の忍術なのだと思います。フカサクもシズネも他の多くの木ノ葉の戦死者が続々と蘇って行きます。人の「陰」(肉体)から分離された「陽」(霊体)を一端引き受けて吟味する「地獄の沙汰」があるのだとして、それを管理する「閻魔蟋蟀」って、やっぱホントの「閻魔様」だったのかも(汗)。

だとしたら、散々バカにして来たケルベロスは舌を抜かれちゃうかも(笑)。しかし、それもこっちにはこっちの…「オレの正義」があっての事なれば、長門だって解ってくれると思います(笑)。兎に角、木ノ葉の戦死者は「輪廻天生の術」(輪廻転生→輪廻天生)によって次々に黄泉返ります。しかし、それは「陰」である肉体があっての事。物理的に真っ二つになったとか、粉々に砕かれた場合は難しいと思います。そこに綱手がカツユの術を使って負傷者を傷の修復をしていた意味が重みを増して来ます。まさか長門の能力を読み込んだ上での行動とは思えませんが、サクラのフカサクの容態の判定(完全に死んでた)からすると…フカサクに必死の救命作業があって、少なくとも胸の傷が修復されていたから生き返れた筈で、やはり最後の最後まで諦めない姿勢が物事を好転せたんだと、僕は思います。

ま…木ノ葉では人知を超えた復活忍術が炸裂していて、それが長門の命懸けで…なんて事は全く解らない筈です。目の前で続々と生き返る仲間を見て驚くだけ…。シズネにしても何故だか起き上がり、いのの反応がちょっとイヤなんだけど(笑)、取り敢えず死ななくて良かった…でも、こんな有り得ない忍術があるなら、長門が弥彦を失った痛みに苛まれたりはしなかった筈なんだけど、それはまだ長門が未熟だった…「子供だった」からで、髪のような長門が悩んだまま今に至る…長門を背面で拘束する存在が感じられます。外道魔像(=尾獣の封印像?)にしても手枷(手錠)が嵌められてるし…。長門もまた利用されたのだと思います。それに甘んじたのは長門が「答」を探すためでしょう。そして、長門はナルトに出逢った。そして信じる決意ができた…長門もようやく自分の「答」が見つけられたのです。

「終わったようじゃ…」(大ガマ仙人)

「どうなったんですかいのう!?」(ガマブン太)

予言通りじゃ…
自来也の弟子二人共が
予言の子として交わり
忍の変革を導く者達だったとは

思わなんだが」(大ガマ仙人)

「あの時…
自来也が諦めん選択をした時点で
この事はもう決まっていたのかも
しれんのう」(大ガマ仙人)

「……あの本が本当に
世界を変える鍵になるとはのう」
(大ガマ仙人)

一方、妙木山。大ガマ仙人は存命されていたようです。全身骨折?のガマブン太を介護しながら、大きな水晶玉で一部始終をモニターしていました。この水晶玉…似た様なモノ(第1巻/43頁)を三代目も使っていたような…遠くを見通せる忍術があるのだと思います。これで自来也の雨隠れ潜入戦も大ガマ仙人は観戦してたようですね。大ガマ仙人は自来也の戦いをどんな気持ちで見てたんでしょうか?自来也も妙木山に迷い込まなければ「予言」なんてものに出逢わなかった筈だし、出逢っても才能がなければ岩蝦蟇になってたのかも知れません。やはり、人生とは一寸先は闇…それが自然の理(ことわり)なれば、将来が見えてしまう大ガマ仙人の能力はその理(ことわり)に反する能力とは言えまいか?

「予言」に関してはやはり大雑把な事しか解らないようです。ま…それをしてシマが大ガマ仙人を「大ボケじじい」と呼ぶ訳ですが…。「予言」と言っても「夢」だし(笑)。シマにしてみればそんな不確かな「夢」に振り回され、可愛い弟子達を何人も岩蝦蟇にしたり、はたまた殺める事になったり…正直、辟易としてたんでしょう。だから、ナルトの仙術修行には一切ノータッチだった…。この温度差は大ガマ仙人への疑念でもある。加えて、長門の「輪廻天生の術」の発動をもって、あたかも「予言」が成就したような見解を大ガマ仙人が述べるのには些か痼りを感じます。ナルトは長門を納得させただけで、世界は何も変わってないと、僕は思うんですが…。大ガマ仙人がここまで得心するのだから何かしらの意味がある?まさか…輪廻眼がナルトに予め用意された「試練」だったなんて事は…ないよな…(滝汗)。

「夢では世界を歩いて
本を書いておったのう」
(大ガマ仙人)

「本…?何でまた?」(自来也)

大ガマ仙人が自来也に物書きになる示唆とも誘導ともとれる予言(夢)を打ち明けてましたっけ(第41巻/128頁)。自来也のアイデンティティは妙木山が深く関与していて、大蛇丸=才能に対する激しいコンプレックスにバランスする自来也の使命を妙木山=「予言」が与えられた結果として自来也は自らのアイデンティティを感じていた…と、僕は考えてまして、自来也の仙人モードなどの独り立ちできない描写はそれを裏付けるのだと考えています。ただ妙木山には悪意は一欠片も無く、忍界の安定と平和…それを実現する変革者を生み出すために必死になってるだけで…。それを「お節介」と言うのも失礼な話だとは思いますが…(笑)。しかし、ナルトVS長門の決着をもって大ガマ仙人が満足いく結果が得られた…ような描写があるのはやはり違和感を感じます。何かしらの…「裏」を感じます…。例えば…月を造ったとされる…「六道仙人との密約」とか…(滝汗)。

自来也は元々インテリ(エロ助)で(笑)、文学的な素養や資質があって、それが「物書き」に上手くハマったのもるかな…。そして、それが自来也の自信の一角を担った…。それは雨隠れの修行で忍術を覚えた長門らが自信を得た(身も心も強く成長した…)のと凄く似ています。人のアイデンティティとはかなり不確かな存在とも言え、ぶっちゃけ本人の自己認識に過ぎない…思い込みのようなものかも知れません。結局、最後は自分が自分をどんだけ信じられるかに懸かっている訳で、人の心自体があやふやだから、アイデンティティに盤石を求めるのも酷な事なのです。しかし、妙木山の夥しい数の岩蝦蟇(=先人達)(第44巻/124頁)の存在は自来也以外の妙木山の試行錯誤…「予言の子」の師となる人材の育成…或いは、その量産の臭いも感じますし、蝦蟇達に悪意はないにしても描写を鑑みると、妙木山に「未必の故意」があったのは否めません。


<パチ><パチ>(焚き火)

「そうか…
お前もそれなりに大変だったようだな……」(サクモ)

「ああ」(カカシ)

「しかし…
お前もオレもこう早死にするとはな…」(サクモ)

「………」(カカシ)

「母さんほどじゃなかったが……」(サクモ)

「……」(カカシ)

「結果はどうであれ
父さんは精一杯やったよ」
(カカシ)

「今なら父さんを理解できる…
皆のために掟を破った父さんを―」
(カカシ)

「………」(サクモ)

「今は誇りに思う」(カカシ)

「ありがとう…」(サクモ)

「!」(カカシ)

一方、「焚き火」を前にしたカカシとサクモ…。凄く楽しみにしていた「カカシの夢見」でしたが、サクモの「そうか…お前もそれなりに大変だったようだな……」できれいさっぱり端折られました(笑)。サクモより早くに亡くしたカカシの母親にもちょこっと触れつつ、カカシとサクモの双方のトラウマの深さを感じ、熟(つくづく)似たモノ同士だったんだなーと感心しました(笑)。そして、この場で焚き火を焚いて待っていたのはサクモの事情もあったようで、サクモも迷いがあって、三途の川を渡れずにこの場所で踞っていたようです(笑)。やはり、その原因は幼くして置き去りにしてしまったカカシに対する負い目…カカシの蟠(わだかま)り…生前、サクモがカカシに精神的なプレッシャーを感じていた可能性も感じます。

カカシは神無毘橋の戦いでオビトとの葛藤と別れを経て、オビトの写輪眼と言う「十字架」を背負って生きるこれまでがあって、大きく成長した筈です。そして、自分の死を感じ、同時にオビトへの贖罪(代理人生)を全うしたとの達成感を得て、また一段成長できたのだと思います。だから、カカシがサクモと再会し、自分の過去の過ちを認め、サクモを許す事ができた…。カカシはサクモの心残りを払拭したのです。このカカシが示す「許し」…これがカカシの愛情属性が「母親」だと明確に示しているように感じます。そして、サクモの「ありがとう」にサクモが携える妻(母)への想いも感じます。しかし…この親子…似過ぎです(笑)。そこで、この邂逅の終焉を一筋の光が告げます。長門の「輪廻天生の術」がカカシにも舞い降りたのです。しかし…カカシは端っから死んではいないと…口が酸っぱくなるほど…(汗)。長門のアシストなんて必要ない筈なのn(ry


だってばよ?
が起こったんだってばよ!?」(ナルト)

「里の人達がどんどん
生き返っています」
<ズズ><ムクク>(カツユ)

「!?それって……!」(ナルト)

「ワシはしばらくこいつらの面倒を見る
多少自立が出来る様になるまでだがな
これがせめてもの償いだ」(自来也)

「木ノ葉に来て
オレが殺めた者達ならまだ間に合う
これがせめてもの償いだ」(長門)

ここで解らなかったのがナルトの「!?それって……!」なんですが、ナル×ジャン的にはカカシは端っから死んではいない筈だけど(滝汗)、ナルトが真っ先に期待したのはカカシの復活だったと思います。具体的にナルトが長門の「輪廻天生の術」を理解していたとは思えませんが(難し過ぎて…)、死んだ人が生きかえるならその中にカカシ先生がいたって良いってばよ!!と思った筈です。…って事は、仙人モードのナルトの感知能力は明らかにカカシの死を実感していたんだ…となれば、何故それを起点にキレなかったのか?カカシの死を実感したならそれでぶち切れてもおかしくないし、その後にあったフカサクの死だって…それが、ヒナタに天道が手を出した途端…「ナルトは何故、いきなり六本目になったのか?」…やはり、そこには八卦の封印式の…。

「ワシはしばらくこいつらの面倒を見る
多少自立が出来る様になるまでだがな
これがせめてもの償いだ」(自来也)

長門が自来也の言葉を思い出しながら、必死に術を発動しています。きっと長門にはナルトの怒りの中にカカシを失った痛みを感じていたのでしょう。長門は命を削りながら「輪廻天生の術」を発動するのは偏(ひとえ)にナルトに対する「償い」であり、それを完璧な謝罪とする為にはカカシの復活は必須だったのです。長門がナルトの気持ちを理解できる優しさがあったからこんなに歪んでしまったんだし…だから長門はカカシの霊体(陽)を必死で探していたんだと思います…そして見つけ出し暗闇から引き摺り出した…。天道戦で長門はカカシをよーく見ていましたから、狙い撃って探すのは可能だった筈です。でも…カカシは「死ぬ気満々」だったから、やはりサクモさんの足止めがなければ一気に三途の川を渡って閻魔大王様でも手の届かない場所に行ってたかも知れませんね(脂汗)。


「…これは?」(カカシ)

「どうやらお前はまだ
ここに来るには早過ぎたようだ
お前にはまだやるべき事が
あるはずだ」
(サクモ)

<ファ…>「父さん…」<スゥー…>(カカシ)

「お前と話せてよかった
オレを許してくれてありがとう…
これで安心して行ける」(サクモ)

「母さんにやっと会えるよ…」(サクモ)

カカシの許しを得られたサクモが「母さんにやっと会えるよ…」と安堵したのは、妻(カカシの母)に会う資格が自分にはないとサクモが思っていたからで、それは幼いカカシを残して自死した負い目に拠るものだったと思います。しかし、こうしてカカシに許されてサクモの魂は放免されるのです。この邂逅は寧ろサクモの為にあったようなものか…(笑)。「カカシの夢見」には大きな期待があったんですが、カカシが死なずに済むのなら、これからゆっくりと披露してくれれば良い事です。また、週ジャン編集部が頑張ってキッシーの慰留(キッシーは他の作品を描きたくなって、そろそろ『NARUTO -ナルト-』を終わらせたがってるんだと…僕は考えています)に成功して、そのご褒美(暫し休息&充電なのか?!)であろう「第二部完」で最終章の「第三部」との繋ぎに「カカシ外伝②」(万華鏡開眼秘話)があっても、それはそれでバッチ来いであります!!(笑)


<パチィ>(カカシ)

<ムクッ>(カカシ)

「!」(チョウザ/チョウジ)

「やはりカカシもか!!」(チョウザ)

「……これは?」(カカシ)

「カカシ先生!!」(チョウジ)

「私が全て説明します……」(カツユ)

カカシが帰って来たーーーァッ!!

Kakashi returned!! illustration:Cerberus

カカシが生き返ったーッ!!!!!!!!

カカシは端っから死んでないとか…もうそんな事はどうでも良いッス(笑)。カカシが目を覚ました事実だけが嬉しい!!死ななくて良かった!!これもカツユがカカシの身体を守り、外的、内的な損傷を修復していたから魂(精神=陽)が戻れたのであって、運が良かっただけではない…綱手の手厚い配慮があった事も付け加えたいです。それとカカシが左目をズーッと瞑ったままで確認できないんですが、カカシの写輪眼がチャクラのオーバーロードで白化するか、無能力化してれば良いのにな…と、僕は考えています。カカシのオビトへの贖罪はもう充分だと思えますし、サクモを許せた事でカカシが本来持っている「白い牙」の素養を活かす事ができるようになるんじゃないかと期待しています(風説の「木ノ葉の白き雷閃」がそれなのサ)…戦闘の度に病院送りになるのもアレですんで。

カカシ復活や木ノ葉で起こってる信じられない現象に関してはカツユが良い感じに説明してくれると思います。でないと、混乱しちゃっていろんな意味で宜しくない(笑)。それにこの功績がナルトに在る事は明白で、それを広める事でこの一件の終息と同時にナルトの火影就任も吝(やぶさ)かではなくなて来ます。木ノ葉の戦死者の大半が救われるとしても、木ノ葉隠れが被った被害は甚大であり、里の普及は急務です。「うちは一族のクーデター」にすら隣国の便乗を危惧したくらいですから、この大惨事であれば、きっとそれ以上の事態が起こりうる可能性が高いです。それにナルトは仙術を会得し、九尾のチャクラコントロールもある程度の目処が立った事ですし、シカマル側近として参謀職に就くおまけ付きで、もしかしたら、もしかして…ナルトの火影就任も決して絵空事ではないと…。


<ハァ><ハァ>(長門)

「………
……お前…」(ナルト)

「…戦いとは双方にと…
痛みを伴わせるものだ…

大切なヒトの死ほど
受け入れられず……


…死ぬはずがないと都合よく
…思い込む…

…特に…戦争を知らない…
お前達の…世代は仕方が無い…


死に意味を見出そうとするが…
…あるのは…痛みと…
どこにぶつけていいか分からない…
憎しみだけ…

ゴミのようなと…
永久に続く憎しみと…
癒えない痛み……
それが……戦争だ…

ナルト…
お前がこれから立ち向かう事に……
なってゆくものだ…


フッ…

といい…お前といい…
誰かが全て…仕組んだ事のように…
思える…

イヤ…これこそが…
本当の神の仕業なのか……」(長門)

「オレの役目
ここまでのようだ……
ナルト……
お前だったら…
本当に―」
(長門)

<プリプリ>と大きな樹に隠形していた式紙(このシェルターは小南の術だと、僕は考えています)が霧散し、<ファー>っと心地良い光が差し込んで来ます。最期の力を振り絞る様な長門の長台詞に小南は一別もせずに、ただ長門の傍らに立っています。この時点でカカシを救えた事を長門は察知しているのだと、僕は考えています。そこまでは死んでもチャクラを絞り出そうと、長門は必死に堪えたのだと思うからです。そして、そんな長門が頑張るのを小南が黙っているのは長門の気持ちを最優先に考えているからでしょう。既に長門は白化しています。消し炭のように…。恐らくこれまでのチャクラ消費や「輪廻天生の術」の重さを考えれば長門の死が小南には容易に想像できたのでしょう。だから、長門を小南は振り返って長門を見る事ができなかったのです。

「お前がこれから立ち向かう事に……
なってゆくものだ…」


ちょっと怖いのは長門が大規模な戦争が起こる事を予感させているところです。火の国と言う大国の忍里が崩壊の危機に瀕してる訳ですから、ミリタリーバランスは大きく傾いて不安定になってますから…。トビがペインに九尾を狙わせた本当の狙いがそこにあったのだとすればとても心配です。今、戦争なんて事になれば兵站(へいたん=物資の補給)の覚束ない木ノ葉は絶対的に不利です。戦死者はかなり減少するとは思われますが、それでも疲弊は否めません。実際、今、他国からの侵略があったら一巻の終わりかも…(滝汗)。いくらナルトが強くなったと言っても一人の力が戦争では無力だから長門は壊れちゃった訳だし…。



<パサ><パサ><パサ>

そいつも連れて帰んのか?」(ナルト)

「このペイン天道こそ
弥彦の亡骸で作ったもの
私たちにとって大切な人……」
(小南)

ヤヒコって…
そいつだったのか……」(ナルト)

<スス…>(小南)

「お前はどうすんだ?
もう”暁”に戻るとは
思いたくねーけど…」(ナルト)

「”暁”は抜ける
私にとっては弥彦と長門が全てだった

弥彦の夢
そして長門の夢
二人の夢がお前に託されたなら
これからはお前が二人の夢だ

長門がお前を信じたなら私はお前を信じる
私たち雨隠れお前と共に二人の夢を
追いかける事にしよう」
(小南)

小南はナルトにやっつけられた天道を回収しに行きます。式紙で包んで大切に搬送する様です。その傍らに既に一体の式紙に梱包された人形(ひとがた)があります。「弥彦と長門が全てだった」とする小南が運ぶ一方は長門である筈です。つまり、長門も多脚戦車に乗る必要のない身体になった…しかも、背中の外道魔像との接続で穿たれた黒棒も既に無きようなので、長門も亡骸(なきがら)になってしまったんだと思います。弥彦を失い、その上、長門まで失った小南も言ってみれば大きな二つの痛みを経験したのです。しかし、それでも長門と同じ様に切れないのはオトナだからです(笑)。特に小南は「聖母」ですから!!それと女性は痛みに強いのね。男の方が弱っちい生き物なんだわサ。

”暁”が雨隠れとどんな関係だったのかが重要な分かれ目ですが、単に額当ての傷が「反半蔵の旗印」に過ぎず、それに相乗りする形で”暁”のメンバーが自らの額当てに「傷」(横一文字)を刻んでいたのであれば、雨隠れは”暁”とは無関係で、工業力とある程度の国力を有する木ノ葉の同盟国になり得そうですが、トビが黙ってそれを許すでしょうか。長門を失った小南が里長として小国とは言え雨隠れを仕切る力量があるかも疑問の残るところです。希望的観測としてはナルトが火影になり、そのパイプ役としての小南の存在が雨隠れに有益と認められ、木ノ葉隠れと雨隠れの関係性の中で小南の雨隠れの長としての存在感が認められる可能性はあると思います。何れにしても結果はトビ(黒幕?)の対応次第ですね。


「……」(ナルト)

「答が見つからんかった時は
その答をお前に託すとしようかのォ!」
(自来也)

「お前を信じてみよう
うずまきナルト」
(長門)

「ナルトって名前
諦めないド根性
それから痛み……
それが師匠と兄弟子から
譲り受けたものだ!!」
(ナルト)

自来也に託され、長門にも託され…またナルトの肩が重くなりました(笑)。しかし、それは自来也の双肩にフカサクとシマが乗っかっていたのとは明らかに違います。妙木山の介入は100%の善意だった事は間違いないとは思います。シマが自来也を「小僧」と呼び、フカサクが「自来也ちゃん」と呼ぶ気持ちには一点の曇りも無く、そこにはまるで我が子を想う親心が滔々と流れています。しかし、その想いは子供の自立心に根差したモノであるべきで、良い歳ブッこいた大人の行動に親がしゃしゃり出て来る必要はない筈です。その意味でナルトは仙人モードのフカサクの融合を上手く回避できたと思います…って言うか、あれは八卦の封印式に埋め込まれた別の親心(クシナがキレた?…笑)で、それが表立って働かないところにミナトとクシナの奥ゆかしい配慮を感じます。

そして、ナルトは数々の出逢いを的確に自分の力に換えるように吸収して来ました。そこには幾重にも敷かれたナルトへの庇護が存在した訳ですが、それはヒーロー故のチート設定であり、ここは目を瞑って頂くとして…ナルトがそんな狡さを一欠片も感じてない純な目で小南を見つめ返し、しっかりと「決め台詞」を吐ける…適時に自分の想いを的確に他人に伝えることが出来るナルトの力量に、僕は憧れを感じます。特に男の子は怒るべき時に怒れ、笑いたい時に大声で笑え、泣きたい時に大声で泣ける素直さが必要だと思います。大人がこれをやったらバカだと言われても仕方ないけど、それが許される内は盛大にやるべきです。子供の中の大人がしゃしゃり出て…変な我慢をして成長しても陸な事はないので(笑)。

ナルトのヒーローとしての成長には、その大らかさがある…。寧ろ、ナルトの歪まない成長は異常とも言え、その解釈にナル×ジャンでは八卦の封印式に拠る「クシナの介入説」を提唱しているほどです(笑)。そんな説明でもなければ、ハッキリ言ってナルトの成長は受け入れられないです。そして、それがミナトの意向であり、ある意図が潜んでいる。単なる教育論に収束しないところが、またナル×ジャン的な考察であります。これは何のこっちゃと思われるかも知れませんが、ナルトと、その対極に存在するサスケ…二人の成長にある意味が在るとするならば、『NARUTO -ナルト-』の中に埋め込まれた大いなる「謎」についても説明がし易くなるのです。これはいつか「終末の谷の決闘」で説明致しますれば…。

<バサ><バサ><シュルルル>(小南)

「今度こそ…
お前は散る事のない
希望の花であってくれ」
(小南)

(みててくれエロ仙人!!)(ナルト)

小南がナルトの決め台詞に絆(ほだ)されて花束を贈ってしまいます。もしかしたら…惚れた?!(笑)否…小南にはナルトの向こうに自来也が見えたのだと思います。自来也の笑顔。そしてその向こうには弥彦と長門の笑顔。小南は自来也や長門の想いをナルトがしっかりと受け止め、力強く昇華しようとしているナルトの姿に打たれたのです。そして、期待してしまった…。ナルトが決して散ることのない『希望の花』である事を!!……ところで、小南がナルトに惚れた可能性ですが…自来也に手渡した”お礼の花の折り紙”とは意味が違う…あれは手折で、今度は忍術だったし、素材が違う(笑)。でも、ナルトに師・自来也を重ねて見たかも知れないので…何とも言えない。女心の深淵はケルベロスなんぞにゃあ思いも拠らぬ深み故、「可愛い悪魔」には何度も何度も痛い目に遭っt(ry

長門の死を前にしても涙を流さない小南は、自来也の訃報を伝えたフカサクや、遠身水の前の祠に静かにお参りをするシマに非常に良く似ています。綱手は自来也の時限爆弾(ニシシ)で泣かされちゃったけど、それでもギリギリ独りきりになって周囲に涙は見せなかった…(サクラが気付いたけど)。綱手が人目を憚って泣いたのと、フカサクとシマが泣かなかったのかは、泣くよりも前にやらねばならぬ事が山のようにあったからで、それは小南とて同じなのです。また、小南が見せた静かで毅然とした態度は、これまでも弥彦や長門を安心させて来た…小南の雰囲気だったと思います。そして…小南のナルトに対する的確な評価が小南の確かな「母性」の証明であり、それが長門の死(痛み)を超えてナルトを許す力となった筈です。同時にそれがナル×ジャンの「聖母認定」を極めて分厚く裏付けるものでしょう(笑)。



「準備しろ」(サスケ)

「アレ…もう傷は癒えたの?」(水月)

「…ああ…木ノ葉へ向かう」(サスケ)

場面変わって久々ののアジト。サスケの登場です。水月、香燐、重吾…。みんな元気そうです。水月は一時水槽生活だったのが完全に治ったみたいですね。重吾は以前ほどの大男では無さそう。多分、人の細胞の数は一定で、サスケに与えた肉体の補填は出来ないのでしょう。香燐は何か読書をしているようですが、きっと『三国志演義』か何かで、以前、重吾が言った「水魚の交わり」を必死に調べているんじゃないかと思います。面と向かって重吾に意味なんか訊けないからね(笑)。そして、とうとうサスケが木ノ葉隠れを襲うようですが、木ノ葉がペッシャンコになったのは知らないようですね(笑)。そして、歪んだその表情からは木ノ葉に対する怨恨は未だフツフツと燻っているように思います。

非常に余談ですが…ナルトの真っすぐさと、サスケの歪みっぷりには、ある意図が潜んでいると、僕は考えています。ナルトが長門編で一回りも二回りも成長したのを見た直後にサスケを見ると、ゲップが出そうになりますが、ナル×ジャン的には…これも一応、その意図のレールの上です。風の噂ではキラビも登場するようなので、鷹VSキラビの再戦もあるんでしょうか?キラビは演歌忍者の頭領…サブちゃん先生を探してて、それがフカサクさんじゃないかとの風説もあり、フカサクさんが死ななかった…のがそれと繋がるなら面白いなと思います…って事は、ナルトとキラビが出逢う展開も期待できそうだし。今度は尾獣のチャクラの利用方法の伝授があるのか?!それと雲隠れのサムイもあれから姿(できるだけローアングルで…)を見てないし…。風雲急の予感!!

カカシが死なずに…戻って来れて良かったー!!
「まっカカ」もう少し書きますけどねーっ(笑)



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