スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

九尾の陰(かげ)のチャクラって何だろう?

 
「ミナトは九尾の陰(かげ)のチャクラしか屍鬼封尽しておらん」

自来也と巻き物蝦蟇の会話で、ミナトの死亡が確定しました(第370話/「胸騒ぎ」)。何処かで、生きてるんじゃないの?と言う仄かな期待が粉微塵になった瞬間でした(汗)。でも、サラッと流してしまいましたが、ミナトが死神の腹の中に持って行った「九尾の陰(かげ)のチャクラ」って何でしょうか?

先ず、「封印術・屍鬼封尽」のメカニズムを再確認してみましょう。

「あの九尾を封印したというのも…この術というわけかっ…」

屍鬼封尽の描写は木の葉崩しの三代目・火影と大蛇丸の闘いであります(14巻/122頁)。術者自身の魂を介して身体から死神の腕を伸ばし、相手の魂を引きずり出して封印する術です。この時も、大蛇丸の「魂」(人の形をしている)を引きずり出していました。木の葉崩しでは三代目のチャクラ量や体力が大蛇丸に及ばなかった為に、大蛇丸の両腕部分を切り落とすに留まりましたが、九尾事件では「九尾が封印された」と言う事実から推察すると、大蛇丸の時のように不完全な封じ方ではなく、ミナトは九尾の霊体(魂)の全てを引きずり出した…と考えて良いと思います。

封印が終了した時点で術者の魂も死神に食われ、両者の魂は死神の腹の中で絡み合い憎しみ合いながら永遠に戦い続ける事になる…「魂」を喰われる事で、対象者は死んでしまう。「魂」って「命」なのかな…?三代目・火影も結果として命を落としています。九尾も「封印された」事実があるから、死んだ。じゃ、ナルトの中に封印された、あの九尾は何なんでしょうか?流しちゃうと説明できない事ばかりです。結果だけを受け取るのは「考察」じゃない!考えましょう!

これまでは、これを屍鬼封尽の応用として解釈しようとしていましたが…「ミナトは九尾の陰(かげ)のチャクラしか屍鬼封尽しておらん」と言う台詞から、引きずり出した「魂」(霊体)の全てを死神に喰わせた訳ではない事が解りました。屍鬼封尽に関しては九尾にしか摘要されないと考えて良いと思います。つまり、ナルトに対する九尾を封印は別の方法によると考えられると言う事です。

陰(かげ)のチャクラ以外を…四象封印の二重封印=「八卦の封印式」でナルトに封印している事から、「陰」(かげ)=「陰」(いん)と考えてみる事にします。と言うのは、算命学を問わず、東洋の思想には「陰陽論」という思想があって、全ての存在を「陰陽」に分けて分析する考え方を言います。封印に用いた「四象→八卦」の関係性が「陰陽論」に基づく概念だからです。

ここで「陰陽」と「陰陽論」について考えてみましょう。

「陰陽は天地の道なり(宇宙、自然界の根本法則)、万物の綱紀なり(一切の事物の秩序や運営を維持するための規則で、この規則に沿って発展し得るもので、これにそむくことはできない)、変化の父母なり(万物が変化する根源)、生殺の本始なり(生長→発展→滅亡の過程の根本)、神明の府なり(万物が現わしています形と、変化するはかりしれない力が存在する所)。治病は必ず本に求む(病を治療するにあたっては、病状の変化の根本をよくみすえて、「陰陽」の二字に基準をおかねばならない)。」(素問・陰陽応象大論/解説引用)

陰陽のモチーフ


「陰」と「陽」はおたがいに消長をくりかえし、「陽」が極まれば「陰」が萌(きざ)してくるというように、まさしく「陰陽」の紋様が示すがごとく輪廻(メビウスの環)を表しています。つまり、全ては、明暗、火水、天地、表裏、上下、凸凹、男女、剛柔、善悪、吉凶などの一対の組み合わせなのです。

「陰陽論」では、宇宙の根源とも言われる「太極」から「陰陽」の両儀を分類します。そして、その両儀が更に「陰陽」に分類され「四象」に分かれます。更に、「四象」が陰陽に分離され「八卦」を生じます。万物(森羅万象)は「八卦」に分類されると、「陰陽論」では考えられているのです。

八卦の概念

乾 けん(天) 金 lll 父  Heaven 
兌 だ (沢) 金 :ll 少女 Lake  
離 り (火) 火 l:l 次女 Fire  
震 しん(雷) 木 ::l 長男 Thunder
巽 そん(風) 木 ll: 長女 Wind  
坎 かん(水) 水 :l: 次男 Water  
艮 ごん(山) 土 l:: 少年 Mountain
坤 こん(地) 土 ::: 母  Earth

この考え方は、「陽」の中にも「陰」が存在し、「陰」の中にも「陽」が存在する考え方を示しています。それが「四象」を生みます。この概念を「陽中の陰」「陰中の陽」と言います。それを発展させて、「八卦」が導かれるのです。このまま無限に分割されるかと言うとそうでもなくて、「八卦」が最少の単位であるようです(余談ですが、易学では精密性を向上させる為に「八卦」を二つ寄り合わせて「六十四卦」(8×8)と言う概念を用いています。ネジの柔拳でも出てきますね)。

人の陰陽

例えば、人間の精神は天の気、つまり「陽」で、肉体は地の気、つまり「陰」だということになり、「生」はその精神と肉体との結合、「死」は両者の分離(余談ですが、この理論を応用したのが「屍鬼封尽」ですね)…であると、「陰陽論」では解釈します。これは「陰陽論」の基本原則が「陽」が始まりで、「陰」が終息というのが大前提によって定義されているのです(語意からすると「陽陰論」で、言い方が逆ですが、語呂が悪いので「陰陽論」で行きましょう…笑)。

具体的な説明は非常に難解なので…「陰陽論」とは、精神などの無形の世界を「陽」とし、肉体や現実、物質の世界を「陰」とする思考法であると理解して下さい。気を内側に向けて充実させることができる精神が「陽」、内面で充実された気が外に向かって発散されようとして「行動」をとる肉体が「陰」であるとする考え方です。

ミナトは屍鬼封尽を用いて、九尾の体から、九尾の霊体(作中では「魂」とされていますが、「魂」を内包する「精神(体)」と言う解釈で…ひとつ…何とぞ…汗)を取り出しました。木の葉崩しの三代目VS大蛇丸の描写でそれが示されいます。そして何らかの「法」なり「術」なりを用いて、ミナトは九尾の霊体を二分したのです。肉体(陰)から抜き出された精神(霊体)…つまり、「陽」です。これを「陰陽論」を用いて二分(「陰中の陽」「陽中の陰」に分ける)と、「魂」(…の陽)と「心」(…の陰)に分離されると考えられます。

「ミナトがわざわざ九尾の力を陰と陽に二分し陽の側を
ナルトに封印したのは九尾のチャクラをナルトに遺すためだ」

自来也が巻き物蝦蟇に言ったにはその事だと思います(第370話/「胸騒ぎ」)。「ミナトは九尾の陰(かげ)のチャクラしか屍鬼封尽しておらん」と言う台詞から、ミナトは九尾の力=チャクラ=精神の「陰」(かげ)の部分(陽中の陰)。つまり、「心」を切り取って死神に喰われ、腹の中に入ったのだっと思われます。ミナトは九尾の「心」をナルトに封印してはいけないと考えたんだと思います。逆にナルトに九尾の「魂」は必要だったと言う事です。

ミナトが屍鬼封尽した九尾の「陰」(かげ)のチャクラとは九尾の「心」だった。

近年の「脳科学」の発展によって、「脳」の研究が進んでいまして、脳出血や脳疾患、或いは事故等で脳に損傷を受けた場合、どの部分を損傷すると、どういった機能が失われるかという関係はかなり解ってきているようです。損傷、欠損部分により記憶が失われたり、運動機能が失われたり、言語に関する機能が失われるなどと言うように具体的に実証されています。「唯脳論」(養老孟司/ウェブ記述引用)でも、

「心」は脳の機能なんですね。
機能と言うのは、例えば、心臓は「循環」という機能を持っているのですが。
死体から心臓を取り出して、「それで循環と言うのは何処ですか?」
と聞かれても「循環」は何処にもないんですねェ。
だから脳を取り出して「心ってのは何処ですか」っていっても何処にも無いのです。

「機能」…外に向かって発散されようとして行動=「陰」=「心」であると、「脳科学」と「陰陽論」の整合性がしっかりとれます。「魂」とは肉体の内にあり、それを満たしている…だから、人の形をしていた…なのかな?。「魂」と「心」は別の存在なのです。違いはその「在り処」だけはないのですが…。

ミナトは九尾の「心」を連れて行った…だから…

「お前は弱いな…小僧ゥ……感謝…するんだな…このわしに…
そして、このわしを貴様ごときに封じ込めた四代目・火影とやらにな…」

終末の谷で劣勢のナルトにチャクラを与えた九尾が愚痴った言葉に、良い感じに繋がります(26巻/82頁)。ナルトの中の九尾には、脳の機能である「心」がないから、ミナトと闘った「記憶」がない。だから「伝聞」なのです。ナルトもこの事実は知りませんから、九尾は第三者に封印後、会っています。誰かが四代目がナルトに九尾を封印した事を、九尾の「魂」にチクったヤツが居るはずです。

それは……誰だろう……???…ズズズズズッ……。




マダラ(?)は封印後の九尾に会っている!?

九尾が他に知っていたのは「マダラ」だけですから…。封印後のナルトに、もしかしたら…もしかしてですが、トビ(マダラ?)が接触している可能性があるかも知れません。天地橋でサスケがナルトの中の九尾に接見したように…。「九尾事件」にマダラが関与しているとしたら、その可能性はあると思います。ちょっと、余談でした(汗)。戻します…。

ナルトの中の九尾は「魂」(精神の「陽」の部分)だけの存在。描写からすると、木の葉崩しで三代目が倒れたように、九尾の肉体は既に滅していると思われます。外的には恐らくそれをして、「九尾を封印した」と認識されたものと思われます。しかし、ナルトは九尾のチャクラを発揮して闘っています。これは描写が残されている「事実」です。

チャクラとは、「精神エネルギー」と「身体エネルギー」を練り合わせた「生体エネルギー」なのに、「魂」だけの存在である九尾のチャクラを何故、ナルトが発揮できるのでしょうか?これは、よくよく考えると変です。チャクラを発生させる為には「生身」(肉体)が必要なのは、周知の事実です。

そこで、考えられる可能性は……ズズズズズズッ……。




九尾は「臍の緒」でナルトと繋がり体(経絡系)を共有している!

「四代目は…へその尾を切ったばかりの赤子のへそに九尾を封印したのじゃ。
ナルトは里の為に九尾のバケ狐の器れ物になってくれたんじゃよ」

三代目の言葉が残っています(1巻/74頁)。「陰陽論」を用いた分析で、九尾は「魂」だけがナルトに封印されている可能性を見い出しています。それを前提にすると、万物の理として、対になる「魂」の対極が必要である事に気付きます。「陽中の陽」である「魂」に対する「陽中の陰」である「心」。そして、それらを合わせた「精神」=「陽」に対する「陰」=「肉体」…つまり、ナルトの身体です。九尾の「魂」はナルトの「身体」と「心」によって、その存在を許されているとも言えるのです。

「臍の緒」(へその尾)に封印した…と聞いて、神聖な部位であるから…と言う理由で納得しようとしていましたが、ナルトが「器」になったと言う現実と考えあわせると、九尾の「魂」(陽)がナルトの肉体(陰)と臍の緒で繋がり、ナルトと共有している事に気付きます。臍の緒に封印したと言うのは、封印するには「臍の緒が必要だった」。それは、九尾の「魂」とナルトを連結するためだったのです。

臍の緒は母親の胎内にて胎児が母親と繋がる命綱の様なものであります。 臍帯 (Umbilical cord:アンビリカルケーブル←どっかで聞いた事ありますよね…笑)とも言います。臍の緒を介して胎児は必要な酸素、養分に富む動脈血を母体から供給されるのです。厳密には「臍の緒」と母体は直結する訳ではなく、間に「胎盤」(たいばん、Placenta)と言う妊娠時、子宮内に形成され、母体と胎児を連絡する器官を介して、間接的に結合しています。

胎盤の構造(上図の一部を拡大したもの) 上部母体側から酸素、養分に富む動脈血が赤と青の細かい点で描かれた空隙、すなわち絨毛間腔内に放出され、静脈から母体に戻る。一方、図右下にある臍帯(へその緒)から絨毛間腔側に向かって臍動脈が流れ、図中に樹木のように見える絨毛を経由するうちに、ガス交換、栄養吸収、老廃物の放出が行われ、臍静脈を経由して胎児側に戻る。

胎盤

図中の用語を左上から、右下に向かって以下に示す。 絨毛 (Villus)、 海綿層 (Stratum spongiosum)、 母体血管 (Maternal vessels)、 胎盤中隔 (Placental septum)、 周縁洞 (Marginal sinus)、 絨毛膜 (Chorion)、 羊膜 (Amnion)、 栄養膜 (Trophoblast)、 2本の臍動脈 (Umbilical arteries)、 1本の臍静脈 (Umbilical vein)、 臍帯 (Umbilical cord)、いわゆる「へその緒」。なお、臍動脈と臍静脈の色は実際とは逆に描かれている。(ウィキペディア記述より引用)
「胎盤」の主な機能は母体側と胎児側の代謝物質交換、ガス交換や胎児側への免疫学的支援です。母体(母親)が胎児を守る根源的な構造と言えます。また、ホルモンを産生し、妊娠を維持する。胎盤は分娩時、胎児のあとに後産として娩出される…とされるように、直接、繋がるのではなく、お互いの毛細血管が絡み合うように、間接的(交換)に繋がっていいます(接していない)。余談ですが、これによって母体と胎児は必ずしも同じ血液型ではないのです。何にせよ、胎児を守る為にある(内外は逆ですが…)大切な器官です。

これは、何かに似ている……ズズズズズズッ……そう、アレです……。




「八卦の封印式」は「胎盤」(そのもの)だッ!!!

封印された九尾の「魂」(陽のチャクラ)とナルトは「臍の緒」を介して、肉体を共有していると、僕は考えています。屍鬼封尽による九尾の肉体(陰)の「死」をナルトの肉体をもって補完している。九尾の「魂」の存在を維持する為の「器」としてナルトは在る…仮定しています。

「八卦の封印式」はナルトと九尾の接合のクッションになって、九尾側からの攻撃や交渉に備えて防壁を張っているのです。構造的には「胎盤」に酷似しています。封印の作業はミナトが行ったのでしょうが、この「胎盤」にも酷似した封印式に母親でありクシナの存在感を猛烈に感じています。まんま、母親の愛情だから…我愛羅の亡き母・加流羅が残留思念として我愛羅の防御力となったように……。ここで<ズズズズズッッ…>と行きたいところですが、もう少し考えてみます。ナルトの母・クシナがどこにも存在しない理由を……。

取り敢えず、「臍の緒」→「胎盤」と言う関係が「臍の緒を切ったばかりの…」のナルトに九尾が封印された必然性を物語っていると、僕は考えているのです。この時期に関して「九尾事件」の闇が存在するんですが、それは又、別の機会に…。トビ(マダラ?)の情報が少なすぎる上に、思わせ振りが多過ぎる(笑)。

ところで、巻き物蝦蟇が言った「八卦の封印式」の「四象封印を回す」…と言うのは、九尾とのシンクロ率(つながりの強さ)を高めるのに似ています。絡み合う毛細血管のクリアランスが狭まるような感じだと思います。得られる「力」も多くなりますが、九尾からの「攻撃」や「汚染」もそれに比例して増加するものと思われます。

同時に、九尾の「魂」もナルトからの何らかの「栄養」を与えられて存在している。その交換を「八卦の封印式」を介して行っている。九尾も「魂」だけの存在ですから単独では生きられないのです。その意味で、二人は一蓮托生の間柄(正に「陰陽」)と言えます。その描写は三竦みの戦いで、ナルトがカブトの最後っぺのような攻撃で瀕死の重傷を負った時に残されています。

「暗いィィ…暗いィ……ぞォォ…なぜ暗くなるゥウ…ワシの力が…なぜ……」

この時、綱手の医療忍術による必死の治療がなければ、二人は死んでいた事でしょう(19巻/118頁)。同時にナルトが死ねば、九尾も死んでしまう。「陰陽論」を用いて説明するなら…「生」はその精神と肉体との結合。「死」は両者の分離…という事になり、「体」だけでも、「魂」だけでも生きていられないと言う、自然の理(ことわり)が上手く説明できます。

ミナトが九尾の「陰(かげ)のチャクラ」を屍鬼封尽したのは、九尾の悪しき考えや、記憶=脳の機能をナルトに触れさせたくはなかったのではないか?と、僕は考えています。ミナトはナルトを守ろうと必死に考え、行動したのだと思います。「魂」は精神の「陽中の陽」。言うなれば「無意識」。邪悪な考えや性格などと言うものは「心」に宿るものなのではないか?それが「陽中の陰」たる「心」の由縁かとも思います。ミナトもそれだけは阻止したかったんではないかと思います。ナルトが九尾の邪悪な「心」に染まってしまうような事はあってはならない!と考えたのでしょう。だから、自分が墓場まで持って行った。男らしさの極地とも言える行動だと、僕は考えています。

ナルトと九尾は体を共有している。九尾の赤いチャクラはナルトの経絡系で生成されている事になります。チャクラが精神+身体のそれぞれのエネルギーを練り込んで発生している生体エネルギーですから、九尾のチャクラを練る身体エネルギーはナルトのそれを使用している事になります。つまり、ナルトの身体エネルギーは最低でも九尾の「四本目」に匹敵するレベルには達していると言う事を意味します。

しかも、同時に「毒」とも言える九尾のチャクラから自分自身の精神や肉体を守る為にナルト自身のチャクラも練っている訳ですから、それを考えれば、大蛇丸やヤマトすら想像を絶するようなチャクラを生み出すナルトのキャパシティは相当なレベルにあると言えます。ナルトに九尾を封印したミナトの本意が、ナルトの強化にあるとするなら、それに沿う成長をナルトは重ねていると言えるのではないでしょうか。

怖いのはトビ(マダラ?)の存在です。マダラは九尾が欲しい筈です。口寄せして自分の「力」にできるようですから。ナルトの中の九尾は、今回の仮説を受け入れるなら、「魂」だけの存在です。九尾の実体を必要とするなら、ナルト自身の乗っ取りを考えているんじゃないでしょうか?

もしかしたら…。マダラの目的は…ズズズズズズズッ……




ナルトの完全な九尾化!?

八卦の封印式の除去。ナルトの魂の消去。ナルトの体(陰)を利用した九尾の完全復活がマダラの目的だとしたら…嫌だな。その為にサスケを鍛え、ナルトと全く逆の方向に奔らせてるとしたら、マダラって、どんだけのワルなんでしょうか?思い通りになってはいけない。これからの闘いは「自分」が試される闘いだと、僕は考えています。流転する状況の中で、後悔のない判断を下し、それを断行できる決断力が試される。如何に「自分」を保っていられるかが勝敗を分ける。つまり、それはアイデンティティのぶつかり合い…そのものです。過酷な状況の中で自分を保つ心構え…それってまんま人生じゃないか。

ふと、子供の頃に読んだ「物と心」(小川国夫)を思い出しました。

確か、兄弟がスクラップの中からナイフを見つけだし、それぞれが一本ずつ研いで、その中で「兄」に対する「自分」を意識する「弟」の姿を描いてたと思いますが、それを思い出しました。その中で、弟は兄の研ぐナイフが自分の研ぐナイフより鋭く良く切れる事に揺れるのです。自分は「丸刃」にしてしまった…。その様を、兄が砥石でナイフを研ぐ様に準えて、ジワーッと表現した文章だったと思います(また、読んでみようかしら…フフ…)。

「心」は「物」に影響されるのです。物質の中で生きる「人」としては、その「心」の満足を求めてしまうものです。それを「欲望」と呼ぶのだと思います。それは決して悪い事でも、忌むべき事でもありません。自然の有り様なのですから…。でも、それが全てではないとも思います。「陰陽論」を引っぱり出して考えるなら…その答えは「物質の対極」にあるんではないかと、僕は考えています。

本当に大切な事はもっと深くにあるんじゃないでしょうか。有り体に言ってしまえば、「心」の満足と「魂」の満足は違うと言うことです。もっとも、「物質」にまみれて生きる僕に「魂」の満足など説明できる筈もありません(笑)。木の葉崩しの終盤、ナルトと我愛羅の死闘の果てに、その問いに対する答えの仄かな香りを感じるシーンがあります。

「…一人ぼっちの…あの苦しみはハンパじゃねーよはぁ…
お前の気持ちは…なんでかなぁ…痛いほど分かるんだってばょ……」

最後の「力」(チャクラ)を振り絞って我愛羅をぶっ飛ばしたナルトが這いずりながら我愛羅に詰め寄ります(16巻/62頁)。全てを出し尽くした、チャクラもなにもない。ホントの空っぽになった…。この時、二人は「忍」でもなんでもない、ただの「人」であったのです。歩く力すら残されてはいなかった。そして、考える力もなかった。つまり、「魂」だけがそこに在ったのです。

そして、ナルトの「魂」は我愛羅の「魂」に語りかけずにはいられなかった。そして、我愛羅の「魂」もこれを受け入れた。この時、ナルトと我愛羅の「魂」が触れあったのだと、僕は考えています。

「オレの大切な人たち…傷つけさせねェ……
でなけりゃーお前を殺してでも…オレはお前を止めるぞ……」


これは我愛羅にとって信じられない考え方だった筈です。否、気付けなかったと言った方が良い。そして、探し求めていた答えだったのかも知れません。意表を突かれたような沈黙の後、我愛羅は「…愛情…」と呟き、夜叉丸の事を思い出していました(16巻/64頁)。そして、我愛羅はこのナルトとの「魂」の触れ合いを機に「人」としての歩みを始めるのです。

「すまない……」

「…こんな弱りきった我愛羅は初めて見るじゃん」とカンクロウが驚くほど疲弊した我愛羅を回収して搬送する時、我愛羅はカンクロウとテマリに詫びています(16巻/69頁)。二人が吃驚していましたね(笑)。その信じられない我愛羅の言葉が我愛羅の「魂」の満足を物語っているのではないかと、僕は考えています。我愛羅の「魂」は満足できた。だから、我愛羅は「感謝」できたのです。

「感謝」とは「魂」の貴い反応なのだと思います。だから、誰にも教えられなくてもできる(筈です)のです。それを忘れている人はこの世の中に大勢いますが…(汗)。我愛羅もこの時、思い出したのかな…?ナルトが思い出させたんだな…。

もしかしたら、ナルトが必死で守ろうとしたサスケとのつながり。あれは、ナルトの「魂」の欲求だったのではないでしょうか。一方、サスケは憎しみの「心」に縛られていたから、それに気付けなかった。きっと、いつの日か、我愛羅を変えてしまったように、ナルトがサスケと「魂」の触れ合いができる日が来るんではないか?そんな期待が、僕の中でざわめき立っています。

その為には、「魂」だけが剥き出しになるくらいヘトヘトになるまで全力で二人が闘う必要があると思います。男の子同士ですから、勿論、拳と拳で…心置きなく…。それが、二人の闘いの必然なのだと思います。そして、空っぽになった二人が触れ合う時、真に解り合える時が来るのだと…期待しています。祈っています。切望しています…。

「ありがとう…」

僕は信じている……。

サスケが、その言葉をナルトに伝えられる日が来る事を…。

第373話「師弟時代…!!」 | BLOG TOP | 第372話「泣いている国!!」

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。