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「御神器」(弐・須佐能呼)

 
<ズズズズズ>(須佐能呼)

「!」(カカシ)

<ゴゴゴゴゴ>(須佐能呼)

「今のオレにとって
お前らの笑い声は軽蔑と嘲笑に聞こえる!!
その笑いを悲鳴とうめきに変えてやる!!」(サスケ)

(……サスケ…!!)(カカシ)


(さらに冷たくなった…)「サスケは…
もうお前の知ってるサスケじゃない」(香燐)

「!」(サクラ)

(こいつはマズイ!!)(カカシ)

ダンゾウ戦の直後、カカシ→サクラ→ナルト…と、第484話「それぞれの第七班!!」でホントなら気恥ずかしくて甘酸っぱい同窓会が実現するところを、サスケのマイナスオーラがドロドロの闇に沈めてしまいましたね(笑)。サスケの変貌ぶりに驚きながらも、未だ何とかなるんじゃないかとするカカシのスケベ根性がサスケの内観を促したもんだから、サスケは自己肯定に突っ走ってしまい、自分以外を否定するしかなくなってしまった。こんな風にサスケを追い込んじゃいけないでしょ…ってのを真っ先にカカシがやってしまったのには驚いたけど、それ程にカカシも動顛するほど悲しかったのかな。そして、サスケの示す防御本能は頂点に達し、ついには”須佐能呼”の完全体たる天狗ちゃんを形成するに至るのです。

結局、チャクラ切れや万華鏡の過負荷によって天狗ちゃんは不発に終わっちゃうんだけど、僕はサスケの”須佐能呼”を見た時、凄く悲しい気持ちになったのを今も忘れられません。「力」とはそれを使う人の「心」で如何様にも変わるもんだわサと、イタチの”須佐能呼”はこんなじゃなかったですもん。イタチはサスケの攻撃を防ぎこそすれ、サスケを傷付けるなんてしなかったです。僕はその姿に「親」を感じましたもの。憎っき敵である大蛇丸や呪印を打ち祓い封印した「十挙剣」父親。サスケがイタチを傷付けようとする刃を尽く払い除ける「八咫鏡」母親。イタチは「うちは虐殺」でサスケから奪ってしまった「親」というものを補完すべく行動していたんだと、僕は改めて確信しましたっけ。

詳しくは「真実」(虐殺前夜…最終夜)に書きました。「虐殺前夜」はサスケの「万華鏡の儀式」を前に捏造限界を総動員して書きまくった考察で、ところどころ(じゃーないかも…)破綻はあるけれど、僕が感じた「イタチ像」が綴られていますれば、お時間のある時に是非とも読んで頂きたいです。「御神器」(「ごじんぎ」と読みます)が閉じたら、一括してナビゲートできるコンテンツを上げますので、その時にでも読み耽って下さい。ちょっと横道に逸れたけど、イタチの”須佐能呼”はサスケに対する「親心」の発露だったと思うんです。でも、サスケの”須佐能呼”ライディーンちゃん「強弓」天狗ちゃん「十挙剣」(…だと思うんだけど…)の超攻撃系でしょ。あれは「全てを否定する力」でしかない…。

それがチャクラの感受性が異常に高い香燐を<ブル><ブル>と震わせる訳です。カカシが掘り起こそうとしたサスケの心の底には「愛」があると思うんだけど、それを認めてしまったらサスケは「ダメだ!!」と思ってるから、「愛」すら否定する「冷たいチャクラ」しか練れなくなってしまったのだと、僕は思うんです。あれは「親」を否定する冷たさなんだと思います。まるで誰の手も借りず、誰の世話にもならず、自分は独りきりで育って来たんだと言わんばかりの傲慢さそのもの。しかして、そうでなければ達せない境地というものも在る…イタチの意向も其処に在るだろうと、僕は考えてまして、「八咫鏡」なんて使えないだろうサスケには与えないで、ライディーンちゃん「強弓」を託したのもその為だと思います罠。

「お前を守ると約束していた三代目火影が死んで
すぐにイタチが木ノ葉に姿を現したのは」(トビ)

「ダンゾウを含む里の上層部に
"オレは生きている"と忠告するためだった」
(トビ)

イタチが”暁”に居たのは、ダンゾウに自分の存在を示す為だと(第43巻/212-213頁)、トビが明かしていますが、他にもイタチにとって”暁”は都合が良かった筈です。何せ鬼鮫という強者が自分を監視するのとバーターで、イタチの護衛(チャクラ切れのバックアップなど)をしてくれますし、術集め、尾獣集めで好き放題に諸国漫遊できますから。イタチは屢々、鬼鮫の眼を盗んで「霊器」を収集していたんだと思います。サスケの”須佐能呼”が所有する「霊器」はイタチが与えたものでしょう。トビのサスケへの関与の仕方や雰囲気からして、ほぼ間違いないと思います。トビはサスケがどんな「人格」になるかなんて全く興味なくて、どんな「瞳力」を宿すかにワクワクしてるだけの写輪眼フェチですから(笑)。

また、自分には「力」がない!!形骸化した存在にすぎない!!なんて宣言しちゃう今のトビには”須佐能呼”は使えない筈です。”須佐能呼”を使えないって事は「霊器」にもアクセスできない。だから、サスケを泳がせサスケの万華鏡を鍛えている…のだと思います。イタチが自分亡き後、サスケをトビに委ねる事になるのを、ワザと外した転写封印・天照の保険だけで済ませたのも、トビに”須佐能呼”がないだろう確信が許した結果だと思います。ま…ここまで書いたからぶちまけちゃうけど、トビにしろ、イタチにしろ、「その先」を期待してる筈なんです。トビとイタチで違うのは「オレが!!オレが!!」がトビにはあって、イタチには無かった…ちゅー事かしらと思います(…解って貰えますかな?)。

「お前にオレの力を分けてやった
その力…使う日が来なければいいがな」(イタチ)

そう考えれば、イタチがナルトに肩入れする気持ちも解るし、ホントはイタチが「九尾のコントロール」なんかしなくていい未来を期待してるんですけど…と考えたい僕の気持ちも解ってもらえるんじゃーないかしら(笑)。しかして、「八卦の封印式」の内に棲む九尾から憎しみを引き剥がし、純粋な尾獣ネイティブの血継限界チャクラ(高速増殖チャクラ)を抽出し、「九尾のコントロール」を実現したナルトの首には「勾玉」がぶら下がっておりまして…僕は慌てふためいたり、痺れたりした訳で、あれこそは「イタチの力」であり、在りし日のイタチがイタチを監視する鬼鮫の節穴…おっと失礼…目を盗んでセッセと集めた「霊器」の一つである「八尺瓊勾玉」なんではないかと思い当たったのであります。

しかし、ここで「待てよ!?」と、ハタと困ってしまう訳で、だって”須佐能呼”を持たないナルトが何で「霊器」を実体化できるんだよ!!…ちゅー話です。実体化とまでいかなくてもその身に纏ってますもの。しかも、明らかに九尾の封印が強固になり、「八卦の封印式」の鉄格子なんか太くなって形状も一新されてました。そして、本気を出そうとした九尾を事も無げに捕縛してしまいました。それが「八卦の封印式」の施錠と見事にリンクしている…。イタチには「九尾のコントロール」の何たるかも非常に緻密に想定できてたんだと思います。だから、ホントは望まなけど、自分がなくなる前に「イタチの力」をナルトに分け与える必要があったのです。そして、その「力」九尾にも既知だった驚き!!(第499話/「新たなる封印!!」)

「…こりゃあ…六道の…!?」(九尾)

九尾は「六道仙人の力」を知ってた事になる…。



  

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