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「忍刀」(終末の谷の決闘…第九撃)


「オレは復讐者となり
木ノ葉隠れの里に戦いを挑んだ」(トビ)

第399話「すべての始まり!!」のたった一コマ(第43巻/180-181頁)を起点にして、あーでもない…こーでもない…と捏造グォフォッ(吐血)考察しているのが「終末の谷の決闘」であります。本誌でこの見開きを見た瞬間、僕は身体の「芯」を鷲掴みにされて、激しく揺り動かされた気がしました…。屁理屈抜きに…素直にカッコ良い!!僕の中に在る少年が、そう吠えたッ!!…と、僕は今でも思っています。そして、その一念が今も僕にこんなグォフォッ(吐血)熱(ねつ)を帯びさせ、こんなお話を書かせてるのよ(汗)。この一戦の後、初代火影に就任する千手柱間と、うちは一族の頭領であり、真・万華鏡写輪眼の開眼者・うちはマダラが正真正銘、果たし合った…「終末の谷の決闘」…その真の意味を考える事は、ナル×ジャンの「使命」(=ライフワーク)なんだと、僕は考えています。

これまでも、この見開きに鏤められたアイテムを取り上げて考察(ね、捏造!?)して来ました。「月光」(終末①)、「死神」(終末②・マダラの武装)、「力量」(終末③・柱間の大巻物)、「鬼手仏心」(終末④・柱間の武装)について考察して来ました。ま…かなり前に書いた事もあり、精度的にもアレですが、今も大筋ではそんなに外れていないと考えています。ただ、新証言や新たな描写の提示、及び発掘や、描写の解釈の微妙な変化もあるにはある…(汗)。特に、柱間の武装である七振りの「忍刀」と大型の風魔手裏剣を考えた「鬼手仏心」(終末④)に関しては再考を要する程に重大な新規の描写が出て来て、「鬼手仏心」(終末④)の記述を補完する考察が必要になって来たと感じました。

ホントのところは…「終末の谷の決闘」の時代への関係性の考証…「九尾事件」(終末⑤)。「うちは虐殺」(終末⑥)を示し、次に『NARUTO -ナルト-』「教育論」(=強化論)としての考察…「強化・闇」(終末⑦)、「強化・八卦の封印式」(終末⑧)を纏め上げて、一気に「終撃」に行っちゃおうかしら…実は「終末の谷の決闘」を書こう!!…第399話「すべての始まり!!」のたった一コマ(第43巻/180-181頁)に出逢って、書かねばならない!!と感じた瞬間に思い描いた「終末の谷の決闘」の考察の「〆の情景」がありまして…それを書いてしまうか!!と意気込んでいたところだったんですが、そうは問屋が卸さない…とばかりに、まだまだ書く事がある…道が続いている事に気付きました。その「〆の情景」ドバーッ!!と吐き出すのはもう少し後になりそうッス(笑)。

千手柱間と七振りの忍刀

九尾の口寄せと、首斬り鎌(デスサイズ)と芭蕉扇で武装したマダラ(真・万華鏡写輪眼)に対し、柱間の準備は非常に周到でした。木遁忍術・樹界降誕の守備的な「城塞の陣」(仮称)、尾獣のチャクラを術式化した(?)大巻物(木遁忍術を自動展開していた?)、それに七振りの「忍刀」と風魔手裏剣…。この描写から、柱間がマダラの木ノ葉侵攻を読み切った彼の地(終末の谷)での迎撃戦だったと展開してましたっけ。その辺りは変わらないんですが、何で柱間がこんなに沢山、七本もの!!「忍刀」を準備しなくてはならなかったのかが、疑問と言えば疑問でした(「忍刀」の横っちょにある風魔手裏剣の解釈に関しては、マダラが柱間にプレゼントしたものであり、友情の証みたなもので、柱間がマダラを思い留まらせる為にちらつかせた…との考えは今も変わりませんが…)。


忍刀①

忍刀②

忍刀③

忍刀④

忍刀⑤

忍刀⑥

忍刀⑦


そもそも武器を使う戦闘の場合、身体から離して装備する事を奇異に感じてはいました。それは忍術戦闘においては武器召還(口寄せ…雷光剣化など)が可能だから、自分の手ゴマを見せびらかす必要性はない筈です。これが逆に威嚇の線かとも思わせた機微でしたが、「樹界降誕・城塞の陣」(仮称)の守備力に対する絶対の自信があった上で、マダラの縦横無尽に戦域を駆け巡る戦闘スタイルに対処した柱間スタイルだっと考えます。また、武器を身体から離して装備する事により敵に武器を奪われる難儀な状況も武器が使用者認証の機能を持つ事である程度、防げます(武器を相手に使われなくとも自分が使えなくなる状況はあり得る)。少なくとも柱間には「武器召還<忍刀の提示」の判定はあったのでしょう。

「いよいよだ…
我らが目的を達成するのもあと僅か…
そうなれば全てが本来の形に戻るのだ…」(トビ)

「写輪眼の本当の力が…
このうちはマダラの力が」
(トビ)

雷鳴が轟く雨隠れでペイン(弥彦)と小南を前に、トビが初めてその写輪眼を読者に曝すシーンで(第40巻/94-96頁)、トビがそう叫んでました。僕はトビはうちはマダラそのものではないと思っています。それはトビがかなり不純だから。僕が「終末の谷の決闘」(第43巻/180-181頁)のワンカットに殺られたのは、柱間もマダラも必死に闘ってたからだと思っています。自分の持てる全てで、お互いの存在そのものを懸けた闘いがそこには確かに在った…。お互い正々堂々と死力を振り絞って闘ったからこそ、僕の「芯」は揺り動かされた…のだと思っています。そして、それは今、僕らが見せられているトビの黒幕的な暗躍が示すこ狡さとは明らかに真逆です。もし、トビがうちはマダラそのものならば、正々堂々と満月の晩に火影に決闘を申し込む筈です(笑)。

それはトビ自身も隠してはいなくて、”暁”が目的とする事が達成されるまでは、全ては未だ「本来の形」ではないと、公然と言っています。”暁”の目的の一端は「尾獣集め」にあるでしょう。それは最近の提示で外道魔像と関係していて、その計画名が「月の眼計画」(第453話/「五影会談前夜…!!」)であろう事までは分かっています。トビのこの場の雰囲気からは「月の眼計画」の達成に拠ってうちはマダラの力=写輪眼の本当の力が蘇るのだと言っている様に感じます。ぶっちゃけ、トビは「本来の形」ではない…うちはマダラの名を騙(かた)る何者かであると、僕は考えます。或いは、マダラ自身が「本来の形」に戻る為の仮の姿かも知れませんが、それにしてはマダラの潔さがない…ちゅーか、不純物が多すぎると思う訳。

良い歳ブッこいた大人の「芯」は変わらない…と、僕は思ってる。大人が子供たちを羨ましがるのは、子供が変われるからだから…。身体が柔らかい様に、心も魂も柔らかいのよ。逆に大人になればなる程、ガチガチに固まってしまう。それは別に悪い事じゃなくて、アイデンティティがあるって事で、大人が子供みたいに簡単に変われる方が怖いとも思います。だから、マダラが柱間に負けた事で、一念発起して方針を変えました…これからは腹芸や根回しをガシガシ使いまーす!!と、掌を返したように変われるとは思えないのです。ホントにトビがうちはマダラだったら、組織の先頭に立って肉弾戦でも何でも真っすぐに目標に向かう筈です。マダラに「虎視眈々…」って言うのはどうも似合わないです。それがアイデンティティに対する僕(←ガチガチに考え方が固い…笑)の見解です。

「そしてオレは敗れた
”終末の谷”と呼ばれるようになった
あの場所でな」(トビ)

「オレはあそこで死んだ…とされている
柱間でさえそう思ったハズだ」
(トビ)

「オレはあそこで死んだ…とされている柱間でさえそう思ったハズだ」

「うちはマダラ」 illustration:Cerberus

…で、一応、マダラは「終末の谷」で柱間に殺られてる訳です。ま…殺されはしなかったけど相当な深手…柱間が「死」と認定する状況に追い込まれたのは確かでしょう。実際に「終末の谷の決闘」も決着が付いたのですし、恐らくは九尾もこの時、柱間に鹵獲(ろかく)され、柱間似よって封印(柱間存命時は大巻物に術式化して保管、管理されていた→扉間以降は人柱力として木ノ葉に保有されていた?)されたでしょう。「終末の谷の決闘」は九尾の鹵獲戦としての側面があり、それが柱間の周到に準備された盤石の守備的な戦法に垣間見え、「忍刀」を…まるで餌のように見せつつ、マダラ+九尾の猛攻を受け切る事情が柱間にはあったと、僕は考えています。もしかしたら、マダラにも何かしらの事情があって柱間の「忍刀」が欲しかったんじゃないでしょうか?

「終末の谷の決闘」で千手柱間とうちはマダラが決闘したのには、その決着を機に柱間が忍界の安定に関わる「忍のシステム」(一国一里)を打ち出した事実から、大ガマ仙人の「予言」とも密接に関係していると思われ、ナル×ジャン的には「終末の谷の決闘」の前に千手柱間が六道仙人の審判を受けたであろう可能性を感じています。そもそも、柱間一代限りの「木遁忍術」「尾獣のコントロール」(人柱力としてではなく普遍的な使役能力)は恣意的な外力=六道仙人の信認、或いは許諾があっての異能ではなかったのかと考えています。ナルトも長門に勝利する事で、長門の「外道・輪廻天生の術」を引き出しており、本来、在る筈のない木ノ葉の戦死者の「黄泉返り」を実現しましたよね。

「オレのための輪廻天生の術を
あんな事に使うとは思わなかった…」
(トビ)

「裏切るとはな…」(トビ)

第453話/「五影会談前夜…!!」で、それをトビも悔しがっていて、長門が「裏切った」とまで言っています(笑)。僕はあの一件を輪廻眼=六道仙人の信認だと考えていて、それが大ガマ仙人をして「ほくそ笑ませた」のだと思っています。詳しくは疑問の考察の「大ガマ仙人は何故、ほくそ笑んだのか?」に認(したた)めていますので読んでみて下さい。そして、長門(輪廻眼)のナルトに対する信託こそ、ナルトの「予言の子」の承認であり、「終末の谷の決闘」の一方を担う資格になるのだと思います。…ってことは、それを自分の為の忍術だと言うトビも「予言の子」=忍界の変革者としての要件を欲していた事になり、それをトビが「本命ルート」(第453話/「五影会談前夜…!!」)と呼んでいたのかな…なんて考えています。

ま…何はともあれ、うちはマダラは「終末の谷」で千手柱間の「忍刀」の一振りに身体を貫かれ、柱間でさえ「死んだ…」と思える程に傷付いた訳です。トビが言うのが強がりで、生物学的にはあの時、マダラは本当に死んでしまったのかも知れないし、実はマダラの写輪眼だけが残されていて、それを何者かが利用して、「うちはマダラの力」(=写輪眼の本当の力)を手に入れようとしてるんじゃないかなーと考えてしまう訳です。取り敢えず、現状、トビが黒幕なのは動かない事実でもありますし、かと言って、どうも完全な状態でもない…。そこには何らかの事情があって「うちはマダラの力」の一部分が現状、トビに在るのではないかと思います。多分、それがトビの有する非常に奇々怪々な攻撃のすり抜けなんだと思います。

「図に乗り過ぎでしょ!
君みたいな子に何が出来るってのかな?」(トビ)

<ドッ>「ぶっ!!」(ナルト)

第383話「最終章、そして…!!」で、雨隠れで自来也が「やめてーっ!!」となって気が気じゃなかった頃、ナルトを含む木ノ葉小隊が森の中でトビと交戦してました(第42巻/61頁)。この時、トビはナルトの螺旋丸の攻撃を<スポッ>っとすり抜けさせたかと思えば(第42巻/21頁)、反転、攻撃に出る時にはしっかりと蹴りをナルトのテンプル(頭部)に極めています。つまり、トビの身体はホログラムではなく、しっかりとした実体があるのです。それを何らかの忍術をもって切り替えていると考えられます。僕はその能力が「うちはマダラの力」の一部なんだと考えています。恐らく、「終末の谷の決闘」の柱間に比較すれば明らかに軽装なマダラの武装はその異能に拠って支えられていたのでしょう。

きっと、当時のマダラもトビのように、印もマーキングも不要な時空間忍術?を用いた超速で移動する戦闘スタイルだったと思います。だから、柱間はそれに付き合わず、守備的で背水の陣とも思える不動の構えでマダラの攻撃を受けたのではないでしょうか。しかし、その戦法を実現する為にはマダラが柱間に向かう理由が必要です。折角、柱間が周到に準備したのに、マダラがそっぽ向いたら目も当てられんでしょう(笑)。だから、柱間は「餌」を用意した…それが、柱間の周りに林立した七振りの「忍刀」だったんではないかと、僕は考えとるとです。そして、柱間を「予言の子」とするならば、柱間の「忍刀」も木遁忍術や尾獣のコントロール能力に比肩する輪廻眼(六道仙人=月)に貸与されたアイテムだったりして…(汗)。

「!!」(黒刀!)(角都)

<ザッ><キュイン>(角都)

忍刀⑦

その真偽整合性はおいといて(汗)、現実の提示(この場合はトビの回想ですが…)で、マダラは終末の谷で柱間の「忍刀」の一振りに身体を貫かれています。ナル×ジャン的にはこの時、マダラの胸部を貫いた「忍刀」は現在、木ノ葉隠れのライドウが所有する「黒刀」だと考えてまして、”暁”の飛車角コンビが木ノ葉を強襲してアスマを殺った時に、増援でアオバの烏に紛れたライドウの連係に角都が異常に驚いた描写(第36巻/141頁)がその根拠になっています。角都は柱間と対戦経験がありましたし、その敗戦が元で人外になったんですよね(笑)。しかし、トビが「うちはマダラの力」の一部であろう奇々怪々なすり抜けで攻撃を回避しているのに、本家のマダラが何故、柱間の刺突を回避できなかったんでしょうか?

<バッ>(水月)

<ガッ>「サスケしつけがなってないぞ」(トビ)

(…こいつを腕だけで…)(水月)

第404話「”鷹”と”暁”」で、水月が首斬り包丁で斬りつけた時に、トビがそれに割って入る描写がありました(第44巻/36頁)。その時、トビは水月の斬撃をしかと受け止めました。首斬り包丁が身体をすり抜けなかった…。これがトビの任意ではなく、「忍刀」である首斬り包丁の特性だったんじゃないかと、僕は黒くなってしまったのです。そして、それが「終末の谷の決闘」で対マダラ用に「忍刀」を七振りも用意した理由だった…。柱間の「忍刀」だけが、マダラに物理攻撃する手段だった。だから、マダラはその一本に貫かれ、死んでしまった…かに思われた。ちなみに、マダラが「忍刀」を欲したのは六道仙人の力、或いは外道魔像や、外道魔像が分配する能力に関係していたんじゃないかと想像しています。

「忍刀」だけがマダラに干渉できる!?

そして、辛くも生き残ったマダラは歴史の闇に身を隠し、やがて霧隠れと繋がる事になる…。木ノ葉隠れに「忍刀」の伝承がないのも変と言えば変で、僅かにマダラを貫いた?「黒刀」だけが木ノ葉に残留しているのは、マダラの死亡認定の拠り所となる骸と共に「黒刀」が残っていたからでしょう。問題はその骸に写輪眼が残されていたかどうかです。また、柱間も無傷だったかも定かではなく、戦闘の混乱の中で柱間の「忍刀」も霧散したのかも知れません。そして、何とかして霧隠れと繋がったマダラが柱間との決闘の戦利品である「忍刀」を元に興したのが「霧隠れ忍刀七人衆」だったんではないかと、僕は考えとるとです。柱間の曝した七振りが「忍刀」の全てなら「霧の七刀」の中にはフェイクが混ざっているでしょう。

武器が使い手の要求に拠って改造する事だってあるし、刀剣の場合は甚だしく破損した場合は鍛え直したりもあるので、形が大きく変わる状況はままあります。或いは、「忍刀」が進化する武器であり、使い手の力量に呼応して自ら形を変えて行く考えもあります。再不斬の首斬り包丁が波の国で墓標として墓荒らしに遭わずにズーッと在ったのも普通じゃないから、もしかしたら、「忍刀」をサポートする組織があるんじゃないか?(盗まれないように見張っていた?)…って、疑惑もあるし、再不斬の使ってた首斬り包丁と水月の手にした首斬り包丁は形状が違います。詳しくは「首斬り包丁」(忍具の考察)に纏めてあるので、お時間のある時に読んでみて下さい。「忍刀」に関してはまだまだ「謎」な部分が多いですね。


「…そういうことでしたか
トビがまさかアナタだとは
思いもしませんでしたよ

これで安心しました…
アナタが黒幕なら
私の立ち回りもやりやすい」(鬼鮫)

「元水影様…いや
マダラさん」
(鬼鮫)

忍刀七人衆が一人、鬼鮫の言う「立ち回り」(第44巻/26頁)。「忍刀」の収集に尋常じゃない興味のある水月。これら霧隠れの忍と「トビ=元水影=マダラさん」との繋がり…。特に、最近の描写で水月がトビのスパイっぽいのがあって、それが「忍刀」の収集ともかなり強固にリンクしてる雰囲気が気掛かりでなりません。マダラの唯一の攻撃手段として「忍刀」が存在するのであれば、それを封印、或いは破壊しない…相応にデカイ理由が存在する筈です。それに、トビが鬼鮫の「立ち回り」を容認してもいます。元水影を操ったであろうマダラを責めるざらつきも鬼鮫にはなかった…。今後、これらの不可解な「点」が寄せ集まり、「線」になって行く中で、物語の中に鏤められた「謎」が解けて行く事でしょう。

個人的には…鬼鮫が「立ち回りやすい」と、トビに濁す機微が、ツーマンセルの相棒だったイタチ「薫陶」の賜物だと、僕は期待しております。同時に、その期待が、「忍刀」の使い手である責務を果たしたかのような…「桃地再不斬」のしでかしたクーデターと重なれば痛快じゃないですか!!…今も波の国の何処かにあるだろう…再不斬と「白」の墓前におまんじゅうとお花を供えて、お線香をくべて、その報告が出来たら良かったのにな…と思いにふける…静かで平和なお盆休みでした。



「サスケの瞳孔」(序) | BLOG TOP | 霧隠れ忍刀七人衆・桃地再不斬

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