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第372話「泣いている国!!」

 
「死んだとばかり思っていたが…
まさかペラペラの紙になっちまってるとはの…」

小南は「使いの天使様」と雨の下忍に呼ばれていました。でも、あのおしゃべりの下忍は生きてた。自来也は下忍の身体に巻き付いた小南の紙だけを燃やしたんだ。でも、恩知らずの下忍は<ダッ>と逃げちゃいました(汗)。それに以外と身軽でした(笑)。でも、自来也の知っている小南はこんな「ペラペラ」ではなかったようですね。

「ペインとは何者だ?」

自来也の問いに小南は「先生には関係の無い事よ」と返しました。小南も「先生」と言うんですね。小南は紙を集めて大きな翼の形に変型させます。翼なんか無くても端ッから宙に浮かんでますし、脚すらないから…(笑)、あまり関係ないんですが、下忍に「天使様」と呼ばれてたのは、この姿で人前に出て「お告げ」を発してたからかな…。

「神からの命令よ。アナタを殺す」

大きな両翼を羽ばたかせ紙の先を尖らせて<ブワッ>っと放ちました。紙のクナイと言ったところです。自来也も50歳を超える高齢者とは思えない身のこなしでこの攻撃を躱し、「蝦蟇油弾」で反攻します。以前、三竦みの戦いで口寄せしたガマぶん太が口から吐き出したのと同じ成分の可燃性の蝦蟇の油でしょう。ホントの闘い(笑)なら、このまま着火するのでしょうが…。この油が切り傷にも効くのか?どうかは未確認です(笑)。

「油でくっついてバラけまい!」

小南の特性の「紙」は自来也とは相性が悪いようです。それに、思ったほど強くない…(笑)。ここに来る前にペインに対しても、「アナタが来るまで相手をしておくは…」みたいな消極的な発言をしてたから、小南も自来也との相性の悪さや相対的な強さの見極めは出来ていた気がします。小南は戦闘タイプではないのかも知れません。自来也のエクステが既に小南を拘束しています。それにしても、あのエクステ…かなりの距離を伸ばす事ができるようです。

「折り紙が好きなお前はあの子たちの中でもとりわけ優しい子だったのォ…
他の二人はどうした?死んだという噂は嘘なんだろう?」

この自来也の台詞で、小南が三代目の回想にあった自来也の弟子である予想が外れた事に気付きました(笑)。ペイン=大仏かと思ったんですが、全く関係なかった(滝汗)。他の「二人」ですから…。それにミナトを含まれる筈はないから。しかも、ペインの額当ては雨隠れのものでした。その意味を重く受け取れば、あの考察はなかった…と、反省してるくらいです(笑)。額当てに傷を付けようが付けまいが、それを身につける意味は軽くない。非常に勉強になりました…(脂汗)。

「ペインとは、あいつらの内のどちらかじゃの?」(自来也)

「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」(小南)

「そんなつもりは無かった。お前たちが"暁"でなければの
死んだと聞いていて…それがまさかこんなことになるとはの…」(自来也)

「あの時…あの時、大蛇丸の言う通りにしておけば…そう思ってるのね…
けどアナタは私たちを助けた。もう遅いわ…私たちは彼の思想の下、動き出した」(小南)

「ペイン…間違い無く、あの子じゃの」(自来也)

戦意を失ったかのような小南と自来也の会話シーンを見て、小南は自来也を好きだったんではないか?と、僕は疑っています。妙に女の子っぽい機微があると言うか…。まるで昔付き合ってた同士が、過去の行き違いを言い合うような…愛憎みたいなものを感じました。ペインと話している時の無機質な小南とは明らかに違う…。揺らいでいるような、人間臭さを感じるのです。二人のこの会話から黒バックの回想シーンに突入して行きます。

雨宿りをして休んでいる自来也、綱手、大蛇丸の三人組に難民の子供が物乞いに来るシーンです。若き日の自来也は、自分が食べようとしていた乾パン…残りの三個を分け与えます。子供たちの親は今回の戦で殺されてしまった。「この戦争で忍に殺された」と言う子供の言葉に綱手と自来也は「………」と沈黙しています。場所は子供たちの話から川の国(雨隠れ)と思われます。図らずも、この子らの街を戦場にしてしまった…。間接的であれ、この子らの親を殺した罪の意識を感じたんだと思います。

時系列的には「忍界大戦」の最中。自来也の隈取(くまどり)から推測すると、例の「山椒魚の半蔵」との闘いより以前、つまり「三忍」と命名される前だと思います。自来也の隈取が若干短いです。これまでの経時変化から察すると年齢を重ねるに従って自来也の隈取は伸びています。今はおじいちゃんだから顎まで伸びてる(笑)。綱手の様子からして、縄樹の戦死の前の筈です。これも屍体安置所の自来也の隈取よりも回想の隈取は短いので違和感がない。つまり、相当前のエピソードと言う事です。三人のベクトルとしては、闘いが終わってこれから木の葉の里に帰る途中と考えて良いでしょう。

「ありがとう…コレ、お礼」

子供達は三人いました。名前は「小南」「弥彦」「長門」。中でも弥彦がリーダー的存在で外交的でしっかりしています。小南は優しい女の子で、乾パンをくれた自来也に乾パンの包み紙で花の折り紙を作って手渡します。小南は手先が器用な子だったんでしょう。折り紙が得意な優しい女の子だった。お腹をヘラしてる二人に食べ物の折り紙でも折ってあげたりしてたんじゃないでしょうか。小南は自来也がくれた乾パンが嬉しかった。美味しかった。子供らしい「お礼」に自来也も思わず微笑んでいました。

現在の小南もこの時、折ったのと同じ(ような)花飾りを髪に刺しています。それは、この出来事が嫌な想い出でなく、むしろ忘れられないものであった事を意味しているのだと、僕には思えます。あの時、自来也に手渡した「お礼」の花の折り紙…小南には大切な想いがこもっていたのだと思います。もしかしたら、この花飾りは小南の「額当て」のような存在なのかも知れません。つまり、身につけるからには相応の意味がある…と言う事です。

「殺す?この子たち」

自来也と対称的な反応を見せるのが大蛇丸です。「ずいぶん戦争孤児を見てきたけど惨いものよ。いっそのこと、ここで殺してやるのがこの子たちにとっても…」と言う大蛇丸。この子たちの将来を考え尽くした上で、この選択を下したのだと思います。これが大蛇丸なのです。この考えの前提には、「この子らをこのまま放置しておく」と言う誰もが目を背けて通ろうとする「現実」に厳しい目を向ける大蛇丸の冷静さがあるのです。

「よせ大蛇丸!…お前は綱手と先に帰ってろ。ワシはしばらくこいつらの面倒を見る」

自来也も大蛇丸の考えは理解していたと思います。「多少、自律が出来る様になるまでだがな。これがせめてもの償いだ」と付け加えています。これは大蛇丸の考えに対する理論武装ですが、この考えを導き出したのが大蛇丸の「殺す?」なのです。大蛇丸が自来也を煽ったのかも知れないとまで、僕は疑っています(笑)。大蛇丸も小南の花の折り紙を見た事でしょうし、こんな子供をそのまま放置してしまったら…それこそ「罪」だと考えた。これが大蛇丸の「優しさ」なんです。これはもう類い稀なる想像力の賜物と言って良い…大蛇丸の素晴らしき才能なのです。

「はぁ!?」

綱手のこのリアクションは、大蛇丸と二人きりになる事に対するもので、完璧な「照れ」です。縄樹の戦死以前のエピソードと仮定すれば、勿論、ダンとの出合いもない。歳の頃も20代前半でしょうから、恋愛が何にもまして第一義のお年頃…。邪魔な自来也がいなくなるなんて嬉し恥ずかしじゃないかっ!!と言う乙女らしい反応で、決して子供が嫌いとかウザイと思うような薄情な女の子ではないので、あしからず…(笑)。

しかし、小南やペインと大蛇丸は「暁」で再会してる筈です。その時、小南はどう思ったんでしょうか?ペインは何を感じたんでしょうか?小南が自来也に言った「あの時、大蛇丸の言う通りにしておけば…」と言う台詞…。小南は大蛇丸の優しさの本質を見抜ける子だったんでしょうか…?大蛇丸って誤解され易いから…。それに弁解もしない人だから…。「暁」でも結構あったんじゃないかな…きっと。でも、そこでの回想も見てみたい気がします。「その髪飾り…アナタ…まさか…」なんて大蛇丸が言ってたら感動ものですね。それに、小南たち(「暁」)の側から大蛇丸にアプローチした線も残りますね…。

結局、自来也と三人の子供たちとの生活が始まりました。川の国だけあって、魚が一番手近な食糧なんでしょう。大きな魚とイワナのような魚を焼く自来也のカットがあるので、最低でも二日くらいの経過が読み取れます。その中でも一番雄弁で考えがあるのが弥彦です。先の小南と自来也のやり取りで「彼の思想の下…」と言うのがありましたが、思想家と言うなら素質的には弥彦でしょう。

「ボクらは皆、家族を殺されたんだ!
分かり合うなら相手を同じ目にあわせてからだ!それが痛み分けってことだろう!
でも…そんなのムリだってことぐらい分かってる。だから戦争はなくならないんだ!
雨は嫌いだ。この国はいつも泣いてる……弱虫だ。僕がこの国を変えてやるんだ
みんなを守る!!」

僕はこれをペインの「思想」だと感じました。弥彦がペインなんでしょうか?「だから、自来也先生!オレたちに忍術の修行をつけてくれ!」と、しっかりと自来也を見つめて話しています。弥彦には目的をもって生きるバイタリティを感じる。これは大切なリーダーの資質であります。自来也も戦争の一端を担っている「負い目」を充分に感じてます。そう考えてしまう優しい人ですから…。こんな経緯で自来也はこの子たちに忍術の修行をつける事になったのでしょう。だから、自来也は小南やペインに「先生」と呼ばれている。

そんな中、事件は起りました。やはり、決して弱くない雨が振り続いていました。

「自来也先生、大変!弥彦と長門が…!!」

小南は今はあんなキツイ口調ですが、自来也を心底、信頼し切っていたようですね。追い剥ぎが襲ってきた時、いち早く自来也に助けを求めに走ったのでしょう。男の子二人が小南を庇って逃がしたのもあると思います。三人とも優しい子だったのです。しかし、現場に駆け付けた自来也が見たものは、大量の血を流し絶命したと思われる忍の変わり果てた姿でした。

「こいつは岩隠れの中忍か…一体どうやって…」

装備品や衣装で判別が付くのでしょう。まだ忍術の修行もしていないような子供相手にどう転んでも殺られるタマではない。自来也はそう考えたのでしょう。「…そしたら長門の…奴が…」と言う弥彦の言葉の先に呆然と立ち尽くす長門。その「眼」は明らかに、ペインのそれでした。こんなに大人しくて泣き虫の内気な男の子が…。「私たちは彼の思想の下、動き出した」と言う動機には程遠い存在感の薄い子が……。しかし、この「眼」…もしかして、血継限界…?!

「こ…この眼は……!!…この子…まさか…!?」

先の小南とのやり取りで「ペイン…間違い無く、あの子じゃの」と自来也は言ったけど…。ペインは長門なんだろうか?そして、自来也はこの「眼」について知っている様子です。つまり、自来也はペインの能力に関しては理解できたわけです。『ヨシッ!任務完了!!』…もう充分に情報収集はできたんだから、早いとこ逃げちゃって下さい。それが無理なら、木の葉から、ライドウでも誰でも良いから、助けに来いやァァァァッ!!!!体中の関節外して、あの狭い蝦蟇の食道を抜けて来てみろやァァァァッ!!!!(プライドの高田総帥風)

それと、有り得ない期待だけど、自来也が操っていた雨の下忍。スタスタと逃げちゃった彼。あれが自来也の変化であって欲しいと思うのは、いけない事ですか?これは罪ですか?!(笑)

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