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劇場版「NARUTO-ナルト-」疾風伝

 
劇場版ナルト疾風伝

先ず、最初に…自分の「目」で観て良かった!面白かった。非常に良くできた映画でした。幼い子供たちにも楽しんでもらう為に時間を長く出来ない。本編(週刊少年ジャンプの連載)に影響してしまうような内容はダメ。こ難しい伏線は無意味…きっと、製作サイドは雁字搦めだった筈(笑)。それでも、面白い作品にまとめたと思います。純粋に楽しい映画でした。

未だ劇場版を観てない人は、これ以降の記述を読む前に映画館へ行くべきです。

DVDで出るまで待とう!なんてのも浅はかです(笑)。こう言う映画は映画館でお金払って、ガッついて観るべきなんです。それに音響が違う。ホームシアターで、「躯の芯から震えが来ちゃう!」って裕福な家に住んでる人以外はちゃんとした映画館のドルビーサウンドで味わうべきです。そんなこんなをセットで映画ってのは造られてるんだから。完全体で味わうべきですよ。この作品の1800円(中学生は1000円!)は高くはないと思います。

それと、自分の「目」で観て解ったのは、他者の感想は自分の感想ではないと言う「当たり前」。インターネットで紹介される「美味しいラーメン」が必ずしも自分にとって「美味しいラーメン」になり得ないように、面白くないと言う映画の批評が必ずしも自分にとって面白くないとは限らないようです(笑)。あくまでも他者の主観。逆に、僕が面白いと賞しても面白くないかも知れないけど、映画を観ないのは、宝くじを買わないのと似ている。宝くじは大抵当らないけど、買わないと絶対に当らないのです。何より、買わないことには、ドキドキできないでしょ(笑)。

さて、本編。

冒頭、ナルトがいきなり死にます。巫女の予言通りなんですが、墓穴まで掘って埋められます。墓石にも「うずまきナルト」の名前が彫られて…。「……すべては…運命なのか…。」綱手の横顔が悲しく迫ります。マジ、死んじゃったみたい。確実に、事実としての描写でした。多分、誰も信じてなかったと思うけど…(笑)。

話は少しさかのぼります。

封印された魍魎(もうりょう)を復活させて世界を滅ぼしてしまおうと企む「黄泉(この世とあの世のはざまに入れる唯一の者)」が魍魎の魂を暗黒医療忍術で取り込み、力を得ます。そして、傀儡の術の応用で動く「兵馬傭」で構成される幽霊軍団を擁して一路、魍魎の身体の祠を目指して侵攻します。当然、木の葉も諸国と共闘してこれに対抗します。

「肉体を封じ込めてある祠に、鬼の国の巫女を送り届け…
魍魎の魂を封じ込めるしか世界を救う方法はない。」

第七班はカカシが幽霊軍団の殲滅にかり出される為、代わりに日向ネジ(上忍)を班長に、春野サクラ、ロック・リー(中忍)うずまきナルト(下忍)の4マンセルを召集して、鬼の国の巫女を護衛・搬送に当たります。ちなみに、リー君がサスケの代わり…と宣言してましたが、これはサスケが第七班に在籍していると言う事なのか?木の葉の認識上は未だサスケは「里抜け」してない事になっているんでしょう。これは仄かに興味深い描写でした…。

「その巫女の命……もらい受けようか……」

黄泉の部下「四人衆」のクスナ・シズク・ギタイ・セツナが鬼の国の巫女…紫苑に迫ります。黄泉→クスナのルートでチャクラ虫(チャクラを強化させ、これまで以上の力を持つ化け物に変身させてくれる虫)をそれぞれの躯に埋込んで強化するようです。すぐにチャクラ切れになるけど、強化時は相当の強さです。気持ちがハイになっちゃうのは、チャクラ虫のせいななのか?想像も出来ない強さを手に入れたからなのかな?

「そうはさせね〜てばよ!」

真打・ナルトの登場です!気配も消さず、大声を張り上げて…と大物振りを強烈アピールしながら…(笑)。四人衆も土・火・風の連係術で対抗します。しかし、ちょっと反撃されるただけで、チャクラ切れで後退しちゃう。やけに、闘い方が淡白です。努力して得た力じゃないからでしょうか?チャクラ虫のシステムに疑問…悪にしては腰が弱すぎ(笑)。信念なさ過ぎ(笑)。

代わりに、四人衆の追撃戦で、「努力」の人、リーがカッ飛んでくれました!気持ち良く、ガツンと、やってくれるんです!実にスピード感のある殺陣(たて)でした!カッコ良い!

「ガイ先生、自らの忍道のためにあの術を使うことをお許しください。
第三生門、開!!さらに第四傷門、開!!これでおしまいではありませんよ!
第五杜門、開!!」

四人衆の土遁のギタイとの闘い。八門の内、第五門まで開けて、未だリーには余裕があるようでした。「この上は更なる門を…」と悩んでましたから、リーは第六の門、「景門」も抉じ開ける事ができるんでしょうか?恐らく可能…、ッて事はガイが鬼鮫の象転体に繰り出した「朝孔雀」もリーのレパートリーには入ってるかも知れませんね。リーは成長したな。

「裏蓮華!超コレでボ~ン!バージョン!!(チョコレート…ボンボン?)」

映画の全編を通して、リーVSギタイ(土遁の石化)が一番面白かった。仕上げはガイが託した「ウイスキーボンボン」による酔拳?か、或いは「精神的なリミッター外し」による攻撃力のアップで圧倒してしまいます。子供相手の映画でいちいちアレなんですが(笑)、ここの理由をも少し明確に示して欲しかったのはある。

かつての名勝負。サスケ奪還編でのリーVS君麻呂。直線的な動きを見切られたリーは、不可抗力で「酔拳」を発動して一時攻勢に転じますが、本編ではその理屈を、君麻呂の台詞に上手く織り込んでました。作り込み方に対する物言いですが、ここでは簡単にでも「攻撃力の上昇」の説明が欲しいです。描写的には酔拳と言うよりは、リーの優しさによる「手加減」をアルコールの力で払拭するものだと思うんですが、曖昧。

例えば、敵である筈のギタイがリー君を誉めちゃうような…「こいつ…底知れない…」でも良いし、「まだ、あるのか…」でも。それこそ「どんだけーッ!!」でもOKだった(笑)。闘う相手すら認めてしまうような心のぶつかり合いが見たかった。チャクラ虫なんかで強化を図る薄弱さが足枷になっている気がします。悪も悪なりに「心」がしっかりしてないと、描き込めないじゃないかしら。今も心に残るような闘いには、そう言う心の深い部分での関わりが感じられたからなんだよな。闘いって、双方の積み上げたものの量の競い合いだから、四人衆と木の葉では差があり過ぎる。四人衆は単なる「道具」みたいな感じがしてならなかった。

一方、ネジは元々強かったけど、精密さと言うか安定感がアップしてますね。上忍としての落ち着きが溢れてます。白眼も威力全開で、守備的な闘いのおいては写輪眼よりも使えるんじゃないかな。ただ、チャクラ性質にこだわり過ぎみたい。それが先入観になって、後手に回ったりする場面もありましたね。真面目すぎるのって、実戦向きじゃないんだな。でも、そのネジの真面目さは好感が持てる。ネジには上品な「硬さ」があるから…。

「ここから先へは行かせん!八卦掌回天!!」

見方によっては、微妙に飛んでて……アレなんですが、高速移動中の刹那ですから…(汗)。で、余談ですが、ネジはこのエピソードの伏線的な存在なんですよね。メインテーマは「運命」と「運命からの解放」ですから、ナルトによってその運命に抗う事ができる事を教えられたネジが、紫苑を見る目こそ静かなプレッシャーなのです。実に良い配役です。ネジもナルトとの中忍試験での対決をジワッと思い出してる事でしょう(笑)。甘酸っぱいなぁ。

結局、四人衆の追撃で追い詰められるものの、紫苑の側近の一命と引き換えに第七班は封印の祠へと歩みを進めます。その後、四人衆(この時は三人になってるけど…)の追撃がありますが、ネジの落ちついた対処で、これを退けます。この時、ネジはチャクラ虫による強化の補給経路を断つ戦術に出たんですが、これも描写としては、チャクラ虫の仕組みをもう少し説明して欲しいし、補給時に隙が生じる点は描写があったのだから、それにネジが気付いた瞬間の描写が欲しい所でした。曖昧と言うよりは有耶無耶(うやむや)で、ネジの「八卦六十四掌」でジ・エンド…(文句ばっかり…笑)。ちょっと、ダルダル…。不評の根があるとしたら、恐らくこのダルダルさ…ですね(笑)。

それに、四人衆の、せめてクスナだけでも、もう一段階の粘りが欲しかった。本編を読んでる人には、ああもあっさりやられるのって物足りなく感じるんじゃないかな。別に、デイダラみたく粘らなくても良いから(笑)。少なくともスクナは暗黒医療忍術も使えるのだし、チャクラ虫も操れるのだから、ギタイがやったように決死の力の解放は欲しかったです。時間が足りないのは解るのですが、工夫が欲しかったです。浅い(ブツブツ…)。

余り好きなキャラでなくて萌えないから、感想がない巫女の紫苑(笑)。ここらでちょっと。腹心の側近、足穂(タルホ)が自分の身替わりに逝ってしまった後、自らの宿命を呪うように…。

予知は、巫女の命を守るための能力なのじゃ…。
巫女が、自らの死を察した時、巫女の魂は本体を離れ、
過去の自分に死ぬ瞬間の映像を見せる…。
死ぬ時に見やるは近くにいるお付きの者の姿じゃ…。
その者は巫女からの死の予知の事を聞き、
自らが身替わりになって巫女の死を防がねばなるぬと考えるのじゃ……。
これが巫女の予知の仕組み。

と、まあ、予言の正体をズバリ明かしています。要約すると、側近が死ぬ事で自分が助かる…と言う仕組みです。ナルトの予言も正にこれで、この予言を覆せば、ナルトは死なないで済む。でもそれは自分(紫苑)の命が危ないという事なんだけど。かなり厳しいけど、運命=予言に抗える…と言う可能性を示唆しているのです。実際、冒頭のナルトの埋葬は運命に従った未来でした。でも、「運命=予言」は絶対ではないと、紫苑も知ってはいるのです。だから、ナルトは死んだけど、死んでないのです(笑)。

「ナルト…。…おまえは…生きろ!!」

この後、本格的に黄泉と魍魎の身体を封印する祠で闘うのですが、そこで紫苑はこの予言に抗い、ナルトを助けてしまいます。紫苑は自らの意志で予言を破棄したのです。それは、紫苑のナルトへの想い(この闘いの少し前に紫苑の胸キュンは上手く織り込まれていました…汗)からで、同じ事を紫苑は、自分の母・弥勒から受けている事に気付きます。その時、運命を変えるのは「愛」の力である事に紫苑は気付きます。

同時に、ナルトを助ける事は自らの死…恐らく、母・彌勒がそうだったように、魍魎の本体との一体化…自分が魍魎に取り込まれる事で封印する事を意味するようでした。が、その運命すらナルトは覆してしまいます。ここが痛快だった!こう言うバイタリティ溢れるナルトに魅力を感じてしまう。バイタリティ…言うなれば、「心のスタミナ」ってところでしょうか。

「気に入らねェ運命なんか…。受け入れるこったぁねぇ…。」

と、魍魎の中に沈もうとする紫苑を引きずり出してしまうのです。これも何げに飛んでるみたいだったけど、僕の見えない…何かの足場があったんでしょう(笑)。でも、子供も観る映画なんで、アレなんですが(汗)、紫苑を助け出す際のナルトのド性骨の搾り出しの過程は足りない。ここには物足りなさを感じてしまいました。あの我愛羅戦での正念場で織り込んだナルトを支える心証風景みたいのがないと、皆、僕みたいに過去の描写を完璧に記憶してないと深層が掴めない…(笑)。サブリミナルみたいなカット割り(エヴァみたいの)になっても良いから、挿入するべきです(未練タラタラ…)。

「くらえ!オレと紫苑の"超チャクラ螺旋丸!"」

ナルトは螺旋丸に紫苑のチャクラを錬り込んで「超チャクラ螺旋丸」を作り出します。でも、螺旋丸に他のチャクラ性質を錬り込むのって、あの四代目でも成し得ないくらい難しい筈なんだけど、二人で協力してやるからできたんですよね(笑)。魍魎、撃破!(めちゃくちゃ呆気無くやっつけて…いきなりエンドロールへ突入…笑)こうして、世界は救われたのです。紫苑も運命を変える事ができた。変えられる事を知った。運命を変えるような出会いをナルトは紫苑にももたらしたのです!

紫苑は年齢的にはナルトよりチョイ上なんですよね。フフ…。エンディングでリー君の頭髪が逆立つような、恋告にもとれる台詞を、ナルトに向けてサラッと言うんですが、ナルトは親指、オッ立てて(この場合の「オッ立て方」と「指」にはくれぐれも注意して下さい…ね。汚れた大人にならないでね…ナルト…遠い目…)それに応えてしまいます(笑)。それは如何にもナルトらしくて好感が持てるリアクションでした。ナルトは「愛すべきバカ」ですから!こう言う人間だから運命を変える事ができるのです。実に気持ち良いじゃないですか!

でも、ここで疑問…。リー君は、その…、女の子との…、そう言った関係について知っている事になりますね。あのリアクションは…。髪の毛、逆立ってましたし…。あの空白の2年半が(リーよ、一体、どんな修行を積んでいたんだい?)、リー君を大人にしてしまったんでしょうか?何よりそれが気になって気になって、夜も眠れない(笑)。

第366話「兄弟」 | BLOG TOP | 「老人と海」を再び、読んでみた…

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