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第490話「九尾の真実!!」(ナルトのチャクラ編)

 
「どうしたんなら!?
はよ蔵入りの印を押せ!」(フカサク)

「………」(ナルト)

「不安なんじゃなナルト…
…まぁ無理もねーの」(ゲロ寅)

「何なん?」(フカサク)

基本的に…基本的に…ですよ。ナル×ジャンにおいてナルトに九尾を封印している「八卦の封印式」とは「うずまきクシナ」の残留思念的な存在として位置付けられとります。マザコンじゃなきゃ『NARUTO -ナルト-』は理解できない!!…が座右の銘のナル×ジャンとしてはクシナの想いが悪しき九尾のチャクラから守り続けるのだと確信するところで、それは九尾自身が「四代目火影とやらに」(第26巻/82頁)でゲロしたものと、僕は考えてまして、「九尾事件」で四代目火影・ミナトが大活躍した事実の背面にクシナも命を懸けて戦った。そして今も九尾が閉じ込められる牢獄を死守している忌々しさを糧に、九尾の恨み節である「…とやら」がリフレインしてると信じて疑いません(笑)。

詳しくは「九尾は何故、”…とやらに”と言ったのか?」(疑問の考察)や「クシナは何処にいるのか?」(疑問の考察)にナル×ジャン的な解釈をまとめてあります。新事実の提示や考え方の変化で内容は揺れていますが、現在は九尾を閉じ込める忌々しい牢獄=「八卦の封印式」の本体はクシナであると、ナル×ジャンでは受け止めています。最強のチャクラを持つ魔獣である九尾が、何ともメンコくてうら若きクシナに封じられてる現実を九尾だけが受容してる…つーか、誰もが四代目が九尾を封印したと思い込んでるので、そう思うんならそう思えばいいさー…実は赤っ恥の九尾が「四代目とやらに…」と奥歯をギリギリさせながら言うのは物凄く痛快じゃーないですか!!(笑)

じゃーミナトは「九尾事件」で何をしたのか…ってーのは「九尾の陰(かげ)のチャクラって何だろう?」(チャクラの考察)にナル×ジャンの見解をまとめてありますので、是非とも読んでみて下さい。ザックリと説明すれば、九尾の封印には陰陽分離が二回行われてて、屍鬼封尽をダブルで盛られた…と考えています。だから、自来也がナルトの腹の「八卦の封印式」をマジマジと見つめて「この子を守るためだな」(第11巻/17頁)と震えたのは、クシナの犠牲を余儀なくされたミナトの覚悟に対する敬意なのだと、僕は考えます。そして、ナルトが独りぼっちの食卓でジャンクフードを主食として育ったにも拘らず、こんなに真っすぐ育ったのは何を隠そう「八卦の封印式」のお陰だと…。

ナル×ジャンの考えでは「八卦の封印式=クシナ」ですから、お母さんが24時間ベッタリでナルトを護ってるんです。「愛のフィルター」で九尾のチャクラ毒を解毒したり、お色気の術を使う割には自来也の”エロ”を理解できないナルトの性的な興味に関与したり、ある時はナルトの意識と関係なく九尾を開放したり…「ナルトは何故、いきなり六本目になったのか?」(疑問の考察)を読んで貰えれば、僕がナルトを「異常者」だとか、「チート設定」(チート=狡い)だとか騒いでるのが、何となく分かって貰えると思うんだけど…。何より「八卦の封印式」を組み直されたナルトが、我愛羅の追い込みで「過呼吸」になって倒れたでしょ。あれしきは今までのナルトなら難なく切り抜けられた筈なのよ。

それが「ナルトは何故、過呼吸に陥ったのか?」で示した「八卦の封印式」の変化でして、八本目でミナトが現れるように、封印式の術式にミナトが細工した理由であります。ナルトのチャクラに関する内部構造は「ミナトは何故、八本目で現れたのか?」(チャクラの考察)で示してありますので、これも是非とも読んで欲しいです。ここまで読み込んで貰って、ナルトが「蔵入り」でモジモジしてるのを見れば、その味わいも変わると思うんです。しかし、セリフの流れはナル×ジャンの面倒臭い考察なんてなくても読み込めます。ココ…凄く悩ましーんだけど、それはナルトが「八卦の封印式」の何たるかを理解してないからであって、「出来た親」のミナトとクシナを褒めたいと、僕は思うのよ…。


「フカサク様…
九尾の力ゆーのは
”九尾のチャクラ”と”九尾の意志”の
二つが合わさってできとんじゃ」
(ゲロ寅)

「九尾の力をコントロールするゆー事は
その九尾のチャクラの方だけ引き出して
自分のチャクラに変えて己の力にする事なんじゃ」(ゲロ寅)

「じゃあけどそんな簡単なもんじゃねェ…
九尾のチャクラを引き出したら
九尾の意志も付いてくる

九尾の意志ってのは憎しみの塊で
強いチャクラと結びついてくるんじゃ
どんだけ自分を強く保っても
心のどこかにある憎しみと
結びつこうとして心を乗っ取ってくる

つまりじゃ
九尾の力をコントロールするゆーんは
九尾の意志と九尾のチャクラ…
この二つを憎しみのない強い己の意志で
完璧に分離する事を言うんじゃ」
(ゲロ寅)

そもそも「身体エネルギー」「精神エネルギー」をミックスして練り上げたのが「チャクラ」なんだけれど、じゃ魂だけの存在になった九尾が…しかも、陽のチャクラ(陰のチャクラは屍鬼封尽された)だけで、どうやってチャクラを練るんだろうと疑問に思って下さい。屍鬼封尽とは「陰陽論」に基づいていて、「死」「肉体」(陽)と「精神」(陰)を分離した状態であり、死神を使役し、無理矢理、対象の陰陽分離を行う術であります。「肉体」「精神」を引きはがされた状態が「死」な訳で、「肉体」が何のに「身体エネルギー」もないだろ…と思える訳ですが、そこはナルトの経絡系を租借する構造を「八卦の封印式」が生み出してると考えれば説明できるでしょう。

こんな風に「八卦の封印式」は考えれば考えるほど複雑な構造になっていて、こんなもの「九尾事件」のドタバタの中で書けるもんだろうか…と、僕は不思議で仕方なかったんです。そして、きっと何かしっかりした「叩き台」があった筈だと考えが巡り、九尾のチャクラがナルトを毒す事なく「愛のフィルター」として機能する「八卦の封印式」の、まるで「ガス交換」を行うかのような非接触な構造が「胎盤」に似てる!!と展開するのに、それ程時間を要しませんでした。しかも、九尾がナルトの「臍の緒」に封じられた現実が、クシナの「九尾事件」への関与をプンプンと臭わせるのです。「八卦の封印式」とは…ナルトのお腹にしがみつくクシナの「諦めないド根性」そのものだと、僕は思います。

ま…マザコン全開なもんで、こんな考察ばっかになっちゃうんだけど、ミナトが「八本目→九本目」の大ピンチにめちゃくちゃタイムリーに現れて、どん底の状態が一点アゲアゲになってナルトが前を向けたサッパリした愛情と、のべつ幕無しに粘着して常にナルトを許したベタベタした愛情は、まさに父と母の愛情の質の違いで、それぞれの魂の立場役割を見事に示していると思います。そして、ナルトの内部…「八卦の封印式」の内側で行われている…かくも面倒臭い愛情が雁字搦めに九尾を管理する様を外側から常識的に考えると、ゲロ寅が言うみたいになるのかなー…なんて思ったりします。ナルトの弟系の仙人の”肉体”に九尾のチャクラが必要だったのは仙人の精神エネルギーを持つ兄系に対抗する為なのね。

そして、これと全く逆のアプローチで強化されたのがサスケで、元々ある「写輪眼のチャクラ」(=仙人の”眼”…チャクラの力と精神エネルギー)を「憎しみ」という「闇」で強化した訳です。ナルトとサスケが「拳」を交えて感じ合った力量をして、仙人モードを覚醒させたナルトが、サスケと戦う為には「九尾のチャクラ」が必要と感じるのは、忍にあって「図抜けたチャクラ」である「写輪眼のチャクラ」を徹底的にブラッシュアップしようとしたイタチの慮りが、サスケの持つ素性を伸ばしたのだと思います。チャクラをベースに考えれば、兄系が断然有利なんですが、それでも六道仙人が弟系を引き立てたのには意味があるんだけど、それはちょっと置いといて、兄系も弟系も「今度こそ!!」「終末の谷」な訳です(笑)。


「四代目は九尾の檻から
ほんの少しだけ漏れ出すチャクラの上澄みが
ナルトのチャクラに自然となるよう
封印式を組んどった」(ゲロ寅)

「じゃがこの鍵を使えば四象封印を開け
九尾のチャクラ全てを引き出せる…!」
(ゲロ寅)

「ほんなら………九尾のチャクラ全てに
九尾の意志が全てついてきて―」(フカサク)

「その九尾の意志
ナルトの意志が負けた時点で―」(ゲロ寅)

「九尾が完全に復活する!!」(ゲロ寅)

ま…そんなややこしい事情を全く意に介さないでお話は進んでいるようですが、それは「八卦の封印式」がとびきり優れた術式だからです。そしてミナトもクシナもナルトに意識させない…「出来た親」なのです。だから、何の知識もないナルトが暴走したかに見えながらも、「四本目→六本目」辺りで、キラビが鬼鮫戦で見せた「八尾・バージョン2」に酷似した骨格の形成とか、高密度なチャクラが人形(ひとがた)に押し固められた外見を形作ったのであって、あれは「八卦の封印式」の管理下での出来事だったのだと思います。最悪の事態とは「八本目→九本目」の大ピンチであったように「封」の護符をナルト自身が剥がしてしまう事で、それがゲロ寅の危惧する九尾の復活なのでしょう。

ゲロ寅が第一部と第二部の間の自来也とナルトの修行で「八卦の封印式」の解錠を試みた時、「八卦の封印式」の弛みに気付いていて、そういえば自来也も綱手やカカシにそんな事を言ってたなーと思い出しました。でも、そりゃそうでしょうよ。もう16年もナルトのお腹にしがみついてるんですから…どんなに「諦めないド根性」があっても、疲れもするし、弱気にだってなるでしょうよ。少しぐらい緩んだって誰も責めやしませんて。きっとミナトはそれも含めて見守ってたんじゃーないかと思うんです。心の底からナルトとクシナを、ミナトは愛してたんですよ。だから、最後のチャクラを振り絞ってナルトの前に姿を現した…。それをすることで自分が消滅しちゃうのも省みず…で。

僕も退くに退けなくてリフレインしまくってますが…ナルトにしたって、サスケにしたって、やはり「親」(或いは「親」代わり)が抱き締めたり、背中を押したりしてる訳。サスケなんか背中押されて「千尋の谷」に突き落とされたんだけど、同じ事を口寄せの修得で自来也もナルトにしましたよね。あれって父親の仕事なんです。母親は間違ってもそんな事しませんし。お母さんなれば「よしよし」と頭を撫でて抱き締めてくれますがな。トビがサスケに示す機微はどっちかと言うとそれに近くて、母性が希薄なサスケにはヨダレもので、どうしても靡いてしまう巧妙な演出と言えるでしょう。トビはその辺りが絶妙なんです。でも、その雰囲気がナルトには通用しない。それはナルトに「八卦の封印式」があるからなのサ。

ここいら辺の考察に関してナル×ジャンは著しく偏ってまして、だからどうなんだと仰る女子の列がナル×ジャンの店頭に並んでるのが怖いですが、男の子なれば僕の気持ち…解ってくれると、僕は信じてる(ミナト風)。魂に性別はないと思うけど、役割分担はあると思うんです。それは「愛」の質の違いなんだとも思います。父親の愛し方。母親の愛し方。どっちも子供達の成長には大事なんだと思います。そして、ナルトもサスケもどっちもめちゃくちゃ「チート」「スパルタン」だけれど、六道仙人の兄系と弟系のそれぞれの系譜が一世一代に「終末の谷の決闘」を目指してる訳で、そこには「親のよかれ」があるのです。「よかれ」とはナル×ジャンが近頃騒いでる「好意」というものだよ(何故、”兄”と”弟”なのか?」参照)


「………
今までに鍵で開けた事はあるんかいな?」(フカサク)

「実は四象封印が弱まりつつあって
修行中に勝手に九尾化を始めたナルトを抑えるため
鍵を使って封印を閉めたんじゃが…

封印がゆるゆるでの……
またいつ九尾化するかも分からんかった
そこで自来也はわざと鍵で封印をほんの少し開けてのう…
ナルトに九尾の意志に対抗する力をつけさせ
コントロールさせようとしたんじゃ
ま…失敗じゃったけどな」(ゲロ寅)

「それからどうなったんじゃ?」(フカサク)

「うまくいっとらん」(ゲロ寅)

「…確かに大蛇丸とやった時は
自分から九尾の力に頼って
自分の意志を預ける事になっちまった
サスケの事を言われてカッとなっちまって…
すぐにでも大蛇丸をやっつけたくてよ

そのせいでサクラちゃん傷つけて……
ヤマト隊長は九尾のチャクラに頼るんじゃなく
自分の力で戦えって言った

人柱力を抑えるヤマト隊長に
見守られての修行ならともかく
戦いでは憎しみの気持ちが常につのっていくから
だからもう九尾の力はいれねェと思った

それに自分の意志で九尾の意志を抑えこむなんて
できるわけねーと思ってたし…

けどヒナタがペインにやられた時も
…憎くてくやしくて…使わねーどころか…
自分の心が勝手に九尾の意志と
簡単につながっちまった

今は四代目に
封印を組み直してもらったからまだ安心だけど
またいつ暴走するかも分かんねェ…」(ナルト)

ナルトの認識に「八卦の封印式」が明確に示されていないのは、即ち「出来た親」だからね。特にお母さんに言いたいんだけど、子供に愛情を見せびらかすのはいけない。愛してるのは解る。でも、自分を殊更示すのは子供の重荷になる。自分はこんなにも愛してる…ホントの「愛」って感じさせない事だから。それが解らないのは、自分を愛してるのよ。それは違う…と、僕は思う。子供を自分の「分身」と見てしまう生理は「女」に多分にあると思うんです。逆に「男」にはそれが希薄なんだと言えるでしょう。それらが、「愛」の質を違える要素なんだとも思います。でも、最後は解け合って一つになるものでありますれば、母は父に、父は母に寄り添うべきなんだと思います。

実際に心を砕き、身を裂きながら子育てをなさってる親御様には失礼かと思いますが、育てられるプロを自負するケルベロスとしましては、是非とも言わせて頂きたいと思います。寄り添う…と言うのは如何にも言葉足らずで舌足らずではありますが、愛情がどちらかに偏るのはいけないと思うのです。それと自分の経験というよりはトラウマとしては、母親が盛り過ぎるのは子供としてはやり難いな…と感じる罠(笑)。カカシなんかでも頻繁に感じるんだけど「愛情が先回り」しちゃうのは、子供にとっても辛いものです。「八卦の封印式」とはまさにそれで、それを感じないナルトと、術式の中にミナトを格納した秀逸さは、ミナトとクシナの「出来た親」の真骨頂とも言えると、僕は声を大にしたい訳なのさ。


「………」(ナルト)

「だけど…」(ナルト)

「サスケと戦うためにゃ
九尾のチャクラが必要だ」
(ナルト)


「結局オレは九尾の人柱力だ
本当はいつまでも逃げてらんねェ」(ナルト)

「お前に九尾のチャクラを半分残して封印したのは
この力を使いこなすと信じていたからだ…」(ミナト)

<トン>(……)(ナルト)

(うじうじしたって仕方ねーってばよ
コントロール…きっちりやってやんぜ
父ちゃん!)
(ナルト)

「契約成立じゃ!蔵入りする!」(ゲロ寅)

もう…何が何だか解らなくなって来ちゃったけど、ナルトは「人柱力」を自己のアイデンティティとして受け容れられた訳です。今まで憎み、忌み嫌った「九尾のチャクラ」をやっとこさ受容できた訳です。これはナルトには大きな進展です。これまで無意識に避けて来た「力」にようやく向き合えたのですから。ミナトとクシナの「愛」が育んだナルトの「力」と、憎しみや苦しみを散々味わわされたサスケが知らぬ間に「力」を授かったのと、全くもって真逆の「強化」であって、それぞれの「親」がそれぞれの想いを託した「教育論」がぶつかり合う…それが『NARUTO -ナルト-』なのです。その対比の中で「妙木山」がやけに邪魔っちゅーか不純に感じられるのって…やっぱ僕は偏り過ぎなのかな(笑)。

ゲロ寅やフカサク…大ガマ仙人なんて言うに及ばず(笑)…「愛情」と言うよりは「義務感」に衝き動かされる気がしてならないです。唯一、シマさんがそんな流れから外れて虫ばっか集めてるのは、シマさんが自来也に感情移入し過ぎて「情」が芽生えてしまったからじゃーないかと、僕は考えています。シマさんが小さな祠に祀られた角ガエルの地蔵さんに手を合わせてたのって自来也を想ってると思うんです。自来也がペインに殺されてから元気ないしね。だから、それに頓着ないのってどうなんだろう…それって「愛」なのかな…って思ってしまうんです。子供よりも自分の気持ちが大切なんじゃないの?!って疑ってしまうんですよ。妙木山の男子達に「父親」のニオイが希薄なのも気になりますし。

「さぁまずはタコ探しじゃな!」(フカサク)

でも、ま…兎にも角にもナルトとキラビは出逢う運命に相成りました。最近、どうもピリリとしたところの無いキラビですが、それをナルトが一喝するとか、ナルトの天然さにキラビがシンクロしちゃうとかで、絶妙タッグになってくれれば嬉しいです。自来也とナルトは偶然「エロ」でリンクしちゃったけど、今度は「てばヨフラグ」が立っていて、キラビの変なノリにナルトが上手く乗れるかが課題になれそうですが(笑)。キラビの拉致に涙を流して心配したオモイやカルイの感じた「情」がキラビにはある筈で、それが『NARUTO -ナルト-』の中の新しい「教育論」としてビルドアップされて行くんじゃなかいかと期待しています。二人の「ドタバタ修行編」で少しは和みたいものですね(笑)。

偏り過ぎでスミマセン(笑)。

…………マザコンでスミマセン…




 

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