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第517話「オモイの”戦争”!!」(後編)

 
キリ…ザジの治療を頼む
次来るぞ気を抜くな!」<プチン><プチン>(カンクロウ)

(仲間の死を嘆くヒマもないのか…
戦争ってのは…)
(オモイ)

<ザッ><ザッ>

「って考えるヒマもねーのかよ!!」<カチャ>(オモイ)

<ギン><ギン><ザッ>(とりあえず
雲流三日月斬り!!)
(オモイ)

キリってカンクロウと作戦を検討する筈だった黒髪短髪の忍ですよね。頭が相当切れるのかな…と思ってたけど、それ以外に医療忍術が使えるようです。キリのボディアーマー(防弾チョキ)からすると砂隠れでしょうか?カンクロウともツーカーの仲なのかも知れません。頭が良い(切れる)といえばオモイの心配性はいろんなシミュレーションが瞬時に行えるからで、オモイも相当賢いんじゃないかと、僕は考えています。その意味ではシカマルっぽい?!ただ悲観的に物事を見てしまう傾向があって、グジグジしてるようにも見えますね。そして、悲観的なオモイの視点で展開される第四次忍界大戦の緒戦である奇襲部隊の衝突を描いてるんだけど、ちょっとは考える時間をくれよと、オモイは苛ついているのです。

ホントだったら数十手、下手したら数百手をシミュレーションして、その中から最善手を抽出して最大の効果を最小の被害で実現するのがオモイ流なのかしらと思えるのは、「雲流三日月斬り!!」の前に付け足された「とりあえず」であります。そんなエクスキューズがシカマルと似てて、やだ…この子ら似てる…と、ホッペが紅く染まってしまいました(←そ、そっち?!)。ちなみに「三日月斬り」とは今は亡き月光が第一部の木ノ葉崩し前夜に砂隠れのバキ(だって)相手に繰り出した「三日月の舞」(第11巻/33頁)と少しは関係あると、僕は見ています。そもそも「剣技」とは源流があって、そこから派生・発展して行くもので、「雲流」とか「木ノ葉流」と宣言するところに源流の解釈の違いがあるのでしょう。


<ザザザザザザ>

「!!?」(ザジ)

「トクマさん!!ランカさん!!」(ザジ)


「また仲間!?
操られてんのか!?」
(オモイ)

「!!」(また!?)「上だ!!」(ザジ)

「!!」

トクマやランカはサソリの傀儡の術にハマって操られてて、これはチャクラ糸で繋がれてるだけでなく、か何かで神経系を麻痺させられてるんじゃないかと思います。或いは、サソリの特殊なチャクラを流し込まれ神経系を乗っ取られるかしててるんだと思います。これが人傀儡だったら最悪で経絡系ごと乗っ取られるので、血継限界であろうが特異体質であろうが使いまくられる筈です。だから、個別の力量が敵戦力にそのまま移行してしまうので厄介です。この場合、トクマもランカもクナイを持って暴れてて二人の特殊な戦法とか体術は使われているようではないので、単なる傀儡人形として使い捨てる腹でしょう。しかし、完全に死んでない仲間を仕掛けさせ動揺させようとする狡(こす)さに溢れてて生理的に嫌です。


<ドッ>(サイ)

<ゴッ>

<ガラガラ><ザッ>


「ナイスだサイ!」(カンクロウ)

「…てめーら…」(カンクロウ)

「うっ…」(白髪トクマ)

「こいつらまだ生かしてある…
さて…どうする…うん?」(デイダラ)

「きたねー手使うじゃん」(カンクロウ)

「貴様ら許さねェ!!」(ザジ)

「サソリ…居るのは分かってる
出てこいよ」
(カンクロウ)

「ホウ…
やっぱ傀儡使いなだけあるな…うん」(デイダラ)

「お前らも奇襲部隊だな…
…こうやって奇襲部隊同士がカチ合うのは
珍しいじゃん…」(カンクロウ)

「フン…ここで戦った方が奇襲を成功させられる
この戦争はオイラ達が出始めだ…
ここでの勝利が戦争の流れを決める…うん!!」(デイダラ)

「オイラ達はぜってー負けねェ…なぜなら…

不死身って奴だ!!うん!」<ゴキ>(デイダラ)

デイダラがこんな風に目的意識を持って積極駅に作戦を成功に導こうとするのは腑に落ちませんが、カブトの穢土転生の術式が木ノ葉崩しで初代と二代目を召還した穢土転生と違う札を使ってて、ある程度、魂の性格とか自由を残してると示した行が、カブトの目論見を臭わせてて、忍連合側に穢土転生部隊が一斉に寝返る目もあるかしら…と期待してまして、そうなればチヨ様がまた転生忍術使って誰かを生き返らせたり(発動可能か?疑問あり)、それがアリなら長門がも一度、外道・輪廻天生の術を使っても良いと思います罠。しかし、それやっちゃうと命が軽々しくなってしまいます。そもそも穢土転生がこれまでの『NARUTO -ナルト-』を否定してる文字通りの「禁術」なのであまりややこしくしたくない(笑)。

しかし、例えば長門やイタチが九尾のチャクラを完全にコントロールしたナルトの<チリ><チリ>を見たらどう思うのか?物凄く興味があります。それとイタチが与えた「イタチの力」についてですが、僕は完全覚醒時のナルトの首にぶら下がってる六つの勾玉(六道の勾玉…八尺瓊勾玉=御神器)がイタチが与えた烏(ナルトにゴックンさせたヤツ)だと考えてるんですけど、ナルトの勇姿をイタチが見たら何と思うんだろう…と、魂の自由がある程度認められているカブトの穢土転生で長門やイタチが何をか伝えられたら少しは喉の奥の酸っぱさが治まるかしらと思います(笑)。しかし、長門やイタチの眼はどんな風に再現されるのか?白目が充血したみたいになるのかな…見た目がアレでちょっと嫌だな…。


「!」(サイ)

「逃げろ弟よ…!
こんな体だ…お前らに勝ち目はない…!」
(根)

「兄さん!!?」(サイ)

「!」(オモイ)

<カチャ>「不安がってるヒマはねェ…」(オモイ)

「仲間を傷付けさせるよーなやり方
オレが絶対許さねェ!!」
<スッ>(オモイ)

カブトが霧の中吉の次に”根”としたのは、そもそも”根”に名前がないからだと思われます。サイにしたって第七班に潜り込む時に仮に与えられたコードネームに過ぎないし、きっと名前がないから”根”と呼ぶしかなかったんだと思います。そして、それが案の定、サイの兄さんだった…。サイらしくない驚きに満ちた表情で「兄さん!!?」と呟きます。そして、それに反応するのが”考え過ぎのオモイ”…こういう通り名が最適だと思う…でして、キラビを慕い、口うるさい姉弟(きょうだい)弟子のカルイをホントは心配しているオモイらしい琴線の振るわされ方だな…と思いました。雲流三日月斬りの後、鞘にしまわれた相棒を静かに抜く。その時、「不安」「覚悟」に取って変わる…僕はこれを「成長」と認識しました。

ほんの一瞬でも人生を変えてしまうような出逢いや別れ、気付き…というものがある。難しく言うと「一期一会」なんだろうけど、この際、そんな事はどうでも良いと、僕は思ってる。逃げ場無し、自分が何とかしなきゃなんない。誰にも頼れない。誰も助けてくれない。それが「人生」だから、「不安」「覚悟」に変えて人は立ち、歩み、闘えるのです。そして、オモイもまたそれに気付けた。これを「成長」と言わずして何と言いましょうか。しかし、オモイが義憤に任せ、何の策もなく刃を振り翳した訳ではないと、僕は信じてます。オモイの相棒…その柄(グリップ)の模様…大蛇丸が木ノ葉崩しで喉の奥から引き出した剣に凄く似ています。ダルイの「竜牙鉈」(仮称)もそうだけど、剣士の里らしい業物かと…。

「草薙の剣」かも知れない…って、僕はふと思ったんだ…。

この局面…「封印剣」の臭いが立ち籠めいてる…。



 

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