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未だ読んでいない人の為に…⑧

 
まったく…カカシってヤツは…

はたけカカシの考察

個人の考察としては「はたけカカシ」が一番多いと思います。それというのもペイン六道の木ノ葉強襲でカカシが埋められちゃったからで、あの時は悶えながら「まったく…カカシってヤツは… 」を書いたな…書いた、書いた(笑)。あの時、ナル×ジャンの読者の誰かさんが「一人では絶えきれなくて…」とメッセージをくれて、うんうんと慰めるように書き始めましたっけ。なんて言いながら実は僕も不安で、カカシが天道に埋められて頭を垂れて、それでも生きてて神威に全チャクラを注ぎ込んで「確実に死ぬ」なんて息むもんだから…正直、ヤバいと思って、自分を慰めるように書いてたのかな。でも、外道・輪廻天生でカカシが生き返って(…って事は死んでた?!)良かった!!良かった!!良かった!!

ま…何はともあれ良かった!!という事で一件落着。ナル×ジャンがここまで「はたけカカシ」に固執するのは、一っコ前にも書いたけど、カカシが「未完成」だからなんだけど、それでもカカシはオトナなんです。ナルトはズッコイ造りでアレなんだけど、表面的に親が不在だったもんで、木ノ葉はそういう子を社会が育てるシステムが在った上に、ナルトが生まれ持った「銀のスプーン」を持った子だったもんだから、親になる面子が半端無かった訳で、自来也だけでなく沢山の傑物がこぞって名乗りを上げる、それ見たら誰だってグレルでしょって感じのお大尽でしたのに、その中の一番大事な部分を自来也と椅子取りゲームよろしくカカシがハアハアやってたのが意地らしくて、カカシのオトナの不完全な部分が出てて良かった(笑)。

「カカシが自来也に刺刺(とげとげ)しい理由」(はたけカカシの考察)

そんなカカシの可愛らしさが放っとけなくて、自来也と対比する中で浮かび上がるカカシの一面をナル×ジャン的に考察したのがこれね。カカシは「棘」を持った可憐な野バラみたいな人なのかも知れないなと、僕は思うんですね。カカシの素敵なところって、その「棘」を他者に向けないところなんだけど、それは戦闘シーンにおいても例外でなく、敵の攻撃が仲間に向かうなら敵ではなく仲間に向かう魔手に対してカカシはその力を解放する人であります。またまた、その例外として「雷切」という忍術がありまして、それが敵の心臓を穿つのですが、それを発揮するのはカカシではなくオビトの写輪眼であり、カカシではなくオビトとしての代理人生を送る副産物みたいなもんだと、カカシは思ってるんでしょう(笑)。

同じように神威が他者を傷付けるもの、オビトとして生きるカカシなればの力の発動でありましょう。それは反面的にカカシの優しさを決定的なものとしてて、そんなカカシだからオビトを引き摺り、オビトとして生きる暗闇の中の人生を、僕に容認させる訳です。「焚き火」とは正にそれを示した考察でありました。そんな面倒臭い生き方をするカカシを誰が理解できるでしょうか。ま…そんな面倒臭いカカシを理解してたのが、もしかしたら自来也だったんじゃないかと思うんですね。それがカカシの態度に如実に表れてまして、自来也とその他に対する攻撃性が全く違うのね。カカシは自来也に対してのみ「棘」を向けるのです。それはきっと自来也だからカカシが「棘」を立てた。他者ではなく自分に「棘」を立てるカカシが…です。

それは自来也がカカシを理解してたからじゃないでしょうか。カカシがそんな面倒臭い生き方をしてる。自分ではなく誰かに成り代わって生きてる。それを自来也が知るから、カカシはオビトではなくカカシとして自来也と向き合えたんじゃないでしょうか。しかし、それを自来也はカカシにも隠すし、自来也がカカシ以上に面倒臭い生き方をする人だとカカシが理解できないでいる。その温度差が自来也とカカシの大人度を決定的に分かつのです。だから、カカシが自来也の前で子供になってしまうのです。いつもは自分に向ける筈の「棘」自来也には突き立ててしまう。それを善しとするオトナが自来也だった。それはサクモが居なかったからなんだけど、木ノ葉はカカシにも自来也を与えたって事なのね。

「カカシは何故、オビトの死を忘れられないのか?」(はたけカカシの考察)

子育ての社会化を『NARUTO -ナルト-』は訴えてるんだと、僕は思うんですね。それはリアルの僕らの社会に対する強烈な批判であると思います。或いは「自分で自分の親になる教育論」を主張するケルベロスに対するダメ出しかも知れません(脂汗)。人の成長というものを描く作品の中に在って「未完成」なればこその寿命があるんだろうとも思います。だから、カカシは生かされた…。死ぬ事を許されず、この世に留まった。それは言い換えればカカシの成長の伸び代でもありましょう。オトナのカカシと子供のカカシ。それが混在するアンバランスな千鳥足…でも絶妙の才能がタイトロープからの転落を許さない。何とも複雑怪奇なキャラが成立しちゃうのです。それがカカシの「未完成」なんだと思います。

それを散々説明するケルベロスが何だか偉そうに思えて、全くもって頂けない(笑)。まさか自分を自来也だと思ってるんじゃないのか?と、『NARUTO -ナルト-』に群がるオトナの読者様達に不評をかうのも納得です(笑)。ハッキリ言って少しはそんな気分もありますよ。それは何かを書くものとしての憧れでもあり、目標みたいなもんかも知れません。また、書く中で冷静な気持ちがカカシの「棘」を察知した事実も厳としてある…にはある。評論とはかくも不遜な行為なのであります。その行為を好意としてお汲み頂けるなら、ナル×ジャンの恥ずかしい考察であっても味わって貰えるんじゃないかと思います。ま…そんなオトナな気持ちでカカシを見下した考察があります。こんなケルベロスじゃなきゃ書けない捏造限界。

「カカシの舌打ち」(はたけカカシの考察)

「そう来たか…」と、是非とも悶えて欲しい一本です。

 

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