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「悋気」(前編)(愛について)

 
「てめーのもんじゃねェ…」(ナルト)

「!」(大蛇丸)

<ボコボコ>(ナルト)

<ボゴゴゴ>(ナルト)

「オレの前で自分のものみてーに
サスケの名を口にすんじゃねーってなよ!!」
(ナルト)

天地橋任務で大蛇丸をぶっ飛ばした後、大蛇丸がヤマトの秘密(初代の遺伝子情報云々)をひけらかし、次いでサスケの「名」を口にした途端、ナルトはブチ切れちゃった…(第33巻/41頁)。そして、自来也があれ程「あの術は使うなよ…」(第28巻/142頁)と止めたのに…。ちなみに…ナル×ジャンでは「九尾の衣→四本目・九尾Ver.2」「あの術」と認定しとりまして。大蛇丸も不意を衝かれ、尚かつナルトの成長を見誤り、強か頬を張られ殴り跳ばされた腹いせに、ヤマトの秘められた過去を弄ったのがナルトに点火しちゃったと、僕は思うんですよ。やっぱヤマトはナルトにとっては特別です。ヤマトには初代の遺伝子情報が中途半端にでも載っかってるもんだから、ナルトも必要以上に影響されちゃってるんです。

「今もお前の中に初代火影を見る事ができる」(トビ)

宿八で半落ちしたトビがナルトに柱間を感じたくらいだから、柱間の遺伝子情報に人生を翻弄されてるヤマトがナルトに魅かれない筈ないのです。ヤマトが温泉宿で「これから忙しくなる予言」をしたり(第32巻/125頁)、ペインの木ノ葉襲撃事件で自分の掌に「八」の文字が浮き上がった時のアタフタ振りとか、ナルトが自来也にもカカシにも感じない畏怖をヤマトにのみ感じる機微など、ヤマトとナルトの関係性とは極めて正統的な親子の関係に近い感じがしておりました。そもそも、ナルトは四代目火影・波風ミナトの子であり、恐らくは特別な系譜に位置すると思われ、「千手」(=六道仙人の弟系の血筋)だろうことは鉄板でしょう。それに似非千手柱間(失礼!!nog...)のヤマトが感応してると、僕は考えてる訳です。

ナルトもヤマトもお互いに魅かれ合って二人の一種独特な関係を構築してまして、それは悪いけど他の先生方とは一線を画しています。唯一、近似する「何か」を感じるのはナルトと綱手の関係性で、もう少し綱手に「母性」が完備されていたなら、もっとナルトがデレデレになっちゃうんじゃないかと想像しています。でも、綱手は「ダン→縄樹」の悲しみの波状攻撃に遭い心を閉ざしてしまった…マイナスの上でもナルトには一方ならぬ思い入れがあり、彼女の決断に大いに影響しています。綱手もナルトには吝かじゃーないのです。やはり、それには千手柱間の孫としての「血縁」が大きく影響しているのだと思います。同じ考え方で自来也も「千手」の特別な系譜の可能性も残している…かも知れんと、僕は考えています。

(雷影様の体内の神経伝達…
反応スピードは黄色い閃光に劣らない…
こいつらよくついてきている方だ
しかし
反射を活性化するための
雷遁チャクラをまとった以上
写輪眼でも追いつけない)(シー)

それは雲隠れのシーが零した雷影の情報でカスっています(第49巻/155頁)。雷影の「雷遁の鎧」をして、「黄色い閃光」と比較する辺り、雷影も「千手」と無関係ではないなー…と、僕は思ったのです。雷影のプロテイン好きのマッスルトレーニング好きって、「仙人の肉体」に対する憧れとかリスペクトなんじゃないかと思うんですよ。だから、今回、雷影兄ちゃんの弟であるキラビにナルトが弟子入りする運びはやはり「運命」の導きに思え、ナルトが妙に落ち着いてるのが、血が導いてる所為だと思えて仕方ないのです。それが、自来也とナルトの師弟関係にも適用されたとしても不思議ではないなーと。ま、それはナルトのキラビに対する反応で解ると思いますんで置いときますか。問題はナルトの赤っ恥のブチ切れなんだワ。

「…確かに大蛇丸とやった時は
自分から九尾の力に頼って
自分の意志を預ける事になっちまった
サスケの事を言われてカッとなっちまって…
すぐにでも大蛇丸をやっつけたくてよ

そのせいでサクラちゃん傷つけて……
ヤマト隊長は九尾のチャクラに頼るんじゃなく
自分の力で戦えって言った

人柱力を抑えるヤマト隊長
見守られての修行ならともかく
戦いでは憎しみの気持ちが常につのっていくから
だからもう九尾の力はいらねェと思った」(ナルト)

第490話「九尾の真実!!」(ナルトのチャクラ編)で、ナルトもそれは認めてまして、ナルトがサスケに対して想いが深いから、大蛇丸の煽りにブチ切れてしまった訳で、大蛇丸はそれを知っていて、ナルトの父親の香りのするヤマトの秘密を暴露した後、サスケの「名」に手を掛けようとしてみせた…ワザとヤマトを弄ってからサスケにジャンプアップしてまして、それが案の定、ナルトにチャッカしてしまった訳です。大蛇丸は「欲しがりスト」なんだけど、それは自分に何も無いからじゃーないかと思うんです。自来也に大蛇丸が苛つくのも「血統」に対する劣等感があったのかも知れませんね。そして、大蛇丸の渇望感は「うちは」にも及ぶ…訳。「運命」という最大の不公平が大蛇丸の人生を狂わせたんじゃないのかな。

大蛇丸の「不死転生の術」なんてのは、無い物ねだりの極地でして、「血継限界」という「血統」を手にする為に、自分の「血統」を捨てちゃったに過ぎないのです。これはアイデンティティの観点から言わせれば全くのフォルトで、誰かになろうとしちゃった失敗例な訳です。それを「情報生命体」と言って崇めるのは勝手なんだけど、凄く悲しい事なんだと気付くべきかと、僕としては思うのです。大蛇丸なんて凄く素敵な人だと思うんです。知性や教養が豊かで、何より優しい。それに…(ただし…)。今でも大蛇丸が綱手にノン気だったからダンに走っちゃったんだと、僕は思ってます。そんな大蛇丸がナルトを特別視するのは、やっぱ「血迷った…」としか思えんとです。文字通り「血に迷った」のよ(笑)。

大蛇丸がナルトをブチ切れさせたのは、大蛇丸にとってナルトが羨ましかったからで、ナルトを欲しなかったのは「千手」だったからで、「うちは」のサスケに走っちゃった…。そして、「千手」でも「うちは」でもない単なる大天才の大蛇丸が煽りに煽ったもんだからナルトは未熟な分際で九尾のチャクラにアクセスして汚染されちゃったのです。でも、こんな風に「情」を迸(ほとばし)らせ、滾(たぎ)らせるのって、人間っぽいなーと、僕は思うんです。大蛇丸もナルトを上から見るだけでなく、羨ましいオーラがドクドクと吹き出してた筈で、大蛇丸の心の暗がりの中に可愛らしさすら漂ってる気がして…捨て置けないでいます。大蛇丸とナルトから漏れ出した…それぞれの汚らしさが、僕にはしくて仕方ないのです。


サスケの場合…(100422)

<ギッ>(サスケ)

「本当かと聞いてるんだ!!」<ボギギギギ>(サスケ)

「!!!」(ダンゾウ)

「うぐっ!!」<コフッ>(ダンゾウ)

「くっ…」<ミシシシシ…>(ダンゾウ)


「さっさと答えろ!」(サスケ)

「………」(香燐)

「…あいつは…
そんな男ではないと思っていたが…」
(ダンゾウ)

「!?」(サスケ)

「イタチめ…
死に際に…全てを喋りおったか…
やはり…お前だけは…
特別だった…ようだな
」(ダンゾウ)

「………!」(サスケ)

「うちはは
木ノ葉隠れの里の誇り高き一族だと…
お前にはそう信じさせておきたかった

お前に本当の事を決して知られぬよう…
火影に願い里を抜けた時より
お前と戦い死ぬ事を心に決めていたのだ

名誉の代償に汚名を…
愛の代償に憎しみを受け取り
それでもなおイタチは笑って死んでいった」(トビ)

「弟のお前にうちはの名を託し
お前をずっと騙し続けたまま」
(トビ)

「本当…だったって事か」(サスケ)

第476話「サスケVSダンゾウ…!!」①(サスケ盲目編)の裏で「過呼吸」で倒れるナルトを余所に…サスケはダンゾウ相手に自身の中に滾(たぎ)る汚らしい気持ちをダンゾウにぶつけます。確かにダンゾウは「うちは虐殺」に関わる木ノ葉の上層部の一人であり、めちゃくちゃ悪い風貌から悪事の主犯格の刷り込みはありますが、サスケが天照に”須佐能呼”まで惜しみなく出してバテる事も省みず責め立てるのは、自分が知らないイタチをダンゾウは知っていると、サスケが感じてしまったからだと思います。そして、ダンゾウが”イザナギ”なんて不可解な忍術を使ってサスケを焦らせ、サスケの猛攻をどこ吹く風で受け切ってしまったのも、逆撫で好き「うちは」のお株を奪う蛮行が「火に油」だったようです(笑)。

「…あいつは…
そんな男ではないと思っていたが…」
(ダンゾウ)

この一言がサスケを大いに焦らせています。知っての通り、サスケの知り得た「イタチの真実」とはトビの伝聞に過ぎません。ダンゾウがサスケの知識に戸惑うのはイタチを信用していた事の裏返しであり、サスケがイタチをその手にかけても尚、信じられなかったイタチをダンゾウが信じていた事が、サスケにはこの上もないショックだったんだと思います。サスケは「うちは虐殺」で全てを失ったと思い込んでいただけだと思うんです。サスケを想う木ノ葉の仲間やナルト、カカシ、サクラの第七班が居たし、何たってイタチが居たじゃない。「水魚の交わり」とも思える”鷹”だって作り上げたじゃない。それなのにサスケが孤独を引き摺ってしまうのは、僕には甘ったれに見えて仕方ないのです。

そんなサスケの前で、落ち着き払ってイタチを認め、サスケが知らないイタチを知ってますがな的なダンゾウに気が気じゃない訳。それがトビをも心配させるハイペースのサスケの「攻め」を生み出していたのだと思います。もし、今以上に、自分が知らないイタチをダンゾウに語られたりしたら、サスケがガチに思い込もうとしてる自分の悲劇が揺らいでしまうからです。サスケはイタチの死が自分以外の原因によってならなければ困るのです。第三者がイタチを追い込んだのでなければ困るのです。しかし、ダンゾウが認める様にイタチは大切なモノの為に「犠牲」となった訳で、それは誰が命じたものでもなくイタチ自身の意志決定に基づく滅私の行いであります。サスケはそれを避けている…ように思えます。

「それ以上イタチを語るな」(サスケ)

だから、サスケはダンゾウにこう言ったのだと、僕は考えています。サスケにはダンゾウの言葉によって清められて行くイタチが耐えられなかったんじゃーないでしょうか。サスケは悲劇の主人公でなければならないから。サスケがイタチの暖かな掌に包まれる様に愛されてたなんて、それを認めちゃったら、イタチに対する憎しみだけを糧に生きて来たサスケは全てを否定されてしまいます。だから、イタチをダンゾウなんかに認めて欲しくはない訳です。似た様な事をするダンゾウを拒絶し、トビを容認するのは、ダンゾウが父性で突き放し、トビが母性で包み込んでいるからで、サスケを甘えさせてくれるトビの雰囲気がサスケにとっては居心地がいいのでしょう。そんなだから、サスケは甘ったれだと口が酸っぱ(ry

サスケは自分の悲劇的な境遇を誰かの所為にする事で、辛うじて自分のアイデンティティを保っている…弱々しい”鷹”なのだと思います。それなのに強いのはどういう事なんだーですが、その大した「力」を与える為にイタチが命を引き替えにして逝った訳で、それって何なのか…つーと、平和には「力」が必要と悟った…兄系のアイデンティティであり、「力」が一糸纏わぬ状態。サスケが振り回す冷たいチャクラが、香燐が感じたナルトの温かいチャクラと真逆なのは、六道仙人の兄系の子孫の王道とも言える路線で、それがイタチの美学たる「うちはの高み」なんではないかと、僕は考えています。「愛」を一切纏わない「力」「終末の谷の決闘」に勝利する事がその本懐なのかは未だ計り知れませんが…。


「当分は安静にしていろ…
万華鏡の場合はなじむまで時間がかかる
痛むか?」(トビ)

「イヤ…」(サスケ)

「しっくりきている…
イタチの瞳力を感じる
自分が強くなっているのが分かる…!」
(サスケ)

第488話「それぞれの里へ」で、イタチの万華鏡写輪眼を移植したサスケはイタチの「愛」ではなく「力」を感じています。そこには僕が知っている気品のあるサスケは居なかった…。気高さも品格もないガツガツと「力」にむしゃぶりつく獣のようなサスケでした。しかし、これはトビに捩じ曲げられたからではないと思うんです。イタチはサスケがこんな風に汚れる様に「愛」を注いだのだと思うから。でないと、途中でサスケを抱き締めちゃったんじゃないでしょうか。二人きりで何処か静かなところで暮らしちゃったりしたかも知んないし(汗)。つまり、今よりもう一段奥に「着地点」が控えてなきゃ、イタチがこんな事しない…ちゅー事になるんだと、僕は考えています。だから…サスケの汚らしさは嫌じゃない。


…ちょっとココで「サスケの場合…」の補足をしときます…(100423追記)。

「今までにない感覚だ
汚されたうちはが浄化されていく感覚

腐れきった忍世界から
うちはを決別させる感覚


ある意味
お前たち木ノ葉がずっと望んできた事だ
昔からうちはを否定し続けたお前たちの望み通り
お前たちの記憶からうちはを消してやる」(サスケ)

「お前達を木ノ葉の全てを殺す事でな!
つながりを全て断ち切る事こそが浄化!
それこそが本当のうちは再興だ!」(サスケ)

第485話「近く…遠く…」で、サスケは確かにこう言っています。しかし、これはサスケが語った「事実」と言うよりは…寧ろ「感情」と言えるでしょう。そして、その「感情」に多量の被害者意識が混入してると、僕は考えています。ぶっちゃけ、今のサスケが汚れから浄化された存在だとは思えん訳です。第一部のサスケや少なくとも大蛇丸の手にあった頃(第34巻/130頁)のサスケはもっともっと高貴でキレイでした。大蛇丸を殺し、兄を殺し、ダンゾウを殺し…汚れに汚れたサスケは、返り血一つ浴びずに幾千もの忍を殺さず倒したあの頃とは比べようもないです。何より香燐ごとダンゾウを千鳥鋭槍で貫いた時には「サスケ終了」を告げられたみたいで悲しかったです。サスケスキーならば、アレを悲しがって貰いたいものだよ…。

今のサスケは凄く汚らしい…。

僕はサスケの言ってる言葉じゃなくてサスケ自身を見つめてそう感じてる。サクラを背後から殺めようとし、カカシに毒づき、ナルトにハッとさせられるサスケを、僕はカッコ良いとは思わないです。今のサスケをちゃんと見て、サスケの言ってる事が正しくて、カッコ良いとか、キレーとか思う人が居るんなら、それでもいいわサ。僕はサスケが何故、汚れているのかを考えています。小汚くあさましい…それがだと思うから、サスケはある意味、人間っぽいのです。その奥の奥に…僕は何かを感じています。僕はその人を見て考えている。サスケがトビを受容し、ダンゾウを拒絶した。浄化だと声を荒げる。世界を腐れ切ったと扱き下ろす割には随分と汚れてる。その可愛さを考えてるから…人間って面白くて素敵なのよ。

「悋気」(後編)に続く…。


 

第492話「あいさつ」 | BLOG TOP | シカマルが大出世したと焦った罠

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