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サスケは何故、生かされたのか?(完)

 
うちは虐殺でイタチはサスケだけを生かしました。それは単にイタチがサスケを愛していたから?ただ殺す事ができなくてサスケが残ったのか?また、サスケはイタチを殺し、今は全世界を相手に押し通るつもりの確信犯に成長してしまいました。サスケは確かにイタチを感じながら今を生きている…と、僕は思ってるんだけど、イタチはサスケの将来にどんなイメージを持っていたんでしょうか?トビの存在が不確定要素とは思えんし、転写封印・天照で焼き尽くせる相手ともイタチは考えてなかったと思いますんで、サスケの成長にトビの存在は織り込まれていた筈なんです。

イタチは”須佐能呼”十挙剣呪印大蛇丸(白蛇)をサスケから引き摺り出してしっかり封印して逝ったイタチの事ですから、トビの脅威を想定しなかったとは思えんとです。イタチはペインをコントロール下に置いていた”暁”の黒幕の存在も意識してたと思います。ペインの輪廻眼も勿論イタチは知っていただろうから、サスケが如何に万華鏡を開こうとも、サスケが深淵に沈んでしまうだろう未来もイメージできてたんじゃないでしょうか。イタチには確かな将来に対するビジョンがあって、サスケにそれを託す考えがあったと、僕は思います。

そうでなければ、サスケを独りぼっちにしてでも生かした意味がないじゃない。確かにイタチはサスケを大切に思ってたと、僕は思うからサスケが不幸になる想定で、サスケを独りで残したりはしないですよ。ま…大した力を授けて逝ったんですけどね。イタチって。真・万華鏡写輪眼も確実にあるでしょ。そして、それにトビがアクセスして来るだろう事も解ってて、サスケが長門みたく堕ちない想定(可能性)がなければ、イタチならばサスケを殺してた…と思うんです。イタチの眼には何が映ってたのか…。

サスケは何故、生かされたのか?…を、一緒に考えてみましょう。

今週は仕事がテンパっててまとまった時間が取れません。なので、追記…追記で記述を伸ばして仕上げて行こうと思います。記事を別けると順に読むのが面倒臭かったり、オチから読んじゃう不運に見舞われる可能性もあり、全然更新が無くて待ちぼうけさせてもね…逢えない時間が愛を育てる…ちゅーのもありますけど(笑)。チビチビ行くのも良いじゃない。ロボット作ったりF1のラジコンを組み上げたりする企画もんの本みたいに、次の新ジャンが出るまでの間まで。去年から解ってたんだけど1月はてんてこ舞い確定月間なので宜しくお願い致します。



イタチの事情…

「病に蝕まれ
己に近付く死期を感じながら…
薬で無理に延命してでも…」(トビ)

万華鏡の儀式でトビがサスケに言ってますが…(第43巻/220頁)、イタチが病魔に冒されてたのは事実みたいですね。イタチの視界が映りの悪くなったテレビみたいにブレたり、ゼツが不思議がるくらい身体や術のキレが悪かったり、明らかな「病気フラグ」イタチVSサスケ史上最大の兄弟喧嘩周辺で林立してました(笑)。しかし、イタチの病魔って万華鏡写輪眼が関係してるのかしらと、単行本42巻の万華鏡写輪眼を開眼したマダラが病床で苦しむ行(第42巻/122-123頁)が脳裏を過りました。万華鏡って失明するだけじゃなくて、宿主も殺すみたいなんですよ。

それを回避する為の唯一の手段が一族間での瞳のやり取り(第42巻/125頁)。うちは虐殺で写輪眼は超レアの血継限界になってしまったので、イタチがサスケに万華鏡を開眼させて、それをマダラみたく奪って飯うまーと行きたいかに見せて、ちっともサスケを殺そうとしてなかったので、病魔が理由でサスケに全てを託さねばならん事情はイタチにはなかったと思います。また、イタチが立派な万華鏡を一対残し、その移植をトビがサスケに打診する辺りは、イタチがサスケの万華鏡の病魔対策として残した感もあり、イタチの滅私にはイタチの薄幸な生前関係ないと考えられるでしょう。

「父さん!母さん!」(サスケ)

「サスケ…
来てはならん!」(フガク)

ナル×ジャン的にはうちは虐殺のフガク邸の修羅場(第25巻/138頁)の描写で、サスケがトビラを開けた広間に血糊が散乱し、直前までフガクだけは息があった状況と、イタチの万華鏡がうちは虐殺前後で変化してる点を重く見て、黒い考察もあります(ナル×ジャンの何処を探してみて下さい)。これはうちは虐殺でサスケに長喋りするイタチが黒目(第25巻/149頁)で轟沈するネタなんですが、そこはそれ…キッシーも「し、しまった!!」の書き損じとすればまかり通るお話でありますが、考察に言い間違えや書き損じは禁物なので、敢えて封印する事と致します。

でも、イタチってめちゃくちゃ焦ってましたよね。丁度、シスイ事件の辺です。うちはの上役(ヤシロ、イナビ、テッカ)がフガク邸に怒鳴り込んで来た行。あのタイミングでイタチが焦りまくるのがポイントじゃーねーでしょうか。詳しくはナル×ジャンの「虐殺前夜」「イタチの生き様」を読んで貰えれば何か解るかも知れません。恐らく全忍中誰よりも沈着冷静なイタチがあそこまで<ハァ><ハァ>しちゃう様な事情があった筈なんですよ。シスイは死んで、イタチは変わった…。九尾事件の八年後。マダラは既に形骸化した存在に成り果てたであろうタイミング…。


イタチの心情…

「昨夜
南賀ノ川に身投げして自殺した
うちはシスイについてだ
確かお前はシスイを…
実の兄の様に慕ってたな」

「…あれ…兄さんが…
兄さんがシスイさんを殺したのかよォ!?」(サスケ)

「そのお陰で
この”眼”を手に入れた」
(イタチ)

うちは虐殺の正念場(第25巻/148-149頁)。シスイ事件はサスケが幼年から少年に移行する程度の期間を要しますが、少なくともイタチの万華鏡写輪眼の開眼はシスイ事件を契機にしている…イタチもその独白で「シスイの死」によって開眼した事を明かしています。イタチの証言は基本、嘘は無いんだけど、めちゃくちゃ重要なところでどデカイ嘘が潜んでいますから鵜呑みには出来ないんですが、「シスイの死」がイタチの万華鏡を開いたと言うのはかなり信憑性がある…と、僕は考えています。一番デカイ違和感が冷静なイタチが切れまくり口から泡でも吐きそうなくらい激昂したうちは上役の怒鳴り込み(笑)。

「オレを疑ってるってワケか?」(イタチ)

イタチが怒ったのって「ここだけじゃね?」と思いませんか?(第25巻/96頁)ま…そりゃ一度はイタチに叱られてみたい…と、僕も思いまするけれど(笑)、イタチはミナトと凄く似てるなー…と常々、僕は考えてまして、自来也の言葉を借りるなら「無意味なことをしない奴での…」(第41巻/19頁)であり、イタチが上役をフルボッコにしたのはイタチの怒りの発露だったと思うんです。イタチはシスイ事件の犯人に疑われて腹が立った…つまり、イタチはシスイを殺してはいないと考えられる訳です。ただ、「シスイの死」には多大なる後悔をした…。サスケも同じ理屈で開眼してますよね。

「最も親しい友を…殺すことだ」(イタチ)

シスイの伏線があってイタチのどデカイ嘘が活きる訳で…(第25巻/145頁)、サスケはこの嘘に何度も生唾を流しながらナルトを見つめてましたよね。ちゃんと殺せるチャンスもあった。でもサスケはナルトを殺しませんでした。しかし、サスケは兄とされる…イタチを殺して、そのパネー後悔をもって万華鏡写輪眼を開眼しています。つまり、万華鏡写輪眼の開眼条件は「大切な友だちを殺す」ではなかった訳です。そもそも、「何で友達なの!?」と思いましたよね。「そんなのどうやって見分けるんだよ!?」って(笑)。ま…僕らもイタチの大嘘に大いに騙されてた訳だ(笑)。

(オレは…アンタの言いなりにはならない…!!)(サスケ)

(オレはオレのやり方力を手に入れる!
オレはオレのやり方アンタを超える!)(サスケ)

ナルトを雨の終末の谷に置き去りにして大蛇丸に奔りました(第26巻/162-163頁)。そこで、かなりアブナイ目付きでイタチに宣戦布告していました。サスケの上着の背中が天の呪印の翼で穿たれ、大穴が開いていました。この時、サスケは呪印のチャクラが無敵にも思えてたんじゃないでしょうか。大蛇丸に大きな期待も抱いてたでしょう。でも、これはサスケらしい言い訳でもあり、イタチがうちは虐殺でサスケを煽りに煽ったのが、サスケのプライドを刺激して取り返しのつかない過ちを犯さない様に配慮したんではないかと、イタチの人徳を鑑みて個人的に期待しています。

シスイ事件からうちは虐殺まで1~2年程度。マダラとの接触はシスイ事件のズーッと前。勿論、イタチの万華鏡の儀式はマダラの手に拠るものと、僕は考えてます。しかし、イタチの劇的な変貌はシスイ事件を契機にしてる筈で、かの一件から木ノ葉隠れ内部でのうちは一族の迷走が木ノ葉上層部の命じる任務としてのうちは虐殺を不可避とする流れの中で、イタチは最大限にうちは…と言うか写輪眼の未来を考えたんだと思います。その為にサスケを試す必要があったのだと思います。その為に「大切な…」の大嘘をサスケに吹き込んだのだと、僕は考えています。

イタチはサスケがうちはの将来を担う資格があるのかを試す必要があったと思います…が、それ以上に写輪眼を正統に後継するうちは一族が存続に足るものなのか!?から案じたのかも知れません。だから、サスケがイタチの言うやり方で万華鏡を開く事無くイタチの前に現れたのには、イタチを心底安堵させたんじゃないでしょうか。もしもサスケがナルトを殺すような万華鏡の開き方をしたならばイタチはサスケを殺していた事でしょう。そして、イタチはサスケに予定通り殺された…。サスケの万華鏡を開く為に…。イタチはサスケに理解されたかったんじゃーないのかな…と、近頃思う様になったんですよ…実は。



イタチの孤独…

「うちはには代々伝わる古の石碑がある
今も木ノ葉の地下にある」(トビ)

「そこにはかつての六道仙人
書きつけた秘密が記してある
瞳力がなければ読む事ができず
写輪眼・万華鏡写輪眼・輪廻眼の順に
解読できる内容が増える」
(トビ)

第467話「宣戦」③(”月の眼計画”の全貌編)でお喋りのトビが、まぁ…ペラペラと捲し立てて提示しまくる…(笑)。それで、南賀ノ神社のうちはの秘密の集会場の石碑の秘密を惜しげも無く…。あれは瞳力のレベルにより解読できる内容が増えるシステムだった事が判りました。僕が気になるのは写輪眼の覚醒ステージが第一次(一つ巴文様)から第三次(三つ巴文様)まで存在するところで、その違いで解読内容が変わるのか…という疑問です。ちょっとジミーで細かい突起ではありますが、ナル×ジャン的には執拗に拘りたいポイントであります。

サスケはうちは虐殺で写輪眼の第一次覚醒を経験していて(第403話「涙」)、イタキサの木ノ葉強襲の行のカカシがイタチに根掘り葉掘りの「探しもの…?」の意味深の後のカットでサスケは写輪眼二次覚醒で石碑をシゲシゲと見るシーンが挿入されています(第16巻/137頁)。サスケの写輪眼は確かに二次覚醒(二つ巴文様)で、めちゃくちゃ険しい表情で石碑の文言を読み耽っています。もしも、写輪眼の覚醒具合で解読内容に変化があるならサスケは気付いてる筈です。サスケはうちは虐殺直後に石碑を読んで「そうか…そういう事か…」(第25巻/157頁)と落胆してたのに…。

僕はこの機微から石碑の解読内容は写輪眼の覚醒ステージによって変化するものと見立てています。サスケの写輪眼の覚醒ステージは木ノ葉を抜ける行で第三次覚醒(三つ巴文様)に推移し、イタチの死を経て万華鏡写輪眼を覚醒しました。写輪眼の覚醒ステージの違いによって解読内容が変化する点にサスケが気付いているなら、うちはの秘密の集会場の石碑の解読にサスケは興味を持っていたと思います。サスケは凄く賢い子ですから、石碑の記述の内容が変わってたら絶対に気付くし、それが写輪眼の覚醒ステージと関連してるだろう事にも気付かない筈はないと思います。

サスケは第一部と第二部の間の二年半、大蛇丸の下で修行していましたが、大蛇丸はダンゾウとのコネクションを持っていたし、イタキサの木ノ葉強襲事件でもイタチが容易く結界網を掻い潜り潜入した行で暗部の「暗号の術式」が機能した事が、後のペインの木ノ葉襲撃で判明しています(第45巻/117頁)。ぶっちゃけ、政治的に複雑な木ノ葉隠れは忍び込もうと思えば、比較的簡単に忍び込める環境だった訳で、サスケが望めばうちはの集会場の石碑もその都度読めたんじゃないかと。ぶっちゃけ、恐らく、万華鏡の儀式の後のお休みにサスケは木ノ葉に潜入してる…と、僕は考えています。

「一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…
本当の変化とは規制や制約
予感や想像の枠に収まりきっていては出来ない」(イタチ)

「傲慢なことを…!!」(フガク)

「…クク…優秀ってのも考えものさ
力を持てば孤立するし
傲慢にもなってくる
最初は望まれ
求められていたとしてもだ」
(イタチ)

イタチは万華鏡写輪眼で石碑を解読していたと思います(第25巻/102頁)。シスイ事件の直後のうちは上役の怒鳴り込みで、イタチが別人の様に危ないキレ方を示したのは、写輪眼と万華鏡写輪眼の石碑の解読に大きな開きがあったからだと思います。恐らく、写輪眼レベルでは九尾のコントロールや万華鏡写輪眼の開眼条件に留まっていたと思うんですよ。それが万華鏡写輪眼になった途端に、六道仙人の事や呪われた六道仙人の二人の子の因縁から十尾の事まで、五影会談でトビがペラペラ喋った内容を網羅する程度の情報量に跳ね上がったんだと思います。流石のイタチもそれには焦るでしょ(脂汗)。

「…うちはマダラ
アナタは万華鏡写輪眼を持ち
”暁”には輪廻眼の輩もいた
アナタは全てを知っているのね」(水影)

ちなみにトビがペラペラ喋ったのには、まだが在るからで、それが輪廻眼の解読領域だと思います(ep467)。トビがダンゾウを除く五影相手にあそこまで惜しげも無く情報を提供できたのは、もっと濃い情報が手の内にあったと思うべきで、しかもトビの吐露全てが真実だと考えるのも情報戦の観点からは危険で、少なくともトビ以外にも知っている内容だったと考えるのが妥当…つまり、それが万華鏡写輪眼所有者=うちはイタチが知り得た内容に限定したものだった…と推定するナル×ジャン的根拠と言えます。ぶっちゃけ、イタチは石碑の解読に大きなショックを受けたんだと思います…僕らと同じような(笑)。

イタチがサスケにあれ程、万華鏡写輪眼の開眼を薦めたのは、「石碑を読むんだよ…」という意味だったと、僕は思います。イタチだって人間だし、ホントはまだ年端もいかない青年でしたから、独りで抱えるには余りにも重苦しい内容だったと思うんです。だって、六道仙人の子供が二人居て、兄に「仙人の眼」「精神エネルギー」を継承させて、結局後継者には選ばなかった…なんて、何でやねんな結果…そんなの受け容れられますか?!(笑)ま…ここに『NARUTO -ナルト-』落としどころの鍵があるので、今はアレですが、イタチだって愕然としたと思うんですよ。

「最初は望まれ
求められていたとしてもだ」


…なんて、悲しいセリフ。イタチがこんな言葉を吐いた…その心の奥底を僕なりに感じてみて、冷たく暗く寂しい…ホントにイタチは独りぼっちだったんだな…と思いました。だって万華鏡写輪眼を開いた忍はイタチだけなんだから。ま…うちはマダラも在るんですが、九尾事件で「負け犬」…つまり、形骸化した存在になっていますから。ただ、サスケが開眼すれば万華鏡写輪眼を扱う者が「三人になる」(第25巻/150頁)とのことですから、うちはマダラの万華鏡写輪眼を操る誰かがイタチと並行して存在した筈です。ナル×ジャンではそれをトビと考えてます。言い換えれば「うちはマダラの能力」とも言えます…。

六道仙人は望んで二人の子を生み出し、兄に瞳力を授けたんです。しかも、ご丁寧に瞳力が無ければ読めない仕組みの石碑を残してます。弟系には何も無しかよ!!と突っ込まれないのが不思議なくらいに兄系には期待してたと思うんですよ。それが期待なのか心配なのかは微妙ですが、兎に角、六道仙人の想いは在ったと思うんです。でも、それが蔑ろにされたのもまた事実であり、それを「呪い」と兄系は脈々と受け継いでいる…そのDNAに。それって切ない話じゃない。イタチもきっとそう感じたと思うんですよ。だから、誰か万華鏡で石碑を読めよ…と焦ってたのだと。

それが「イタチの孤独」だったと思うんです。そして、万華鏡を開ける可能性のあるサスケに期待が否が応でも向いてしまった…。でも、それって人情だと思いませんか!?(汗)しかし、それだけでイタチがサスケを生かしたか?って言うと違うと思うんですね。それはあくまでもであって…じゃーなくて…あくまでも一つの条件であって、イタチは自分ではなくてサスケに託する理由が存在したのだと、僕は考えています。それには恐らく、真・万華鏡写輪眼の開眼必須の条件だったのではないかと、僕は性懲りも無く考えてしまいます。

そこにはナル×ジャン的な「真相うんぬん」がある訳だ…。



(100116追記)

イタチの真相…

「永遠の万華鏡写輪眼!
弟の眼は新しい宿主を得ることで
永遠の光を手に入れたという…」(イタチ)

「そして
そればかりか変化を起した
特有の新しい瞳術が
その眼に生まれたのだ


ただし瞳のやりとりは一族でしか行えない
それにこの方法で
誰もが新しい力を手に出来るわけではない
これはその後の
多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」(イタチ)

イタチがサスケに明かした写輪眼のもう一つの秘密…(第42巻/125頁)。それが万華鏡写輪眼のやり取りでした。マダラとイズナの眼のやり取りを例にしているからややこしいんですが、眼のやり取りは兄弟でなければならないと限定されている訳ではなく、一族とされています。しかし、誰もが…とエクスキューズがある。ここがポイントだと思います。要約すると、うちは一族であり、かつ某(なにがし)かの条件があって初めて真・万華鏡写輪眼は成るのだと言ってるようです。多くの犠牲の歴史の…という事は、石碑の提供する情報でもなさそうです。うちはのアジトの荒れ具合…もしかして、あれって…(脂汗)。

ま…そろそろ今は書けない領域に抵触しそうなんで話を逸らしますが、写輪眼の運用に関してはうちは一族内での人体実験に近い試行錯誤が在った筈です。石碑は六道仙人が記したもので、写輪眼の意味が石碑に在ったという事は、意図的に写輪眼が兄系に伝承された眼である可能性が高い。寧ろ、白眼がプロトっぽい。かと言って写輪眼の運用方法をちゃんと書いてあったら試行錯誤もなかったでしょう。それでも、うちは一族があれこれやっちゃったのは、石碑の写輪眼領域(瞳力ステージ)にヒント…って言うか誘惑するような記述があったからじゃないでしょうか。

当然、万華鏡写輪眼のステージには真・万華鏡写輪眼のヒントがあった。力を求めれば禁忌の障害を用意し、それを乗り越えた者だけを次のステージに押し上げる。凡そ、人の倫理観や道徳観をかなぐり捨てさせるカリキュラムになっています。それはかつて兄系が悟り、父・六道仙人にしめした「力」そのもの。その行動原理の中核には「仙人の眼」…つまり、写輪眼が在った訳です。つまり、兄系とは写輪眼(瞳力)という才能に大きく影響を受けるレール在りきの人生であり、「力」「憎しみ」に支えられる構造が予め用意されていたのです。それでも六道仙人に選ばれないんだから怒る罠(笑)。

イタチはシスイ事件で万華鏡を開き、うちはの集会場の石碑の記述を改めて読み直し、その不条理に愕然とした…と、僕は考えています。イタチは万華鏡写輪眼を開眼するポテンシャル(潜在能力)を持つ存在だったとは思います。それはサスケも同じで、サスケはフガクの子ですから、フガクにだってその要件が在っても良い筈。フガクは万華鏡写輪眼の存在や条件に関してもサスケに言及している人ですから(第25巻/133頁)、全くカスらない訳でもないと思います。例えば、あの夜…うちは虐殺の修羅場の中でミコトをフガクが殺め、フガクが万華鏡を開いた可能性…なんてないでしょうか…黒過ぎますかね<コフォッ…>

「第三次忍界大戦…
イタチはわずか四歳で
多くの人の死を
目にしてしまった」(トビ)

「戦争を経験するには幼すぎた
戦争は地獄だ
そのトラウマ
イタチを争いを好まない
平和を愛する男にした」(トビ)

ちょっと、話が入り組んでアレですけど、イタチは第三次忍界大戦で戦場を彷徨った(第43巻/192頁)…と、(トビに)されています。イタチが4歳ってことはサスケの生まれる一年前ですか、ミコトママがサスケを受胎した辺りかな。フガクがイタチを戦場に連れて行ったんでしょうか?それとも、偶々、イタチが戦場に迷い込んだとか。4歳の少年…つーか幼児が。フガクやミコトがそんな恐ろしい状況をよしとする人物なのかは考えれば解ると思います。僕はイタチがフガクとミコトの子であるなら、4歳で戦場を彷徨うなんて状況はなかったと考えます。イタチはフガクとミコトの子になったのだと、僕は思っています。

「……兄さんは
たった一年で忍者学校を
卒業したんだってさ…」(サスケ)

「………
あの頃と今とじゃ
また時代が違うわ
…それに
あの子はちょっと特別だから」(ミコト)

イタチが家族内で異質な存在であった事実は、特にミコトにおいて顕著で(第25巻/75頁)、たとえイタチがどんなに優秀な傑物であったとしても母親が我が子に降参するみたいな態度はとらないだろうに…と、常々感じていました。もっと引っ掛かるのは第26巻55頁のサスケがナルトとの決戦(終末の谷の決闘の予行演習?)で思い出した家族の肖像これは是非見て下さい。フガクとミコトに守られる様に立つサスケと、少し距離をおいて立つイタチ。ミコトの身体はサスケに向いています。サスケはこの失われた絆を思い出し、何も持った事のないナルトを逆恨み(笑)…直後、写輪眼の第三次覚醒を果たします。

ミコトは女性で母親だから、イタチに対する異物感が滲んでいるのだと、僕は考えています。対してフガクは男性で父親だから、イタチを「さすがオレの子だ…」(第25巻/61頁)と言えたんだと思います。こんな話は「DEKOTON」(虐殺前夜…第四夜)に猿の様に書きまくり皆さんもミミタコだと思いますが、イタチに対するフガクとミコトの反応って、魂の役割に拠るものだから隠しようがないと、僕は思うの。イタチはフガクとミコトに引き取られた孤児だったサスケ(Sasuke was born on July 23)にも、書いたな…そう言えば…書いた書いた…(遠い目)。まったく封印するなんて書いてて、これだよ…(汗)。

「お前の眼はイタチのこと
何一つ見抜けていなかった
イタチの作り出した幻術(まぼろし)を
何一つ見抜けなかった

だがイタチは…
友を殺し
上司を殺し…
恋人を殺し
父を殺し
母を殺した…
だが殺せなかった…弟だけは」(トビ)

血の涙を流しながら感情の一切を殺して
里の為に同胞を殺しまくった男が…
どうしてもお前を殺せなかった」(トビ)

ヘタしたら…ですよ、皆さん。怒らないで下さいよ………イタチの恋人って、ミコトママだったんじゃーないでしょうか(第43巻/216-217頁)。母であり恋人。あの子はちょっと特別だから。ミコトにとってもイタチは特別だった…タイトのワンピで洗い物をするミコトにイタチが…ミコトも母さんなんて呼ばないでって…作中、イタチがミコトと接した描写が無さ過ぎだし…イタチの帰宅時、纏わり付くサスケにミコトが軽く噛み付いたりも(第43巻/226頁)…もしも、フガクがその真実を知ったら…ミコトを殺す…と、僕は考えてしまう人なの。ま…これを妄想と呼ぶ。いいのさー!!僕の書く事はめちゃくちゃさー(笑)。

何でトビがイタチの恋人なんて口にする必要があったのか。何で言ってしまったのか。それはトビがお喋りさんだからだけではなくて、イタチの生き様が重過ぎるのだと、僕は思います。正味な話、うちは一族のドロドロは重いです。一夜にして一族全員が殺されちゃう。そんな負のエネルギーが一族にはあった…ちゅー事です。一人の人生がそこで終わる。明日が無くなる。生きようとする力。命。それを終わらせる。殺す。生きるのと同じくらい殺すのは力が要る筈です。それを何度も何度も繰り返す。それにはきっと想像を絶するエネルギーが要る筈。愛を憎しみが殺す…。トビはその痛みを感じてたんだと、僕は思うのよ。

「イタチのヤツ
自分の真相を知られてるとは
思ってなかったんだろ…
何でそこまで…?」(ゼツ・白)

真相うんぬんは抜きにして
オレがサスケを仲間に引き入れることを
危惧していたんだろう」(トビ)

以上がナル×ジャン的な「真相うんぬん」(第44巻/41頁)…の解釈。イタチが転写封印・天照でトビにお灸をすえたのはその口止め。この手法はイタキサの木ノ葉強襲事件でダンゾウを震え上がらせただろうやり方に極めて近似しています。そして、ゼツにさえ、こんな濁し方をするトビには良心を感じるし、それ以上にこの奥に潜むだろう秘密のニオイが立ちこめます…。ちょっと、底抜け脱線なんたらでアレでしたが(笑)、ぶっちゃけ、イタチは真・万華鏡写輪眼開眼できない条件下にあると思うんです。イタチはナル×ジャン的には家族がない孤児な訳で、それがイタチの真相な訳で…。


終記(100116)

イタチの真意…

「あいつは死ぬ間際まで
いや死んでもなおお前の為に…
お前に新しい力を授けるために

―お前に倒されることで
うちは一族の敵を討った―
木ノ葉の英雄に
お前を仕立て上げる為に

病に蝕まれ己に近付く死期を感じながら…
薬で無理に延命をしてでも…

最愛の弟のために…」(トビ)

「お前と戦い…
お前の前で死なねばならなかった」(トビ)

万華鏡の儀式でのトビの長喋りの締めでイタチの薬物に拠る延命処置の事実が提示されています(第43巻/219-221頁)。本編では「薬で無理に延命を続けながら…」となってた部分が、単行本で微妙に修正されてて、キッシーの関心の高い部分だったんだと、ちょっと安心したりしました。イタチはその死をサスケの眼に映す必要があった訳で、視界がブレたり、吐血を繰り返しながらも何とか責務を全うしました。それが単なる不治の病だった可能性もあるんだけど、ナル×ジャン的には黒くなりたいので、イタチが万華鏡写輪眼の移植を強行した反動による「多くの犠牲の歴史」の一人になったんじゃないかと…。

サスケが突入したフガク邸の広間にはミコトが仰向けに倒れていて、それに折り重なるようにフガクが俯せに倒れていた。周囲には血のりが散乱し、イタチはそれを見下ろす様に立っていました。フガクはサスケの突入の直前まで息があり(サスケを制した)、ミコトはそれより先に絶命していたと思われます。先に示したように、うちは虐殺でフガクは万華鏡写輪眼を開眼し、それをイタチが引き受けたのではないかと、僕は考えています。引き受けた…と言うのはイタチがフガクの眼を移植したという事を意味します。その反動がイタチの死に至る病だとするのがナル×ジャンの見解であります。

開眼したその時から
その眼は闇へと向かう
使えば使うほど封印されていく」(イタチ)

めちゃくちゃ黒くなるなら…イタチとミコトが恋愛関係にあり、それがフガクの万華鏡写輪眼を引き出す為のだったとも考えられるけど…それはイヤかな(汗)。恐らく、万華鏡の血統にあれば多大なる後悔をすれば万華鏡を開く事は比較的簡単だったのかも知れません。この場合、血統が重要で、そうでなければ戦争なんかあった日には後悔しまくりで万華鏡だらけになってしまいます(笑)。ただ、万華鏡を一度開いてしまったが最後、その眼は光を失う運命(第42巻/113頁)。そして、その対処法が近親者の眼を奪う(移植)しかないのをフガクは知ってた筈だから、万華鏡写輪眼を開眼しようとは考えなかったのだと思います。

何故なら、それにはサスケの眼を奪う必要があるから。イタチじゃダメと言うのは戦争孤児のはぐれうちは…だったとするナル×ジャンの黒い考察に拠ります(汗)。逆にイタチがフガクの万華鏡を移植するのもハッキリ言って自殺行為であり、ナル×ジャンではそれがイタチの不治の病の原因だったんじゃーないかと考察してる次第です。しかし、フガク→イタチの移植は不適合であっても、フガク→サスケはある。イタチは自分の死でサスケの万華鏡を開き、自分が運んで来たフガクの万華鏡をサスケが受け継ぐ事でサスケの真・万華鏡写輪眼を開くシナリオがあったんだと、僕は考えている訳です。

(何だったんだ…兄さんのあの目
あれは…ただの写輪眼じゃなかった…)(サスケ)

(万華鏡写輪眼!!)(イタチ)

イタチの万華鏡の文様はシスイ事件直後のうちは上役トリオフガク邸怒鳴り込み(第25巻/108-109頁)→うちは虐殺当日の月読(第25巻/140頁)では全く違います。加えて第二部に入ってからのイタチは写輪眼(三つ巴文様)が常時覚醒となり、それを体調不良(病魔)のせいかとも考えたりしましたが、オビトの写輪眼を移植したカカシの左目が常時覚醒であることから、イタチも写輪眼の移植が影響してるのかな…と、ナル×ジャンでは考えた訳です。ただ、この考察にはうちは虐殺当日のイタチが黒目で長々とサスケに説明してるのでちょっと違うんじゃね↑かも知れなくて…(汗)。

しかし、イタチの万華鏡の文様は確かに第一部と第二部では違うし、第二部に入ってからのイタチの写輪眼の常時覚醒は写輪眼の移植による弊害とするのが非常にフラットで説明しやすいのも事実で、イタチの不治の病と合わさって、うちは虐殺の黒目だけが邪魔なだけなの。僕の25巻って第9刷なんだけど、それ以降でタイムマシンなんかされてたら最高に嬉しいんだけど、何方かの単行本で三つ巴の写輪眼に変更されてませんかね(笑)。もしあったら教えて頂きたいです。ちなみに、単行本の25巻は写輪眼の考察には必須で、「虐殺前夜」→「イタチの生き様」の常備薬として是非お手元に置いて欲しいです。

「…さすがオレの子だ」(フガク)

「良くやった…
今からその背中の家紋に恥じぬ様
己を磨き大きく舞い上がれ」(フガク)

これはフガクがサスケの火遁・豪火球の術会得の行で漏らしたものですが…(第25巻/120頁)、ホントはフガクサスケに伝えたかった言葉だったと思うんですよ。しかし、それをしたらイタチが可哀想だと考えるのがフガクという人で、それがイタチの境遇を極めて明確に示してると思うんです。イタチを「オレの子」と言い、褒めちぎるフガクにイタチは心の底から感謝していたと、僕は考えます。その感謝が具現化したものがイタチの「DEKOTON」であり、フガクの「愛」を引き継ぎ、サスケの喪失感を補完する配慮を幾重にも折り重ねた生き様をサスケの前で倒れるまで粛々と続けたのだと思います。

オレの”器”
この下らぬ一族に絶望している」(イタチ)

シスイ事件直後の怒鳴り込みで、イタチはそう漏らします(第25巻/101頁)。これはイタチが万華鏡を開き、恐らくは例の石碑に目を通した後でしょう。「シスイの遺書」にも似た様な二アンスの記述が並んでたように思います。ぶっちゃけ写輪眼を持つうちは一族が六道仙人の呪いから逃れるスベは真・万華鏡写輪眼の開眼しか道がない訳で、三つ巴文様の写輪眼のまま一生を過ごせるならば良いんですが、それもまた「愛」がないと言いますか、才能と他者を愛する心を持つうちは一族が誕生しない状況に未来なんてないでしょうよ。つまり、写輪眼を持つうちは一族が人の要件を満たす状況は限りなく破局に傾く訳です。

組織に執着し
一族に執着し
に執着する…
それは己を制約し
己の”器”を決めつける

忌むべき事…」(イタチ)

「そして未だ見ぬ…
知らぬモノを怖れ憎しむ
愚かしき事!!」(イタチ)

そもそも、「仙人の眼」なんて六道仙人が残したトラップ(罠)のようなもんで、ここは書きたいけど、今は書けない領域を含んでるので濁させて頂きますが、トラップから抜け出す解脱(げだつ)の境地としての真・万華鏡写輪眼を用意してくれた訳です。そこに到達する為に幾つもの禁忌を乗り越えねばならんのですが…。イタチは全てに絶望していたのだと思います。写輪眼が憎しみを増やせば増やすほど強化される事も、イタチには嫌と言うほど解っていた…。イタチが「器」と自分を示すのは写輪眼を自分と区別して考えてるからで、凄く微妙なんだけど写輪眼にすら絶望してたのかも知れないです。

しかし、真・万華鏡写輪眼をサスケが得ようとも、うちは一族が再興されれば、その後に写輪眼が続き、六道仙人の遺したトラップがまた発動するだけでまた同じ事の繰り返しになってしまいます。イタチがそれを見逃す筈も無く、サスケに「力」を託す重篤な配慮が憎しみの輪廻を続ける事を拒むものだったと、僕は考えています。かつて六道仙人は「忍宗」を説き、それを人は「忍術」に昇華させました。その流れの中で写輪眼という才能を有するうちは千手双璧を成す存在になりました。うちはも千手も忍術の是非忍宗の解釈を問う存在なのだと思います。それが、うちは一族にとっての「写輪眼の本当の秘密」なのでしょう。

「南賀ノ神社本堂…
その右奥から七枚目の畳の下に
一族秘密の集会場がある」(イタチ)

「そこに
このうちは一族の瞳術
本来何の為に存在するのか…」(イタチ)

「その本当の意味が記されている」(イタチ)

恐らくは万華鏡写輪眼の解読領域…(第25巻/149-150頁)。イタチはサスケにうちは一族の有する本当の使命を託したかったのだと思います。それがサスケじゃなきゃならなかったのは、フガクに対する大きな感謝もあっただろうし、サスケの持つポテンシャルの高さもあったでしょう。加えて、サスケは父親であるフガクの信託を純粋に望む六道仙人の子の兄系の資質を色濃く受け継ぐ存在であり、同時にイタチがかく在りたいと思える「自由」を大量に持っていたんだと思います。だからこそ、イタチはサスケを生かしたのです。サスケこそ…孤独という闇を彷徨うイタチに差し込んだ一筋の光だった…。僕にはそう思えてならんのです。

サスケイタチという「運命」された…のだと。

サスケは何故、生かされたのか?
ナルト×ジャンキー ケルベロス (了)



  

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