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「皆の書」雑感④


皆の書/73~81頁の二影対談。勿論、岸本斉史さんとH×Hの富樫義博大先生の対談であります。僕はこの対談を実はギスギスしてて、チクチクとしたやり取りがあったのを凄腕編集者がキレイな美談?に纏め上げたものだとは思っていません(笑)。僕はこう見えても好きな人には少年のように澄んだ心で接する事ができる人で、この対談で、キッシーの目が少年のように光り輝き、時にウルウルとしていたものと想像しています。対談の内容からしてキッシーは富樫さんの(作品の)ファンで、漫画家として尊敬してて…と、曇りなく思います。ま…そのリスペクトに富樫さんも気付いてる。ちゃんと返してる。

富樫:カカシが本を読みつつ戦うシーンは「うまい!」と思った。実力の差を見せるため、ああいう手段を使ったのは「工夫してるな」と唸らされました。あと岸本さんは絵がすごくうまいよね。人の画力を見る時は「人間の手をどれだけ描写できているか」を見ればいいと聞いたんだけど、物を持つ自然な感じとかがスゴいと思います。(皆の書/76頁)

…と、ホントの事なんだけど、キッシーの絵のうまさをさり気なく絶賛してますよね(笑)。僕はキッシーのファンでキッシーの作品や各所から漏れ伝わる雰囲気から、やはり「絵のうまさ」キッシーのツボなんだと感じています。多分、富樫さんもそれを絶妙に感じとっている。率直に絵がうまい…のは勿論ありますよ。でも、ちゃんと見る目のあるプロに、そのツボを刺激されるのは意味が違う。でも、『NARUTO -ナルト-』極々微細な機微に関して富樫さんが触れなかったのは、富樫さんのジェラシーがその奥底で蠢くのを、僕は感じました。あの細かな心理描写は富樫作品には見られないですから。

ジャンルが違う…つーのもあると思います。富樫さんはオトナだから自分の土俵でキッシーと向き合ってるんだとすれば、筋があると思います(ちょっとイヤーな言い方をすれば富樫さんは自分の絵に自信がある…ちゅー事です)。やはり、富樫さんは一時代を確実に築いた人だからちゃんとした哲学があるんでしょう。それと、キッシーの純粋さ。真っすぐさ。それが本物である事を感じていたんだと思います。漫画少年が大漫画家に接する様な、爛々と輝く目でキッシーは富樫さんを見ていたのだと思います。その無垢さには応えずには居られない。そして、キッシーが富樫さんと肩を並べてる…その一点にこの対談の意義はある。

岸本:最近では、最初に決めた設定のせいで物語作りに制約を感じることも多くなってきていて。いろいろ変えていきたい気持ちはあるんですが、難しいですね。(皆の書/76頁)

それで、ちっと横道に逸れますが、キッシーがこんな事を富樫さんに話してる。これは『NARUTO -ナルト-』が十年も続いたから、伏線の回収がややこしくなってるというのと、やれ時系列だ、考証だ…と、研究まがいに活動する人が多いのがちょっとウザッたくなってるんじゃないかと心配してしまいます。具体的には白眼から写輪眼が枝分かれした(byカカシ)とか、タイムマシンのしようがないのとか、ナル×ジャン的にはうちは虐殺直後、サスケを前にしたイタチの黒目とか(←解る人には解るネタです)…さてどうしたもんかのキッシーだと思います。きっと同じ悩みは富樫さんにもある。いや確かに感じる……。

富樫:自分の中で崩せないと思うルールを崩さなければ、どんな変化を加えても大丈夫。いろいろ挑戦してみてください。(皆の書/76頁)

そう考えるキッシーが半ば同意を求めたのだと、僕は感じたんだけど、キッシーの気持ちを軽くいなすように富樫さんは答えたもんだと(笑)。ここは富樫さんとキッシーのお話の作り方の違いが鮮明で、富樫さんの設定過多で、恐らくどんなに突いても破綻しないガチガチの作り方と、不可解極まりない人の心を大量に扱うキッシーの作風とでは比べようもなく…。かと言って、富樫さんが途切れず走り続けているかと言われれば…否(汗)。しっかり廃人化してますよね(笑)。一番ヤバかったのはグジャグジャの線描のみのネームのラフより簡易の体裁で本誌に乗っかってしまった回かな(読めるし面白かったけど)。

富樫:今の作品もすごく楽しく読ませていただいてるんですが、この次にどんな作品を描くのかが、とても楽しみです。『NARUTO -ナルト-』のこれからと、岸本さんの今後にとても期待しています。

岸本:担当編集が同じ人だったこともあり、プロになってからは憧れのほかに勝手な親近感も抱いてきたんですが、今日は久しぶりにお会いできてすごくうれしかったです。『H×H』キメラ=アント編結末がどうなるのか一読者として、すごく楽しみにしています。これからも、富樫先生に少しでも追いつけるようがんばりますので、ぜひぼくらの高い壁であり続けてください!!(皆の書/81頁)

『NARUTO -ナルト-』ってエッチングみたいな手法で辛抱強く作り込んでる作品だと、僕は感じてるんだけど、キッシーってそういう表現が得意なんだと思います。結局、この対談でキッシーが言いたかった事って、富樫さんにまた描いて欲しい…って事じゃーないかと思うんですよ。キッシーは富樫さんのファンだから、尊敬してるから。また描き始めて欲しい!!キッシーは命を削るように、羽を毟るように描いてるんだから、それを言う権利があると、僕は思う。そして、それを機敏に感じ取ったのか、富樫さんも「次の作品」とキッシーを牽制してますね。これは…僕の気持ちが君になら解るだろ…という想いを込めたジャブだったと思う。

僕のレベルでキッシーと富樫さんという大巨頭を論じるのは極めて不遜な事だと思っています。それでも、キッシーが携える誠意はもの凄く澄んでるから、僕はその想いに素直に震えたいと思ったのだ。キッシーは「皆の書」で大巨頭の仲間入りを果たしたんだと思うんですよ。実力だけでなく大きな名誉や名声を形にしたのだと思うんです。だって、キッシーに寄せられた「CONGRATULATION MESSAGE & GALLERY」って、キッシーが富樫さんを見る目と一緒でしょ(一部、先輩諸氏は除外)。キッシーが如何に凄い事を成し遂げようとしてるのか?をみんな、充分に認めとるとですよ。

そういう地位に立ったキッシーだからこそ、大好きな富樫さんに黙ってられない想いが吐き出せた…。それがキッシーの正義なんだと…筋があることだと、僕は思う訳です。キッシーと富樫さんはある種の共鳴があったと思います。類い稀なる才能が共振しているようにも感じました。これは素晴らしい事であると同時にキッシーの描く『NARUTO -ナルト-』のファンとしては怖い事でもあり、キッシーも恐れを感じているようでした。もしかしたら富樫さんに伝える一言一句はキッシー自身に向けられた言葉だったのかも知れないし…。こんな目出たい場所でこんな黒い考えもアレですが、走り続ける事はとても苦しい事だから…。

だから、僕はキッシーを見張ってる(笑)。尊敬してるし、大好きだし…『NARUTO -ナルト-』を愛してるから。キッシーが富樫さんに描き始めて欲しいと言った気持ちが、少なからずキッシー自身に向いていた…。それが僕の考え過ぎチャクラの為せるワザなら良い。富樫さんが「次の作品」と見透かしたのが苦し紛れの的外れだったなら、それでも良い。唯唯…大御所を確固たるモノとしたキッシーがこれからどう歩むのかを、僕は見守って行きたい…と思います。こんなにも目出たい「皆の書」ではありますが、何だか黒くて怪しい考えが湧いて来ましたもので、老婆心ながら筆を執らせて戴きました。考え過ぎ杉てスミマセン(お杉と呼んで…笑)。

キッシーの「皆の書」(金字塔)に乾杯!!
凄く素敵な本だから是非とも買って下さい。



 

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