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第548話「ナルトVSイタチ!!」ナルトVSイタチ導入編

 
「日が昇ってから
ずいぶん歩かされてる…
いよいよ戦いのようだな」(イタチ)

「いったいどいつらだ?」(長門)

エーッ!!??…と、僕は心の中で絶叫しました(笑)。まだ歩いてたのか…と(笑)。我愛羅のパパの出オチ的な闘い方を見てると穢土転生で死人を黄泉返らせてキッ神がしようとしてる事が何だか解って来ますね。サソリとか半蔵とかちょっとしたボタンの掛け違いがあってうまく歩めなくなった魂に引導を渡してやる…こいつら根っからの悪じゃなくて、悪さの裏には黒幕が居るねん…みたいな予告めいたものがあるように思います。ちなみに余談ですが、「半蔵事件」の長門に対する半蔵のどカス対応なんてのは召還された半蔵の死に様にマッチしませんよね。その辺りを薄らと臭わしてるのだと、僕は考えています。話を戻すと、”暁”に居たうちはイタチと長門が仲良く肩組んで何でまたお散歩してる理由も何だか解ってしまいました。

スッゴく余談ですけど、作家さんにも拠るんだけど、お話ごとのタイトルって作家さん本人が入れるとは限らなくて、担当の編集者が入れる事もあるんですね。それで『NARUTO -ナルト-』タイトルがちょっと微妙に思える時が多々あるんです。特に今回の「ナルトVSイタチ!!」って明らかにキッ神が描いてるコマ割りと合ってませんよね。イタ長がまったり歩いてる行を制して我愛羅とパパの邂逅の行が挿入されて、その中で穢土転生の攻撃プログラムが二雷と二水の喋りでうまく説明されてます。それで今回のお話の結びにナルキラとイタ長がはち合わせして「そう来たか!!」となる流れで、最初に「ナルトVSイタチ!!」タイトルでアナウンスするなんてハッキリ言ってあり得ないです。これをキッ神が選ぶ筈ないです。

「読み物」って言い換えたら「我慢」だと思うんですね。起承転結の「結」を如何に読んでくれた人の心に届けるかに作者は心を砕いております。週刊の一話の中にもしっかりと起承転結は存在して、それが単行本レベル、物語全話レベルで、それぞれ起承転結になっているのが「作品」であります。キッ神は特にそれに拘ってる神だから、読者が味わう「結」の旨味を削ぐような事はあり得んです。タイトルを見てお話を読み進める子がどんだけ居るかでしょうが、描(書)く者の気持ちとしてはちょっと違うなーと思います。別にいいんですけどね(笑)。でもね、10年間も我慢したキッ神がですよ…これはないです(笑)。エッ!!??しつこいって?(笑)そ、そうですね。さっさと本題に進みましょう(汗)。

「まさかな…」(長門)

「近いのか」(イタチ)

「もうなつかしく感じるな」(長門)

イタチが長門に肩を貸すのは長門の両脚が不遇の為でしょう。穢土転生とは召還された魂を塵芥が覆い態をなす忍術ですので、長門の魂の両脚が不遇な訳です。それは全て「半蔵事件」の大人のどカス対応に拠るんですが、確かに半蔵の火遁トラップ(起爆札)で長門の両脚は焼かれました。でも、それだけでなく弥彦を死に追いやった自分の無力さに長門の両脚は折られたんではないかと思います。魂が折れてしまったのです。そして忍術的に大きな転機となったのが、怒髪天の長門が小南の制止を振り切って召還した外道魔像の口寄せでしょう。きっとあれは非可逆な契約を前提とした力の獲得を意味していて、その反動として長門の伸び代を制限してしまうよな条件を合わせ持っていたのだと僕は考えています。

外道魔像の口寄せに小南が示した禁忌。これを長門が知らなかった筈はないです。しかし、外道魔像なんて何で長門が知ってたのか?背中に棘を無数に刺され、生気を吸われ一瞬で歳をとってしまったかのようにゲッソリするような、光り輝く才能が示す将来を自ら放棄するような契約を何で自ら選択したのか?僕が考えるに外道魔像と長門を結び付けた存在こそ、「半蔵事件」の首謀者であり、忍社会に混乱を齎す策謀を繰り広げる張本人でありましょう。うずまき一族の末裔にして輪廻眼適合者である六道の力を発揮する長門を掌で転がす為には外道魔像と契約する=リンクするコマとなる制限は何かと便利だったのでしょう。そう仕向ける為に黒幕は長門の魂を折る必要があった…それが穢土転生に表れる長門の姿そのものなのです。

ややこしい話ついでに、”須佐能呼”外道魔像、それと秋道一族の(超)倍化の術など巨大な体躯がその共通項でありますが、これは六道の力の「仙人の肉体」であると、僕は考えています。木ノ葉の伝統的スリーマンセルの猪鹿蝶が結果的に秋道家の血統の覚醒を促すシステムであったように、忍術、或いは血統の究極的な目標は「六道」に収束するのではないかと思います。しかし、六道の力は六道仙人によってその発生から兄系と弟系に真っ二つに分断されていますので、それぞれ違ったアプローチになるのです。それが兄系の”須佐能呼”であり、弟系の超倍化の術だと、僕は考えます。そして「仙人の肉体」が目指す先に在るのがナル×ジャン的には「御神器」でありまして……さぁー話がややこしくなって来ましたよ!!お立ち会い(捏造限界チャクラ大放出中…笑)。

<ザッ>

「!!」(キラビ)

「!!?」(ナルト)


「うちはイタチに…!
長門!!」
(ナルト)

「知り合いか?ナルト」(キラビ)

「ああ二人ともな……!」(ナルト)

「まさか…
お前と戦わされる事になるとはな
……ナルト…」(イタチ)

ま…そんな話はどうでも良いけど、ナルトとイタチが再び対峙するチャンスが穢土転生によってもたらされた訳。ナルトの接近をイタチに先んじて長門が感じたのは、長門は九尾チャクラを仙人モードとミックスしたナルトのチャクラを経験してたからで、それでも長門が即断を躊躇したのは九尾チャクラモードでのナルトの大変貌を物語っています。それで、九尾チャクラモードのナルトの首にぶら下がる「六つの勾玉」に目が行きます。これはナル×ジャン的には「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)であり「御神器」たる存在であります。と、同時に幸せ王子・イタチがサスケとの決戦の前にナルトに分け与えた「イタチの力」なんだとナル×ジャンでは断定しています(笑)。イタチと今のナルトが会う意味がそこには在るのです。

先の二雷と二水の喋りの中で穢土転生で召還された魂は「相手の術を一度認識してしまうと体が勝手にそれに反応するようプログラムされとる!!」(二雷)とされてますし、「体が勝手に動く!ゆっくり話してる時間はない!」(二雷)とあるように積極的に仕掛ける状況もありです。つまり、両者の対決は必至なのです。その中で、イタチはナルトの首の六つの勾玉を見てなんとするのか?また、うずまき一族の末裔であり輪廻眼に適合した長門がナルトの発揮するチャクラに何を感じるのか?ものすごく興味深いです。そこで九尾チャクラの特殊性=生命力の説明があるかも知れませんし、六道仙人が十尾を九つに割った経緯の説明があるかも知れない。だから「ナルトVSイタチ!!」にはどデカイ期待と興奮があるのです。

イタチはナルトのチャクラに反応して”須佐能呼”を出すでしょう。ナル×ジャンにおいて”須佐能呼”兄系の擬似的な仙人の肉体霊器(御神器)を使う為のインターフェイス…でありまして、”須佐能呼”は霊器を纏う事で受肉するシステムでありますから、結果的にイタチが現在所有する霊器が知れる訳です。僕はイタチを「幸せの王子様」だと思ってるので、十挙剣(とつかのつるぎ)、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)なる三種の神器(=御神器)は既に配布済みだと考えてまして、イタチの”須佐能呼”がどんな受肉をするかはとても重要です。ま、キッ神はその為に穢土転生なんて卑しい術で再会させてるんでしょうからメチャクチャ楽しみですね。モヤモヤさせないでキッチリ説明して欲しいです。

第四次忍界大戦、最大の山場がやって来るッ!!

 

第549話「イタチとの闘い!!」 | BLOG TOP | 第548話「ナルトVSイタチ!!」我愛羅天然(!?)編

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