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トビの溜め息(第463話「サスケVS雷影!!」補足)

 
「…仕方ないのさ
…それが血塗られたうちはの憎しみの運命
遥か昔から永久に続いてきた
呪いのようなものだ」(トビ)

「…憎しみの運命
…呪い……!!」
(ナルト)

「そうだ……遥か昔
六道仙人と呼ばれる忍の祖から始まる
憎しみの呪い」
(トビ)

「六道仙人だと…
そんなものはただの神話のハズだ
輪廻眼は突然変異にすぎないし…」(カカシ)

神話
真実になぞらえて語られる…
かつて六道仙人は忍宗を説き
平和を導こうとしたが…

夢半ばにしてその時が来てしまう

六道仙人は忍宗の力と意志
二人の子供に託す事にした

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った

仙人は最後に死の床で…
後継者を決めなければならなかった…
しかし
その決断が永劫続く憎しみの呪いを
生んでしまった」
(トビ)


「どういう事だ?」(ナルト)

「仙人は力を求めた兄ではなく…
愛を求めた弟こそ後継者にふさわしいと
そちらを選んだ」
(トビ)

「長男として当然
自分が後継者だと思い込んでいた兄は納得せず…
憎しみのあまり弟に争いをしかけた

時がたち血が薄れても
二人の兄弟の子孫は争いを続けた


兄の子孫は後にうちはと呼ばれ
弟の子孫は後に千手と呼ばれるようになる

このうちはマダラ
初代火影千手柱間との闘いも
運命だった」(トビ)

第462話「サスケの忍道…!!」トビの半落ちの行…思えばこの辺りからそこはかと無い哀愁が漂ってましたね。「終末の谷の決闘」を熱烈に推進するナル×ジャンとしては、驚愕の新証言を信用してみようと考えています。ここで唯一反論するカカシも「うちは一族も元をたどれば日向一族にその源流があると言われている」(第9巻/117頁)に固着した頑さが否めないし、どこから引っ張って来たんだか…多分、自来也経由…輪廻眼が突然変異だなんて!!(笑)ま…トビの半落ちを全面的に信頼して考察してみますが、六道仙人の力が二人の子に分岐される事で「呪い」が生まれたと…トビの半落ちを掻い摘めば、そう言う事でしょう。しかし…これは偶然なんだろうか?偶然、仙人の”眼”と”肉体”が真っ二つに都合良く別れた……?

「夢半ばにしてその時が来てしまう」(トビ)

「仙人は最後に死の床で…
後継者を決めなければならなかった…」
(トビ)

チャクラの真理を発見し、全ての忍術を生み出した六道仙人ともあろう者が、そんな不覚を取るだろうか?六道仙人の地爆天星は「月」をも創ったのに…おかしい…僕は二人の子の能力や特徴の分岐には恣意的なものを感じてなりません。何故だか、お母さん(六道仙人の奥さん)が描かれてないのも引っ掛かるし…。根拠が希薄でちょっとアレなんですが、「月」が創れたんだから、「人間」だって…と、僕は考えています。ちょっと壮大な話になってしまうけど、「月」があるからチャクラがある…みたいな想定もナル×ジャンにはある。それがナル×ジャン用語の「チャクラ界」なんだけど、六道仙人がチャクラを発見したんではなくて、チャクラそのものを創った…ちょっとぶっ飛んでるけど…それが「月」のナル×ジャン的意義

そこまで行かなくても、安寧秩序への責任感から六道仙人は、ただ死を選択する事を躊躇った…。それで「月」を創って世界を見守ろうとしたんじゃないでしょうか。それを土台に、六道仙人の二人の子供も六道仙人によって創造された…と考て「月」と六道仙人の二人の子がセットになって六道仙人のピースが完成する…みたいな想定だって面白いと思います。何れにしても六道仙人が自分の想いを「月」と二人の子に託したのはナル×ジャン的にはガチで、例えば…「月」が尾獣を覚醒させたり、写輪眼に力を与え…る可能性があった…たり、「月」が世界に関与し続ける描写には六道仙人の粘着があるとも思えます。他にも「月」に関しては外道魔像(尾獣を含む)が関係してる描写があり、終盤の非常に重要なファクターであります。

「月」が二人の子の争いを後見する必要があるから「終末の谷の決闘」は満月の晩に行われたのでしょう。或いは「月」がマダラが口寄せした九尾と関係してる可能性とか、写輪眼の瞳力に「月」が関与してて尾の口寄せの要件として「満月」が必要な想定もあるけど…。この辺りは非常に混沌としてるけれど、何らかの形で「月」「終末」には関係しているのは事実です。その執念深さと、如何にも対立しそうでさもありなんの二人の子孫を残したのは、そのまま六道仙人の内部的な矛盾を象徴してるんじゃないかと、僕は考えています。ぶっちゃけ、六道仙人には最初から答はあったんだけれども、それを伝えるスベとして、自分の力を半分に分けて(或いは三分の一…「月」と二人の息子)、葛藤そのものを託し、逝ったのではないかと…。

「仙人は力を求めた兄ではなく
愛を求めた弟こそ後継者にふさわしいと
そちらを選んだ」(トビ)

「長男として当然
自分が後継者だと思い込んでいた兄は納得せず…

憎しみのあまり弟に争いをしかけた」(トビ)

或いは、六道仙人の願いが歪められた形で二人の子に引き継がれたのかも知れないけど、そこから忍界の「憎しみ」は始まったと言えそうです。ま…このお話ってトビの一方的な吐露なんでアレですが…。ぶっちゃけ、「憎しみ」なんてのは「兄→弟」の一方通行で、基本、親(六道仙人)に認められなかった兄が弟を恨むなんて、八つ当たりとか逆恨みレベルで、それを血が薄れるくらいの長きに渡って永々と引き継ぐのも、正直、どうなんだろ?と疑問に思います(笑)。例えば、立場が逆になって兄が認められ「力」が平和を築く為に必要だと六道仙人が選択すれば逆の結果になったのか?それでも「愛」が平和の為に必要だと悟った弟ならば、「愛」の為に闘った…つまり、二人の衝突は不可避な設定だった。

六道仙人には「愛」(=弟)を後継者に選抜した時点で、兄が不服を申し立て、弟と争う事が解っていたんじゃないでしょうか。それでも、「愛」と「力」の二つの悟りを分けたのもまた六道仙人に他ならない……そこに、恣意を感じてならない訳。既に六道仙人の中では「答」は存在したんですから、その上で敢えて全く正反対の『二つの自分』(=兄と弟)を残し、それを争わせる…それって壮大な親心なんじゃないかと…ナル×ジャンで言う「気付く=築く」で、教えないのは気付いて欲しいからだと、父性代表のケルベロスとしては踏ん張り所だと感じております。こう言う導き方は父性としてはある。教えられないのは気付いて欲しいからで、「平和」に気付けない者が「平和」を築く事なんかできない…と、父ならば思う…と、僕は思う。


「お前と会うのは二度目だが
千手の火の意志がお前の中に宿っているのが分かる
今もお前の中に初代火影を見る事ができる
死んでもなおあいつは生き続けている


オレの憧れであり…ライバルであり…
オレの最も憎んだ男」
(トビ)

「………」(トビ)

「千手とうちは
火の意志と憎しみ
ナルトとサスケ…


お前達二人は運命に選ばれた
次の二人になるだろう」
(トビ)

第462話「サスケの忍道…!!」で、自分を「うちはマダラ」とするトビが余りにも及び腰なのが気になった…ちゅーか、コイツ…マダラじゃねーなと(笑)。トビがマダラならば、既に運命の中にいる訳で、それが今さら長門の「外道・輪廻転生の術」に期待してみたり、ヤマカカとナルトにナルサスが「運命に選ばれた次の二人」なって言うのは、ぶっちゃけ、自分が運命の中にいない…つまり、自分はマダラではない…と言ってるよなもんだと、僕は思います。ま、しかし、このトビの性格設定は先祖代々、「愛」(=弟)を恨み続ける「力」(兄)の設定だと思いますので、兄系の関係者だと思います。六道仙人としては自分の葛藤を継承させる為に兄に異常な粘着気質を与えた…恣意があったように思います。

兄系(仙人の”眼”)の強烈な粘着気質異常なまでのファザコンも六道仙人は織り込み済みだったんじゃないかと思います。それが兄の攻撃性を弟に向かわせる訳で、その最終地点には「終末の谷」がある…。サスケは一般的にイタチスキーのブラコンに思われがちですが、実はフガクスキーの超ファザコンだと、僕は思ってるし、イタチの死が執拗にサスケを苛むのは、イタチに強烈な父性があったからだとも考えています。この辺は「イタチの生き様」に記してあるんだけど、イタチは「うちは虐殺」によって喪失した父性の補完を全うして逝ったのだと考えられて、「サスケVSイタチ」で擬似的な父性に触れたサスケが多大な後悔を抱き、以降のサスケの常軌を逸した行動を形成しているのだと考えております。

ちょっと横道に逸れちゃったけど、六道仙人は二人の子の性格設定を踏まえて、子々孫々に至る諍いの歴史をワザと残した…それが「忍宗→忍術」の第一のパラダイムシフトだったのだと思います。そして、「マダラVS柱間」で柱間に軍配が上がり、「一国一里」の忍のシステムが確定した…これが第二のパラダイムシフトで、長門が苦しんだ「痛み」を引き受け、輪廻眼の承認を受けたナルトが、うちは(兄系)代表のサスケと第三のパラダイムシフトを懸けて闘う…「終末の谷の決闘」があると、トビは予言してる訳で、その為にサスケに対する輪廻眼の承認=真・万華鏡写輪眼の開眼=イタチの運んで来た眼の移植(…をサスケに許容)をする為のシナリオを粛々と執り行っている最中なのだと思います。

でも、ま…トビが言う「呪い」とは兄系の歪んだ性格設定が増幅した部分もあって、それは柱間に憧れを感じるマダラの想い(を伝えるトビ)にも滲んでいます。しかも、「呪い」を残した六道仙人の「善かれ」には多量の「親心」(って言うか100%親心だわ)が含まれる事を考えれば、六道仙人には二人の子に「気付いて貰いたい」と言う本意がある筈です。そもそも、それが「教え」を闘う「術」に換えた第一のパラダイムシフトそのものであり、「力」(兄系)が「愛」(弟)に憧れ、「愛」(弟系)が闘う為に「力」を振るう不条理に目を向けるなら、「力」と「愛」が別のモノであるとする認識がそもそものトラップである事に気付くべきだろうと思います。そして、それが六道仙人の親心=真意ではなかろうかと、僕は考えています。


「サスケも長門のように心変わりさせてやるとでも?
それこそ勝手な言い分だぞ…ナルト
人をコントロールするには
心の闇を利用するテクニックが必要だ
長門はたまたま人に感化されやすい子だったがな」(トビ)

「………」(ナルト)

「長門とてめーを一緒にすんな!!」(ナルト)

やり方は違っても
あいつは本心で平和を望んでいた!
けどおめーは違う!!」(ナルト)

「フッ…だな…」(トビ)

第463話「サスケVS雷影!!」で、トビが見せた哀愁…「トビの溜め息」には遣る瀬なさが滲んでいました。勿論、トビに溜め息をつかせたのは、ヤマトでもカカシでもなく(笑)…トビの眼前のナルト…そして、その向こうにダブって見えた…千手柱間。この時、トビが見せた「理解されてないオーラ」…これはマダラのものでは決してないと、僕は思いました。ナルトの真っすぐな言葉に気圧されるようなトビの不純さ。マダラの気持ちに何か…ワンクッション挟んだ具合に解したような鈍さをトビは醸し出しているように、僕の目には映りました。そして、トビは恐らく六道仙人の親心にも気付いている筈です。その上でどうするべきなのかは「長門のように心変わり…」でゲロったのも同じ…だと、僕は思います。

トビにはどうしたら良いかの答があるにも関わらず、別の事を考えているように感じるのは、僕にとってはトビがマダラではない…と言う確証にも近いです。恐らくトビの正体はマダラに同情を禁じ得ない誰かでしょう。そして、被害者意識がムンムンと噎せ返る雰囲気は…うちは一族の誰か。そして、トビの溜め息の中にマダラに対する同情成分が多量に含有していた事を考え合わせれば、これらの要素の重なり合う部分にある人物が特定できます。ナルトの真っすぐな言葉に「溜め息」を漏らしてしまえ、かつ、六道仙人の残した「呪い」を恨んでいる誰か。柱間の血を色濃く宿すナルトに理解されてない状況に同情を禁じ得ない…マダラではない人…一応、死んだ筈なんだけど…僕が思い当たるのは唯一人。

うちはイズナ…死んだ筈のマダラの弟…。
イズナはマダラへの同情を隠せなかった。

「フッ…だな…」(トビ)



 

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