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「おくるみ」


「この木ノ葉の里には
毎年多くの忍が
生まれ育ち…
生き…戦い……

里を守るため…そして
大切なものを守るため
死んでいく…

そんな里の者達は
たとえ
血の繋がりがなくとも…
ワシにとって
大切な…大切な…
家族じゃ!」
(ヒルゼン)


「おくるみ」~ヒルゼンの想い…

「おくるみ」~ヒルゼンの想い illustration:Cerberus

木ノ葉崩し「大蛇丸VSヒルゼン」で、封印術・屍鬼封尽を発動したヒルゼンの走馬灯が始まります(第14巻/93-95頁)。若かりしヒルゼンの頭を撫でるのは二代目火影・扉間柱間が腕組みしてそれを見守っています。初代・柱間と二代目・扉間がヒルゼンの師匠だったのでしょう。同期のホムラとコハルの姿も見えますね。ヤンチャなヒルゼン。オデコに傷(笑)。喧嘩でもしたんでしょうか?歳の頃は14~5歳と言ったところ。血気盛んな面構えです。ちょっと時が経って後に三忍と呼ばれる…大蛇丸・自来也・綱手を弟子受け。その後、ヒルゼンは火影に就任(火影の帽子)。三代目と呼ばれるようになった。自分が育て上げた自来也と大蛇丸がそれぞれ弟子を受ける。自来也の弟子にはミナトと大仏と黒目の女の子が居ます。しかし…大蛇丸はアンコ…のみ………。

「すみません私は…」(アンコ)

死の森から生きて戻った事
悔いておるのじゃな…」(ヒルゼン)

「………」(アンコ)

「余計な事じゃ
もうお前と大蛇丸は
何の関係も無いのじゃし…」
(ヒルゼン)

中忍試験の真っ直中(第11巻/72頁)、火影の居室(多分、執務室に併設された火影のプライベートスペース)で、死の森で大蛇丸と殺り合ったアンコと、ヒルゼンの何とも重苦しい会話がありましたっけ。先ず、アンコがこの部屋に入れるヒルゼンとの関係性がある事に気付くと思います。そして、大蛇丸の弟子だったアンコに「大蛇丸は何の関係も無い…」と言うところに、大蛇丸がアンコと師弟関係以上にあり、それにヒルゼンも関与していた複雑な経緯があった臭いを感じます。もし、アンコが大蛇丸の単なる弟子に過ぎないならこんなドロドロには悩まなかったでしょうから、それにヒルゼンとアンコが近しい関係にありそうな雰囲気が、大蛇丸とアンコの婚姻を視野に入れたカップリングだった可能性を感じさせます。

これは過去にも考察したんだけど…「大蛇丸はアンコに何を教えたのか?」(大蛇丸の考察)参照…アンコはヒルゼンの近親で、大蛇丸の保毛田保毛夫疑惑を払拭する為に許嫁(いいなずけ)として大蛇丸に委ねた間柄なのかなーと、僕は考えています。多分、師弟期間中、ちょっと大蛇丸に「ほの字」だった(だろう)綱手に、全くノン気だった大蛇丸と、もしかしたら自来也に危ない感情抱いてるんじゃないか…と内心、ドギマギする不安を、ちょっと歳は離れてるものの、可愛いアンコをカップリングする事で何とか正常な恋愛に目覚め(目覚めてくれよ!!と…笑)、落ち着きを得るかと期待したヒルゼンの配慮みたいな行が…きっと、あったんだろうなーと、そう言うお話が大好きな僕は考えとります(笑)。だからこそ、大蛇丸の弟子はアンコ一人だった…の……だと(閑話休題)。


…ま、ちょっと横道に逸れちゃったけど、ヒルゼンの走馬灯の前半戦自来也と言う光に満ちた希望と、大蛇丸と言う漆黒の闇とも言える失望がヒルゼンにも印象的だったようです。そして、この走馬灯に綱手が出て来ない…。多分、それは自来也と大蛇丸の弟子受けと、ヒルゼンが三代目火影として木ノ葉を任される時期に放浪の旅に出ちゃった…のかなと思います。そして、自来也の弟子だったミナトが成長し、カカシ・オビト・リンを弟子受けする。そして、ミナトは四代目に…。しかし、この後、またヒルゼンの火影姿が挿入されます(第11巻/94頁)。これは、「九尾事件」でミナトが逝った為の、三代目の火影の再任を示しているのだと思います。このヒルゼンの火影再任に関してもダンゾウはブチブチ(グズグズ…かな?)と五月蝿かったんでしょうね(笑)。

ダンゾウも「オレが!!オレが!!」の人ですから(笑)。隣の頁に移って、「おくるみ」に包まれた赤ちゃんが挿入されています。これはヒルゼンの走馬灯の描写ですから、時系列に沿って展開してる事を踏まえれば、「九尾事件」の後、ヒルゼンが火影に再任された後の記憶です。赤ちゃんのホッペには髭痣…がある。この赤ちゃんは十中八九…否…鉄板にナルトだと思います。僕の想定では、この時点でミナトもクシナも既に居ないので、この「おくるみ」でナルトを大切に包んだのはヒルゼンでしょう。ヒルゼンが再度の火影登板となったのも、ナルトを守る為ではなかったのかな…と、思います。九尾の金庫であるナルト…それを柱間・扉間の直系(弟子)であるヒルゼンが護り、ホムラとコハルが同意した結果のダンゾウを打っちゃったヒルゼンの火影再任だったと思えるとです。

おくるみ(御包み):赤ん坊を抱くとき、着衣の上からくるんで防寒・保温などのために用いるもの。多くはかいまきに似て、袖(そで)がない。おくるみ。くるみぶとん。(大辞泉)

「おくるみ」と言う言葉に関しては育児経験の全くない(そして生涯経験しない…)ケルベロスとしてはお初の用語で、実はこの描写を説明する為に潜りまくった記憶があります(汗)。赤ちゃんを優しく包んで護るもの。これをゴツゴツしたヒルゼンの太い指と、分厚い掌が包んだのかと思うと、ちょっと泣けました。それに、「おくるみ」に包まれたナルトの健やかな寝顔。この寝顔を見るだけでこっちまで静かで穏やかで温かい気持ちになったであろう事を想像して、また泣けました。そして、その一部始終をヒルゼンは誰にも語らず、記憶の奥底に仕舞い込んだ。自来也やカカシ、イルカに至るまで、この事実は秘匿されていた筈です。唯一の露出がこの走馬灯のワンカットだけですから…全てはナルトを護る為に…。

「あの印の順………
やはり猿飛め……
あの術を……!!」(猿魔)

(これが四代目の言っていた
この術と契約した者のみが見えるという
死神か…)
(ヒルゼン)

ナルトはこんなにも愛されてたと言う事です。柔らかで温かい「おくるみ」に包まれるように、愛され護られた…。それには、ホントはそれをしたくてもならなかったミナトとクシナの想いを汲んだベクトルがあったものと思います。ヒルゼンが封印術・屍鬼封尽を知っている事。多分、たった一度きりのミナトの術の発動を見取るしかなかった理屈(猿猴王・猿魔も屍鬼封尽の印の配列を知っていた)を考えれば、九尾に対する屍鬼封尽にヒルゼンは臨場し、ミナトが死神を見た事実を聞かされている筈です。屍鬼封尽は一回こっきりの術ですから、練習もクソも無く…(笑)。ま…ヒルゼンはその修羅場でのミナト(…と、クシナ)の覚悟をマジマジと見ているから、ナルトへの理解も一入(ひとしお)な訳です。

その想いの全てが走馬灯のナルトの「おくるみ」には盛り込まれていて、生まれて来た「命」に対する人の持つ本能的な慈しみが溢れるようです。愛されずに生まれた「命」なんてない…。人の清らかな想いが「おくるみ」の柔らかさだったり、手触りだったり、温かさだったり…そもそも、赤ちゃんを包んで護る…ちゅー考え方に表れているんだと、僕は思う!!きっと、それはお母さんとお父さんの想いそのものなんだと、僕は思う!!僕だって忘れてるし、誰だって忘れてると思うけど、愛されてたんですよ。護られてたんですよ。あんな風に包まれて、望まれて、愛されて、安らいでいた………。愛されない命なんて何処にも無いって事ですよ。大切じゃない「命」なんて何処にもない!!それをヒルゼンは思い出し、存分に「愛」を託し、逝ける…自分の人生を満足に思ったのだと思います。


木ノ葉の上層部とは…明らかにヒルゼン・ホムラ・コハル…それにダンゾウを含めた4名でしょう。その合議制で大方の里の治世は行われてる筈で、ナルトの処遇に関してはヒルゼンが必死にホムラとコハルを説き伏せる事でダンゾウを黙らせたのだと思います。ヒルゼンの走馬灯は次にイルカの子供時代の笑顔→イルカ&ナルト(額当て)のアカデミー卒業(「ミズキ事件」直後)へと続きます。イルカの育成はヒルゼンの関与が大きく、師弟関係は確認されませんが、イルカがナルトのアカデミーでの担当?に就いた事に、まるっきり意味がなかったとは、僕には思えないです。ある種の特命がヒルゼン→イルカであっても良いと思うし、もう少し分析が必要だけど「ミズキ事件」だって、怪しいっちゃー怪しい(汗)。

そして、ヒルゼンの想いはカカシに引き継がれ、第七班でのサスケ・ナルト・サクラの武勇伝に繋がって行きます。ナルトの同期の下忍たち。特にヒルゼンの心に残っていたんでしょう。それら全てがヒルゼンの「家族」だった…。ヒルゼンは木ノ葉隠れの里全てを「おくるみ」で包むように愛していたんではないかと…愛そうとしていたんではないかと、僕は考えています。そして、それが火影なんだと…ヒルゼンの胸にはあったのだと思います。木ノ葉崩しの対大蛇丸戦で、穢土転生で呼び出された柱間と扉間を封印し、その依憑として音忍(多分、ザクとキン?)を使用していたのを知ったヒルゼンが、大蛇丸の行いに本心で憤怒するところで、柱間と扉間の回想(第14巻/112頁)が入りましたね。

「木ノ葉の同胞はオレの体の一部一部だ…
里の者はオレを信じオレは皆を信じる…
それが火影だ…!」(柱間)

「サルよ…里を慕い貴様を信じる者達を守れ
そして育てるのだ次の時代を託す事のできる者を…
明日からは貴様が…火影だ…!!」(扉間)

ヒルゼンは大蛇丸すらも愛していたんだと思います。だから、ギリギリまで大蛇丸に直接手を下す事を躊躇していたのです。それが、部下の命を弄ぶかのような大蛇丸の行いにブチ切れた訳です。ヒルゼンは柱間と扉間に託された別れがあったんですね。この経緯があったから、ヒルゼンはホムラとコハルを納得させ、ダンゾウを黙らせて再度、火影に就任したんだろうし、最後の最後まで大蛇丸に対しても愛を捨て切れなかったのだと、僕は思います。ヒルゼンが隠し持った大蛇丸に対する躊躇が木ノ葉崩しのクライマックスにしっかりと描かれているんです。単行本では屍鬼封尽の発動が14巻で、その完了が16巻ですから…間に「ナルトVS我愛羅」でのナルトの大活躍があったにしても長いッ(笑)。それでチャクラが切れたんじゃないのか?…つーのもあるくらい(笑)。

愚かなるかな…大蛇丸
共に逝けぬのじゃ残念じゃが…
…我が弟子よ
いずれあの世で会おう」(ヒルゼン)

「風前の灯火のジジィが!
よくも!よくも私の術(印)を…!」(大蛇丸)

「木ノ葉舞うところに…
火は燃ゆる…」
(ヒルゼン)

ヒルゼンはそう言って大蛇丸の両腕を屍鬼封尽し逝きます(第16巻/43頁)。チャクラ切れが大蛇丸全体を封印する事を許さなかった原因なんですが、「両腕=印」ですから、それを奪われた大蛇丸は印を結べなくなり、結果、忍術が使えない訳で、全ての忍術を極めたい大蛇丸にとっては死にも等しいお仕置きだった訳です。きっと、それが屍鬼封尽が完了して命尽きたヒルゼンが倒れる時に見せた笑顔(第16巻/49頁)だったんではないかと、僕は考えています。ヒルゼンは大蛇丸を殺さずに済んだ事が何より嬉しかったんではないかと、僕には思えるのです。穢土転生の対抗策として仕方なく屍鬼封尽を発動してしまったけれど、愛弟子をその手に掛ける事を、ヒルゼンは躊躇していた…。自分は大蛇丸の草薙の剣にグッサリと貫かれてるにも関わらず…です。

「猿飛!!」(せめて
この剣だけでも…!)(猿魔)

(忍の道を極めた…
まさにお前らしい最期だった…)
(猿魔)

それが「愛」なんだと…僕は思います。大蛇丸なんてどんだけ酷い事してたのか分かんないくらいですが、それでもヒルゼンは「愛」を捨て切れなかったのです。ナルトを護ったように…木ノ葉の全ての人々を愛したように…ヒルゼンは大蛇丸すら愛していたんだと思います。確かに忍術は人を殺めるスキルではあるけれど、それに留まる事にはヒルゼンも疑問を感じてた筈です。猿猴王・猿魔が言い残したように(第16巻/50頁)…それを僕らに示す一戦だったように思います。「命」とは大切なのだと。大蛇丸にすら、「愛」を禁じ得なかったヒルゼンの大往生には、人が人を愛する社会の形が示されていました。それをヒルゼンは「家族」と呼んだのではないでしょうか。そして、その向こうに「変革」があるだろう………予感と。

愛されない「命」など、何処にあろうかッ!!
この世界の全ての「命」に…ありがとう!!

「おくるみ」  ナル×ジャン ケルベロス



第454話「五影登場…!!」 | BLOG TOP | 「NARUTO-ナルト-イラスト集」

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