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第504話「ありがとう」(牛のヨダレNAVI)

 
第504話「ありがとう」は深いお話で、これをどうして伝えれば良いか?に凄く悩みました。「良い話やーっ」でサラッと通り過ぎる事も出来るし、「泣けるーっ」と心地よい涙を流す事で満足感を得られる。でも、それで終わらせたらホントのリアリティを感じられない。ナルトやクシナがあり得ない事やってるんだから、そこに気付いてやんないとキッ神に申し訳ない。やはり、その核には人が何者でもないところから何者かになっていくプロセスの重要性が在り、それを「成長」と呼ぶ事を僕らは感じる必要があるのだと思いました。そして、誰もが「自分」になり、そこでやっと「夢」を見出せる。人とはそう在るものだと、クシナは少年少女にメッセージを発しているのだと、僕は感じました。

そして、ミナトの絶命の淵に余りにもKYに思えるクシナの長喋りはしっかりとナルトに届き、メチャクチャ素直にナルトはクシナとミナトの「子」として「親心」をあり得ない理解力を持って受け容れ、クシナは自分がナルトの「母」になれた事を確信して成仏して逝くのです。それがチャクラが減衰した結果だったなんて説明は「愛」を見えなくする要因である事を、僕は何度も訴えて来ました。死んだ親が目の前に現れて子供の元服に手を貸すんなてチート…mjd期待しちゃいけません(笑)。それでもこの行が胸に迫るのはクシナが「親の想い」言語化したところにあるのです。「親」ならば誰もが携える「愛」を言葉に変えてくれた。でも、そんな出血大サービスは、忍術やチャクラをと同じくらいリアリティがない。

それでも「愛」はそこにある。少年少女の周りを満たす空気のようにそこにある。そのリアリティのないリアリティを、どうか感じられる子になって欲しいと、既に親御さんの気持ちになって少年少女と共に『NARUTO -ナルト-』を味わっているケルベロスとしては訴えたい!!叫びたい!!のです。僕らは『NARUTO -ナルト-』を味わう中で、感じる力を養っているのかも知れない。それを「忍術」と呼ぶのも良いでしょう。僕が「捏造限界チャクラ」とか「老婆心チャクラ」と呼んでるのも、何か不思議な力が人にはあって、それを「チャクラ」とするのも良いじゃない。人は不思議な生き物だから、望めばどんな事だって出来るのよ。そして、それが「夢」なんだとクシナはナルトに伝えたかったのかな。

でも、少年少女にナルトみたいに完全理解されてしまっては、おっちゃんやおばちゃんの立つ瀬が無い。何か変な事を言ってるな…よく分かんないけど何か言ってるな…程度を心の片隅に仕舞っておいて欲しいです。そして、いつか雷に打たれるように…そういう事だったのか!!…と気付いて欲しい。その為に傷付いて下さい。人生は楽しい事ばかりじゃなく辛い事も悲しい事も混ぜこぜになっています。その中でももがき苦しんで下さい。傷付く中でいろんな事に気付く筈です。それが「自分」を築くという事なのです。皆さんは誰でもない「自分」になればいいのです。ちゃんと「自分」が築けているならば「夢」だって見つかる。そうやって「人」はいつしか「人」になるのだと…傷付き、気付き、築いて欲しい。

ありがとう…僕もそう感じてる…ありがとう。

第504話「ありがとう」(牛のヨダレ①)

第504話「ありがとう」(牛のヨダレ②)

第504話「ありがとう」(牛のヨダレ③)

第504話「ありがとう」(牛のヨダレ④)

第504話「ありがとう」(牛のヨダレ⑤)


業務連絡(100809)大事をとって休養中です。兎に角、涼しいお部屋でしっかりと寝る。しっかりと食べる。そして、のんびりと相方と過ごす事に専念しております。いろんなメッセージを戴いてまして、お返事したい気持ちをグッと堪えて休ませて頂いております。そんな事してたら、また今日が「感想」の日じゃない(笑)。申し訳ないけれど、今週ものんびりと書かせて貰いますね。皆々様方も暑き折、お身体にはご自愛下さい。楽しく実り多き夏休みを過ごされん事を心よりお祈り申し上げます。………何!?…合併号!?聞こえない。聞こえない。

 

第505話「九尾チャクラ、開放!!」① | BLOG TOP | 第504話「ありがとう」(牛のヨダレ⑤)

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