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「あの時…泣いてた」

 
「こうして夜月を見ていると
あの夜のことを思い出す…
それに―」(サスケ)

「忘れようとした記憶もな」(サスケ)

今ならイタチのことを思い出せる…
自分の心の奥にしまい込んでた
かすかな記憶が蘇って来るんだ」(サスケ)

第403話「涙」の妙にしんみりした空気感が僕は好きです(第44巻/15頁)。万華鏡の儀式が終わって、破瓜(はか)のような…はたまた割礼(かつれい)だったのか…兎に角…夜空に満月が浮かんでいて、サスケが空を仰いでて…静かで。少し前までアニナルのedで「おまえだったんだ」(氣志團)が流れてて、それの考察をした時に、サスケがイタチに気付いた事を、僕は確かに感じました。気付いた…認めたと言った方が近いかな。確かにうちは虐殺なんて信じられない体験をサスケはした訳で、その中心人物であるイタチを受け容れられず、それをこれまで恨み憎んだ自分を苛み続けたのでしょう。

記憶とは脳に蓄積された情報なんだけれど、大脳生理の観点から、ある程度都合良く書き換えられる事が科学的に実証されています。それは受け容れられる限界を超えた衝撃を緩和し、個体の生命を維持する為に脳に仕込まれた「良い加減さ」であり、僕はそれを「脳の優しさ」だと考えています。お母さんが一緒に居たらきっと同じ事をする…八卦の封印式クシナのフィルタリングと呼ぶ様な…優しさなんだと考えています。だから、サスケが無意識に覆い隠した記憶があっても良いと思っています。それは弱さじゃなくて優しさなんだと思うから。時が経ち受け容れられる時期が来たら思い出せば良いじゃない。

「許せサスケ…
…これで最後だ」
(イタチ)

それがイタチの笑顔であり、最後のDEKOTONだったのが(第43巻/234頁)、サスケに新たな後悔を植え付けたんだけれど、同時にその衝撃はサスケの急激な成長を促しました。イタチもうちは虐殺で、サスケが自らの写輪眼を抉じ開け、拙いながらもイタチに刃を浴びせた気迫を嬉しく感じただろうし、イタチが額当てを地に着ける程の失態をさせてしまう揺らぎをイタチは隠せなかった。そして、図らずもサスケに「涙」を見せてしまった…。うちは虐殺の衝撃と、この時イタチが見せてしまった静けさとの計り知れない距離感にサスケが戸惑ったのは当たり前でしょう。


「あの時…
泣いてた」
(サスケ)

サスケはイタチの「涙」を受け容れられるステージにやっと立つ事ができた…(第44巻/20頁)。サスケの過負荷を怖れたサスケの脳が改竄した記憶を、サスケの成長した眼は見破った訳です。それがイタチの開いた万華鏡の力だなんて、僕は思いたくない。偶々、それに映っただけで、感じたのはサスケ自身だから。特別な才能とか、突出した能力とか、ハッキリ言って関係ないです。それこそ写輪眼に騙されてるんだと、イタチはこれまで散々訴えていた筈です。試しに単行本の25巻を開いて貰いたいです。イタチの焦り方が尋常じゃないでしょう。イタチってこんな人だっけ!?…と、一緒に居るフガクやサスケも戸惑ってますよね(笑)。


…と、ここで余談をば。

サスケのクナイにイタチは額当てを落とし、それを拾います。サスケは終末の谷でナルトに委ねて行くのだけれど、イタチはここでしっかりと拾って行きます。イタチの額当ては”暁”の横一文字の傷が入ったものと、うちは虐殺で装着してた傷無しの二つの額当てを使い分けています。傷有りのはダミーで、傷無しの額当てはアカデミー卒業でイタチが授与されたものじゃーないのかと、僕は考えています。イタチは木ノ葉が大切だったから、平和を心から願っていた人だから。イタチは傷無しの額当てを大切にしていたのだと思います。しかし、それを落としてしまった。

イタチは凄く複雑だった筈です。自身の万華鏡写輪眼の催眠眼をサスケの第一次覚醒したばかりの写輪眼が跳ね返したのですから。剰え、サスケはイタチを追撃し刃を浴びせた。その気迫にイタチは取り乱したのです。ゼツが認めるようにイタチの力量とは全忍の最高峰レベルであり、サスケの反撃に揺らぐものではない筈です。それが揺れた。その機微には注目せざるを得ません。成長したサスケが抉じ開ける記憶の奥底。積層する謎。年輪を刻むほどの時の経過。その重厚さ。全てが有機的に関係している。それを僕はリアリティだと感じているのだと思います。

単行本の第一巻にサスケが残した伏線が在ります。

「オレにしか
あの男は殺せない」
(サスケ)

「…え……なに?
先生のこと?」(サクラ)

「あの時…
泣いてた…」
(サスケ)

「泣いてた……?」(サクラ)

「オレの……」(サスケ)

「何…何のこと……!?」(サクラ)

「オレは復讐者
あの男より強くならなきゃならねェ…
こんなとこで……」(サスケ)

例の鈴取りの演習(第1巻/184頁)。ここでサスケはカカシに善戦したものの、結局はコテンパンに…(汗)。サスケの歯痒さがうちは虐殺に起因してる事などこの頃は解らなかったから、アレでしたが…この子には何か在るな重い荷物を背負ってるなー…くらいの事は何となく解りました。しかし、これが第一巻ですよ。何年前!?(脂汗)これをキッシーは『NARUTO-ナルト-』が連載開始して間もないこの頃に仕込んでたんですね。泣いてたのは誰!?誰なの…と、時折気にしながら、僕の脳の優しさがそれを覆い隠し…解らないまま第403話「涙」まで引き摺りましたけど…(汗)。


「名はうちはサスケ
嫌いなものならたくさんあるが
好きなものは別にない
それから…
夢なんて言葉で終わらす気はないが」(サスケ)

野望はある!
一族の復興ある男を必ず…」(サスケ)

「殺すことだ」(サスケ)

サクラがサスケの意味不明に戸惑いながらもサスケの自己紹介と重ねます(第1巻/115頁)。短気なサクラらしい短期の伏線回収です(笑)。うちは一族が自分だけになって、それと関係する「ある男」を殺す。その為に強くならなきゃならない。こんなところで…と奥歯を噛み締めるサスケが居る訳です。ま…サスケの引き摺る闇の深さや黒さが理解できないから、サクラはドキドキしちゃったんだろーな。ドキドキって恋だから。瞳孔が開き、恋愛ホルモンが大量に分泌される…そんなの関係なしでも女子はいつだって…(ただしイケメンに限るの法則)

…スミマセン…ついつい本音が出てしまって(笑)。冗談はさておき、ま…この頃からキッシーは『NARUTO-ナルト-』の物語の一方のであるサスケにサクラを絡め、「ある男」(=イタチ)を絡め、「泣いてた…」と準備してた訳です。それがイタチが拾い上げた額当てをソソクさと着け直し、右に傾いで木ノ葉マークが横になったお姿と焼け落ちたうちはの集落で膝を落とす幼きサスケの記憶に結び付きます(第44巻/19頁)。背中に電気が奔る。僕の避雷針に雷が落ちたように…僕は震えました。そして、パラリと頁を捲った瞬間、次の雷鳴が待っていたのです。


「あの時…
泣いてた」
(サスケ)

僕はそのカットに泣きました…(第44巻/20頁)。あの時(鈴取り)、小学生だった子供は中学生や、ヘタしたら高校生になるくらいの時の重みが押し寄せて来たのだから。それはまるで麒麟のようでした。美しい…とても美しい閃光でした…。確かに、この時流したイタチの涙にはナル×ジャン的には黒い考察だってあります。でも、それだけでもないです。人の心なんて万華鏡なんだから、ほんの少し回しただけで模様が変わります。イタチだって一色じゃない。サスケの成長が嬉しかったでしょう。フガクやミコトの死が悲しかったでしょう。こんな運命を自分が背負い、それをサスケに託す未来が悲しくない筈ないじゃない。

それらがどデカイ雷鳴を起こして押し寄せて来たもんだから、僕はワナワナと震えたのよ。そして、キッシーは凄いなー…よくこんなに長い間、我慢し続けたなーと開いた口が塞がらなかった。凄く良い意味に驚いたの。そして、その美しさにひれ伏すしか無かった…。例えば、エベレストの頂上から見た景色が人に「神」を感じさせるように、僕はイタチの「涙」にそれと似たモノを感じたのだと思います。ちょっと大袈裟かも知れないけど、キッシーは「神」なんだと、受け容れざるを得ないと思いました。『NARUTO-ナルト-』って立派な文学作品ですよ。

「見間違い…だと思った」(サスケ)

「オレは気付けなかった」(サスケ)

サスケは気付いたのです(第44巻/21頁)。それはイタチにとっても本望だなーと、僕は思います。イタチがサスケに最後のDEKOTONをして満足げに微笑んだ…。あの笑顔を無駄にしちゃ罰(ばち)が当たる。そう思うから、僕には今のサスケが…冷たく黒いチャクラが受け容れられなかった。それでいろんな考察でサスケの非行を肯定しようともした。サスケが悪い子になったのは任務だ!!とかね(笑)。でも、イタチの存在…或いは想いにサスケは気付いたと言っています。思い出したと言っています。それをもう少し信じてみても良いんじゃないかと、近頃ではちょっと考え方が変わって来てはいます。

「どうする
イタチの眼は…移植するのか……?」(トビ)

「いいや…」(サスケ)

「………」(トビ)

「イタチの見たかったものと
これからオレが見ていくものは
まるで違うものになる」
(サスケ)

「イタチが望んだ通りには出来ない……
オレはオレのやり方でうちはを再興する」(サスケ)

静かな雰囲気に上手く溶け込むトビがサスケに言い寄ります(第44巻/23頁)。そして、イタチの眼の移植をサスケに持ち掛けます。これって、サスケの真・万華鏡写輪眼の開眼に関する誘惑ですよね。まるで聖書に登場するのようじゃないか。トビは長門の輪廻眼すら手懐けた実績があるから、サスケのコントロールに関しても相当の手応えは感じてる筈です。完全なコントロール下には置いていないのも確かで、ちょっと距離を開けて探ってる状況でしょう。トビがサスケを単なる手ゴマの一つに数えてるとはどうしても思えないですし、トビの真意が見え難くくなっています。

サスケは世界を滅ぼそうとしている!?

サスケはどうなんだろう?と考えてみました。サスケがイタチを真に感じているのが本心で、その上に今のドス黒く冷たいチャクラとサスケの行動があるのなら、サスケは世界を滅ぼそうとしているのだと思います。だから、忍界と距離を置き中立国の立場を堅持する鉄の国で暴れ、侍達を切り刻んだ…。自分の行く手を阻むものは踏み潰す。その漆黒の炎が雷影の腕を捥いだ。それが我愛羅やメイちゃんに変わったところで同じだった。サスケはその「力」で世界を変えようとしてるのだと思います。六道仙人の子がかつて悟りを開いたように。しかし、六道仙人の承認を受けるかなんてのは考えに無い。だから、倫理観や道徳観なんてある筈も無いのです。

「忍が簡単に頭を下げるな!
忍が尊重するものは行動と力だ!

忍同士の話に譲歩ぐせは禁物だ
人類の歴史は戦争の歴史だ!
三つの忍界大戦以後……
あらゆる国…里が強い忍術を
手に入れようとしてきた
力なき者は踏みつぶされる!
それが忍世界の絶対の真理だ!


”暁”は国際指名手配となる
そうなればワシだけではない
世界がサスケを狙う

犯罪者のために頭を下げ
仲間の安全のために慈悲を請う
忍の世界でそれは友情とは言わん!」(雷影)

「木ノ葉のガキ
お前が何をすべきか
もっと考えろ!

バカのままやり通せるほど
忍の世界は甘くはない!!」(雷影)

だから、サスケにとっては、僕なんかが間違ってる!!と言って騒ぐのは酷く心外に感じられるのでしょう(笑)。サスケはサスケの道を進んでいるだけなのですから。サスケは忍の世界に居ます。雷影が言う「力」が全ての世界(第49巻/74-75頁)。それに僕が持つ倫理観や道徳観を適用するのは滑稽にサスケには映っている事でしょう。世界がサスケを狙うならそれを根絶やしにするまでサスケは戦うだけです。それが平和を愛し、木ノ葉を愛し、サスケを愛したイタチが見たかったモノとは違うものになると、サスケがイタチの眼の移植を拒んだ理由に重なります。サスケはイタチを充分に尊重した上で行動しているのです。


「今の…」<ザッ…>(イタチ)

「!!」<ビクッ…>(サスケ)

「貴様など…
殺す価値も無い
…愚かなる弟よ……
このオレを殺したくば
恨め!憎め!」(イタチ)

「そしてみにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい」
(イタチ)

「そして、いつかオレと同じ"眼"を持って
オレの前に来い」<ギン>(イタチ)

イタチがうちは虐殺で残した捨台詞ですが(第25巻/150-151頁)、僕はこれがイタチの大嘘なのだと考えています。イタチは愛する弟のサスケを殺せなかったのですから。その想いは木ノ葉隠れの里より、世界よりも重かった。しかし、僕の安っぽい倫理観や道徳観に照らしてみて、サスケが間違っていると騒ぐのも大きく外れているとも思えないのも確かです。ただ、その考え方が真にイタチを見てはいない事に気付いて恥ずかしくなりました。イタチがうちは虐殺でサスケについた「嘘」。その中に紛れ込んだ「真実」。それをしっかりと汲まなければ、それこそイタチの死が無意味になってしまいます。

イタチがサスケを殊更、煽るように追い込んだのはサスケにモティベーションを与えたかったからです。フガクやミコト、うちは一族を一夜にして無くしてしまうサスケに、イタチは自分を恨ませ憎ませた…。うちは一族を滅ぼし、サスケを独りぼっちにしてしまった…。それがサスケのモティベーションを大いに削いでしまう事をイタチは危惧したのです。そこにイタチの完全なる滅私のベクトルがあるのだと、僕は考えています。イタチが「涙」を流し堪えた苦しみと痛み。同胞の死。それらをサスケに背負わせるしか無かった心苦しさ…。イタチが全てを自らの罪と甘受したのはサスケに対する「愛」に根差す行動なのです。

イタチが「嘘」の中に忍ばせた「真実」

「そしてみにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい」(イタチ)

イタチはサスケの「生」のみをひたすら願っていた…。

「オレはオレのやり方でうちはを再興する」(サスケ)

サスケはイタチだけを感じて一生懸命に生きている…。



 

サスケは何故、生かされたのか?(完) | BLOG TOP | アニナル異聞(100108)

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