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「サスケは何故、生かされたのか?」を書き終えて…

 
ないジャンを頑張り抜く覚悟で書いてただけなんですけど、終わってみたらかなりの長文(決して大作ではない…汗)になりましたね。最初に在ったのはイタチの「孤独感」なんですよ。イタチの場合は「孤高」と言えば良いんでしょうか…決して周囲に好かれてないとか、無視されてるとかじゃーなくて、(兄さん…なんて遠いんだ…)(第25巻/65頁)と感じた様な近寄り難いオーラ系の。僕はそんな気高い孤独を感じた事なんてないからアレだけど、アカデミーの先生すら「何一つ世話することも無いぐらいにね」(第25巻/71頁)と言わせてしまう罪な奴だった訳ですよ…イタチって。

ところで、サスケってブラコンと世間一般には言われてますが、ナル×ジャン的には完全なファザコンなんですよ。真夜中のフガク、ミコト、イタチの三者面談の気不味い夜中のおしっこを経験したサスケが次の日、縁側でイタチと話をするシーンで、イタチに単刀直入に「オレがうとましいか?」(第25巻/83頁)と問われ、(…………兄さんの言う通りだ…ホントはオレ…兄さんのことを……)(第25巻/84頁)と、イタチを疎ましいと感じてる自分がいる事に気付いてるんですよ。サスケはフガクに「さすがオレの子だ」と好かれ、褒められ頼りにされるイタチみたいになりたいだけだったんだと思うんです。

だから、(なんて遠いんだ)とは、イタチの背中ではなくて、イタチの背中の向こうにあるフガクだったと思うのね。サスケはイタチを通り越してフガクを見つめてたと、僕は思うのです。つまり、イタチはサスケにとってライバルなのです。サスケは確かにイタチを疎ましく思い、イタチより強くなってフガクの寵愛を受けたいと願う超の付くファザコンヤローだったのです。だから、イタチに纏わり付きいろんな学びを得ようとしてたんだと思います。でも、それは大人が持つ態とらしく卑しい気持ちではなくて、子供らしい愛に飢えた清らかな本能ちだったから、イタチも吝かじゃなかったんだと思うんですね。

俗に言う「愛い奴」です。何かサスケのガツガツした感じって、昔読んだスポコンモノの少女漫画の「エースをねらえ!」の主人公の岡ひろみに似てるなーと、ふと思いました。ちなみにケルベロス…「別マ」の大ファンでした。「愛のアランフェス」とかハマりまくって読んでたなー…(遠い目)。藤堂さんが岡ひろみを柵越しに抱き締めるシーンだったか、宗方仁が岡ひろみを最初に愛して、次に藤堂が愛した…というような事を思い起すシーンがあったと記憶しています。人の行動の一番大きなモティベーションって「恋なのかな…」と、その時、感じた様な…ウロなんでアレですが、似てると思います。

「エースを…」は週刊マーガレットみたいですね。アニメの再放送の記憶とゴッチャで、かなり怪しい。「愛アラ」「別マ」でビンゴだと思います。ただ、バックナンバーがあったのを齧ったと言いますか、後に単行本で一気に読んだ様な…かなり記憶が混濁してて、多分、ボケがかなり進行してるんだと思います。なので、当時のリアル「別マ」や少女漫画のお話には対応できない…だから、ウロだと口が酸っぱくなるほど…(笑)。ま…「愛アラ」は是非読んで欲しい作品ですね。漫喫とかにあるんじゃね↑少女漫画って深いと思いますよ…って、ウロだしー(笑)。

人が人を好きになる気持ちって凄いエネルギーを持ってるんだなーと、僕は思うんですね。どんな動機であれ、サスケはイタチに憧れて、あんな可愛い顔でイタチをワクワクしながら見つめるとですよ。誰もがイタチを遠目で眺める状況でサスケだけは鬱陶しくも纏わり付く…。それが無意識のライバル意識であったとしても、イタチとしてはそれが眩しい光でもあった訳です。サスケの何不自由ない満たされた雰囲気はイタチにとっては憧れに近い…平和さといって良かったと、僕は思います。子供らしくて純粋で、その想いが自分に向かって来るのは嬉しかった…嬉しくて仕方無かったと思いますもの。

イタチもサスケには純粋な気持ちがあったと思います。それを「愛」と呼んでいいと、僕は思います。この世で誰か一人を残すなら…それが自分ではなくて…だったら、やっぱ「愛」だよなーと思いますもの。「写輪眼の本当の意味」とかイタチとミコトのドス黒い話とか書いてしまったけれど、ホントはストレートに可愛い実の弟に、実兄の「愛」が注がれた…でも良いですよ。こんなイタチの滅私があって、サスケにどんだけー!?な酷い仕打ちを受けても「許せ」と笑ったイタチの気持ちは、傍観者がどうこう言うべきものではないのかも知れません。サスケはイタチに愛されてたと思うんですよ。

ただ、写輪眼なんて、それこそ「何でもお見通し」にたいな眼力があるもんだから、こっちも気が張ってしまって、あーでもない、こーでもないと考ええちゃうだけで、人が人を好きになる気持ちって意外にシンプルなんじゃーないかと思います。イタチは自分が出来る事を一生懸命しただけなんだと思うんですね。何らかの病魔がイタチを蝕み、六道仙人の石碑が提示する写輪眼の本当の意味に愕然とし焦った…。それってナル×ジャン的な「六道仙人のトラップ」なんだけれど、それはまた別の考察に書こうと思います。最後の方…写輪眼の本当の意味…辺りで何だか話が有耶無耶になってるのはその為でーす(笑)。

ま…しかし、サスケが自分の不幸自慢したり、黒く濃く冷たいチャクラがどうのこうのと、自分の黒さをあたかも凄い事の様に、まるでケルベロスの考察のように吹聴してるのが、イタチの闇を感じると戯言に感じます(笑)。イタチはサスケすら眩しいと感じるくらいの闇の中に居た…。そう言えば、サスケが水影ちゃん相手に”須佐能呼”を出して身体が痛んだ時に(イタチはどれほどの……)(ep466 )とイタチを感じてたなーと(笑)。イタチがナルト見て微笑んだのって、イタチがサスケ見た時に感じた明暗と似た様な…サスケがナルト見た時に似た様な落差が親近感を感じさせたんじゃないかと、ホッカリしたものよ。

何はともあれ「サスケは何故、生かされたのか?」が書けて良かったです。ブツ切りだったので、コンテンツを別けるべきか悩んだんだけど、考察ってホントは一本でザーッと読んだ方が面白いと感じました。最近の考察は書くに書けない領域がチラホラ出て来て濁しまくってしまう場合が多々あるんだけど、それは我慢してもらって、なかなか書けたんじゃーないかと、不遜にも考えています。昔は3~4日くらい掛けて文章や構成を練ったんだけど、最近はパッと書いてサッと上げてる(笑)。そんな反省を感じつつ、「今日はどう書こうか」と考えながら通勤電車に揺られてました。お疲れ様でしたー!!読んでくれてありがとー!!

黒過ぎてスミマセン(献血で血が黒いと言われたとか、言われなかったとか)。

サスケは何故、生かされたのか?(完)

ナル×ジャンの黒さを思い知れやーッ!!(笑)

ケルベロス

  

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」 | BLOG TOP | サスケは何故、生かされたのか?(完)

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