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「承認」(…ここに居ていいのよ…)

 
<ガチャ>「!」(シカマル)

「…シカマルか
何だってばよ?」(ナルト)

「とりあえず
上がっていいか?」
(シカマル)

他にも幾つかあるんだけど…(第44巻/70頁)、ナルトの居室(住居)の描写。生活感があって雑然としてる。誰か、ナルト以外の人が居て後始末したり整理整頓したりしてない…この光景はナルトが物心ついてから変わらないだろうと思うのは、カカシが初登場した第一巻の中盤の「ここがナルトの家ねェ…」(第1巻/107頁)で腐った牛乳パックを取り上げた時と何ら変わりないです。ナルトはズーッと独りきりで家事をし、アカデミーに通い、食事をして来た訳です。どう見ても料理が得意そうでもないし、栄養価に厳格な可能性はゼロに等しい。孤独とジャンクフード。恐らく、ナルトの食生活は近くで居たら手を出したくなるくらい酷いものだったと思います。だから、一楽のメンラーなんてナルトにはご馳走だった訳だ(笑)。

特に成長期の子供にとって食生活は非常に大事だと思うんです。必要な栄養を食物で摂取するのは当たり前っちゅーか、子供の頃は僕もそうだったけど食べました。日本人ならば、お米の味を覚えるのはこの時期でしょう。『NARUTO-ナルト-』の世界観の中で、木ノ葉隠れの主食が何だったのか?が「米」なのか「焼肉」なのかイマイチ良く解りませんが(笑)、少なくとも僕らが見る限りにおいてナルトの食生活で真っ当に成長できる可能性は皆無でしょう。しかし、ナルトは立派な青年に成長し、大いに溌剌としています。それが忍者の修行の賜物だってばよ!!と言われるのなら仕方ないけれど、身体が一人前に育とうと、ナルトの精神がこんなにも真っすぐに育ったのが、僕には解せないのです。

それは「食卓」がナルトの居室には存在しないからです。

英単語で「食卓」とは「table」だと思います。逆に「table」と記されれば「テーブル」と答えても正解になる。それが単なる無味乾燥した「家具」なのか?それとも温かき「光景」なのか?は全く違うので、英語のテストの回答で、僕は屢々、「光景」を情感させる「食卓」という表記を用い、先生を喜ばせる…ちょっと嫌らしい子でした(笑)。ま…文章の組み立てで、それを「団欒」と思わせるように書くのだけど、僕は幼い頃からコマシャッくれた筆を走らせる子だった事だけは確かなようです。そんな僕の目で見ると、ナルトの「食生活=食卓」酷く貧相で、『NARUTO-ナルト-』の社会保障精度がどうなってたのか知らんけれど、民生委員が足繁くナルトの住居に訪れなかったのかと心配になります(笑)。

「ここがナルトの家ねェ…」

食事をする時のコミュニケーションほど大切なモノはないと思います。それを一般的には「団欒」と言うのであって、行き着く先には「家族」「家庭」という温かく強固なコミュニティが存在する事に、誰しも気付くでしょう。しかし、ナルトにはそれが全くと言って良いほど無いのです。きっと独りで牛乳を飲み、カップラーメンを啜る…しかも、語らいなど無い。「団欒」とは無縁の寒々しい食卓だった筈です。その上、子供の頃は人柱力の箝口令の下、忌み嫌われていた…。そんな子供が真っすぐにしなやかに育てる筈が無い!!僕は真っ先にそう思ったものでした。そして、『NARUTO-ナルト-』に登場する誰しもが同じように思ったでしょう。こんな子が真っ当な成長をする筈無いと…カカシもそれが気掛かりだった筈です。

それでも実際のナルトは気持ち悪いくらい真っすぐで屈託が無い。それは何でなんだろ!?と、誰もが不思議に思っても良いんだけど、『NARUTO-ナルト-』には「チャクラ」なんて、トランプで言うと「ジョーカー」(ババ)みたいな切り札があって、何でもそれで吸収してしまう…。その狡さが「愛」を見え難くするんだと、僕は独り叫んでいるのであります。しかし、ナルトはかくも真っすぐにしなやかに育った…それが『NARUTO-ナルト-』の中の事実でありまして、そうなればナルトに取り憑く「異物」の関与を疑う必要が出て来る訳でして、「八卦の封印式」(その中に在る「九尾」は「異物」といってもナルトを感化するベクトルではないので…)がその「異物の筆頭」に当然のように挙って来るのです。


「ナルト…
お前に封印した九尾の封印術はどんなのだ?切望♪」(キラビ)

「え?」(ナルト)

「四象封印です」(ヤマト)

第496話「再会九尾!!」で、九尾の封印の術式をヤマトが迷いなく「四象封印」と答えています。「八卦の封印式」とは自来也の命名で、「四象封印」が二重(二重封印)に施された様を見て、あの温泉場で即興で名付けたように思います。(八卦の封印式かの…)(第11巻/17頁)に続けて(……この子を守るためだな………四代目よ…)と自来也が震えるアレです。しかし、ミナトとクシナを知らない(だろう…)ヤマトにしてみれば、ナルトのお腹の術式は単なる「四象封印」が重なっているようにしか見えないのだと思います。この辺の認識はヤマトとカカシでも大きな温度差があって、カカシだったらこれを「八卦の…」と伝えてたと思います。これは「九尾事件」への臨場の有無に関わる部分なのでしょう。

「クク…
お前は弱いな…小僧ゥ…
感謝…するんだな…このわしに…
そしてこのわしを貴様ごときに封じ込めた
四代目・火影とやらにな…」(九尾)

第一部の終末の谷での「ナルトVSサスケ」で九尾が口ごもる…(第26巻/82頁)、九尾封印に関する四代目火影・波風ミナト以外の関与を強く感じさせています。僕は九尾の「とやらにな…」のハニカミに、ミナトではなくクシナの関与を強く感じてまして、九尾も「可愛い悪魔」に屈した一人なのかと、お悔やみ申し上げようかと(ry…。しかしながら、九尾のチャクラ毒を解毒し、封印式の隙間から漏れ出した九尾のチャクラをナルトに還元する機能が、父親ではなく母親のそれに思えてならなかったのです。父親はこんな風に子供を守りはしないな…もし、ミナトが封印式になっていたら九尾を殺しちゃうと思うんです。真正面で九尾と向き合い、九尾と戦ってしまうから。でも、お母さんならばナルトを守ると思えるんです。

「八卦の封印式」を組成するものがクシナだったら…
最強の魔獣?の九尾そっちのけでナルトに向き合って…
迷わず可愛いナルトを抱き締めちゃうと思うんです。

神無毘橋リンだって、ペインの木ノ葉襲撃で一人気を吐いたヒナタだって、「可愛い悪魔」はいつだって「愛」に一直線でした。どんな強敵が目の前に居ようとお構い無し(笑)。そのくらいの集中力をもって「愛」に向き合えるのが女の子であり、その強化版とも言える「母親」なんだと、僕は思います。木ノ葉隠れを沈黙させたペインを鼻にも掛けず、登場するなり大技で殴る掛かったかと思うと、いきなりナルトに「告白」なんかしちゃって…ペインの眼が「輪廻眼」だったから分かり難かったけど、明らかに泳いでたと思います(笑)。(オ…オレの立場は!?)(ペイン)って(笑)。そして、その「恋愛力」に呼応したのが、何を隠そう「八卦の封印式」でして、詳しくは「ナルトは何故、いきなり六本目になったのか?」参照。

仙術を修得したナルトがその協力なチャクラ感知能力でカカシの存在を感じなかった時も、目の前でシマが吹き飛ばされ、フカサクが串刺しになった時もキレなかったのに、めちゃくちゃノンケを貫いて来たヒナタが殺された演出で、突如としてキレてしまったナルトは異常(笑)。それじゃーカカシやフカサクの立場は!?(笑)あの時、ナルトは一気に六本目になって、九尾の骨格までが顕現しています。強固な「四象封印」が…しかもそれが二重に施さされた「八卦の封印式」が在る筈なのに!!これはもう「八卦の封印式」が意図的に九尾のチャクラをナルトに還元する…封印を開くしか無い。勿論、あの時点でナルトはゲロ寅を蔵入りさせとりませんので、「八卦の封印式の独断」…という論調であります(汗)。

そもそもナルトの年頃で女の子に性的な興味が「お色気の術」だけで昇華されてる事自体が変です(笑)。もっと、<ピー!!>な事とか<ピー!!>な事が無いとオカシイのだけど、何故だかそれがない。加えて、めちゃくちゃ偏った…って言うか悲惨な食生活でも歪な成長を遂げないナルトは、ハッキリ言って「異常者」であります。それがデイダラに対する「暴力」だと考える理由でありまして、自分で自分の親になった…であろう…デイダラに対するナルトとの決定的な違いであります。ハッキリ言って、ナルトはデイダラのように生きるしか選択肢はないと思えるんですが、ドッコイ…それをナルトのお腹に刻まれた「八卦の封印式」が捩じ曲げてしまった訳です(ナル×ジャン的に…)

自分で自分の親になった…は誤解されそうなので近々きっちり説明しようと思いますが、子供は親がなくても育ちます。しかし、成長ってそれだけじゃーないと、僕は思うんですね。ナルトもデイダラも両親が居ないのは同じだと思うんです。それでもしっかりと生きている。デイダラなんか逞しいテロリストになりましたがな。事の善悪は兎も角、それでも子供は成長できる…って事です。デイダラと違ってナルトは「親」というものをアウトソーシングしながらも、歪まず真っすぐな子に育ちました。そして、僕らの見て来たナルトは怖いくらい「素直」でしたよね。「一期一会」を怖いくらいモノにして来ました。それは「聞く耳」があるという事です。デイダラにはそれが全くと言って良い程ありませんでしたよね(笑)。

「…ここに居ていいのよ…」

ナルトとデイダラは似たような子になっても良かった筈だけど、二人の「成長」を分けたのは「八卦の封印式の有無」だったと、僕は考えています。ナルトは栄養価の偏重も、精神の不安定も、果ては性的な興味すら「八卦の封印式」がコントロールしてきたんだと、僕は考えています。ナルトが不思議なくらい盤石な自信を早い時期に確立し、剰え「他者」の運命を左右するほどに感化できたのは、強固な「自己同一性」(アイデンティティ)が在ったからで、それをして「異常者」と、僕に言わしめていた訳です。それが、「八本目→九本目」の大ピンチで「八卦の封印式」を組み直されたナルトが「過呼吸」に陥った一件が証明してると思うんです。僕はあの辺からホントのナルトの自立が始まったと考えています。

それでも、ナルトがいよいよ「九尾のコントロール」に乗り出し、「八卦の封印式」を自ら解錠しました。そして、ナルトは九尾とガチで対戦が始まり仙術チャクラで優位に立つも、ナルトが九尾のド汚い戦術の前にかなり揺らいだ…そんな時、クシナがナルトの前に現れた。僕は「八卦の封印式」「母親的」だと思うし、時に「クシナそのもの」とも思う人なので、ナルトの精神世界の中でクシナが登場する事と、「八卦の封印式」解錠は無関係ではありません。寧ろ術式の組み替えでナルトとの接続を遮断されたとも思えるクシナがしゃしゃり出て来る自由を与えられた「解錠」に思えるのです。ナルトはミナトに「八卦の封印式」を組み替えられるまでズーッとこうして励まされ、抱き締められて来た筈です。

「…ここに居ていいのよ…」

ナルトは絶えずクシナの「承認」の中に在ったのです。僕はその大切さを「おくるみ」(アイデンティティ)で書いた…。柱間が、扉間が、ヒルゼンが…一様に伝えようとした「家族の概念」「愛の形」。その想いが、僕がナル×ジャンを通して学ばせて頂き、書かねばならないと気付かされた「愛について」「家族」に昇華した…。「教育論」として『NARUTO -ナルト-』を感じるなら、恐らくこれがメインテーマとなる事でしょう。ナルトが「異常者」たる所以はそこに在って、「自分で自分の親に…」ならずとも、こうして曲がらず折れず成長できた…のは、「八卦の封印式」がナルトを温め、励ましていたからだと、僕は思います。24時間365日…ナルトはズーッと、クシナの囁きに拠って「承認」されていたのです。ただ、その囁きが「八卦の封印式」解錠に依ってナルトに聞こえただけで…。

だから、「タイミング」という言葉はクシナに失礼だと…(汗)。

こんなにも永きに渡り…クシナは…

「諦めないド根性」でナルトを抱き締めて来たんだから…。

「…ここに居ていいのよ…」
ナル×ジャン ケルベロス



 

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