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”須佐能呼”

 
(もう二人ともバテバテだね
チャクラ無いんじゃない?)(ゼツ・白)

(ソノヨウダナ…)(ゼツ・黒)

「これがオレの最後の術になるだろう」(サスケ)

「写輪眼はチャクラを見る眼
強がりはよせ…
もうお前にチャクラが残っていないのは分かる」(イタチ)

”天照”を回避した大蛇丸の変わり身の術
バレにくく良く出来た変わり身だが
アレは多量のチャクラを使う」(イタチ)

「サスケVSイタチ」の終盤…(第43巻/21-22頁)、イタチの”天照”の猛攻を大蛇丸の変わり身で凌いで反転攻勢に出た…サスケが”麒麟”を繰り出す直前の二人。イタチの台詞からサスケのチャクラがほとんど空になっていた事が分かります。しかし、サスケが大蛇丸の変わり身の術を使えたのは大蛇丸を取り込んだお陰で、サスケが自分の中に在る大蛇丸のチャクラに対して「抑えのチャクラ」が展開している事もイタチは織り込み済みでした。つまり、大蛇丸が自由に動ける状態でないと言う事は、内部的には余裕がある…完璧にカツカツの状態でも無かった訳です。後から分かる事ですが、イタチの闘いとはサスケのチャクラを使い切らせ、「抑えのチャクラ」すら戦闘に割り当てさせ、大蛇丸を表に出させる事だった…。

「確かに今のオレには
チャクラは無い…」
(サスケ)

「さっきの火遁で全てを
使い切ったからな…」(サスケ)

イタチはサスケを煽ってる訳ですが(第43巻/22頁)、サスケにはピンと来ない内容だったから構わず”麒麟”の準備をセッセと行ってる(笑)。多分、”麒麟”が大蛇丸のアジトでカカシ班(ヤマト隊長Ver.)に浴びせようとした術で、デイダラに告げた「ただの二択だ そうなればオレにはもう一つの手があった」(第40巻/44頁)の「もう一つ」だったと思います。火遁で上昇気流を起こして雷遁チャクラを積乱雲(雷雲)に練らせる…と言う…ちょっと気の長い忍術ではありますが、流れの中で仕込む戦術性の高い忍術でありますれば、頭のいいサスケにはピッタリとも言えますね。こうして、イタチの世間話に付き合うのも”麒麟”の準備の一環でもありますし、イタチはそんなサスケの苦労を頼もしく感じてたのかも知れません。


コレがなければ…
やられていたな…」(イタチ)

「!?」(サスケ)

「本当に…
強くなったな……

サスケ…」(イタチ)

「!」<ゴゴ…>(サスケ)

「今度は…
オレの最後の切り札を見せてやろう…
”須佐能呼”だ」(イタチ)

サスケが自信満々に繰り出した”麒麟”を辛くも防いだのがイタチの”須佐能呼”でした(第43巻/40-41頁)。イタチならば、サスケの”麒麟”が発動する前に<キュッ>っと締める事も可能(…ぶっちゃけ、サスケを殺すつもりなら一話も要らなかった)だったんですが、サスケが大蛇丸を閉じ込めている「抑えのチャクラ」を外すのが狙いだった訳で、”須佐能呼”ですらサスケへの展示の意味合いが強く、イタチの命の全てがサスケの強化に向けられていた事が、サスケの万華鏡写輪眼の開眼条件とも言える「多大なる後悔」のイタチの死とキレイに重なって、余りにもピッタリと重なり過ぎて辛くなります。ま…ここまでしたイタチの行動の重さを考えれば、サスケの非行少年化なんかあり得ない…親の心子知らずの妙…(笑)。

「…スサノオ…?」(サスケ)

”月読””天照”
…二つの能力を開眼した時に
この眼に宿ったもう一つの術だ」
(イタチ)

ここからイタチの”須佐能呼”の全貌が明かされます(第43巻/44頁)。”麒麟”がイタチを襲い、瓦礫の中でイタチが立ち上がった辺りからの描写を洗い直すと、”須佐能呼”の基本構造が見えて来ます。サスケの”麒麟”を凌いだのは骸骨の状態の”須佐能呼”で、基本的にストックの”須佐能呼”は骸骨だと僕は考えています。雷遁の鎧を纏う本気の雷影の雷我爆弾(ライガーボム)や雷虐水平(らいぎゃくすいへい)を受け切ったのも、肋骨の形状が違ったりしますが、”須佐能呼”の骸骨ちゃんでした。「者の書」(下記引用)に拠れば、”須佐能呼”とは「実体化したチャクラ」であり、イタチとサスケの”須佐能呼”が全く同一でないのは、それぞれのチャクラの個性に拠るのでしょう。サスケの”須佐能呼”(つの)まで生えてましたっけ(汗)。

天壌の理を掌握せし瞳に宿るは
剣振り盾持つ勇武の荒神!!


万象の理を見通す天眼。”万華鏡写輪眼”の開眼者のみが使用を許される二つの瞳術―「物質界と光」を示す”天照”と、「精神世界と闇」を象徴する”月読”。これら双方を掌握した者だけに宿る、荒ぶる神の力…それが”須佐能呼”である。実体化したチャクラは、容貌魁偉(ようぼうかいい)なる闘神の姿を象(かたど)り、その猛る魂は、眼前の敵全てを滅するまで、鎮まることは無い…!!”須佐能呼”が攻守共に完全無欠を誇る所以―それは、双方の手に握られた”霊器”にある。右手の”十挙剣”(とつかのつるぎ)は如何なる敵をもなぎ払い、左手にした盾”八咫鏡”(やたのかがみ)は、あらゆる攻撃を跳ね返す。実体も霊体も、そして忍術も物理攻撃も、神の効験(こうけん)の前では一切の意味を失するのだ。最強の瞳術として、周囲より畏怖される”万華鏡写輪眼”を、さらに極めた者のみが至る、神の境地。術者の守護神であると同時に、術者の命を喰らう者でもある。

左右の手に握られるのは
霊験あらたかな無双の神器


十挙剣:(とつかのつるぎ)突き刺した者を酔夢(すいむ)の幻術世界へ飛ばし、永久に封じ込める力を有した、”草薙剣”(くさなぎのつるぎ)の一振り。刀そのものが”封印術”を帯びている。瓢箪の中より飛散した酒が、剣の形を作り”十挙剣”と化す!また、剣により吸引された魂も、ここに封じられる。

八咫鏡:(やたのかがみ)実体を持たぬ”霊器”の盾。全ての”性質変化”を有し、受けた攻撃の属性に応じて自信の属性を変え、術を無効化する。

(以上、者の書/274-275頁より引用)

第392話「須佐能呼…!!」にイタチの”須佐能呼”の発動過程が克明に描かれています。象徴的な鎖骨。脊椎や両腕、肋骨が先ず発生し、丁度心臓に当たる部分に術者であるイタチが居ます。逆に言うとイタチを心臓(部)としてチャクラが実体化した骨格(骸骨)が形成される構造が経絡系を投影するかのようであり、術の発動と共に出現する骸骨が”須佐能呼”のベースになっているのはガチでしょう。そして、その防御力は自然の力を利用した大規模な雷遁忍術の”麒麟”や雷遁の鎧を纏った本気の雷影の大技を二度までも防ぐ程に強力であり、砂の三人衆と嵐遁を擁するダルイの共闘をも一蹴する鉄壁の防御力がある…相当に骨太である事が分かります。その骨格に筋肉や体皮を纏う事で多彩な能力が付加されるのが”須佐能呼”の特徴であります。

「サスケ…
お前の術はこれで…終わりか…?
隠している力があるなら…
出し惜しみはしなくていいぞ…」(イタチ)

「ここからが本番だ…」(イタチ)

イタチの”須佐能呼”の成長過程を具に観察すると、”須佐能呼”の骨格に筋肉や体皮が形成される描写があります(第43巻/45頁)。イタチの場合は右腕から、その受肉が始まっているように思います。頭部も骨格があり、受肉によって顔や髪の毛まで備わります。最終的には右手に”十挙剣”。左手に”八咫鏡”を持った闘神に仕上がります。”須佐能呼”の受肉が手から始まっている事から”須佐能呼”の受肉には”霊器”が大きく関係していると、僕は考えています。その兆候はイタチの”須佐能呼”の造詣である程度類推が可能です(第43巻/46-47頁)。”須佐能呼”が尖った鼻の天狗ちゃんになっていますが、口の中に目がある…あれは”八咫鏡”のドレッドちゃんの両目…つまり、ドレッドちゃんが天狗ちゃんを着てる。

「クク……
この程度の攻撃
この私がやられると思って…!!<グラ…>
こ…この剣は!まさか…十挙剣?
イタチ…アナタが隠し持って…くっ!」<ズズ……>(大蛇丸)

(通リデ…
イクラ探シテモ見ツカラナイハズダ…
実体ノ無イ霊剣ダッタトハ…
十挙剣
別名・酒刈太刀ト呼バレル封印剣
突キ刺シタ者ヲ酔夢ノ幻術世界ニ永久ニ飛バシ
封ジ込メテシマウト言ワレル…
剣ソノモノガ封印術ヲ帯ビタ
草薙剣ノ一振リダ」(ゼツ・黒)

サスケの「抑えのチャクラ」を外させたイタチは、表層に出て来た大蛇丸をまんまと封印してしまいます(第43巻/58頁)。この時、大活躍したのが天狗ちゃん(右手)の持つ”十挙剣”でした。「者の書」の解説に拠れば大蛇丸の本体(魂)は”十挙剣”の瓢箪の中のようです(封印してるんだから、死んでなくていつか無罪放免される可能性も残している?永久に…と言うのが曲者なんですけど…)。ゼツ・黒が「イクラ探シテモ見ツカラナイハズダ…」と言うくらいですから、”暁”で集めてた「術やら何やら集めてる」(第16巻/156頁)の目的の一つだった事でしょう。大蛇丸は草薙の剣スキーの刀剣コレクターでしたから悔しさも一入(ひとしお)。そして、”十挙剣”が実体のない霊剣=”霊器”だったのが大きなポイントになります。

実体のない”霊器”を扱える能力…それが”須佐能呼”にはあると言う事です。チャクラが実体化した”須佐能呼”の骨格があればこそ、”霊器”に触れられるのだろうし、そもそも実体のない”霊器”を見つけられるのは写輪眼(万華鏡写輪眼限定?)の役得なのかも知れません。そして、”須佐能呼”の骨格が”霊器”を手にする事で受肉が始まる…だからこそ、手先から体に向かって受肉が進む描写があるのだと思います。つまり、”須佐能呼””霊器”を着る依憑(よりわら)で、イタチの”須佐能呼”のドレッドちゃんと天狗ちゃんは、それぞれ”八咫鏡””十挙剣”を着る(纏う)事で個性が別れたのだと考えています。サスケ戦の場合は先に”八咫鏡”の受肉があり、次いで”十挙剣”の受肉があったから、天狗ちゃんの口の中にドレッドちゃんの目が輝いていた訳です。

「ゲフッ!!」(イタチ)

(うわ!な…何?)(ゼツ・白)

大蛇丸の封印が完了すると、イタチは吐血してその場に踞ります(第43巻/64頁)。吐血くらいなら僕も日常茶飯事ですが、唯事でない雰囲気にサスケやゼツも驚いてましたね。そして、この直後、イタチの”須佐能呼”の天狗ちゃんが消え去り、その下からドレッドちゃんが出て来ます。同時に”十挙剣”も喪失する事から、天狗ちゃんは”須佐能呼”の骨格に”十挙剣”が受肉させた可能性は非常に高い…って言うか、ナル×ジャンではガチガチの鉄板です(笑)。ところで、このタイミングでイタチが”十挙剣”を引っ込めたのは”須佐能呼”の反動が大きいせいもあっただろうけど、本命の大蛇丸を封印して殺傷(封印)能力の高い”十挙剣”を仕舞わないとサスケを傷つける恐れがあるから…の、イタチの思い遣りだったんじゃないかと思います。

「これでお前の眼はオレのものだ」(イタチ)

「ゆっくりと頂くとしよう」(イタチ)

だから、イタチは絶対防御…”八咫鏡”=ドレッドちゃんのみした筈です。サスケはイタチが恐いから見境なく攻撃してくる…起爆札のいっぱい付いたクナイは投げるし、草薙の剣で斬り掛かったりします。この期に及んでもイタチはサスケを夏の夜に懐中電灯で下から照らす「オバケが出るぞ~ォ!!」的な脅し方で迫るから仕方ないんですが、その反応をイタチが読んでいたから”十挙剣”を引っ込めた訳で、逆にサスケを脅し続けるのって、イタチの茶目っ気なんだろうか…と思えて来て切なくなってしまいました。結局、最後までイタチはサスケを欺き通した訳で、サスケの眼を奪う為にサスケに近寄ると思い込ませる事で、サスケはイタチを攻撃し続け、それがサスケの罪悪感として根付き、サスケに「力」を与えるのですから…。

「許せサスケ…
…これで最後だ」
(イタチ)

イタチが最期に微笑んでしまったのは我慢の限界だったからだ…と、僕は考えています(第43巻/236ー237頁)。最後の最後までイタチはワル役を演じる覚悟があった筈なんです、イタチの生き様はその考えを肯定します。しかし、イタチが死力を振り絞って”転写封印・天照”をサスケに施した瞬間、流石のイタチも緊張の糸が解けてしまった…。その安堵の笑顔がサスケに更なる罪悪感を抱かせるまで考えろや!!…と言うのは殺生と言うものよ(笑)。ま…そこまで考えてイタチが最期に微笑んだ…と言うのは何だか味気ないし、イタチの辛抱が堪らんかったと、僕は考えたいです。どっちにしろ、サスケはこの世にこれ以上無いくらいの罪悪感に苛まれる事には変わりないんですが、それが「闇の強化」の本質なので…(汗)。

「闇の…力か…」(我愛羅)

両目の写輪眼を開眼した者だけが手にする力…
第三の力……”須佐能呼”だ」(サスケ)

…で、サスケもイタチと同じく”須佐能呼”を使えるようになりました。その威容はイタチのそれにも増して禍々しい…。”須佐能呼”とは術者のチャクラが実体かしたモノだから、サスケの「闇」の深さが「力」の深さに比例する。我愛羅にはその重さが解る訳だ。かつて自分も一尾・守鶴と言うバケモノを飼っていましたから。問題はサスケの”須佐能呼”が受肉してるところ。明らかにサスケの”須佐能呼”の右手が二つに分かれてサスケを覆い隠すような掌と、煙に隠れたもう一方の掌。見えない掌に何らかの”霊器”が握られている可能性はナル×ジャン的には非常に高いです。左手の受肉は観測されないので、右手のみ。つまり、一つだけ”霊器”を持っている筈です。今のところ、”霊器”はイタチが使ってた二つだけが提示されてるだけです。

サスケの”須佐能呼”が天狗ちゃんになれば”十挙剣”になるし、ドレッドちゃんになれば”八咫鏡”になりますが、イタチの眼の移植を拒んだ律儀なサスケにイタチが使用した”霊器”だけが継承される可能性は極めて低いと思われます。それに、サスケの「力」…香燐がガクブルに震える程の冷たいチャクラがサスケの罪悪感(…と、ナル×ジャン的には重吾の体細胞の移植に関係してる)に起因してるだろうから、これイタチに甘える事をサスケは善しとしない筈ですから。ぶっちゃけ、サスケの”須佐能呼”の右手に握られてる”霊器”をナル×ジャンでは「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)としていますが、三種の神器繋がりの極めて行き当たりばったりの仮説に過ぎません。サスケの自信からは攻撃系の霊器を感じます。

「…復讐を生きる糧としても
何も解決はしない事をオレは実感できた
お前ならまだ間に合う…
憎しみに取り憑かれ
一人の世界に逃げこむな…
帰って来られなくなるぞ」(我愛羅)

「で…オレが帰ったとして…
そっちには何がある?」
(サスケ)

兎に角、雷影の左腕が”天照”に焼かれて切除しなければならなかった以上、現実問題としてサスケに退路はこれっぽっちも存在しません。サスケが生き残るスベは世界征服してしまう以外ない…そのくらい取り返しのつかない状況に在ります(ep464)。しかし、サスケが自棄になってる風でもなく、未だに「目的」なんて言葉を口にする裏にはサスケの”須佐能呼”や万華鏡写輪眼の瞳力に対する自信が窺えます。雷影と風影、護衛の上忍衆…この面子を前にしても怯まないサスケの態度には”須佐能呼”のオプションとしての”霊器”の存在があると、僕には思える。”暁”にも”霊器”のストックがあった可能性もあるから、トビ→サスケでの授受もあり得るし、うちはの集会場の碑文に何か記されてた可能性もある。サスケの”須佐能呼”容貌の変化に注目しましょう!!

「我愛羅…
お前以上の絶対防御だ」
(サスケ)

(…このチャクラ…
もう前のサスケのじゃねェ…
冷たすぎる……!!)(香燐)

砂の三兄弟+ダルイの一斉攻撃を一蹴したサスケが、我愛羅の絶対防御である”砂の盾”を引き合いに出して”須佐能呼”を自慢してたけど…それ違うから…サスケ。”砂の盾”のオートマチックな防御には我愛羅の母・加流羅の残留思念が関与してるんであって、何も見返りを要求しない「愛」に支えられた「力」。だから、我愛羅だけでなく、カンクロウとテマリも”砂の盾”は護っている。しかし、”須佐能呼”術者の命を喰らう万華鏡写輪眼の瞳力に過ぎない…。「サスケVSイタチ」でチャクラがカツカツだったのはイタチも同じだった筈。イタチが死を賭して…命を燃やして”須佐能呼”を振るったのは、サスケを護りたかったからだ。その現実から目を逸らしたがるサスケを我愛羅は半分だけ理解できた……。そして、その理解が我愛羅の左目だけに涙を流させた…のかも知れない。

見返りを期待しない無償の想い…それが「愛」だ。
人は「愛」の眩しさから目を逸らしてはならない!!


 

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