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雷影は何故、”何処でもドア(笑)”な人なのか?

 
「行くぞ!!
シー!ダルイ!!」(雷影)

「ハッ!」(シー)

「オ~スッ」(ダルイ)

<ガシャン>「ついて来い!!!」(雷影)

「ハァ~また…!」(秘書)

第454話/「五影登場…!!」で、続々と五影が五影会談を前に全里影が登場します。(前週ラストの我愛羅→)土影→水影→雷影の順に出発してて、木ノ葉の暫定火影・ダンゾウを除いて唯一雷影だけが里の人々の見送りがなかった…のが、ちょっと気になってました。特に「血霧の里」と呼ばれた霧隠れの里影(直前のヨボヨボ爺ちゃんはフェイクだった…笑)が、あんなにメンコイ女子だと分かり、しかも盛大にお見送りがあって和気あいあいとしてただけに、雷影が執務室の窓を突き破り飛び出して行く姿に、人心を「力」のみで掌握してるのかしら…恐怖政治?…と不安になったと言うか…。ま、ここも可愛い秘書ちゃんが呆れてて、だだっ子に焼く手に温かみが感じられたのが救いではありました。


<ドゴ>「シー!ダルイ!行くぞ!!」(雷影)

「机とか壁とか…
すみませんね」
(ダルイ)

「コラ ダルイ
そんな事はいい
行くぞ!」
(シー)

第460話/「サスケ包囲網…!!」でも、ゼツ・白が五影会談に乱入→サスケの侵入をチクるや否や、雷影はいきり立ち、つべこべ言うゼツ・白を瞬殺→サスケの捜索に乗り出す雷影の行動には瞬発力を感じました。この時も、雷影は鉄の国の五影会談をしていた会談場の壁をその拳でぶち壊して、退出しています。探知タイプのシーにサスケの検索は命じてはいますが、方向を指示された訳でもなく、ゼツ・白がサスケの居場所を明示した訳でもないのに、雷影は出発してしまいました。勿論、この会場に入場したんですから、入り口はある訳で、そこから出る方が数倍速くて安全でスマートですし、かと言って雷影の頭が血が昇って見境がなくなってるようでもない。ちゃんと、青にダンゾウを見張る指示してますからね。

「まったく荒っぽい奴じゃぜ」(オオノキ)

雲のきかん坊
五影になってもそのままじゃな…」(オオノキ)

オオノキも雷影のやり方に対して嫌悪感を示しておらず、寧ろ、幼き日の雷影の姿すら知っているみたいな…懐かしさを滲ませる苦笑には、雷影の振る舞いが昨日今日始まったものでもなく、ダルイの何気ないフォローの仕方や、シーの雷影に対する絶対的な服従や随伴・護衛の義務感に明確な好意が存在する事からは、雷影の粗野で横暴にも思える行動も周囲には雷影の個性として受け入れられているように感じます。嫌悪や恐怖ではなく、雷影は愛されてる…と。先の雲隠れの出発にしても、きっと雷影の着地点に大挙して雲隠れの忍が待ち受けてて、雷影コールをもって雷影小隊を送り出したものと思われます。雲隠れでは雷影を誰もが認めている…愛している…それは雷影に「徳」があるからだと、僕は考えています。

オオノキの雰囲気からも、雷影は子供の頃から変わってないでしょう。そして、それはこれからも変わらない。雷影の”何処でもドア(笑)”は雷影の信念そのものであり、雷影にとっては、自分の進路が「道」な訳で、そこにドアがなければ、当然、自分で拵える=壁があったら突き破るし、窓があったら叩き割る(笑)。雷影の通った跡が「道」になるのです。味方であれば頼もしい存在。口だけでなくちゃんと殺る(笑)。自分の向上心とのバランスもあるだろうけど、僕は憧れを感じます。雷影は為政者としては裏表がなさ過ぎだけど、僕は好き。だから、シーやダルイがこんなメチャクチャな行動をとる雷影にかしずくのは全く不思議じゃない。それは雷影が解り易いから。雷影の行動の全てが「生き様」みたいなもんだから…。

「バ…バカ者
このワシをだと思ッとる!」(オオノキ)

「岩隠れ
両天秤のオオノキと怖れられた
土影じゃぜ」(オオノキ)

第454話/「五影登場…!!」で、荷物を持つなりギックリやっちゃったオオノキが吠える訳ですが、この「両天秤」にはいろんな意味が込められているのだと思います。勿論、両天秤…天秤=棒術使いじゃないかと思うし、それで土影なんだから弱くはない筈。ぶっちゃけ、スゲー強いと思います。でも、大人語の「両天秤」って、少年少女には聞かせたくない…ちょっと狡い意味合いもあります。これは、リスクマネージメントの見地からは決して間違いじゃなく、大勢の生命・財産に責任を持つ為政者としては当然の姿でもあり、逆に雷影が異常なんですが…(笑)。普通だったらオトナは子供に対して自分の「両天秤」なところは見せたくない筈。人の「表裏」(両天秤)は必要ない訳じゃないから、気付かせない…と言うか。

天秤(てんびん)に掛・ける:
①選択にあたって、二つの物事の優劣・損得を比べてみる。
身の処し方に困らないように、対立する両方に関係をつけておく。両天秤に掛ける。

雷影とオオノキは正反対のキャラなんだと思います。だから、誰よりも反発し合うし、その反面、異常に理解し合ってる…ように感じます。後は好き嫌いの問題で、僕だったら雷影について行くな…と。一か八かで怖いけど、雷影と言う人間が解り易く、信じ易いから。それって、愛せると言う事なんだと、僕は思います。ただ、反目し合う雷影とオオノキも、目的は自里を守る…点では一致してて、目的達成の方法論の違いだけなのね。それが、各里を後にして五影会談に向かう砂、土、霧隠れの見送りシーンを織り成していた訳で、雷影の場合はちょっと特殊だったけど、前記の描かれざる描写があって他里と同質の理解の下に里影たる面目を保っているものと思います。スタイルの違いだけ。皆、愛されてるだと思います。

雷影の裏表なさや、粗野で乱暴なところは為政者としては現実問題としては甚だ疑問だけれど、これで雲隠れが成り立っているのだから、認めたいです(笑)。ま、きっと…そりゃもうしっかりした側近がいて、あれこれ世話を焼いて切り盛りしてるんでしょうし、あんなメンコくて頭の切れそうな秘書ちゃんまでいるんだから、バランスが取れてるんでしょう。逆にこんだけ乱暴な雷影なのに雲隠れの里がちゃんとやれてるって事は、雷影の周囲が異常に頑張ってるとも言えそうです(笑)。そして、その原動力は雷影への信頼に他ならないと思います。ぶっちゃけ…雷影のブレのなさは異常(笑)。それが顕著に描写されたのが、例のナルトが雪に額を擦り付けて土下座してサスケの許しを請うたシーンでした。


「忍が簡単に頭を下げるな!
忍が尊重するものは行動と力だ!」
(雷影)

「忍同士の話に譲歩ぐせは禁物だ」(雷影)

「人類の歴史は戦争の歴史だ!
三つの忍界大戦以後……
あらゆる国…里が強い忍術を
手に入れようとしてきた

力なき者は踏みつぶされる!
それが忍世界の絶対の真理だ!」
(雷影)

第457話「五影会談、開幕…!!」で、土下座してサスケの許しを請うナルトを雷影が諭しています。どこの馬の骨だか解んない青年の言葉に耳を貸す程、雷影だって暇じゃない(笑)。五影会談を控えてるんだから、考える事だって一杯あるかもしれない(不安だけど…笑)。それでも雷影がナルトを無視しなかったのは、写輪眼のカカシが口添えやヤマトの毅然とした物言いがあった上で、ナルトがホントに友達を想い、本気で許して貰おうと諦めなかったからだと思います。そして、その機微を雷影は感じる事ができる人なのです。雷影は結構、繊細なところがある。だから、忙しい状況ではあるが、こんな何処の馬の骨に(笑)懇々と聞かせた訳。そして、それは雷影が終始一貫して貫く「生き様」そのものでした。

雷影は「己」に基づいて行動している。

軍縮傾向のご時世の中、忍術を集め、かつては尾獣(人柱力)も保有し、そのコントロールをなし得ていた…。「日向事件」においても、完全なワルではあったけど、交渉事で譲歩した木ノ葉に非があると言う。「力なき者は踏みつぶされる」…雷影はその言葉通り、全てを踏みつぶして歩く姿勢を貫いている。文字通りの「有言実行」を雷影はやり抜いている訳。しかも、異常なまでのブレなさで(笑)。だから、窓だろうが壁だろうが、目の前に在るモノは全て、粉々に砕く雷影の”何処でもドア(笑)”が存在するのです。この異常なまでの雷影の表裏のなさ。そして、五影会談なんて格式張った場所ですら、それを憚らないブレなさ。これこそが雷影の「徳」…愛される理由…その原動力なのだと、僕は考えています。

言ってみれば、雷影は柱間やマダラがブイブイ言わせてた頃の忍像を色濃く受け継いだ存在でしょう。逆に、腹芸や根回しに長けてそうなオオノキやダンゾウは、ある意味、社会性が豊かで、過去の経験をより真摯に受け止め、問題解決策としての変革を受け入れた先進性があるニュータイプなのかも知れません。その対立の構図ははっきりと五影会談でも描かれていました。どっちも譲れないから衝突するんだけど、それでも4:1で受けて立つ雷影…雲隠れって凄いまとまってると思います。ま…その中核には明らかに雷影が存在します。それは雷影が変わらないから。(ここまでガチだとやり難いのはあるが…)変わらないから里の全てが雷影を信じる事が出来るのだと、僕は思います。しかし…これって…異常なまでの…。

雷影のブレなさは何かに似ている…。


「まさかあのキラービー様
やられた…」(ジェイ)

「そんなうそでしょう…
あいつら何者なんです!」(後輩)

「”暁”のメンバー
相当の手練だとは思うが…
ちょっと待てよ!」(ジェイ)

「何です?」(後輩)

「あれはうちはの家紋!」(ジェイ)

「”鷹”VSキラビ」で”暁”のマントが脱げたサスケの背中には「うちはの家紋」がありました(第45巻/54頁)。普通は、自分の身元がバレちゃう装備はしないです。特に悪い事するなら尚更(笑)。ま、そのオブラートが”暁”のマントだったのかもしれないですが、サスケの「うちは一族」に対する想いは雷影の「生き様」と同質の頑(かたくな)さを感じるんです。そう言えば…木ノ葉に向かう”鷹”の前に現れたトビにも「押し通る…」(第453話/「五影会談前夜…!!」)と、千鳥で問答無用でしたね(笑)。あれは雷影の”何処でもドア(笑)”に似てるなー…と、思ったものでした。サスケも正しいとか間違ってるかとかではなくて、人間としてはブレない…しっかりとした覚悟があるのだと、僕は思います。

だから、常に「うちはの家紋」をあしらったコスチュームに身を包んでいます。これは、明解な自己提示だと思います。サスケは木ノ葉隠れにこれっぽっちも想いはないけれど、「うちは一族」には相当に執着しています。終末の谷でナルトとやり合ったサスケが自分の額から滑り落ちた額当てを拾わなかったのがその証拠(あれはナルトに額当てを預けた…とする考えもあるんですが)。これは「うちは虐殺」で、サスケの反撃…写輪眼の第一次覚醒がサスケのポテンシャルを引き出しただけでなく、イタチが泣いてしまったが故の失態だった…で額当てを落として、それを拾い上げまた結び直したイタチとは正反対の行動だったと言えます。サスケはある「野望」を携えているのです。それは第一巻の「自己紹介」から変わってはいない…。

「名はうちはサスケ
嫌いなものならたくさんあるが
好きなものは別にない
それから…
夢なんて言葉で
終わらす気はないが
野望はある!」
(サスケ)

一族の復興
ある男を必ず…殺すことだ」(サスケ)

サスケは本気で「うちは一族」を再興しようと、今も考えているのでしょう(第1巻/115頁)。それが、サスケの背中の「うちはの家紋」に込められています。サスケもまた雷影と同じなのかも知れない…僕にはそう思えてならないです。「力なき者は踏みつぶされる」「うちは虐殺」のトラウマがサスケの人格形成には大きく影響してますから、今あるサスケの頑な行動は「生に対する諦め」ではなく、寧ろその真逆の「一族の再興」に向かってる…ホントにサスケは世界を征服して「うちは一族」を再興してるんじゃないでしょうか。だから、サスケの無軌道にも思える行動に儚さが感じられない。そして、その行いや態度が雷影に凄く似てると、僕は考えています。どっちも頑固者。そして、口だけじゃなくてパネー…「力量」がある。

<ガガガガ><バチチチチチチ>「小僧!」(雷影)

「憤怒の恐怖を教えてやる!!」<バサ>(雷影)

第460話「サスケ包囲網…!」で、とうとうサスケと雷影が対峙してしまいました。雷影はキラビを殺されたと思ってるから、超高温(笑)。十中八九、お茶が沸く!!(汗)対して、サスケは香燐がガクブルに震えるくらい冷たいチャクラを練っています。この両極端なチャクラがこれからぶつかる訳です。かと言って、二人が全く違うかと言うと、実は怖いくらい似ています。「己」を捨てずに、真っすぐに自分の道を歩んでいるから。そして、立ちふさがるものは何であろうと押し通る。酷似した「信念」が二人にはある。その類似性が、僕には救いでもある。かつて、輪廻眼の長門を堕天させた「半蔵事件」と、それが符合しないから…。雷影が「どカスでど小物」ではないから…。それがトビの計算外だと思いたい訳だ。

トビの胸算用では、五影を向こうにまわした劣勢の中で外道魔像とのリンクがある筈…僕はそう考えてます。「半蔵事件」の再現がトビの思惑なんだと、僕は考えています。サスケのチャクラ切れに尾獣のチャクラを閉じ込めた外道魔像が出現して、力(チャクラ)を貸すとなれば心が揺らぐでしょ。それが背中にアンテナ(外道魔像の臍から伸びた黒い棘)を立てる承認になるなんて、サスケは知らない訳だし。でも、「半蔵事件」の最悪さって、「オトナへの絶望」があったところで、それは半蔵が長門と戦わずして逃げた描写に滲んでました。雷影にそれはない(笑)。そもそも雷影の「生き様」は雲隠れを守護する目的意識に根差していますし…。そして、サスケに向ける「憤怒」はキラビを殺られた(と思ってる)恨みが根っ子。

だから…少なくとも雷影と対決するサスケに「オトナへの絶望」はない筈なのよ。長門が全てに絶望して、「己」を捨ててしまった…折れてしまった…あの忌まわしき「半蔵事件」のようにはならないと思うんです。サスケが雷影の前に立ちふさがるなら、雷影は迷わず”何処でもドア(笑)”な人に成りますし、サスケだって、四の五の言ってないで「押し通る」人に成る筈です。勝敗はこの際、どっかに置いといて(笑)。似た者同士の戦いの中で、サスケが「己」とは何なのか?を考える切っ掛けが出来れば良いな…と、僕は思います。それが、サスケが目指す「一族の復興」の重大なヒントになるんじゃないかとも期待しています。ま…勿論、サスケが死ぬ前提なんかありませんし(笑)。そして、雷影には期待しちゃう…。

「オレが!!オレが!!」「欲」で動いてない事を。


  

第462話「サスケの忍道…!!」(トビ半落ち編) | BLOG TOP | 「アンタ達はいつ己を捨てた?」

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