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「お前はどこまで見えている」

 
「その写輪眼…
お前はどこまで見えている」
(イタチ)

「どこまで見えてるだと?
今のオレのこの目に見えてるのは…」(サスケ)

「イタチ…アンタの死に様だ」(サスケ)

まるで逢い引きのように…うちはのアジトでサスケを待ち受けるイタチにサスケがジリジリと迫ります…(第42巻/17頁・21-23頁)。折しも、サスケを捜索する木ノ葉小隊を森の中でトビが塞き止め、雨隠れでは自来也に六体勢揃いの自称神様のペインが襲いかかる悪夢の展開と同時進行で、序盤の二人の掛け合いのスローモーさが鮮明であり、それが二人がそれぞれに携える運命の重さのようにも思えました。この時、サスケを前にしたイタチがサスケに「写輪眼…どこまで…」なんて言うもんだから、写輪眼の予知能力とか時間の操作なんてサブカルな期待をしてしまったけど…イタチがサスケに問い掛けた言葉の深い題意が解るのはもっとズーッと後の事でした。


エーッと、ちょっとイタチの女王様座りで追記です(笑)。イタチが玉座に座ってるカットでイタチの脚がクロスしてますよね。これってボディサインとしては「職場(学校)での人間関係にストレスを感じてる」事を示しています。僕もそんな風な悩みを抱えてる時にはベッドで寝る時に脚をクロスさせたり、美容院でシャンプーしてもらう時に脚を組んだりします。イタチが職場の何に悩んでたのかを考えてみたんですが、イタチの職場って”暁”ですよね。しかも、2人一組の相方ッて鬼鮫っちしかいないから、この場合、鬼鮫との人間関係に悩んでた…と考えるべきなのかなーと思います(笑)。

鬼鮫はキラビ戦で結構なワルっぷりを露呈して、もしかしたら甘党の、もしかしたら良い人?みたいな願望が崩れさって、好感度もそれと同時に急降下…ナルジャン的には…しちゃったんですが、やっぱ、鬼鮫はイタチの見張り役だったのかな…と思い当たる訳です。イタチはそれをストレスに感じてて、満を持したサスケとの兄妹対決のめでたい席でホッカリして気持ちが緩んだのか?ついつい人間っぽい機微を出してしまったのではないかと、僕は考えています。鬼鮫のあの容貌であんなにネチッコく寄り添われて、しかもそれが見張りだったりしたら相当なプレッシャーですから、イタチの心労も何だか解る…。

或いはトビのブレッシャーを感じてたんかしらとも考えたんですが、イタチとの過度の接触はトビ側が警戒すると思うんです。トビとしてはできるだけ自分の秘密は秘匿したいでしょうから、イタチに接触する事で自分の情報を少しでも曝すのはトビの不利益の方が大きいと思います。個人的に悪意を持ってイタチに接しようとも、イタチのによって鬼鮫は燻されて浄化された…所謂それが「薫陶」(くんとう)なのですが、キラビ戦の悪さ加減ではそれもなさそう。しっかし、鬼鮫の「立ち回りもやりやすい」って何だったんだろうとイタチはそれも感じてたんだろうかと気になると夜も眠れない(ウソ)。

ま…どっちにしてもイタチは”暁”内でストレスに曝されてた訳で、やはり水面下では木ノ葉隠れの為に諜報活動をしてたりしたんでしょうか。二重スパイ=もぐら…ちゅーやつですが、その上、病魔が身体を蝕んでいる。これでストレス感じない人なんて居ないですよね。そりゃ、脚くらい組むっちゅー話です。イタチも美容院に行ったアカツキにはきっとシャンプー台で横になって脚を組むんだろうな。いろいろと辛かったんだろーな。だから、美容院のシャンプーガールは脚をクロスするお客さんを見逃さないでね。黒犬がそんな素振り見せたら是非とも優しくしてね…って、お前の心配かよ!!ケルベロry)



「うちはには代々伝わる古の石碑がある
今も木ノ葉の地下にある」
(トビ)

「そこにはかつての六道仙人
書きつけた秘密が記してある
瞳力がなければ読む事ができず
写輪眼・万華鏡写輪眼・輪廻眼の順に
解読できる内容が増える」
(トビ)

第467話「宣戦」③(”月の眼計画”の全貌編)で、五影(ダンゾウを除く)を前にしたトビがペラペラと大ネタを連発する中に、それはありました。フガクとミコトの骸。サスケの腕を伝う鮮血と大量に分泌されるアドレナリンが覆い隠す痛み。燃え盛る業火。血塗れのうちはの集落。混乱するサスケ。イタチがうちは虐殺の直後伝えたあのミッションうちはの石碑の判読。イタチの万華鏡写輪眼の催眠眼に抗するサスケの写輪眼の第一次覚醒に確かな手応えと、かつて自分が4歳で彷徨った戦場の地獄の体験がフラッシュバックして重なった事でしょう。イタチは凄く辛かったと思います。

「南賀ノ神社本堂…
その右奥から七枚目の畳の下に
一族秘密の集会場がある
そこにこのうちは一族の瞳術が
本来何の為に存在するのか…
その本当の意味が記されている」(イタチ)

イタチがサスケに伝えたかったのはこれだけじゃないけれど(第25巻/149-150頁)、サスケは事後、真っ先にこの謎の真偽を確かめる為に石碑を読みに行きます。まだ幼いサスケにも石碑は理解できる内容だったのでしょう。でも、そこでもの凄く落胆した…と言うか、こんな下らない事の為にうちは虐殺が起こったのかと、サスケが凄く呆れているように、僕には見えました。この提示の時点で瞳術の覚醒ステージによって判読できる内容が変わる事が知れていませんでしたから、サスケが闇に沈みリベンジャーとしての決意を固めて行く姿にイタチの想いに対する整合性のみを感じていました。

「そうか…そういう事か…」(サスケ)

子供だったサスケはある意味純粋であり、純粋であるが故にやり場のない感情がイタチへの憎しみに変換されて行く結果となったんですが(第25巻/157頁)、それもイタチの想定したシナリオをトレースしていたに過ぎなかった…。イタチの冷淡さをサスケは憎んだのです。それをイタチの愛だとも気付かずに…。赤い彗星じゃないけれど、「認めたくないものだな…自分自身の…若さゆえの過ちというものを…」(シャア)と、僕は思った。そして、サスケ自身がそれに気付くのは取り返しのつかない過ちをサスケが犯した後だったのだから、人生とはかくも救い難い悲しみの中にあるようで歯痒かった…。

失明
それが九尾をコントロールする
力を得る為の代償か」(サスケ)

「フッ…
オレの言った通り集会場の石版を
読んだようだな」(イタチ)

禁術兵器の設計図

イタチが何故、「○狐」の絵図の前の玉座に女王様座りしていたのか?(第42巻/114頁)サスケには到底及びもつかなかったのでしょう。サスケはうちは虐殺で写輪眼の第一次覚醒(一つ巴文様)を、波の国任務の対白戦で第二次覚醒(二つ巴文様)を果たしていて、それぞれ石碑を読んでいます。第三次覚醒(三つ巴文様)はナルトと終末の谷で一戦交えた時に成り、そのまま里抜けしてしまったので第三次覚醒→万華鏡写輪眼の開眼に掛けてうちはの石碑を改めて読んだかは不明です。不明と言うのは大蛇丸の木ノ葉潜入ルートトビの時空間移動に拠る潜入があるので、石碑を読んだ可能性が残されるという意味です。

サスケは賢いから写輪眼の覚醒具合で石碑の判読内容が変わるのであれば、石碑の変化に気付いた筈です。もしそうなら、少しばかり危ない橋を渡ろうとも木ノ葉に潜入して石碑を読みに行った事でしょう。大蛇丸はある程度自由に木ノ葉に潜入できるルートを持っていましたし、木ノ葉のセキュリティはそれ程盤石でもない事はほのぼのとした雰囲気やこれまでの凡そ軍隊然としない危機管理体制は周知の通りです(笑)。また万華鏡の儀式の直後、サスケが望めばトビは石碑を読ませたとも思います。トビの時空間移動を使えば極めて容易いサービスだったでしょう。

ただし、これは写輪眼の覚醒具合(第一次~第三次)によって判読できる内容が変わる前提で、イタチがサスケの「失明」の提示でサラッと流した描写から写輪眼と万華鏡写輪眼の判読内容の極めて大きな差異のみが感じられもしました。だからこそ、イタチはサスケに万華鏡を開かせる必要性に駆られたのでしょう。それが自分の身を焦がす業火であろうとも、イタチは喜んで受け入れたのだと思います。だから、サスケがイタチの万華鏡に抗い、自らの写輪眼を覚醒させたあの夜のサスケのポテンシャルにイタチは震えた…。サスケがイタチの期待に応えたのだから、嬉しくない筈ない…。それがイタチの「涙」の引き金だったと、僕は考えています。


「オレも今や上忍で部下を持つ身
だが昔のまま…いつも後悔ばかりだ…」(カカシ)

「この眼があっても
ちっとも先なんて見えやしない…

………」(カカシ)

「お前が生きてたら…
今のオレに何て言うんだろうな…
なあ…オビトよ」(カカシ)

第一部終了…そのエピローグでカカシはオビトの墓前で物思います(第27巻/28-29頁)。カカシは神無毘橋でオビトの写輪眼を贈られました。そして、その瞬間からオビトの眼になってこれから先を生きる決心…十字架を背負うのです。チャクラが見える。術コピーができる。超高速の動態予測による神速のカウンター…写輪眼によって千鳥は実用化したと言っても過言ではないです。めちゃくちゃ便利な眼をカカシは手に入れた…にも関わらず「ちっとも先なんて見えやしない…」と言う。僕にはこれがうちは一族が抱えていた悩みそのものなんだと思えてならないです。そして、これこそが六道仙人の残したトラップだという事も…。

「あの時…泣いてた」(サスケ)

見間違い…だと思った
オレは気付けなかった」(サスケ)

サスケは万華鏡を開くほどの後悔を経験した…(第44巻/20-21頁)。六道仙人の兄系の末裔。仙人の眼を持っている。それでも実際は見えない事だってある…という事をサスケは学んだ…筈なのです。カカシが気付いてるように。しかし、それを教えたイタチの死がサスケには大きすぎたようです。サスケはイタチとの別れを受容できないでいると思います。イタチの生き様を否認する事でしか自分の存在を肯定できないところまで追い込まれているのです。これにはトビの狡猾な誘導があった。万華鏡の儀式で真実に織り交ぜたがサスケに注ぎ込まれたのはその為です。余りにも幼い…サスケはまだ子供なのです。

「どうする
イタチの眼は…移植するのか……?」(トビ)

「いいや…
イタチの見たかったものと
これからオレが見ていくものは
まるで違うものになる」
(サスケ)

サスケは自らイタチの願い…生き様を否定しようとする(第44巻/23頁)。トビはそんなサスケを見張っているようにも見えます。トビのド汚い大人っぷりには虫酸が走ります。オトナならば子供にこんな事はしてはならない。確かに、サスケは写輪眼を持っている。”須佐能呼”まで開眼する稀な写輪眼を。しかもイケメン(※)だし…。誰もが羨む要素をサスケは持っている。ならば、その翼を何故、羽ばたかさせないのだ。それを拒むところにトビの「オレが!!オレが!!」が在るのだと、僕は思う訳。しかし、これも兄系の逆恨み気質もDNAに仕込まれたトラップの一つにせよ、賎(いや)しい…賎しすぎる。オトナならば何故、子供を褒めないのだろう…!?


「本当に…
強くなったな……サスケ…」
(イタチ)

イタチは何度も何度もサスケを褒めたじゃないか(第43巻/41頁)。うちはマダラが真・万華鏡写輪眼を有し、輪廻眼の長門を従えていた”暁”なれば石碑の解読は完璧になった事でしょう。トビは全てを知った上で行動している。そのアドバンテージがトビのシナリオの精度を高めている筈です。勿論、僕は写輪眼がある訳でも、賢い訳でもなく、ましてやイケメン(※)でもない(笑)。だからなのか…肩の荷がやけに軽いです。悲しいかな、僕には何も無いから…極々平凡な人間だから…少年少女に既に託してしまった感すらある(汗)。だから、僕にはアナタ達が眩しく愛しく感じられるんだと思います。

人は限りある命の中に在る。「死」とは自然が人間に与えた平等とも言えます。限りが在るからこそ、人は想いを世の中や次の世代に託せるのです。自来也がそうだったように…ミナトやクシナがそうだったように…。それは人が人を信じる!!という気持ちなんだと、僕は思います。僕らはそんなオトナの生き様をこの目に確(しか)と焼き付けて来ました。そしてイタチもそうだった。イタチはサスケの成長が楽しみでならなかった筈です。だから、サスケが自分の影分身を倒すのが嬉しかった。自分に刃を向ける勇ましさが嬉しかったのです。イタチがサスケを何度も何度も褒めた気持ちは凄く切なく暖かい…。

完全なるイタチの滅私がサスケに注がれた。イタチが演じた冷ややかな殺戮者すらサスケが生きるモティベーションに過ぎなかった…。イタチの全てはサスケの為にあったのです。サスケがそれを感じられないのはうちは一族の「写輪眼」と言う優越感が邪魔してるのだと、僕は思う。自分は他者より優れている…安っぽい思い込みがその素晴らしい眼を塞いでいるのです。それに気付けないから、トビの「オレが!!オレが!!」に利用されるんだと思います。トビはうちはの呪縛を嘲笑うかのように自然の理(ことわり)に逆らっているようです。それもまた六道仙人のトラップと戦う悲しきうちはの残骸なのかもと同情しちゃいますが…。

「お前はどこまで見えている」

サスケを信じたイタチの想いに気付け!!


 

あけましておめでとうございます!!(2010) | BLOG TOP | 「お面」

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