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第374話「神への成長!!」


「変わったな、長門」

先制はペインが取りました(実は「先生」からかな?とヤマ張ってました…笑)。口寄せで大海老(?)を召還。大海老が口から吹く泡で自来也を小南ごと攻撃します。(教え子だけあってワシの弱点を突いてくる。油を洗い流す気だの)大量の泡が辺り一面を埋め尽くし、同時に小南に纏わり付いた蝦蟇の油を洗い流しました。仲間の救出と敵の攪乱を一気に済ませる、かなり効率の良い攻撃でした。自来也とペインの相性の悪さを感じます。これは…(滝汗)…自来也、ピィ~ンチッ!!

「乱獅子髪の術!!」

自来也は物理的な攻撃方法として「髪」を好んで使いますね。三竦みの対大蛇丸戦でも「忍法・針地蔵」を使っています。「針地蔵」を防御寄りの術とすると、「乱獅子髪」は攻撃寄り。しかも、かなりの遠距離に及ぶ術だと言えます。ペインとの位置関係からして30~50m程度は攻撃範囲でしょうか。接近戦では(業火?)螺旋丸があるし(きっと、他の術もあるッ!!)、自来也はかなりのアウトレンジからインファイト(近接戦)までをカバーするオールラウンダーですね。

ペインの口寄せの大海老を一蹴し、その勢いでペインを襲った「乱獅子髪」は獣の顎(あぎと)のようでもありました。「髪」=「咬み」と受け取れば、さながらライオンの顎のイメージですね。そして、その顎は小南を捕まえたようにペインを拘束します。ところで、この「髪」が自毛なのか?エクステなのか?判らなくなって来ました(汗)。チャクラによって伸び縮みする特殊な繊維とかがあるんでしょうか?チャクラに感応する素材はいろいろありそうだから、忍具の一つ(エクステ)と考えるのが妥当かな…。

二人が一気に間合いを詰めないのは、未だ探りあっている状態だからでしょう。二人の師弟関係も3年程度しかないし、お互いの未知の部分を多く残した段階で相手の懐に飛び込むのは無謀極まりない。それ以前に、二人とも言葉を交したいと思っている空気があります。随分と久方振りの再会でありますし…。純粋に相手を殺めたいのであれば、問答無用で攻撃するだろうし、自来也もペインを拘束できる間合いであるなら、切り刻む事もできた筈です。

少なくとも自来也は確かめたいのだと思います。それが、雨隠れに単身、潜入して来た意味でもある。小南に再開した時点で、自来也は驚いていませんでした。それは、小南を尋問する段階でも変わらず、「他の二人はどうした?」と、内定が既に済んでいたかのような進行でした。そして、ペインが長門であると認識した時点で「やはり…」と、自来也は言っていました。自来也には「暁」のリーダーに関する、ある程度の予感や疑念があった…のではないでしょうか。

長門が「輪廻眼」保有者だと言う事を自来也は知っていますから、きっと、その「眼」の持つ意味も充分に知っている。六道仙人の存在からも、その潜在能力は尋常なものでは無い事も分かっていた筈です。なのに、自来也は長門たちに生きる「力」を与えた。長門の輪廻眼が特別な存在である事を知りつつ、生かし、野に放った。それを自来也が判断して粛々と行った。ここに些かの違和感を感じてはいます。

今、この場で、その核心部分への言及は避けるにしても、一連の不可解とも言える難民の子供たちへの自来也の関与…特に「忍術」の伝授…それを決意させたのは、あの庵での長門との触れ合いで感じた…(ボクは二人は守りたい。どんなに痛みが伴うことがあったとしても)…と言う長門の「優しさ」だったのだと、個人的には思いたいです。あの時点でのその判断が自来也にとっての最善であり、それが「今」に及んでいる。それを、自来也は決して弁解なんかしてませんけどね…。

「弥彦はどうした?」

自来也は恐る恐る尋ねています。今、この場に居ない「弥彦」の消息。二人の内の残り一人。自来也のお気に入りは弥彦だったんだと思います。お気に入りとは相性が良かったと言う意味です。二人は気が合った。弥彦は、性格的に活発で、若き日の自来也に似ていたから…。別れの日も弥彦が一番、泣いていましたね。自来也も同じ気持ちだったと思います。あの別れは波の国のナルトとイナリみたいな感じがしました。波の国の別れではナルトとイナリの泣き方がシンクロしてましたね(笑)。

「ああ…いたな、そんな奴も」
「とっくに死んだよ、そんな奴は」

凍るような視線が自来也に向けられます。「死んだという噂は嘘なんだろう?」と言う問に小南は黙り込んでいましたが…。弥彦は本当に死んでしまっているのでしょうか?もし、ホントに死んでるとしたら、救いのない話だなぁ。でも、このペインの冷淡さは何でしょう。それと、ペインは一度も自分を「長門」だとは認めていない。自来也だけが一方的にペインを「長門」と呼んでいるだけです。

「長門…お前。一体、何があった?昔のお前は…」

自来也は優しくて泣き虫だったころの「長門」を思い浮かべています。とても、今こうして自分の目の前にいるペインと長門がリニアに繋がらないんでしょう。ペインと長門が同じ人格であるなら、ここまで変わるのはそれなりの理由やきっかけがあった筈です。

「何も…ただ戦いだけだ」

何を判り切った事を聞くのだ?と言うような物言いです。これは、小南が言った「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」と言った気持ちと同じだと思います。「先生はあれからの私たちを知らない」…つまり、自来也と暮らした3年間の子供たちでは、もうない…。しかし、これは悲しく辛い「戦い」の中で過ごして来た…と言う僻(ひがみ)に近いです。酷く嫌味な息使いを感じます。

「ここでは人が死にすぎる。それらの痛みがオレを成長させた」

ペインとは「痛み」。長門や小南の「あれから」の人生には、その「痛み」しか無かった。もしかしたら、自来也と過ごした3年間との対比が、その思いを一層、際立たせたのかも知れません。これまで出た、小南やペインの僻(ひがみ)にも似た言葉は自来也の「短すぎる慈悲」に対する苦情のようにも聞こえます。三人の子供たちにとっては、再び味わう「親」との別れにも似ていたのかも知れない。その意味では、子供たちにとっては、残酷な別れだったと言えます。

しかし、あの時…自来也が三人を木の葉に迎え入れてやる事は考えなかったのは何故でしょうか?長門は輪廻眼保有者で貴重(レア)な存在だった筈です。木の葉に連れ帰ってちゃんと教育すれば将来は大きな戦力になるだろう事は容易に想像できます。カブトも戦争難民として木の葉に受け入れられている筈です。だから、三人の子供たちと自来也の出合いと別れが解せないのです。もしかしたら、里の掟みたいなものがあったのでしょうか。自来也には子供たちの人生が重く感じられたのか?何にせよ、自来也の子供たちへの関与は考えれば考えるほど解せないことが多いです。

「無知で愚かな子供も、痛みを知ることで人へと成長する。
言うことも考えることも人のそれになる」

散々、出て来るペインの「成長」と言う言葉。これは自来也が長門に教えた…「どうするか…自分で考えること」と考えて良いと思います。つまり、充分に考えた…とペインは言っているのです。自来也が少しばかりの慈悲を与え、放ったらかしにした「無知で愚かな子供」も苦しんで苦しんで苦しんで、何とか「人」になりました……と、自来也には、さぞかし耳が痛かった事でしょう(笑)。

「だからと言って友への想いを捨てるのが大人になることかの!?」

自来也もペインの気持ちは充分に感じています。自分の手を離れた子供らがどんなに悲惨な人生を重ねてきたかも…推し量った上での言葉だと言う事です。しかし、自来也は「自分で考える」としか教えていないのは事実です。それを後ろめたく感じてもいる。この態度には、自来也の良心の確かさを感じます。だから、ちょっと腰が引けている。でも、ペインの言い分は「それとこれは別」とも言える内容です。ペインには甘えがある。しかし、自来也の立場からすれば、それを声高に言うのも大人気ない…。自来也の痛痒さが伝わって来るようです(笑)。

「先生…アナタはまだ人でしかない…
だがオレは無限に続く痛みの中で人からさらに成長したのだ。
そう…人から…神へとな。神となれば言うことも考えることも神のそれになる
先生…アナタはまだ人のまま…オレの言うことが分からないのは仕方がない」

ペインに言わせてみれば、自分で考えた結果が「今」。これは忠実に自来也の「教え」をこなして来た結果に過ぎないのだと…遠回しですが、自来也を責めているのです。「無限に続く」とは如何にも大袈裟で子供っぽいともとれるけど、それほど「辛かった」のだと、自来也を前に言葉が自然に流れ出したのでしょう。ペインもこの時とばかり、声に力がこもっているようです。静かな「愛憎」を感じてしまいます。

しかし、ペインの言う「神」は浅はかかな…とも思います。重ね重ねになりますが…「考え」は他者には伝わらないと思った方が良い。それを了承した上でないと人は辛くて生きては行けない…。しかし、ペインがやったように伝わらないからと言って「人」を辞めてしまうなど実際には出来はしないわけで、これは人が生きて行く上で常に寄り添っている「悩み」みたいなものです。この言葉は、何だか…僕の心にも刺さるなァ。孤独な気持ち。言い訳したいのも…仕方ないかな。

何をしても自分の考えが伝わらない…と感じた時に、ペインは自分を「人ではない」とする事で整合性を得ようとしたのでしょう。だから、自分で自分を「神」とした…言わば、「自薦の神」です(笑)。これは滑稽なことです。何があろうと、生きている限り、人は人だし、自分は自分です。それを受け入れないといけない。これを「アイデンティティ」と言うのです。この浅はかさにペインの「置き忘れ」を感じます。少なくとも僕は、どんなに優れた人物であっても、自分を「神」だと言って仕舞える人間を信じない。

※間違ってはいけないのは「死」とは完全な「無」です。何もない「闇」です。だから、ペインも死ぬ事に逃げ(られ)なかった…。人はどんな時も「生」にしがみつくしかないのです。それは「魂」の願いですから…。無意識の自分を信じて下さい。迷った時はそれが正解だと思います。生きる事は、決して恥ずかしいことではない。

「そこまでズレてるとはの…」

自来也は自責の念を拭えないでいます。ペインを生んだのは自来也自身なのですから。そして、自来也がここに居るのは、大蛇丸があの時に言った…「殺す?この子たち」を噛みしめた結果なのです。その含みを受け入れて読み返すと…何だか自来也の、この時の物言いが大蛇丸に似てるから笑えたりします。この時ばかりは、自来也に乗り移った大蛇丸が喋っているかのようです。もしかしたら、大蛇丸のサブリミナルな教育が自来也を突き動かしているのかも知れませんね(笑)。

凄く余談なんですが、自来也が大蛇丸の里抜けを止めようとした時に大蛇丸が言った…「どこまでもめでたい奴ね。自来也。何をするにも考えが足りない。そんなんだから私のやっていた事にも気が付かなかったのよ…」(27巻/38頁)と言う台詞が、ペインの存在を言及する事だとしたら、大蛇丸がやろうとしていた事は何だったのか?気になって来ます。それと、ナルトが螺旋丸を会得した瞬間にも血相を変えてナルトを殺そうとしましたよね(「暁」にナルトが渡ると面倒な事になるとか何とか言って…大蛇丸の考察参照)。あれも…その真意は何だったのか?も一度、探る必要があるかな…。

大蛇丸は、かつて難民の子供たちとすれ違った。そして、同じ組織…「暁」で一時的にでも行動を共にした。大蛇丸の考えの深さを考慮すれば、それを無為とは考え難いです。大蛇丸の行動の目的にペインの存在が(少しでも)あったとしたら、説明し易い事は多いです。今のところ…死んでいる大蛇丸(笑)。何とかして、もう一波瀾あって欲しいところです(横道に逸れまくりですが…大蛇丸の「いつみても波瀾万丈」があるなら是非とも観たいです。きっと、涙でボロボロになると思いますが…)。

「人の時には見えなかったものが神となった今は見える。
そして神だからこそ人には出来ないことが出来ることに気付く。
簡単に言えば人からの進化だ」

何故だか、小南は沈黙を守っています(笑)。人前でペインの言葉を遮らないようにしてるんでしょうか。だとしたら、大和撫子だなぁ。確かに、ペインは大した「眼」を持っています。三大瞳術の最高峰…「輪廻眼」です。それがもたらすパフォーマンスは人知を超えている事でしょう。どんな能力かは未だ判りませんが、「人」が恰も「神」であるかのように感じてしまう能力だと言う事になる。例えば、命を奪ったり、与えたりしてしまえるような…(汗)。

「お前は一体、何をする気だ?」

これは自来也の巧みな話術と考えて良い。ここまで来て、やっと気付きましたが、自来也はペインを憤らせずに「ペラペラ」と喋らせています。これが自来也の尋問スタイルなのでしょう。「確かな情報元」とは結局、自来也自身だった。危ない橋を渡りまくって(蝦蟇の食道を通りまくって)、自分で情報を集めた…。自来也の豊かな情報収集能力を感じます。自来也を一瞬でも疑ってしまった自分がバカでした…(滝汗)。ちょくちょく姿を暗ましては、ひょっこり姿を現わす自来也。人知れずタイトロープを渡ってた。おじさんも頑張ってたんですね…。

「この戦いだらけのくだらない世の中に終止符を打つ」
「それが神の御業(みわざ)だ」

この答えを発する前にペインは目を閉じて一瞬沈黙しています。この「間」は何だろうと考えると、ゾクッと寒気がしました。そろそろヤバいです。ペインも喋り過ぎる自分に気付き始めたのかな…と、思いました。自来也に乗せられてる自分に気付いたのかも知れません。二人の静かなやり取りは見応えがありました。実際にその場に居たら、きっと「冷たい汗」を流してた事でしょう(冷汗)。

「それが目的なら、何故"尾獣"を集める?」

自来也のもう一押しです。でも、そろそろヤバいよ~ッ(汗)。パターン変えないと…とヒヤヒヤしてると、案の定でした(滝汗)。

「アンタはどうせ死ぬ。だから本当の目標を教えてやろう」

ペインも自来也の思惑には気付いていたようです。その上で、自来也に真相を暴露すると…言う。これは相当な自信と言えます。自来也もこの時点で、「……?」となっています。最早、昔の優しくて泣き虫の長門ではない。目の前のペインは倒すべき「敵」であると意を新たにしたことでしょう。

「"尾獣"を使って新しい禁術を造るためだ」

尾獣を集める目的は、何故だか、かなり前から…「こんな感じかな…」と、仄かな臭いを帯びていました。何故なら、人柱力と言えども「暁」の前には無力で、尾獣単体でもそれほど強い存在ではなかった…。そこで、夥しい量の禍々しいチャクラの塊=エネルギー源…と言う側面で尾獣を捉えれば受け入れやすい。『術=チャクラ+印(術式)』ですから…。尾獣を動力源にすれば強力な術を発動できると考えたのです。

「その術、一つ使用しただけで一瞬にして大国さえも潰せる…最大最強の禁術兵器をな…」

「禁術・天地開闢」(てんちかいびゃく)。この世を一瞬で無に帰してしまうような恐ろしい術。世界を消滅させてしまうような爆発(ビックバン)。これを「写輪眼の本当の意味」にまつわる術かな…とも思いましたが、「禁術兵器」とペインが言っていることから、核爆弾のようなパッケージなのかな…と考えるに至っています。口寄せで転送するICBM(大陸間弾道ミサイル)と言ったところでしょうか。ナルトの「八卦の封印式」でも感じたけど、尾獣は「核」に似ている。人が制御できるような「力」ではない…。

「争う国々にその禁術兵器を渡せばいいのだ。兵器を持てば必ず人はその力を使う。
億単位の数の人間が一瞬で死に絶える。そして人々は恐怖する!」

「人々が、国が、世界が、痛みを知るのだ!!」

ペインが考えるのは世界(天体)全体を破壊する規模の兵器ではなく、大国を吹き飛ばす程度の規模の兵器のようです。確かに一国が使えば、恐怖心の連鎖や報復で世界が終局に向かう方向に、波及して行くのは容易に想像できます。威力的にも「一瞬にして大国さえも潰せる」程度の大きさの方が、人が過ちで使う危なっかしい兵器としての位置付けには絶妙と言えます。誰も自分も一緒に死んでしまうのが判っていたら使わないですからね。

「その恐怖心が抑止力を生み、争いは無くなる」

この考え方は、現に今の世界を安定させています。第一撃(ファーストストライク)があったとして、その後の世界の均衡をシミュレーションする考えですから、封印像に封じ込まれた尾獣のチャクラから何度も「禁術兵器」が生産されると言う事なのでしょう。ペインも人を根絶やしにして、世界を終わらせてしまうよな考えは持っていないようですね。「神」になっても、独りぼっちは嫌なんでしょうか(笑)。

「この世界は今、まだ安定に向けて成長している途中だとも言える
痛みは世界を成長させる。かつてのオレがそうだったのと同じように
世界が成長し、考え、歩き出すようになるには神の手助けがいる」

「世界はまだ子供なのだ」

以上が、ペインが自分で考えた結果のようです(汗)。分別のない「魂」に与えられた自来也の不用意な命令(?)を忠実に実践した結果に過ぎないのですが、独善的と言わざるを得ません。何故、この考えが生まれるかと言うと、「痛み」を感じたと言いながらも、それでも、ペインは他者と繋がろうとしているからです。自らを「神」と言い切るなら霞を食べて生きれば良いし、独りぼっちでも寂しくないでしょうに。世界を「子供」としたのは、自分も「人」であると…口を滑らせたようなものです。ペインの考えはかなり脆いです。

「世界の成長のために痛みを教えてやる…それがお前の役目ということか?」

「冗談を言うようになったの…長門」と、温厚な自来也も軽~く切れましたね(笑)。瞬間、「乱獅子髪」の攻撃モードにスイッチオンです(汗)。「オレは平和主義者の神だからな」と言う、ペインの思い上がった言動が、自来也の…「里の狂気」の琴線に触れたようです(笑)。<ズボボボ>っと「乱獅子髪」がペインを貫きます。しかし、それは変わり身…(汗)。そこに「こっちだ、先生」と奇怪な口寄せ動物と共にペインの登場。変わり身なんて(先生が教えてくれた術だよね…)って感じで、ちょっと嫌味な「切り株」(汗)を使っていました。一体、どこから持って来たんでしょうか(笑)。回りくどい!!

「アンタはオレからすれば成長しきれてない小さな存在だ」

この言葉でもペインは「綻び」を露呈しています。ペインの「存在」とは自来也との対比で成立するような矮小な「存在」であると言う事です。現実問題として、ペインは他者を批判する事で自分を感じているのです。これは「相対」であり、「絶対」ではない。自分の「高み」と言うのは自分だけが判れば良い事で、それを他者に判らせようとする魂胆が、そもそも「小さい」と言えます。うちは虐殺の折、イタチはサスケに自分の「高み」を、くどくどと説明なんかしませんでしたよね!

「ガハハハハハ!!ガキにガキ扱いされとるとはの!
そもそもワシももはや人では無いわい!!」

自来也もきっとそう考えての高笑いです(笑)。そもそも、自分の「撒いた種」でもありますから…。ここで、自来也がわざわざ「人では無いわい!!」と言った以上は、それなりの覚悟があるのでしょう。また、自来也の奥の手の暗示でもあると思います。自来也の額当てが木の葉マークではなく、「油」と書かれ、おまけに「角」まで生えてる…その意味が明かされるかも知れません。で、自来也も口寄せ!にでます。今度の相手は「乱獅子髪」では対応できないと判断したようです。

「怒りに溢れた血の涙ァ!三忍語りて仙人に!妙木山の蝦蟇妖怪!!自来也様たァ~」

自来也も「血の涙」を流して生きて来たのですね(自来也の隈取りは「血の涙」だったんだ…)。辛い思いは皆しているのです。生きる事は「闘い」そのものなのだから…。自来也は三人に忍術だけを教えてしまった自分の過去を悔いている。同時に、あの時、教えられなかった事を、これから教えなければならない!と考えているのです。自分だけが辛いわけじゃないって事を…。

「うぐっ…!」

カッコ良く、上手に「韻」を踏んて見得を切るところが、つんのめって転んでしまいましたけどね。お約束?!(笑)

「やはり成長しきれていない…昔と同じドジだ」

ふと、「自来也と三人の修行は楽しかったんだろうな」…と感じました。戯(おど)ける弥彦。クスクスと笑う小南。大人しくそれを見ている長門。修行だから辛い事もあったろうし、しんどい想い出もあったでしょう。でも、螺旋丸の修行でナルトにアイスキャンディーを割って与えた無為の自来也の優しさが三人をほだして行ったのではないか…と僕は考えています。きっと、それは長門にとっても暖かみのある想い出に違いない筈です。長門の「ドジ」と言う言葉には、その残り香を感じます。乾いた…夏の夕陽のような…自来也の笑顔。

「コラー!!ガマケンさんよ!見得を切る所で揺らすなってのォ!!」

またもや、お初の蝦蟇です。今度の子はツノガエル風ですね(笑)。武器らしき二又の杖(鎗)と盃(さかずき)の楯ですか?(笑)大方の予想を裏切り……ガマブン太(菅原文太)じゃなくて、ガマケンさん。自来也が「さん」付けする口寄せ動物…。これは相当の大御所と言う事でしょうか。勿論、これって(高倉)健さん…でしょ?!ですよねーっ(笑)。

ガマブン太だったら、「仁義なき戦い」になっちゃうから…キッシーは、きっと「仁義ある戦い」にしたかったんだろうな…と思います。これは自来也の「仁義」を賭けた闘いですから。この世には、人生には、「痛み」以外の素晴らしきものが数多く存在します。それを、ペインたちに教えてあげることが出来なかった自来也の贖罪が、これから始まるのです。

「自分は不器用なもんで…」

そんな事、言わずに……頑張ってッ!!健さんッ!!

綱手が木の葉の里で「黄色いハンカチ」をはためかせて待ってる筈だから…。


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