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「ま…(ry」(まっカカ…其の十弐)

 
「まここはオレに任せて」(第420話/「戦場、木ノ葉!!」)

「まこれはオレの役目だ」(第483話/「再びの師弟!!」)

久方ぶり(作中で3年、リアルで6年?)の再会を果たしたカカシとサスケですが、サスケの変わり果てた姿にカカシが思いっ切りブルーになって、いよいよ不可避である自分の「役目」を受容するシーンで、サクラに向けられたセリフが、ペイン戦でイルカを退かせる時に出たセリフと似てる事に総毛立った方も多かったと思います。こ、これはカカシの「死亡フラグ」なのでは…!?心配性カカシスキーな人であればそりゃもう心配で心配で…心中、お察し致します…合掌…(笑)。でも、何故だか僕はあまり心配じゃないんですね。この行でパッと見、カカシの「死亡フラグ」は林立してるんですが、どれもダミーかと。そもそも、ペイン戦で埋められたカカシも死にはしませんでしたし(…と口が酸っぱくなるほど(ry)。

「お前の覚悟の重さはオレが受け取るよ」(カカシ)

第483話/「再びの師弟!!」で、カカシはサクラの「覚悟」というものを、眼前のサスケの存在よりも重きを置いている点に注目すれば、五影会談での雷影、水影との対戦→ダンゾウとの激戦で疲弊したサスケのチャクラにあまり危機感を抱いてない事に気付きます。何よりサクラを殺そうとしたサスケの性根に、例えば八尾戦で「万感の天照」を出した「愛」を僕らが感じられないように、堕ちる前のサスケを知るカカシには、大切なものの何たるかを見失ったサスケなど恐るるに足りない…つーか情けなく感じてるのだと、僕は考えています。カカシはサスケの弱さを既に見切っているんじゃーないでしょうか。全てはサスケを死に体にしたカカシの介入のクナイの切先(本誌98頁)が全てを物語っているじゃないですか。

「………お前を殺したくない…」(カカシ)

もしもサクラをサスケの千鳥が貫いていたら、サスケは生きてはいなかった…そのくらい危険なカウンターがサクラには用意があった筈です。カカシはそれを「覚悟」とし、サクラを認めているのです。そして、サスケを愛するサクラにそこまでの「覚悟」を極めさせてしまった自分を戒めるように「そんな重荷をお前が背負う事はないんだよ」と労(ねぎら)っているのです。このカカシの言葉の深さがサスケが既に「二度殺されている」とするナル×ジャンの「カカシ優位説」の根拠であります。サクラなんて綱手の弟子ですから、「力」ではなく「命」に直にアプローチする攻めがあるかも知れない。薬物…毒を使うかも知れない。人間が…「女」が死ぬ気になったら怖い!!怖いのッ!!<クネクネ>


「…今なら
アンタの言ってた事も
少し分かる気がするよ」(アスマ)

「木ノ葉を離れたり…
好き勝手な事ばっかりして
悪かったな…

後悔はしてねーけどな

…今は猿飛一族に生まれたのも
悪くねーと思えるぜ

アンタはちゃんと
里長としての役割を果たした」
(アスマ)

「かっこいい父親だったよ…」(アスマ)

火の国の三代目火影の慰霊碑の前でアスマがオッ立てた死亡フラグ…(第35巻/95-97頁)。その後、他にも数多の「死亡フラグ」をオッ立てまくってアスマは逝きました(汗)。人は自分の死期を前に心残りを処理してから逝く…それが「死亡フラグ」として描かれるんだと思いますが、これは「アスマ→ヒルゼン」の想いを綴ってるから「死亡フラグ」足り得ると僕は考えます。きっとアスマの目にはヒルゼンが「ダメ親」として映ってて、しかし、自分がヒルゼンのステージを理解できるようになった時に後悔が噴出したのだと思います。これは「愛」をミクロで感じるか、マクロで感じるかの違いであって、実は『NARUTO -ナルト-』の主題に肉迫する部分でしょう(だからまだ書かない…笑)。


「…どんなに落ちても
大蛇丸がかわいいと思えてたんだな」(カカシ)

「三代目火影様がどんな気持ちだったか…
今になって分かるとはね…」<クイ>(カカシ)

「それなら…
アンタは三代目の二の舞を演じる事になる」(サスケ)

第483話「再びの師弟!!」で見せたカカシの「似非死亡フラグ」はアスマ→三代目(ヒルゼン)の歪んだ親子関係の邂逅とは、ぶっちゃけ違うと、僕は考えています。あの時、木ノ葉に忍び寄る”暁”の魔手から「玉」を守る為に、アスマは「覚悟」していた訳で、ヒルゼンの「玉」と自分の「玉」は違う。けれど、何でヒルゼンがダメ親だったかがやっと分かったと言っている訳で、対してカカシはヒルゼンが大蛇丸をどんな風に感じてたかを言っています。ま…そこで屍鬼封尽なんか使っちゃたからヒルゼンは死んでしまったんだけど、ヒルゼンは木ノ葉の「玉」を守る為に大蛇丸と戦ったんであって、カカシはそれとはちょっと違うと思うんです。アスマとカカシは似た事を言ってるけど、中身は全然違うのよ。

カカシの「玉」が何なのか?

普通に考えれば「第七班」の可愛い弟子達であると思います。…が、ややこしいのはカカシが火影に事実上、選任されてしまった事です。カカシはオトナですから、自分の立場役割を認識して行動するでしょうから、それがサスケに対する認識を別けるポイントになるでしょう。しかし、カカシが大事なナルトを不覚にも居眠りブッこくようなヤマトに委ねてサクラを追ったのは、七面倒くさい火影うんぬんを棚上げにし、その前にサスケに相対したかったからではないかと思えるんです。つまり、カカシは火影就任を未だ受諾しない…単なる「先生」としてサスケに会いたかったのだと、僕は考えるのです。「大蛇丸がかわいいと…」というのは、「サスケがかわいい…」とカカシが考えてるって事じゃないでしょうか。

そうなれば、カカシの「玉」とはサスケなのだと言えるでしょう。ちなみに、飛段戦でのアスマの「玉」とはシカマルであり、その意味でアスマとカカシの目的がそもそも違う訳です。カカシはサスケを助けたいと考えてるんじゃないでしょうか。だから、サクラを殺ろうとしたサスケを間合いに入れた顔面にクナイを突き立てなかったのです。あれは「覚悟」を極めてサスケに接触したサクラからサスケを救ったにも等しくも思え、カカシがサスケを「堕ちた」と感じながらも、一縷の希望を残しているように僕には見えるのです。ま…それに毒づくサスケが「どんだけー!?」な訳ですが、それも久方ぶりに再会したカカシへの照れ隠しだったなら、それはそれでサスケっぽくて可愛いじゃない。

「どうしてだ…
なぜ…ついていけない……」(再不斬)

「今のお前では
オレには勝てないよ」(カカシ)

「お前は気付いていない……」(カカシ)

僕は寧ろサスケが再不斬に見える…と感想で書きました(第4巻/81-82頁)。詳しくは「カカシが怒った日」(はたけカカシの考察)をご参照下さい。カカシは再不斬に自分の過ちを重ね合わせ戦ったのだと思います。それが唯一、カカシを怒りに駆り立てた戦いを組成したのです。カカシが唯一、自分の為に戦った…それが再不斬だったのです。サスケはサクラを殺めようとしました。その本気の殺意をカカシは咎めているのです。かつて自分がリンを見捨てようとした事をオビトが咎めてくれた。そこに「愛」があった事にカカシは気付いているから、カカシは誰かに「愛」を注げるのです。そして、それが今、サスケに向かっている…。カカシの「愛」は確かにサスケへと向かっているのです。

「目を背けるな
必死に生きた男の最期だ」
(カカシ)

皆さんの心配なお気持ち…解ります。これからカカシとサスケがどうなるのか?でも、カカシはこうも言ってましたよね(4巻/103頁)。僕らは『NARUTO -ナルト-』の中の「一生懸命」から目を逸らしてはならないと思うんです。僕も波の国の「白」再不斬に限りなく萌えてしまったから、再不斬の最期は辛かったです。でも、そこに「愛」がある事を僕らは既に知ってしまった。一度掴んでしまったら離せなくなってしまう…絆を感じてしまった。だから、こんな「カブリツキ」で『NARUTO -ナルト-』を楽しんでるんですよね。怖いけれど、辛いけれど、カカシ(…とサスケ)を見守って行きましょう。勿論、ナル×ジャンと一緒に!!こんな風に心配かけるなんて、まったくカカシってヤツは…(笑)。

「まここはナル×ジャンに任せて」

寧ろ、これがナル×ジャンの「死亡フラグ」にならぬように…
またまた「まっカカ」期間限定で動き出すような(ry

でも…カカシは大丈夫…だと思いますけど…。


 

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