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ヤマトの背中が語る"アイデンティティ"

 
「この体に取り込んだ大蛇丸様を超え
新たな強い自分を見つけるよ」


無気味に、不敵にカブトは微笑んでみせます(39巻/136頁)。ガブトは、サスケにやられた大蛇丸の抜け殻の白蛇から細胞を移植してしたのです。ニヤッと微笑むカブトの左目が既に大蛇丸の眼光であったことから、眼球を移植したのか?と憶測してしまいましたが、恐らくは左腕に極小さな大蛇丸の肉片を埋込んだ結果、白蛇の細胞がヤマトを侵食していった結果、左目も大蛇丸に食われてしまったのでしょう。この時、ヒナタの白眼は現在進行形(恐らく凄いスピードで)で大蛇丸に侵食されていくカブトの身体を透視して驚いてました。

あの白蛇は情報生命体としての大蛇丸が他者=依憑(よりわら)の身体を乗っ取る為のモジュールだと、僕は考えています。大蛇丸の思念やチャクラを依憑に伝える為のインターフェイス。大蛇丸の精神と依憑の媒介になっているんだけど、相性の善し悪しもあるようで、特に今回の依憑=幻幽丸は相性が悪く、拒絶反応に苦しんでいました。ナルトの四本目との闘いでは人外の力を発揮するも活動限界を迎えあっさりと後退しています。

恐らく、白蛇は大蛇丸のオリジナルの細胞を元に薬物や遺伝子操作の技術を駆使して造り出した細胞で構成されていたものと思われます。大蛇丸は「不死」に固執していましたから、もしかしたら癌細胞のような他を蝕んで行く要素を持っているのかも知れません。癌細胞は不死の細胞ですから、それで構成された白蛇は不死だったのかも知れない。そして、その細胞がカブトを侵食しているのです。この時点で、三割は大蛇丸に取り込まれていました(汗)。

「僕は……
大蛇丸様が死んでから…
自分が何者か
また分からなくなった…」

お涙頂戴の過去の回想から、現在の心中の告白(39巻/132頁)。カブトは基本的に大蛇丸を愛していたんだと、僕は思っています。きっと、恋愛感情にも似た感覚です。きっと、大蛇丸と一緒に居る事が自分のアイデンティティになっていたんです。これは恋愛が好調の時期は自信満々だったけど、別れたら急に元気がなくなるのと非常に似ていますね(笑)。で、カブトは大蛇丸の細胞を自分に移植する事で大蛇丸を感じようとしたのです。大蛇丸の白蛇の細胞がどんなモノなのか?カブトは知っていたのでしょう。それを身体に入れる事が何を意味するかも…。食べた…と僕は考えたんですが、食べてしまいたいくらい、カブトは大蛇丸が好きだったんだと、その考えは今も変わっていません。

「馬鹿な事を…」

カブトと対峙してヤマトは自分の苦しい過去を思い出しているかのようでした(39巻/141頁)。その答えは、天地橋任務で大蛇丸と交戦した時に大蛇丸によって語られています。

初代の屍から
その中の遺伝子情報を取り出し
遺伝的素質
六十体の子供の細胞に組み込む
人体実験をした事があったんだけど
拒絶反応が酷くってね…
バタバタ死んでいったわ…
全員死んだと思ってたけど…
まさか生き残りがいたとはね…

大蛇丸が里抜けする前に木の葉で初代の復活を意図した研究をしていたのです(33巻/40頁)。ヤマトがその実験の唯一の生き残り。つまり、ヤマトは大蛇丸の手によって作られた初代のクローンだったのです。ヤマトの生存は大蛇丸も知らされていなかった事ではあるんだけど…。

そして、その天地橋で四本目になって暴れ回ったナルトはサクラを傷付けてしまいます。ヤマトは初代の能力と初代の首飾りを駆使してナルトの暴走を阻止しますが、ナルトもボロボロでした。それを、サクラが必死に回復させようとする健気な姿を見て、ヤマトはサクラの本当の気持ち(サクラ自身も気付いていない)を悟ります。もう二度と同じような過ちをナルトに犯させてなならない!ヤマトは意を決して切り出すのです。

「サクラを傷付けたのは…
君だよ。ナルト」

ココできっちりナルトに伝えるべきだと考えたのでしょう(33巻/177頁)。この時、ヤマトは、サクラに聞こえない場所。サクラの視線がナルトに及ばない場所を選んでいます。ちゃんとした「場」を設けているのです。そして感情に任せた語り口ではなく、理性的に静かに懇々と語っています。これは、他者を叱責する場合のマナー(笑)と言うか、前提と言っても良い「配慮」だと思います。

この描写から、ヤマトはちゃんとした教育を受けている…と感じます。しっかりした親か、親に準ずるような存在があった臭いがプンプンします。実験体として生まれたヤマトですから、その生い立ちは寒々としたものであったかも知れないし、描写からは「根」との繋がりも読み取れる。タンゾウの影響だってあるかも知れない。ヤマトの人格形勢の過程は非常に興味深い謎の一つです。

"根"には…
名前は無い
感情は無い…
過去は無い
……未来はない

あるのは任務………
木の葉という大木を
目に見えぬ地の中より支える。
我々"根"の意志……。忘れるな。

この言葉がヤマトのモノであるとしたら、話はややこしいです。もう、これ以上、ややこしくしないで欲しい(笑)。この伏線は、キッシーの「もう忘れちゃった伏線集」に是非とも入れてもらいたいです!!できれば忘れちゃった方向で…(笑)お願い致します。

「確かに、あの力を使えば
サスケを助ける近道になるかもしれない…
だが、あの九尾に頼った強さは
本当の君の力じゃない」

漏れ出したチャクラが安定を求めて、
九尾の型に、より近付こうとしているのか…
中にあるナルトの体を媒体にしているだけで…
アレはまさに小さな九尾そのもの
今まで漏れ出した九尾のチャクラとは質も量も違う
何より邪念が強い…
あんなチャクラを身にまとっていたら普通は…
どうして…動いていられる…

ナルトが四本目になり暴れ狂う様を見て、ヤマトは自分に内在する「力」に振り回された自分を思い出したのでしょう(33巻/101頁)。「そんな高密度なチャクラで動きづらくして…どう私と戦うというのかしらね…クク…」(大蛇丸)とあるように、ナルトはこの時、このクラスの忍を持ってしても想像を絶する量と質のチャクラをナルトは纏っていたのです。それは、ヤマトにも未経験の領域。

でも、ヤマトは何かに勘付きます。「ナルト…君はいったい」…ある種の「疑い」を、この時、ヤマトはナルトに抱いているのです。ただ、この時、ヤマト自身も、それが何であるのか?判らなかったんだと思います。ただただ、自分の内から溢れ出す「情」がヤマトを奮い立たせているのです。ただ、己の魂の命ずるまま、ナルトを「人」として立たせる必要性をヤマトは強く感じていたのだと思います。

「これからもこの九尾の力に頼れば
自分自身を苦しめることにもなるし
仲間を傷付けてしまう力にもなりうる
今回のようにね」

ヤマトも初代の力を制御すべく葛藤したのでしょう。バタバタと死んで行く同胞の屍の上に立っているであろう、自分自身の「生」を非常に重く考えているんでしょう。もしかしたら暴走するヤマトの力が仲間を傷つけた事があったのかも知れません。大人は常に「後悔」の中を生きているのです。少年少女よ…この事を覚えておいて欲しい。

今はその本意は解らなくとも…。

「君も薄々気付いてたはず
でも、力の解放を止めようとしなかったのは
焦っていたからだろう?」

人の切れ方には何通りもあって、意識しつつ切れるのもあります。何もなく真っ白になってるのもあります(笑)。また、切れる中にも「分別」もあるんです。人には、例えば、壊したモノは元には戻らない…と言う学習能力もある。だから、モノを壊さないように「切れる」切れ方もあるのです(笑)。ヤマトも今の感じからは想像すらできないけど、そりゃもうイバラの道と言うか、地獄の一本道をひたすら歩んで来たじゃないでしょうか?これは、そこを通った事がある人でないと判らない筈です。自分の中の「暴力」と言う衝動…。男の子は少なからずそれを乗り越えているんです。不自然に割れた食器とか、砕けた花瓶とか。ひびが入った洗面所の鏡とか…。思い当たる記憶の断片はないですか?(汗)男の子もいろいろあるんですよ。ヤマトもそうだっただろうし、僕だって…(汗)。

「君は勘違いしてないか?」

ほぼ100%、ヤマトも勘違いしていたんです(笑)。大人とはこう言うもので、自分がしていた過ちと同じ過ちなんだけど、何の臆面もなく他者のその部分を諭す事ができるんです(笑)。でも、それができる大人にならないといけないんです。もっと言うと、失敗しないで大人になったって、ダメなんです。何故、若い時の勉強や運動が大事かと言うと、失敗を経験する為にやっているんです。若い時は傷を負っても、心も身体も治りが早いですから、ドンドン失敗して傷付く為なんです。悲しいかな、子供の頃はそれが判らない。そして、大人になってからそれに気付く。これが「後悔」の本質です。そして、これが大人と言うものなのです。だから、少年少女よ!今は、何も考えないで勉強しろ!運動しろ!ついでに、恋もしろッ!

「君の強さの源は
九尾のチャクラではなく、
恐るべき九尾のチャクラに耐えうる
その君自身のチャクラの力だ」

ヤマトが四本目(ナルト)と大蛇丸の闘いで感じた疑問が、ココに来てヤマトの中で弾けたんだと思います。他者に気持ちを話す…つまり、表現する中で考えは自然にその形を露にしていくんです。僕も拙いながら表現者として、こうして考察を公開させてもらっていますが、言葉を紡ぐ中でしか見えてこない…言葉を紡ぐからこそ見えて来る「考え」と言う存在を常に感じています。人は、誰かに何かを伝えようとする時、「ハッ」と自分の本心に気付いたり、気付かなかった領域に触れる事ができるものなのです。

「サスケを助けたいなら
君自身の力で助け出せ」

キッシー(ホントは四代目なんだけど…汗)がナルトに九尾を閉じ込めて、それで僕らに「何か」を伝えようとしてるのは、きっとこの言葉だと思います。運命は必ずしも公平でなく、生まれながらにして「格差」が存在します。しかし、ここで良く考えてもらいたいんですが、この世に存在する「命」に、一つとして同じ「命」なんて存在しない。つまり、みんな違うんです。違うんだから、公平なんてあり得ないんです。だから、他者と比べてはいけないんです。

逆に「特別」に期待してもいけない。人生は自分で何とかしなければ、決して何とかなったりしないのです。突然、何処かの誰かが現れて問題を解決してくれたりはしないのです。人生に対する、この「リアリティ」が非常に重要なんです。それが、自分自身の「力」と言うものです。「覚悟」と言い換えても良い。

「九尾の目ではなく自分の目で…
サスケの姿をしっかり見たいなら、
そして、サクラを守りたいなら」

「白」が示した「大切な人を守る」と言う具体的な動機付けをヤマトもしています(33巻/181頁)。これを「親の役目」と言わずに、何を「親」と言うのでしょうか?(笑)自分の後悔を押し付けるのは、教え方としては「どうなんだろう?」と、僕は常々、考えていて、子供には「白」やヤマトがやったように「具体的な指針」を示して上げる事が大切なんじゃないでしょうか?「白」がそうだったように、ヤマトもそこは抜かりなく伝えています。りっぱな「父親」の役割をヤマトも果たした!と言って良いのではないでしょうか?

血のつながり云々や産んだ産まないではなくて、人は成長の過程で、導き導かれる瞬間が存在します。ナルトはヤマトに出会ったのです。そして、この刹那を、この運命をしっかりと受け入れ、それを自分の「力」に換えているのです。注目すべきは、この素直さ!この真っ白さ!これこそ、ナルトの「強さ」なのではないでしょうか。

ここで心配がちょっとムクムクです(笑)。今、ナルトは九尾を抑え込む自我を確立しているとは思いますが、その自我と言う器のキャパを超えるような衝撃がナルトを襲うなら、それはその限りではありません。例えば、サクラやカカシの「死」とか、自来也の「裏切り」とか。最悪なのはサスケの……。どんなどんでん返しをキッシーは用意してるんでしょうか?ちょっと、恐いですね(笑)。

「確かにボクはカカシさんの代理だ
けど、カカシさんとボクは違う」

自分が自分である!と言う明確な意思表示。アイデンティティとは、正にこれを言うのだと思います。ヤマトがカカシを尊敬していると言うのは、ほぼ間違いなく本心でしょう。もしかしたら、ヤマトの人格形勢にカカシも関与しているかも知れない。大きな影響をカカシに与えられたのかも知れない。しかし、その状況からも自分は独立して在る!と言い放てる。これこそ、アイデンティティなのです。こう言える大人にならないといけないのです(注:「いけない」…は言い過ぎか…汗…でも、これを受け入れないと常にビクビクとしていないといけない。その方が辛いと僕は思うので…)。

「君たちは守られるだけの
見習いの忍者じゃないし、
いずれカカシさんを超えてかなきゃならない
木の葉を担う忍だ」

もし、この場にカカシがいたら守ってしまうんでしょうね。多分…。そう言う、ヤマトと違った、もしかしたら"母"のような…優しさの持ち主だから、カカシって。これは、暗部で共に行動した、カカシを「先輩」と呼び尊敬するヤマトならではの激励です。カカシを(取りあえず)"母"と仮定すれば、ヤマトは間違いなく"父"です。向かい合う「情」ではなくて、背中を見せる!…生きざまを示す…父のような大きな「背中」を示している。僕はヤマトの、このような毅然とした態度にどうしてもシンクロしてしまうんです。かく在りたいと感じてしまうんです。

「慈悲と甘えは違う」

きっと、ヤマトは自分の置かれた境遇に甘えずに、それと闘い、乗り越えて来たんだと思います。「慈悲」とは、その苦しみを乗り越えた者のみが発揮できる事をヤマトは知っているんです。重く苦しい過去を乗り越えたであろうヤマトには、どっしりとした「父性」があるんだと思います。その「父性」から降り注ぐ「情」こそ、その「慈悲」なのです。

天地橋でサスケに再会し、その想像を超える成長っぷりに窮地に立たされた第七班を救いたいと願うナルトの気持ちに九尾が刷り寄って来るシーンがあります(34巻/166頁)。

「ワシの力が必要なのだろう?
さあ…誰を殺したい…?」

ナルトの前に大きな泡のような(←沸遁のネタ元です…笑)九尾が現れます。そして、これまでもそうだったように、ナルトの心の隙に付け込んで、力を漏れ出そうとするのです。四代目の封印も弱まっているのでしょう。

「もう…てめーは出てくんな!」

ナルトは真正面に九尾を睨み返します。
非常に毅然とした眼光です。

「何を怖がる?」

九尾がナルトの変化に気付きます。

「うるせェ…
オレにはもうお前の力なんか必要ねェ…

この後、写輪眼を覚醒させたサスケが割り込んで来て、九尾を押さえ込んでしまうんですが、ナルト一人でも九尾を御し切れたんじゃないでしょうか?この後も螺旋丸に風の性質変化の付与する修行で、九尾化をヤマトが制御する描写はありましたが、あれは、それが織込み済みの修行でしたし、天地橋のような怒りに任せた九尾の解放ではありませんでした。冷静な切れ方と言うヤツでした(笑)。

「うん!」

先のヤマトの「叱責」に対して、ナルトは真直ぐにヤマトを見つめて返事をしました(33巻/182頁)。九尾に頼らない自己の獲得…つまり、ナルトのアイデンティティの獲得は、ヤマトのナルトへの暖かな「叱責」によってなったと、僕は考えています。「九尾の目ではなく自分の目で…」とヤマトに諭された瞬間、ナルトの瞳にはサスケとサクラが写し出されていました。非常に澄んだ瞳でした。昔、何かの本で読んだ…「人は生まれながらにして人ではない。人になって行くのだ…」と言う(ような)言葉を思い出しました。それを引用させてもらえば、この時、ナルトは確かに「人」になったのだと思います。

「あなたは、大切な人がいますか?」

波の国で出会った「白」が、まだ脆弱であったナルトの魂を、しっかりとした形に整えました。優しくろくろを回し、土塊から美しい陶器を作り出すように。その柔らかい両腕で抱えるように、優しく包んでくれたのです。その「白」の暖かみは今もナルトの中にしっかりと残っています。「白」はナルトを内から支えていると言って良いでしょう。

そして、ヤマトがナルトに見せつけているのです。

大いなる「父」が
その「背中」を…
その「生き様」を…

「我が子」に示すように…


  

「老人と海」を再び、読んでみた… | BLOG TOP | 第365話「イタチを追え」

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