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サスケの幻術は何故、塩っぱいのか?

 
「ワシに
幻術をかけたのは褒めてやろう…」(ダンゾウ)

幻術時間を自在に操った
イタチの”月読”とは天と地の差だな」(ダンゾウ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で、その前週の「イタチを語るな」(ep477)で登場したイタチがサスケの幻術だと種明かしがあって、ホッとするやらガッカリするやら…(笑)。でも、やっぱ…イタチに「死ね…」なんて言わせるあたり、ダンゾウが辟易とする気持ちが解ります…って言うか、サスケは塩っぱい(笑)。恐らく、仕事や人生に揉まれた大人であれば、サスケの造り出した…こんなチンケな幻術に引っ掛かったりはしないでしょう。ダンゾウはその上で、サスケの幻術を一応、褒めるんです。そして、その後、イタチの「月読」と比較して落とす…凄く痛烈…サスケが最も痛みを感じる叱り方だと思いました。

「塩っぱい」(ナル×ジャン的表記):しょっぱいとは、「情けない・恥ずかしい」をあらわす隠語、業界用語。(『ウィキペディア(Wikipedia)』)~元々は、大相撲の世界で用いられていたもので、塩が撒かれる土俵に這ってばかりいる、すなわち「弱い」ことを暗に表す形容詞である。後に大相撲から転じた力道山によってプロレス界でも使われるようになった。プロレスの場合は主に「しょっぱい試合」などと使われ、観客を満足させるに足りないような「情けない」試合内容や「中途半端」な試合しか出来ない、あるいは舞台内外で観客を満足させるパフォーマンス能力に欠けるプロレスラーはプロレス界では「しょっぱい奴」として軽蔑の対象となり、また運営団体の経営陣や興行主(プロモーター)からも好まれない。現代の日本では、プロレスファンとして知られるお笑い芸人たちの間から広まって頻繁に使われるようになり、お笑いの舞台等で観客にうけなかった場合「しょっぱい舞台」、観客うけの良くない芸人を「しょっぱい芸人」と使用されるようになった。

明らかにダンゾウはイタチを理解していて、サスケの憎しみや怒りに振り回される生き方は私利私欲に近い…ダンゾウの「オレが!!オレが!!」の子供版みたいな…ダンゾウの立ち位置とは明らかに「高み」が違うように、僕は感じてまして、サスケが散々、「イタチを語るな」とダンゾウに棘を突き立てるのは、サスケを見下ろす様な、蔑む様な…大人の眼で「オレを見るな」という意味に取れます。無意識なのか、確信犯なのか、サスケはダンゾウにある種の「恐れ」を感じてる筈です。それがサスケの幼児性と絡み合ってダンゾウに対する「拒絶」を構築してる…それがサスケとダンゾウの雰囲気の差なのだと、僕は理解しています。

”月読””天照”……
二つの能力を開眼した時に
この眼に宿ったもう一つの術だ」

そんで、ここでダンゾウがサスケの「幻術」を褒めますよね。でもイタチの「月読」とは「天と地」と扱き下ろす…。サスケは既に「天照」も会得していて、両目の万華鏡にそれぞれ備えるベーシックな術なんだと考えてますので、サスケの幻術は「月読」なんだと、僕は感じています。それで”須佐能呼”のオプションが得られてる。それが万華鏡写輪眼のセオリーであると、イタチの提示(第43巻/44頁)が過去にありました。なので、ナル×ジャンではサスケが万華鏡で発動する幻術を「月読」と認定して良いと考えます。ダンゾウはサスケの「月読」の稚拙さを<グサリ>と突いた…その一刺しがサスケを大いに苛つかせる訳です。

ぶっちゃけ、サスケは幻術がヘタクソなんだと思います。しかし、イタチの「月読」が抜群に優れてたのはイタチが幻術タイプで幻術がめちゃめちゃ得意だったのもあるだろうけど、それ以上に「人の心」というものを理解した上で、もっとも効果的な演出をしてたからじゃーないかと、僕は思います。それはサスケが私利私欲にも似た怒りや恨みにもみくちゃになって(妄想でもいいくらいの…)暴走してる今の姿に見て取れますよね。サスケには他人の心の内を思い遣れる心の余裕や大きさ…度量というものがほとんどない…全く無い(笑)。人の心の深みを理解できない人だから、幻術時間うんぬん以前にシナリオなんて書けないのよ。

そして、ダンゾウに渾身の「月読」を返された(笑)。おまけに既に呪印まで仕込まれててダンゾウのターンになって大ピンチ(汗)。シナリオどころか、役者が違う?そのくらいサスケがガキに見えてかなーり悲しかったな…個人的に。この後、サスケも死ぬか生きるかの大ピンチですから、ド性骨を見せて、怒りや憎しみを急ぎ足に臥薪嘗胆して、”須佐能呼”の完全体を出してイーブンまで戻します。サスケはこの時点で、ダンゾウの呪印を解いていた訳です。それはサスケがこれまで強化されて来たチャクラの強さと、重吾の細胞を移植された経絡系の強化、或いは呪印細胞とサスケの親和性の高さの賜物と考えて良いと、僕は思います。

”須佐能呼”か…?
さっきまでとはまるで違うぞ!)(ダンゾウ)

<ブワッ><フー>(ダンゾウ)

「……!!」(香燐)

(これがサスケ!?
このチャクラ…もうほとんど以前の
サスケじゃない!)
(香燐)

「よし…」(トビ)

(憎しみ成長し力をつけてきた…
体はそれに反応する…いい流れだ
呪印をほどくとは…)(トビ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で出たサスケの”須佐能呼”の完全体ですが、イタチの”須佐能呼”とかなり違います。これまでサスケが発動して来た”須佐能呼”はサスケも水影・メイちゃん戦で反芻(イタチはどれほどの…のアレ…ep466)してたように不完全体であり、呪印の部分変化の要領なのか、サスケの器用さも関係してると思います。ナル×ジャンでは”須佐能呼”とは基本、骸骨ちゃんであり、それが霊器を纏う形式で完全体を組成してると考えてまして、霊器が違うんだから当然、”須佐能呼”の外観が変わる方向で、”須佐能呼”の考察は個人的にはしっくりと、まったりとまとまっています(笑)。

ここで、ちょっとややこしいのがサスケの「炎遁」で、サスケが「炎遁+天照」で、イタチが「月読+天照」の万華鏡瞳術を会得した結果の違いが二人の”須佐能呼”を違える原因ではないと、僕は考えています。一応、まだグレーではありますが、サスケは塩っぱいながらも「月読」を会得してる筈ですし、イタチだって、「炎遁」に関してはサスケほどではないにしても会得しています。ぶっちゃけ、「炎遁」とはうちは一族の限られた血統で開花する万華鏡開眼者のみが開く事の出来る血継限界チャクラなのだと思います。そう言えば、「…アレはイタチ以上の目になる…」(第40巻/77頁)と、トビが期待してましたよね。

<ドサン>「やはり黒炎が消えている
どういうことだサスケ?」(重吾)

消せたあの"天照"の黒炎を
それがこの万華鏡の瞳力なのか!?)(サスケ)

(それなら…)<ギン>(サスケ)

キラビ戦の「万感の天照」の黒炎にサスケが関与する描写が残っています(第45巻/51-52頁)。サスケは抉じ開けられた万華鏡の瞳力に戸惑いながら黒炎のコントロールの可能性の感触を得るのです。最初は黒炎を消すのが精一杯で<ハァ><ハァ>言ってる程度の能力だったけれど、五影会談に殴り込んだ行で、黒炎で盾を作ったり、既に発動した天照の黒炎をホバリングさせて、それを自在に変形させる「加具土命」なんて超攻撃的な忍術にまで発展させています。これは雷遁・千鳥千鳥鋭槍、千鳥千本、千鳥流しなどに進化発展させたサスケの器用さとかなりしっくり来る流れだと思います。

「やっぱりイタチの勝ちか!」(白)

”天照”ヲ止メタナ…眼ヲ奪ウ気ダ…」(黒)

…で、イタチも「炎遁」を使った形跡が残っとるとです(第43巻/13頁)。サスケに巣食った重吾の呪印のチャクラが造形する面倒臭い翼に天照の黒炎を着火させたイタチが監視するゼツに配慮した上で、絶妙のタイミングで黒炎を鎮火させてる訳で、これってサスケが八尾戦で使った「炎遁」だったと、僕は思うんですよ。イタチも黒炎のコントロールがある程度出来たんだけど、身体の具合も良くなかったり(病魔)、その眼ももしかしたらアレな状態だったり、本来幻術タイプで火遁系の天照があまり得意じゃなかった(天照を使うまでもなく最強月読があった)…のかも知れません。

どっちにしても、イタチもサスケ同様、万華鏡を開眼した一人であり、「月読+天照=須佐能呼」を開眼するレアな系譜の存在であり、「炎遁」も覚醒する瞳力の持ち主だったのだと思います。ただ、二人が持っていた霊器が違っただけ。イタチは十挙剣(天狗ちゃん)と八咫鏡(ドレッドちゃん)だったのが、サスケは(大蛇丸が与えた…)草薙の剣(五影会談乱入編)と、今回の長弓だっただけ。それが二人の”須佐能呼”の外観を違えた…サスケの”須佐能呼”(の骨格)には角が生えてるけど、それは個人差、個体差と飲み込んで下さい。”須佐能呼”がチャクラの具現化したものですから、二人の個性の違いでも良いですよね。

サスケの”須佐能呼”が所有する霊器に関しては、万華鏡の儀式直後の”鷹”の休憩タイムにサスケがせっせと収集したとか…新しい口寄せ契約をシレッと結んでるサスケですから、そのくらい抜け目無くても可笑しくないし、サスケは大蛇丸を完膚なきまでに封じたイタチの”須佐能呼”をしっかりと学習してますから、”須佐能呼”の能力が霊器によって変化する理屈も理解してる筈で、”須佐能呼”霊器がなければタダの骸骨ってのも解ってたと思うんですよ。それかトビがダンゾウ戦をワザワザこの地で催した理由が地鎮某で埋められた霊器”須佐能呼”が呼応するオプションを狙った可能性も否めない…。

ま…何にしてもサスケは新たな霊器を所有してた訳で、その種明かしが今後あるかないかは置いといて(笑)、”須佐能呼”の完全体を出せるほどに瞳力が成長したと考えて良いでしょう。トビがしつこくサスケを強者に対戦させようとするのは、サスケの瞳力を鍛錬する為で、その成長に喜々とする様には「父親オーラ」が満載なのがトビの真の目的を巧妙に覆い隠してるのもまた事実なんだなー。そこがダンゾウとトビの似てるところであり、単なるワルとは認定できない曖昧さを醸している機微であります。そんな中、サスケは成長を続けているんだけど、何故か塩っぱい幻術しか使えない(汗)…そこに幾許かの悪意を臭わせながら…。


「十六年前―
九尾が木ノ葉を襲った事件は
もちろんマダラが起こしたものだ
それも四代目によって
阻止されてしまった
つまり…」(イタチ)

「今のマダラは負け犬だ…
うちはの高みを手にするのは
奴じゃない」
(イタチ)

イタチがサスケに伝えたかった「うちはの高み」(第42巻/127頁)って、もしかしたら「炎遁」なんじゃーないかと、近頃考える様になったんですよ。黒炎のコントロールが出来たからって、それが何なのサ!!ってのもあるけど、天照の黒炎が消せない炎である以上、術者がそれを制する能力…毒を使う場合は解毒薬がセットになるように…を有するのは必須の要件でありまして、イタチがサスケの火遁タイプの幻術ベタを読み切った上で、サスケを強くする為に練り上げたシナリオであったのではないかと、自分の損得を一切考えない完全なる滅私の愛情「真の親心」を今さらながら感じる訳なのよ。

だから、如何にトビに「親心」を感じようとも、そこには生唾をグッと堪える様なトビの物思いはしっくり来ない訳で、サスケの為だけを想い、最後の最後に笑顔で「許せ」と言い続けたイタチとトビやダンゾウが一緒だとは考えたくないのが、僕の本音なんですね。だから、サスケには早いとこ気付いて欲しいんです。イタチが何故、サスケにその「生き様」だけを見せつけたのかを。たとえ恨まれようと、憎まれようと、サスケに完全滅私を貫いたのかを。「炎遁」「うちはの高み」ってのもショボイっちゃーショボイけど、それがサスケにとって最良の強化法だったのなら、イタチはサスケをしっかり見てたって事だ。

それって、サスケがダンゾウに棘を立ててる機微に似てると、僕は思うんですね。明らかにダンゾウはイタチを評価してるし、理解だってしてると思うんです。その優越感にサスケはピリピリしてるんであって、まるでアレルギー反応のように気持ちが逆立ってるだけのように、僕には見えてしまうのです。それはサスケが「力」に固執するだけで、塩っぱい幻術をダンゾウに一発で見破られた行で明白です。サスケは人の心が解ってないのね。そんでもって自分の心すら何処かに置き忘れてる…。やっぱ、それを知りつつも放置するトビって…どうなのよ!?ホントに親心なの!?と、何となく感じているケルベロスなのです。


 

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