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第375話「二大仙人…!!」


「こいつ相手に様子見は無い!最初から全力で行くからの!
仙人モードを使う!!」

先週号で自来也が言っていた「そもそもワシももはや人では無いわい!!」と言う言葉の、これが「正体」でしょう。自来也は口寄せの要領で掌を咬み切り、流れ出た「血」で隈取(くまどり)を書き足します。自来也はホントに「血」の涙を流していたんですね。そして、傷付けた掌を合わせて「印」を組みます。「仙人モード」の下準備のスタートです。

「あの二大仙人を口寄せする!!それまで時間を稼いでくれ!」

かつて、イタチ鬼鮫の2マンセルの木の葉強襲の折、「ああ、やり合えば二人とも殺されるか、良くて相打ちというところ…たとえ人数を増やしたとしても変わらないだろう」(16巻/179頁)と、イタチが分析していました。イタチの分析力は非常に精密で正確です。これが、万華鏡写輪眼のイタチが同じ眼を持つ者以外に脅威を感じる唯一つの描写であり、イタチの「謙遜」なのかな?とも考えたりしましたが、あながちそうでも無さそうですね。

イタチと鬼鮫がこの時点で「二大仙人」をイメージしていたかどうかは怪しいですが、ガマケンさんが「なっ…まさか…では!?」と、たじろぐような「仙人」を二人同時に召還できる…自来也にはどんな状況でも挽回できる自信が漲っていたのでしょう。人の「自信」と言うものは目に見えますから、たとえその根拠を知り得なくても、解る人には解るものです。余談ですが、この「解る」と言うのが大切で、イタチや鬼鮫が自来也を観察した時に、その「高さ」が解るわけで、誰でも解るわけではなく、解らない人も居るわけです。

よく、「見る人が見れば解る」と言います(僕がよく使う言葉です)。つまり「見る人」じゃなければ解らないと言う事です。物事は受容する側も同時に試されているものなのです。理解とは「心」の行いですから、その程度は「心」の成熟度に拠るのです。例えば、そこら辺の「力」のない下忍が自来也を見てもただの「勘違いした老人」ですから…。ナルトだって、最初は(今も…かな?)「エロ仙人」でしたよね。「凄い」と言う事は、難しいのです。それを獲得するのもそうですが、それ以上に、それを感じる事も…。だから、解らない人には解らないのです。

「消えおったか…!厄介だの…どこで見つけて来たんだ。あんなの…」

ペインは口寄せしたカメレオンの化け物の舌に乗ったかと思うと、口の中に…。そして、<スウー…>と消えてしまいました。ガマケンさんも「二大仙人」の召還の時間稼ぎに呼ばれただけでしたが、ペインのカメレオンも姿を暗ます為の口寄せみたいです。あのイボイボの舌が<ビヨ~ン>と伸びて、少年誌には出せなような(汗)スッゴイ責めをするのか?と期待していた…僕が浅はかでした。腐った考えでしたッ!!(脂汗)。

「消えたとあっては結界戦術でやるしかないの」
「う~む…戦いにくいな」

二人の会話を見て、ガマケンさんと自来也は結構、連係がとれてるな…と感じます。また、ガマケンさんは「不器用」だと自称してますが、時間稼ぎに自来也がわざわざ呼び出したんだから、逆に器用なんじゃないかな…と思います。「不器用」と大っぴらに言う事も戦術の一端なのかな…それと、お約束?(笑)。ガマケンさんは、がまブン太と比べても小振りだし、地形や状況にマッチしているんでしょうね。自来也の結界空間が辺りを満たして行きます……<ズズズズズ>(←僕の呪印じゃないよ…)。

(確かアレは足を踏み入れたら感知するタイプの結界忍術…)

ペインも自来也の術を知っている。三年間の修行だったけど、ペインは多くの事を自来也から学んだんだと思います。こうして、いつかは自来也と闘う状況も想定したのかも知れません。やけに反応が良いです。自来也の対応を見るや、直ぐさま別の口寄せをしています。今度は三つ首の猛犬(?)。まさか、地獄の番犬=ケルベロス?(汗)…って、やっぱ…悪役だよ~(そう言えば、「探学Q」でも悪役だった…)。

ペインの口寄せ動物には何故か「楔」みたいなトゲ(ピアス?)が刺さっています。口寄せって「血」の契約で、自来也や三代目を見る限りでは、それなりの信頼関係とか、相互理解があります。ペインは身体に傷をつけて血を流して召還してるようでもないし、この「楔」による特殊な契約なのかも知れません。「痛み」による服従とか…。それに、ペインは口寄せ動物と話をしないですね。みんな、無口なのかな。無味無臭の味気なさがあります。

「結界を見て攻撃力の強いのに変えて来たか!」

ケルベロス(笑)が、ガマケンさんと自来也に襲いかかります。一瞬でビルの最下層から頂上まで駆け昇るような鍔迫り合いが繰り広げられます。「グルルルルルルル…」と、悪犬ケルベロス(笑)の無数の分裂が幾重にも自来也とガマケンさんを攻撃します。しかし、悪そうな顔してる…(汗)。目の紋様は「輪廻眼」ですね。そう言えば、イタチも写輪眼の「烏」を使ってましたね。瞳術(高度な覚醒)による口寄せみたいなのが、あるのかも知れませんね。

「こやつら殴るたびに増えとるの…もはや何ものかすら分らん。
自ら増幅口寄せの術に縛られたワン公か!?」

先ずは(事実として)、「増幅口寄せの術」と言うのがある。そして、ペインは、その増殖する口寄せ攻撃の連鎖の圧力で消耗戦に出ているのだと感じました。自来也も時間稼ぎをしてるのだけど、カメレオンと共に消えているペインは、口寄せ動物に任せたオートマチックな闘いを展開している点で、かなり温存しています。客観的には「術者を攻撃しようにも消えてしまっては手が出せん!だがこれは、おそらく姿を消すためだけの口寄せだの」と、自来也は困っているので、形勢としてはペイン側に傾いている…?。

ガマケンさんが、分裂ワン公どもを防ぎ切ったと思ったら、次は翼竜(プテラノドン?)だ!不意を突かれたガマケンさんは咄嗟に盃の楯で防御するも、地面に叩き付けられます。思いきり仰向きに倒れる「青天(井)」と言う、結構、不様なコケ方です(汗)。かなり、押し込まれてますね。ヤバいです(汗)。

「ガマケンさんよ。何かおかしいとは思わんか?」

自来也がこのペインの闘い方に一番、違和感を感じてるようです。「様子見は無い」とお互いの強さが(そこそこ)判った状況で対決している。表面的にはペインが押していますが、自来也に時間を与えている。自来也にはそれにペインが手を拱いているとは到底、受け入れられないのです。もしかして、ペインは自来也を泳がせている…?

六道仙人と同じ目を持っていたあやつは教えた術を全てマスターしたどころか、
一人では本来有り得ぬチャクラの性質変化6通りの全てをやってみせた
主流忍術全てに精通した力を持ち…十歳にしてあらゆる術を使いこなした…!

三年間の修行時代の長門は「輪廻眼」保有者としての片鱗を充分に見せつけるものだったようです。僅か三年で「皆伝」できるほど優秀だった…。三人の難民の子供たちとの「三年」と言う微妙な期間は長門を基準にしているのかも知れません。自来也があの時(余談ですが、「十歳にして」だから、ペインと自来也の3年間は"七歳~十歳"と考えるのが妥当に思えます)、手を引いたのも、「長門がいれば他の二人も大丈夫だ…」と、自来也が考えたからではないでしょうか。自来也は小南や弥彦を長門に託したのです。だから、あの時、長門が「ありがとう」と、自来也に応えましたね。

さて、ここで大問題が発生です(笑)。キッシーッ!!(汗)

「6通り」のチャクラの性質変化ですか…?エーッ!!!???

チャクラの性質変化って「火・風・水・雷・土」の五種類ですよね。何で「6通り」なんですか?(笑)最新号では、何気に、ホントに<サラッ>と流してるけど、これは大問題です。「NARUTO -ナルト-」の世界観を変えてしまうほどの…。しかし、グッと飲み込んで、ここは「間違い」(ミスプリント)は想定するべきではない状況と判断し、「6通り」を正式な条件提示と受け取って考察を進めます。「描写」は「世界」ですから、「世界」は「事実」なのです。それを受け入れた上で考える。それが「考察」です。

では、『"6通り"のチャクラの性質変化』について考えてみましょう(滝汗)。

「5通りのチャクラの性質変化」は「火・風・水・雷・土」で鉄板です。これはガチガチの鉄板(これは非常に「硬い」=「堅い」と言う意味で、他にも「赤ペングルグリ」とか非常にファンキーな形容方法が大人の世界にはあります…笑)で、既に提示があります。だから、「5+1」と考えて、残りの「1」について「新たなる性質変化」を考えれば良いと思います。

しかし、全く、過去のネタ振りがないですね。事前に何らかのフリは軽くはあっても良いと思いますが…。ちょっと残念です。チャクラの性質変化の説明は確か、35巻(この時点でも"後出し"と思えたのに…)のナルトの「風」の性質変化の獲得の修行で出てる筈です。手元にある人はも一度、読み返してみて下さい。この時点で、「混乱しちゃうといけないから…今は教えないけど、実は("陰"と"陽"の性質変化の他にも)もう一つあるんだけどね…」くらいの示唆があれば、電気が疾ったんですけどね。

そもそも、チャクラ性質の考え方は「五大要素のみ」と説明されています。これは森羅万象を五種類にカテゴライズする考え方です。ちなみに「陰陽論」では全てを「陰陽」の二分割で考えます。「チャクラの"陰"と"陽"の性質変化」(35巻/127頁)とは、五大要素の一つずつ、或いはチャクラそのものを分解して発現させる、それぞれの「側面」を言うのだと思います。だから、「陰陽」は6番目では無い…。7種類(5+2)だったらあったかも…だけど…。

また、2種類のチャクラ性質を同時に使用して、新たな性質を創出する「血継限界」と言う概念も既に提示がなされています。しかし、これは五大要素が森羅万象を分割する「大雑把さ」を補完するような意味合いがあって、「五行」(木・火・土・風・水)との整合性を得る為のクッションになっているのです。つまり、細分化したチャクラの性質変化であり、「6通り」のチャクラの性質変化とは別モノと考えられます。「5+1」の「1」はもっと上位(根源的な存在)のチャクラ性質を示すものだと考えるのがしっくり来ると思います。

「基本的にチャクラの"性質変化"の種別は五種類しかない。
火・風・水・雷・土の五種類だ。
そもそもこの基本性質は"忍び五大国"の名の由来であり、全ての忍術の基礎だ」

これを、カカシがナルトの「風遁・螺旋手裏剣」の修行で説明しています(35巻/113頁)。ここまで言い切っているんですから、これ以外に「要素」が存在する事は考え難いです。かと言って、細分化方向にベクトルが向く「血継限界」的な性質変化でもない筈です。自来也の言う「主流忍術」とは「五大要素」でしょうから、あるとしたら、この上位。更に上…しかないと思います。つまり……

『火+風+水+雷+土=太極』

「陰陽論」で言う"宇宙の根源"、つまり『太極』がそれに相当するのかな…と薄らと、僕は考えてます。五大要素全てをまとめたチャクラを「森羅万象」として捉えれば、そのチャクラこそ『太極』と言えるのではないかと考えたのです。森羅万象のチャクラですから、特性は「万能」と言える。だとしたら、神の「力」(チャクラ)とも言える能力かも知れません。それをペインが所有しているとすれば、ペインの自信は「神」だと言うのも解る気がします。もっとも、「神」とも言える「力」があるとしても、それを自分で言って仕舞えるのは「心」がそれに伴っていないんじゃないでしょうか。

他にも、「色」(有)か「空」(無)かなとも思いましたが、それは『太極』(宇宙)が陰陽に分離された姿ですから、違うかなと思いました。全ての性質変化を合わせ使う…と言う考えは「写輪眼」においても考えた事がありまして、忍術(チャクラ)の森羅万象への関与を真剣に検討した場合はどうしても、そっちに目が向いてしまいます。

もっとも、実は「6」は間違いで、単行本になった時に「5」に変わってても文句は言いませんけどね(笑)。別に良いですよ(笑)。

ここまで考えてみて、改めて解せないのが、自来也が(本来、有り得ない能力を持った)長門を放置した事実です。しかも、ご丁寧に「忍術」まで与えて…です。誰がどう考えても、この「力」を野に放つ事は危険です。勿体ないです(笑)。味方ならまだしも、雨隠れとは戦争している描写(山椒魚の半蔵)も残っています。自来也ほどの賢き人物が、その考えに至らなかった…と言うのは考え難い。余りにも不自然です。だとしたら……。

「輪廻眼」の力によって自来也が操られた!!

僕が思い付くとしたら、もう…それしかない(笑)。「三大瞳術」の内の「最も崇高な眼」=「輪廻眼」に魅入られたように、自来也は長門に従ったんじゃないでしょうか。長門が有為に仕掛けたのではなく、「輪廻眼」の意志がそうさせた…と考えます。自来也がその「眼」に、忍者として興味を持ってしまったところに「隙」が生じ、付け込まれた…。それはあるかも知れないです。この答えはペインと自来也の闘いの中で明かされて行くんじゃないかと思います。それを期待して見守りましょう。

しかし、ここに来て、「三大瞳術」とか「二大仙人」とか数字に「大」のつく後付け要素が多い。物語が終盤に差し掛かった…と言う事なのかな。キッシーが風呂敷を畳みにかかってるのかな…それは、物悲しくもあり、結末が見たいでもある。でも、話の「量」からすると、あと二~三年は続く筈です。単行本にしたら、最終的には55巻くらいまで行くかな?と考えています。今、39巻だから、あと16册。9話で一冊として、144話。やっぱり、先は長い…わ…。身体、持つかな…(汗)。

自来也とペインの対決シーンに戻ります。自来也がペインの闘い方に疑問を感じてる…自来也がペインの考えを汲もうとしているところです。

「なのにだ…何故…何故、口寄せの術しか使ってこない!?」

自来也の前に新たな口寄せ動物が出現しています。今度はバッファロー(?)です。自来也もズーッと印を結んだままです。「二大仙人」を同時に召還するには自来也をしても相当量のチャクラを錬り込む必要があるのでしょう。当然、時間がかかる。自来也が顔に隈取を追加してからズッと両手は印を結んだままで塞がっています。結界戦法も下駄同士を合わせて発動しました。

ところで、自来也が「仙人モード」を使用する宣言をしてからズーッと結んでいる「印」…指を全部伸ばし、掌を合わせています。この「印」は基本十二種(干支)にはありません(例えば、「乱獅子髪の術」は「巳」の印だった←確認中)。実は口寄せでペインもこの印を使っています。自来也も印をことさら、隠そうとはしていませんし…。自来也が時間を要する「何か」を口寄せ使用としてるのはペインも認識してる筈です。だから、ペインが様子見にしても自来也に、その「暇」(いとま)を与えるのが、自来也には解せないのです。

「自分が戦うまでもないということか?」

先週号でも「上から見下ろすような」ペインの物言いに自来也は立腹していました。そして、これがペインが自来也の奥の手を出す余裕を与えるような、それこそ余裕の戦法に出ているとしたら、これは自来也のプライドに関わるような仕打ちと言えます。ここに、ペインの相当の「自信」を自来也は感じたかも知れません。ブラフの通じないレベルの強者同士の闘いにおいて、ペインの、この態度は「恐い」です。実際に、自分がこの場にいたら凍り付くと思います。

「ガマケンさんは戻れ!あとはワシがやる!!」

とうとう、自来也の準備が出来た!!「二大仙人」の召還に必要なチャクラが錬り込めた!!「怒り」と共にチャクラが最高潮に達したのです!

「済まぬ…!」

<ボフ>とガマケンさんが帰ったかと思うと、自来也の眼前にはさっきのバッファロー(?)が急迫していました。<ズン>と壁に突進して押し込まれます。ま、こんな簡単に自来也が殺られる筈はありませが、案の定、<ドッ>とバッファロー(?)を押し返してしまいます。かなりの巨体が軽々と空中に舞い上がっています。壁には洞窟のような穴が開けられていて、自来也はその奥に退避して無事だったようです。

洞窟の奥から何やら話声が聞こえて来ます…。

「小僧!おぬしゃ何でこがーな騒がしいとこばーにしか口寄せせんのじゃ!?
ブン太が怒るのもムリねーわい、そりゃあ!!」

自来也を「小僧」呼ばわりしています(笑)。勿論、がまブン太を呼び捨てです。話の内容から、これまでも何度か自来也に呼ばれている。しかも、呼ばれる場合は「騒がしい」場所ばかりのよう。つまり、自来也ですら押し込まれるようなピンチの局面と言う事です。隈取の解釈(描写)から、山椒魚の半蔵との対決では修得していなかった術と言えると思います。だから、この能力は「ペイン>半蔵」の力関係の外(以降)…と言う事です。非常に仄かではありますが、自来也の明るい材料と言えます。

「まぁ、そう言うなや、母ちゃん。
自来也ちゃんも事情いうのがあらなーや、そりゃあ」

もう一人います。「二大仙人」ですから。こっちは、ちょっと物腰が柔らかいです。二人の仙人は対等の力関係か、強面の「母ちゃん」にやや譲る関係と言えそうです。この言葉の仙人は「自来也ちゃん」と言ってますから、自来也寄りで、自来也の気持ちを察してくれる存在なのでしょう。三者の舵取り役的な感じがします。この「母ちゃん」だけじゃ救いがないものね(笑)。

「父ちゃんは黙っときんさい!!」

夫婦だ!「母ちゃん」「父ちゃん」だし、それもかなりの「かかあ天下」に違い無い!「母ちゃん」は、かなり強面ですよ。苦手なタイプだァ~(汗)。でも、自来也の前で、ここまで二人の会話が弾けるのは、自来也に対する近しい認識があるんではないかと思います。家族同然のような、確かな「繋がり」を感じてしまう…。

「お久し振りにこんなんで申し訳ありませんの。頭に、姐さん」

「頭に、姐さん」って事は仁侠か。ガマケンさんもがまブン太も考えてみるとそっち系だし、しかし、「母ちゃん」のしゃべくリからは「極妻」みたいな奥ゆかしさ(笑)はないな…。恐い「母ちゃん」ですね。妙木山の仁侠世界では女性上位なんでしょうか。蛙の世界ってそうなのかな?兎に角、言うだけの事はやってもらいましょう。

「しかし、小僧…おぬしゃ女子にもてんよーになるゆーて、
その体は嫌がっとたんじゃろーがの!?」

どこの方言を引用してるんでしょうか?やっぱり、広島弁なのかな?(タレコミによると"岡山弁"とのことです。自来也はコテコテの"岡山弁"で、キッシー無岡山出身で、ビンゴ!!です)それに対して自来也の喋り方は丁寧で謙っています。自来也も「二大仙人」の門弟と言う位置関係なんだと思います。しかし、「その体」が気になる。仙人二人を喚んだにしては、シルエットも一つしか見えないし…。何やら自来也のガタイも変化してるようですね。

「そうも言ってられなくなりましての。なにせ相手が"輪廻眼"でして」

これが、自来也がいきなり「奥の手」を出して来た理由です。長門に修行をつけている時点で、自来也はその潜在能力の高さには気付いていましたし、「輪廻眼」の意味も認識していました。つまり、自来也は「背水の陣」で望んでいるのです。しかし、未だにペインの全貌は掴めない。この「仙人モード」がどの程度のアドバンテージになるのか?不安ではあります(汗)。

「おお…六道の眼か!」「ホンマにおったんかいな、そんなんが!」

「二大仙人」の二人を持ってしても未知の眼…。忍術の「祖」の眼ですから、「仙人」と「人」が繋がる「道理」を生み出した「始祖」ですから、知らないのも不思議ではありません。しかし、聞き及ぶ存在ではあった。まだ、対戦経験はない。基礎的な条件の提示と言えます。「未知」とは、それ自体が「恐怖」です。

「ハイ。どうか少しの間、お力添えを」

ここに来て「その体」の意味が判りました。自来也は自分の体に「二大仙人」を憑依させていました(自来也の顔もかなり変異している…鼻が異常に大きくなってる…笑)。両肩にそれぞれ一体ずつ埋込んだような形です。ここまでやって、肩に載っているだけだったら、それはそれで可笑しいですが、そこは少年誌ですから、一体化してると思います。女子の好感度は低いでしょうね。確かに…(汗)。

右肩がヒゲっぽいから「頭」かな。左肩が「姐さん」っぽい。優れる様をして「右に出るものがいない」と言う表現がありますが、あれは「左」の方が偉いからです(右大臣より左大臣ですよね)。その意味からは「姐さん」が優越していると言えます。この場合、「頭」が譲っている。良いコンビじゃないでしょうか。バランスがとれてる。

自来也は先週号で「そもそもワシももはや人では無いわい!!」と言っていました。しかし、それも忍術を土台にした一時的な「力」に過ぎません。自来也も「人」なのです。何故なら「人」として自分の過ちを償おうとしているから、この場にいるからです。この姿も、かつてない「強者」と闘う為の「かりそめの力」を手にしているだけです。自来也が「人ではない」と言っているのは「心構え」を示しているのです。不退転の決意と言うやつだと思います。

「では行きますぞ」

(自称)「神」と「仙人」はどっちが強いんでしょうか?(笑)

自来也よ!

自分で自分を「神」と言って仕舞えるようなヤツに負けてはならない!

ここでは、自来也が如何に「人」として真摯に積み上げて来たかが問われるのだと思います。よく「歳をとる」と表現するけど、あれはネガティブ極まりない表現で、僕は嫌いです。歳は「重ねる」ものです。重ねるから「高み」があるのです。それが「成長」と言う事です。自来也もあの頃の「ドジ」のままではない…。ペインめに、是非とも一泡、吹かせてやって欲しいです。

問題はこの「仙人モード」がどのくらい持続するか…です。「人」は有限だから、いつかは枯渇(か)れます。自来也もそれを充分に認識している。だから、いきなりの「奥の手」なのです。しかし、こいつはかなりのタイトロープだ…。ところで、小南は何処に行ったんでしょうね?

驚天動地の闘いが、始まる!!!!

自来也の「仙人モード」 | BLOG TOP | カカシが自来也に刺刺(とげとげ)しい理由

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