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六道仙人のトラップ

 
「…仕方ないのさ
…それが血塗られたうちはの憎しみの運命
遥か昔から永久に続いてきた
呪いのようなものだ」(トビ)

「…憎しみの運命
…呪い……!!」
(ナルト)

「そうだ……遥か昔
六道仙人と呼ばれる忍の祖から始まる
憎しみの呪い」(トビ)

六道仙人だと…
そんなものはただの神話のハズだ」(カカシ)

「輪廻眼は突然変異にすぎないし…」(カカシ)

トビの半落ちの行…(第49巻/163頁)。第462話「サスケの忍道…!!」~第463話「サスケVS雷影!!」で、ヤマカカの獅子奮迅を下っ端扱いするトビは大物然とした…うちはマダラの風格を臭わせながら、何処か物悲しい人間臭さを漂わせるかのようで、僕は何気に好きです。何だか理解されてないオーラが大量に放出されてて疲れた中年管理職っぽくもあり、血気盛んに凛とした眼差しを放つナルトの中に「最も憎んだ」筈の柱間を感じながらも憎しみがオーバーロードしたりしない…ちょっと不自然さもあり、そのぶれ具合が大いに人間っぽく、それがちょっと喋り過ぎじゃねーのな饒舌さに拍車をかけたのか…。

「お前らに話してもあまり意味がない
もっと効果的な場で話す…」(トビ)

「…お前らとの会話…
楽しかったよ…じゃあな…」(トビ)

ヤマカカに「完全体」を提示した直後、トビはそう言い残し掻き消えます(第49巻/182頁)。ヤマカカを下っ端扱い…というのは、五影に対する比較でありまして、それが「もっと効果的な場」のベクトルなんだと思います。トビはヤマカカに示した「完全体」とは恐らく「十尾の人柱力」でありましょう。その先には「写輪眼大幻術・無限月読」ある訳です。それが「月の眼計画」なる人類補完計画の全貌です。そして、それを潔(いさぎよ)しとしない五影に対して「宣戦」を布告したのです。トビの行動は酷く合理的であり、直情的に木ノ葉かくれの里を抜けて柱間と事を構えたうちはマダラとはどうしても違う気がしてならない訳です。

「白眼…!?」(サクラ)

「うちは一族も元をたどれば
日向一族にその源流があると言われてる」
(カカシ)

それとカカシ…カカシの情報って誰かに捏造された可能性があるんじゃないかと心配しています。中忍試験のネジヒナ戦で「白眼→写輪眼」を提示してますし(第9巻/117頁)、今回は「輪廻眼=突然変異」としています。輪廻眼に関しては長門の開眼のように血継限界というには余りにも唐突に発現する能力のようでもあり、それは月と何らかの関係があるとは思うんですが…。木ノ葉と日向一族の関係性から考えれば、千手一族の親派として兄系(=瞳術系)の日向一族が蜜月の関係であるのは不自然で、カカシが持つ「白眼→写輪眼」の提示が逆にダミーに思えます。

ま…これは意外に大ネタで、ここでサクッと書いてしまうには余りに勿体ないんですが、カカシが「白眼→写輪眼」嘘ネタを吹き込まれたならば、それには木ノ葉隠れでもかなり上位の情報源が関与している可能性が高くなりますし、もしダミー情報をカカシが掴まされてるんであれば、寧ろ「写輪眼→白眼」が真実である可能性が大きくなってくると思います。瞳術は兄系の専売特許であり、弟系の千手が憧れて写輪眼を無害化した眼を拵えたのではないかと、僕は考えるようになって来たんですね。白眼に文様がない白目なのも、写輪眼の能力と引き替えの制限を排除した結果だったんじゃーないかと…。

これはちょっと面白いと思うんです。ダンゾウが写輪眼や柱間の細胞を移植して「愛」でなく「力」を欲したのは、弟系の系譜にあったからだと、僕は思うんですよ。人間って無い物ねだりのところがありますから…。ダンゾウ以外にも頭の良い人、野心家の人が他にも居て兄系の瞳術に憧れて取り込みにかかった過去があったんじゃーないかと思えるんです。写輪眼は移植可能なデバイスであり、その有効性はカカシで立証されてて、移植マニュアルすら存在する勢いですし、かと言って弊害も数多くあり、それを無害化する研究もあったと思うんです。

それが柄無しの白眼を生んだ可能性…。

写輪眼の覚醒が上位にシフトする結果として文様が変化するのは、やっぱ文様自体が能力と密接に関係…印に近い意味合いがあるのだと、僕は考えてます。それが「禁忌のハードル」とも絡んでて、そのまま写輪眼を取り込む(移植でなくて遺伝子情報で再現する)のは危険と判断した結果が白眼だったら、濾過されて無毒化したようでしっくり来ます。だから白眼は覚醒ステージとか開眼の条件がなくて、生まれてからズーッと常時覚醒がデフォになってるんじゃないかと思います。あからさまに弟系の雷影兄ちゃんが白眼に食指が動いたのも弟系の六道仙人の子孫の本能的な欲求だったのかも知れませんね。

「神話は
真実になぞらえて語られる…
かつて六道仙人は忍宗を説き
平和を導こうとしたが…
夢半ばにしてその時が来てしまう

六道仙人は忍宗の力と意志
二人の子供に託す事にした

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った

仙人は最後に死の床で…
後継者を決めなければならなかった…
しかしその決断が永劫続く憎しみの呪い
生んでしまった」(トビ)

「どういう事だ?」(ナルト)

「仙人は力を求めた兄ではなく…
愛を求めた弟こそ後継者にふさわしいと

そちらを選んだ

長男として当然
自分が後継者だと思い込んでいた兄は納得せず…
憎しみのあまり弟に争いをしかけた

時がたち血が薄れても
二人の兄弟の子孫は争いを続けた

兄の子孫は後にうちはと呼ばれ
弟の子孫は後に千手と呼ばれるようになる


このうちはマダラ
初代火影千手柱間との闘いも
運命だった」(トビ)

ま…横道に逸れちゃったけど、ちょっと人間味が滲んで理解されてないオーラを垂れ流しながら溜め息なんかついて…そりゃもうペラペラと大ネタを連発してくれるんです(第49巻/164-165頁)。そこで「うちは」「千手」がそれぞれ六道仙人の兄系と弟系の子孫である事や、「仙人の眼」を兄系に託し、「仙人の肉体」を弟系に託した事を一気呵成に捲し立てるのです。そして、六道仙人は平和には「力」が必要と悟った兄ではなく、「愛」が必要と悟った弟を後継者に選んだのだとのことで、それがサスケが持つ超ファザコンの認められたいオーラとトビの理解されてないオーラ(既に過去形…)とシンクロして震えました(笑)。

ぶっちゃけ、六道仙人は忍宗を立ち上げて、それが忍術に発展して世に広まった事に疑問を感じていたんではないかと思います。それでも自分がそのまま元気に世界を守護できるなら安寧は守れたと思うんですね。それは六道仙人が秩序だったからだと思います。十尾の人柱力で全ての忍術と性質変化に通じる「愛」「力」を一緒に持った人物だったのだと思います。しかし、六道仙人にも寿命があって、自然の理に反して延命する事を潔しとはしなかったのでしょう。それで、自分を二つに別けたものが二人の子…兄と弟だったのではないかと、僕は考えております。十尾を九つのチャクラに別けたように…。

それを起点にして今の忍界が形成されて行ったのでしょう。後継者として信託を得た弟の系譜である千手柱間が「一国一里」パラダイムシフトをもって忍界を平定して暫しの平和が訪れる。それに心中穏やかでないのがうちはマダラであり、「終末の谷の決闘」が必然として催された……。うちはと千手が衝突するのはもともと一つだった六道仙人の能力や性格、考え方といったものが分離した経緯を考えれば、引かれ合い弾き合う必定に気付くでしょう。それは六道仙人の内省にも似ていると思われます。二人の子の存在は六道仙人の悩みそのものだと、僕には思えてならないのです。

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った

偶然か必然か…なんて六道仙人にしか解らないだろうからアレですが、自分の死と共に六道仙人の制御下から解き放たれる十尾を九つのチャクラに別けたように、自分を真っ二つにする様に二人の子にそれぞれ分け与えたのは違う能力や悟りの様に見えるけど、実は同じものなんだよな…と、僕は思うんですね。ただ、それは人間のチッポケな認識の違いであって、時間スケールの問題であると、「色即是空空即是色」を書いた時に一緒にそのまま書きたい衝動を抑えるのに必死だったなー…(笑)。でも、ま…同じものを見たり感じたりしても、人それぞれだから…ま、それを織り込むのも大人の嗜みとしては大切なんだけど。

ただ、兄は「力」と思い、弟は「愛」だと感じただけ…。それが同じものであろうと…。それに兄には「仙人の眼」なんてのが備わってるもんだから、それこそ何でも見えて当たり前だと思っちゃうんじゃないでしょうか。だから、自分が絶対に正しいと思っちゃう。弟にしても「仙人の肉体」なんてのがあるから、自分は誰よりも強く逞しい…と思い込んでる。だから、自分が誰よりも正しいと思っちゃった…。お互いがお互いを牽制して、相手を否定しちゃうから、解り合う事ができない。それが諍いを生み、諍いが憎しみを連鎖させる。それに気付いてたのがイタチだったのかな…と、僕は思うんです。

一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約
予感や想像の枠に
収まりきっていては出来ない」(イタチ)

「シスイ事件」の怒鳴り込みでイタチが吐き出した意味不明…(第25巻/102頁)。それって、瞳術を過信するあまり、「色即是空空即是色」が理解できないうちは一族を非難してたんじゃないかな…と、僕には思えるんです。そもそも写輪眼の覚醒ステージの条件が「禁忌のハードル」なんて、憎しみのレールが敷かれた恣意的な誘引に他ならないと、何で気付けないんだ!!と、イタチは焦ってたんだと思うんです。折しも六道仙人の遺した石碑の万華鏡領域…それを読んで初めて気付く馬鹿げたシステム…うちはには「力」が併せ持つ「憎しみ」を、千手にはそれを鎮める「愛」を予め与えた…と、思い込んでるだけなのだから。

「……君には大切な人がいますか?」(白)

「人は…大切な何かを守りたいと思った時に
本当に強くなれるものなのです」
(白)

波の国でナルトに出逢った白が告げたのはこれだったんだ!!!(第3巻/75-77頁)同じものを違うとする認識…違うと思い込ませる境遇…それこそ兄と弟に自分を真っ二つに分け与えた「六道仙人のトラップ」であると、僕は考えます。うちはと千手が同じ樹の根っ子と枝を掴んで、それを違う樹だと勘違いしてケンカしてるようなものです。白がナルトに伝えた「強さ」とは「愛」であり、「力」でありました。大切な何かを守るのに「愛」だけでもダメだし、「力」だけでもダメなのは誰だって解るもの…。万華鏡の模様は一度たりとも同じものはない…ぶっちゃけ真実が見えていない。サスケは「才能という名の迷宮」を独り彷徨っている…。

「力」とは「愛」であり、「愛」「力」である…。


 

第480話「犠牲」 | BLOG TOP | once in a blue moon...(100130)

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