スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「自分」(前編)

 
「サクラを傷付けたのは…君だよ
ナルト」
(ヤマト)

(………この辺りでいいか)と、サクラに聞こえない場所にナルトを引き離して、ヤマトは無表情でナルトにポツリと告げました(第33巻/177頁)。詳しくは「ヤマトの背中が語る"アイデンティティ"」(アイデンティティ)をナル×ジャンの草創期に書いております。今もその考えは変わらず(笑)。これは頑固なんじゃなくて、僕の自己同一性…アイデンティティに関係しているのだと思います。こんな事書くと<ケッ>っとかされそうですが、そうなんだから仕方ない(笑)。しかし、こんなにもチンケな人生を歩む僕が声も高らかにこんな風に言い張れるのは、それを認定するのが誰でもない「自分」だからです。ただ、この傾向が高慢な方向に転ぶのは極めて危険であり、それを戒める先駆者はことの外、多いです(汗)。

『二十一世紀に生きる君たちへ』(司馬遼太郎大兄著)【抜粋】

…………さて、君たち自身のことである。
君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
───自分に厳しく、相手にはやさしく。
という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。
21世紀においては、特にそのことが重要である。
21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。
科学・技術がこう水のように人間をのみこんでしまってはならない。
川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が科学と技術を支配し、
よい方向に持っていってほしいのである。

右において、私は「自己」ということをしきりに言った。
自己といっても、自己中心におちいってはならない。
人間は、助け合って生きているのである。
私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。
斜めの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。
社会とは、支え合う仕組みということである。
原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。
それがしだいに大きな社会になり。
今は、国家と世界という社会をつくりたがいに助け合いながら生きているのである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

僕が心の底から尊敬し奉る司馬遼太郎先生は、その著作『二十一世紀に生きる君たちへ』で綴っておられます。ちょっと余談ですが『二十一世紀に生きる君たちへ』は是非とも読んで頂きたい文章であります。凄く短い。そもそも司馬遼太郎先生が小学校の教科書向けに書き下ろした作品であり、タイトルがイメージさせる様に司馬遼太郎先生がついぞ見る事の叶わなかった…二十一世紀に生きる君たちへ…向けた「遺書」とも言える文章でした。尺が短いのは低年齢読者に配慮したのも当然あるけれど、文章に一切の無駄がないからだと、僕は感じています。それは読み応えで確信できます。司馬遼太郎先生が「一編の小説を書くより苦労した」と語ったように、正に魂の質量が筆に乗ったような重みが感じられるのです。

ま…余談はこれくらいにして是非とも著書を購入されて読んで貰いたいですが、既に司馬先生も既に逝かれたし、少年少女に1000円以上の出費は痛いし、教えるべきではないですが、『二十一世紀に生きる君たちへ』でググれば全文がサクッとヒットします。何年か前、虐めによる少年少女の自殺の連鎖があった時、それを憂慮したオトナがアタフタとした時期がありまして、その時、矢も楯もたまらず浮かべてしまったモノが今も残っております。僕は本の頁を自分の指で捲るのが好きだから購入しましたけど。本の紙の手触りやインクのニオイ…キレイな断裁の切り口。書庫で徐々に歳を重ねて行くのも風情がありまして、僕はそれに立体感を感じています。今、流行の「3D」とはちょっと趣が違うけどね。

お話がめちゃめちゃ横道に逸れちゃったけど、ぶっちゃけ「自己」「自己中」は違うって事です。そんなの分かってると思うだろうけど、誰もが混同してる部分でもあります。僕だって未だに誤認したままかも知れません(脂汗)。誰しも「自分には優しく、相手には厳しい」に転びがちではあります。それを司馬先生は「人」の字を引用し、助け合う生き物だと展開しています。そして、それが社会を組成し、国家、世界と発展して行く歴史を説いています。それは人がそのように造形された必然を指し示し、本能としての立ち振る舞いを示唆している訳で、それが自然の中に解け合い、「謙譲」という美徳を創り出す展開を非常に明解に、平易に少年少女に届く言葉でまとめあげられているところが凄いのです。

余りにも前戯が長過ぎると疲れちゃう人も居ますんで、この辺に(ry。ヤマトには確固としたアイデンティティがあると、僕は考えています。そして、それは「自己満足」「自己中(心)」ではなくて、確固とした「自己」であります。しかし、大蛇丸の実験体で、バタバタと死んでいった失敗作だった筈のヤマトが、どのようにして生き残り、紛い也にも木遁忍術まで使え、剰え、このように盤石にも思える「自己」を確立できたのかは非常に不思議です。そして、それがヤマトが登場して間もない温泉場で「…これから…忙しくなりそうだ」(第32巻/125頁)と弾けた…。それがヒルゼンでもダンゾウでもなく、柱間のDNAがヤマトを感化したのかな…と、自分で自分の親になった僕としては感情移入せざるを得ないのです(笑)。

「君のあの九尾の力…
ボクは人柱力の力を抑える事が出来る
特別な力を持っている
だから君はあんまり心配しないでいい
…ただ

それはボクが君の側でいる間だけなんだが…

つまり今は
わざわざ本当の事を言わなくても良かった…
けど なぜ話したか…

確かにあの力を使えば
サスケを助ける近道になるかもしれない…
だがあの九尾に頼った強さは
本当の君の力じゃない


これからも
この九尾の力に頼れば
自分自身を苦しめるとにもなるし
仲間を傷付けてしまう力にもなりえる
今回の様にね

君も薄々気付いてるはずだ
でも力の開放を止めようとしなかったのは
焦っていたからだろ?

今から君の九尾の力はボクが完全に抑える
だがそれで君が弱くなると思ったら大間違いだよ

そんな力に頼らなくても君は充分に強いはずなんだよ
君は勘違いしてないか?」
(ヤマト)

「………」(ナルト)

天地橋任務編。ナルトの「四本目」をマジマジと観察したヤマトはナルトに何かを感じ導きます(第33巻/179-181頁)。ヤマトは木遁チャクラ…初代火影・千手柱間の遺伝子情報を搭載する忌まわしき実験体であり、その身に「何か底知れぬモノ」を宿した経験的には人柱力と同等の苦しみを経験している筈です。ダンゾウも肉体活性やチャクラの補完を意図して柱間のデスマスクを右上腕部に装備して、10個もの写輪眼をドライブし禁術”イザナギ”を発動できた訳で、強烈なチャクラのエンジンとしての六道仙人の子孫の弟系の木遁チャクラの特異点である千手柱間の遺伝子情報に着目した木ノ葉上層部の意図は尾獣に頼らない超常チャクラの獲得に血道を上げた痕跡を濃厚に臭わせています。

尾獣は既にメジャーなミリタリーバランスに関わるアイテムですので、他里との政治的な関係が既にある以上、それ程、秘密裏に増強できないのは解ると思います。その為に”暁”なんて非合法組織が堂々と罷り通る現実が在った訳で、公然の秘密として尾獣の奪い合いが存在し、恰も核を水面下で配備し合い、その気配を感じ合う事でシーソーのバランスを保った冷戦構造の如き関係が五大国には在ったのでしょう。それをうっちゃる方策として非尾獣チャクラに手を出すのは酷く賢明に思えます。木ノ葉の場合、木遁チャクラを発現した千手柱間の骸…遺伝子情報を保有する強みがあるのですから、それを利用しない手はないでしょう。気になるのは雲隠れの雷影で人の身でありながらチャクラの鎧を纏い、尾獣並のチャクラを絞り出してた点は見逃せないでしょう。

雷我爆弾で香燐が(雷影のチャクラがむちゃくちゃでかくなった。これじゃ尾獣並だぞ!!)(第49巻/179頁)と感じながら<ガタガタ>と震えてましたが、キラビに八尾の「陽のチャクラ」が封印されてて、雷影に「陰のチャクラ」が封印されてるアイデア(サスケに九尾の「陰のチャクラ」が搭載されてる案はナル×ジャンでは否定的でーす!!)も考えられるし、雷影もまた「仙人の肉体」を継承する六道仙人の子孫の弟系の特異点とも考えられ、超常チャクラを練り出せる特殊な体質(遺伝子情報)を保有していたのかも知れません。どっちにしても各里共、チャクラの強化に血道を上げてた訳で、「チャクラ」が忍界にあって絶対のミリタリーバランスの尺度であった事は揺るがないでしょう。

どんどん、横道に逸れちゃうので軌道修正しますけど(汗)、ヤマトは人柱力と同等のご苦労を経験してる…という事を、僕は訴えたかった訳。それなのに、こんなにしっかりとしたオトナであるのは何故?!…と、僕は激しく違和感を感ぜずには居られないのです。きっと、ヤマトは何らかの方法、或いは契機を経て、自らに内包する「悩み」を乗り越えたのでしょう。自分の中に猛烈なチャクラを発する柱間の遺伝子情報が載っかってるんですから、生体としてはそれを異物として排除しようとするのが普通です。精神的にも柱間が存在を主張するのはダンゾウが弱った折りに柱間の侵蝕が抜け目無く起こった描写で、ヤマトが柱間の侵蝕、或いは干渉に抗って来たであろう日常が在った事は想像に難くありません。

恰もそれは九尾の人柱力であるナルトの様です。もしかしたら、それがヤマトのナルトに対する親近感かとも思える部分でもありますが、ヤマトがナルトの成長や教導に焦りまくる雰囲気は正しく父親のそれであり、僕にはそれが「柱間の遺伝子情報」が感化してると思えてならないのです。ペインの木ノ葉襲撃の折り、ナルトが「いきなり六本目」になり、ヤマカカが配した封印術を無碍に破壊した時に、膝ガクガクでアタフタしたのは、関係性を切られた事に対する欠乏感にも思え、あれは「親」じゃなければ示せない繋がりだなー…と、不覚にも<キュン>としちゃったので、ヤマトには千手柱間の「血」と、自らの実験体としての経験が齎した「肉」の両方が影響してるんだと思います。

そうなれば、問題はヤマトの精神性に絞られます。問題と言うのもアレですが、ヤマトがこんなにもナルトを自信を持って…まるで「父」の様に導けるのは何故なんだろう?!それは『NARUTO -ナルト-』にあって、大いなる疑問でもありました。ヤマトの「自己同一性」とは如何にして齎されたのか…に関しての疑問です。ヤマトには事実として明らかに「アイデンティティ」があります。その獲得に関してはケルベロス理論としての「自分で自分の親になるメソッド」が正しいのだと、僕は思っています。どうしようもない家庭。どうしようもない親。弱々しき子供が生きるスベとして、自らが「親」を宿して生きる方法論があるのだと、僕は訴えたいです。それに…実際、在るんだから仕方ない(笑)。

「君の強さの源は九尾のチャクラではなく
恐るべき九尾のチャクラに耐えうる
その君自身のチャクラの力だ」
(ヤマト)

「………」(ナルト)

「サスケを助けたいなら
君自身の力で助け出せ
九尾の目ではなく自分の目で…

サスケの姿をしっかり見たいなら

そしてサクラを守りたいなら」(ヤマト)

「うん!」(ナルト)

ヤマトはこう言ってナルトを説き伏せています(第33巻/181-182頁)。これはヤマトが「柱間の遺伝子」である「木遁チャクラ」を如何にして受け入れたか…を如実に物語っている描写であります。明らかに「自分自身」があり、それに付加された「柱間のチャクラ」を認識する事でコントロールに成功しています。それがヤマトの木遁忍術の人工的な造形の根拠なのでしょう。柱間ネイティブでない、人為的に切り出された材木。対して柱間のデスマスクを搭載したダンゾウは樹界降誕を想像させる原始の樹木を生み出してましたよね。この差異は境遇の受け入れ方の差異にあるんじゃないかと、僕は考えています。ヤマトの木遁とダンゾウの木遁…この描き分けは物凄く深いよ…。

ヤマトは「自己同一性」…アイデンティティを確立した人格であり、それが「柱間の遺伝子」を搭載された実験体としての境遇の中で成し得られた…。それは「ケルベロス理論」「自分で自分の…のイバラ道」が在るんだと、僕は思っています。そして、ヤマトはしっかりと「柱間」をコントロールしています。恐らく、それがこれからナルトが経験しようとしてる「尾獣のコントロール」にカスる内容でありましょう。しかし、一方ではダンゾウが使った「柱間の力」というものも在る。ヤマトの「木遁」よりはより柱間的な発動でした。その差分が自らに内包(搭載)する「非自分」を如何に受容するかの方法論の違いを明確に指し示している様に思えてなりません。

ヤマトは「異物」として「柱間」を受容したのです。

そして、ヤマトはそれをナルトにも勧めています。トビがヤマトの「木遁」に<ピクリ>とも動じないのは、ヤマトが「柱間」を本当は受け容れてなくて、「異物」として認識してる一点に収束してる様に思います。ぶっちゃけ、道具として「柱間の力」を感じてるのだと思います。だから、ヤマトの「木遁」は人工的で原始の樹木が造形できないでいる…つまり、ヤマトは「異物」として「柱間の力」を受け容れる事で自らの限界を定めてしまったのではないかと、僕は考えています。それが、ヤマトが生きる為の苦肉の策であったかも知れませんし、別段、責められる様な事ではありませんが、少なくとも「九尾事件」で命を賭したミナトがナルトに期待した未来とは違うんじゃないかと、僕には思えてならんのです。

ヤマトにはヤマトの「善かれ」があるだろうし、ヤマトはナルトに「好意」以外の何かで接してるとは思いません。しかも、これまでだってナルトは「九尾のチャクラ」を実際に感じて使役しています。その方法論としては結果的にヤマトの方法論と違わない…九尾を「異物」として感じるものでありました。妙木山のアナウンスに拠れば「九尾のチャクラの上澄を還元する…」類いの部分的な解放ではありましたが、ヤマトが使いこなしている様に見える「木遁=柱間の力」と似たような使用法だったと思います。ヤマトの「柱間の力」に対する認識が、ヤマトの限界を極めてしまっているだろう現実を踏まえれば、ヤマトの指導とはナルトの成長にとっては危険極まりないと、僕には思えてならないのです。

チャクラ切れの為、良いところなんだけど続く…(→後編)



「自分」(後編) | BLOG TOP | 第493話「闇ナルト」

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。