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NARUTO-ナルト-第40巻に寄せて…

 
NARUTO-ナルト-第40巻に寄せて…

出ましたね!第40巻。思えば遠くに来たもんだです(笑)。『NARUTO-ナルト-』もいよいよ8周年に入るのかな。キッシーも積み上げてますね。で、早速、近所の本屋さんにて購入して来ました!奔って買いに行きましたッけ(笑)。こんな事で「ドキドキ」できるなんて、何て安上がりなんでしょ(笑)。

先ず、書店で平積み(業界用語で棚に立っているのではなくて、平らな台に積まれている。良く目に付いてアクション数が少ないので売れる…ヒエラルキー上位の販売形態です。平積みの獲得は、出版者の営業の大きな仕事の一つと言われています)がごっそりあって、カバーを見た時に、思わず声にしてしまった…。図らずも…。

「カッコ良い!!」(そんなに小さくない声で…)

カバーに萌えちゃったんです(笑)。サスケとデイダラの戦闘シーンのコラージュ。サスケの「千鳥」とデイダラの「ベーッ」。二人とも眼が生き生きとしてて、「生きてるッ!」って感じがしました。二人の闘いは、これまで僕が見て来た闘いの中でも心に残るものでした。もう「どんだけーッ!!」って思うくらい引っ張ってくれましたし…(笑)。

その多くはデイダラの「ホントはなかなか良いヤツ?」に拠るものと、個人的に分析しています。デイダラは一般的に(堅い事、言わなければ…)「悪者」です。悪の権化…「暁」の一員です。「暁」は「世界征服を企む"悪"の秘密結社なのだっ!!」です。なのに憎めない。それは「努力」をして強くなった痕跡が見て取れたからです。その根拠は、彼の言葉の端々にワンサカとぶら下がってます(笑)。

今、デイダラの考察(「暁」カテで近々アップします)を錬っているので、これ以上は謹みますが、デイダラは「苦労人」と言っても良い。こうして、40册も、相当のクオリティを宿した『NARUTO-ナルト-』と言う名作を、巣の中で「ピーピー」と大きな口を開けて待っている僕らに運び続けた……誰かさんに似ている……おっと、これ以上は不粋です。詳しくはデイダラの考察にて語りましょう(←これには力が入ってますからね)。

ま、40巻では、そのデイダラの最期をきっちり描き切り、「暁」のリーダーと紅一点の顔バレ、名バレ…とドラスティックに進行する、正にターニングポイント…否…胸突き八丁に入った…いよいよ佳境の読み応えのある一冊になっていると思います。キッシーも思うところのある一冊ではないでしょうか?コミック買わない派もここから揃えても良いんじゃないの?!と思える一冊です。

そして、予てから疑っていたトビは、自分の事をマダラだと言い張って憚らないし。「暁」のリーダーとされるペインは、そのトビに(渋々)従うような空気だし…。お面の右目の穴からはやっぱり「写輪眼」が覗いてるし。でも、妙にトビの行いが「小さく」見えてしまって、何だか「偉い」感じがしないのです。だから、僕は「トビ(マダラ?)」と、どうしても「?」を付けづには呼べないのです(笑)。

よく電車の中で一流企業の「社員バッチ」を上着の襟に付けて傍若無人に振舞うオヤジが、あたかも「人間」として偉くなったような錯覚をしてる光景を良く見ます。マナーや常識がない、酷く自己中の行いをしている人を見かけます(どのカテゴリーにもそう言う人はいますが…)。確かに「発注者」だったり、「許可権者」だったりするのでしょうが、それって「会社」の中だけでしょ…。別に自分自身の「力」でも何でもない。

その「行い」や「姿」とトビ(マダラ?)の振舞いがダブってしまうのです。

トビ(マダラ?)には(何らかの)後ろ楯がある!!

「黒幕」(?)と思われてるようですが、トビ(マダラ?)は違うと思っています。トビ(マダラ?)の物言いには「高貴さ」がないのです。トビ(マダラ?)を「黒幕」と認定するには余りにも威厳がなさ過ぎる(笑)。トビ(マダラ?)は、いきみ過ぎ…みたいな感じがしませんか?トビ(マダラ?)には「優しさ」がない。「優しさ」とは何なのかと言うと…。

その昔、文明開化を迎えたばかりの日本には高貴(子爵とか公爵クラス)な人物たちが、列強諸国から、西洋の「文化」を啓蒙に訪れましたが、食事の際、無知な日本人(公家か華族)が知ったかぶりで飲んだ「フィンガーボウル」の水を一緒に飲んでくれたそうです。きっと、ニッコリと微笑んでいたと思います。

「フィンガーボウル」は指を洗うもので、飲むものではないです。でも、それを教えるのは後でも良いと、即座に判断したのです。今、この場で、(この人格を)辱める必要はないと…。彼らは「文化」を教えに来た…。その為の「志と威信」を携えて、地の果てに赴いたのです。「文化」とは「知性」です。「知性」とは「思いやり」です。それは「本能」ではなく「理性」。「天分(賦)」ではなく「後天」なのです。

人は努力して「優しさ」を獲得する!!

「優しさ」とは「想像力」です。これは人が生まれながらに持ち得ないスキルです。もし、この「想像力」を持ち得るのであれば、自分がされたら嫌な事を他者にには出来ない筈です(ちなみに、これは「人」が、肝に命じないといけない最低限の心構えです)。他者が悲しんだり、苦しんだりするだろうことを、無為にする事もないでしょう。それは、自分が客観視出来ていると言う事です。

トビ(マダラ?)は「仮面」(正確には「仮面」の奥の「写輪眼」なんだけど…)をしています。あれは、一流大企業の「社員バッチ」そのものです。断言しましょう!アイデンティティとは「裸一貫」で示されるものです。その人自身から滲み出すように漂って来るものです。職責や地位ではなく、「魂」の深さ。「心」の高さが示す…それは、雰囲気みたいなものです。それは「臭い」と言い換えても良いです(ちなみに、デイダラはその「臭い」に敏感だった)。

それは、サングラスをして「メンチ」を切る亀田某とか(今はしてないでしょ…あれは危機管理のコンサルタントのアドバイスに拠るところが大きいのだと思います)、ただ強い(試合に勝ってるだけ)の某横綱みたいのを見てれば判ると思います。だから、仮面をして偉ぶる、トビ(マダラ?)には微塵も「偉さ」を感じません。たとえ、その奥に「写輪眼」が輝こうとも…。凄く強いにしても、それが「偉い」のとは意味が違う。それこそ、次元が違う。

だから、僕はトビ(マダラ?)にどうしても「?」を付けてしまうのです。ま、トビ(マダラ?)は今のところ「偉く」はないです。どう見ても…。この先の努力を期待してしまいます(笑)。で、その代わりに誰が「暁」の黒幕だったのか?と、僕が思っていたかと言うと、『自来也』でした。実は自来也が「暁」を主導していると、影ながら疑っていたのです(笑)。

具体的には、大蛇丸の『里抜け→音隠れの里興し→木の葉崩し』までが、自来也を中核にした「暁」に対する阻止行動であるとする考えです。この場合、「暁」の本体は木の葉の「根」(或いは、大穴で「道」と言うのもありました…汗。シスイの遺書のあった"道"です)と言う事になります。大蛇丸が自来也を止めようとしていたのではないか?と僕は疑ったのです。それが、四尾・熔遁の回に吹き出したこともありましたっけ?(ね、シーさん。Gちゃん…遠い目…笑)

自来也の「信頼できる筋からの情報」とか、「情報収集」とか…もう、胡散臭さの百貨店でした(笑)。自来也の行動には「ある秘密」があったんですが、それが明かされるのはズーッと後の事。あの時点では、どう考えても自来也の行動には時系列的にも物理的にも解せない部分が拭えませんでした。それらをつぶさに観察すると、自来也は怪しかった…のです。あの時点で、それ(何かしら違和感)に気付いてくれる人は少なかった。その時、少しでも、それを考慮しようとしてくれる存在は尊いとも思いました。

「潜入成功だの…意外に簡単にいったが…」

<チャポ><ガパ><ズボッ><ズズズ…><ズボッ>っと、思いっきりちっちゃい蝦蟇から自来也が這い擦り出してきます(40巻/152頁)。自来也には蝦蟇を使った時空間忍術が存在したのです。恐らくは、この術の体系を利用して、あらゆる場所に潜入しては、自来也の言う「情報収集」を行っていたのでしょう。自来也は自ら危ない橋を渡って、自分の信じる「善」の為に日夜、闘っていたのです。決して、単なる覗きが趣味の「エロ仙人」ではなかったのです。

「お前たち三人は強い……そして、ここでさえも生き残った…
この半蔵…これよりお前たちを"木の葉の三忍"と呼び称えよう」

人の真価とは「肩書き」ではないです。「三忍」と言う勲章すら、自来也にとっては「蔑称」でしかなかったわけだし(40巻/184頁)。その人の真価、本質とは、その人の「行い」のみによって示されるのだと思います。問題は、それを感じ取れるか否かにあります(これが「臭い」です)。人の既成概念とは、認識力の大きな障壁になります。人の真価を見極める「眼」を持つ事は、社会自体を底上げする『力』になるのだとも、僕は考えています。

「人」をしっかり見る事が出来る「眼」を僕らは養わねばならない!

「白眼」「写輪眼」「輪廻眼」…『NARUTO-ナルト-』には、いろんな便利な「眼」が登場するけど、メッセージ的には痛烈な「アイロニー」であると思います。そんな「眼」がないと…『何も見えないのかね?』と、含み笑いを浮かべるような強烈な風刺を感じます。だから、僕らは物事の「本質」を見抜く「眼」を養わないといけないのです。そう…「自分自身の眼」を。

その点で、僕が感じた「違和感」はあながちまちがいではなかったと思います。非常に上手にミスリードされただけ…(笑)。その分、ミスリードされなかった人より、僕は『NARUTO-ナルト-』を楽しめたのです(脂汗)。何だか、言い訳っぽくてスミマセン(笑)。

自来也はまごうここなき「正義」(堅い事、言わなければ…ですが…)でした。少なくとも、自来也が信じる「善」の心を礎にして、自分が信じる「悪」と闘おうとしている。自来也は、自分の中の「絶対」に従って行動しているだけなのです。それこそ「高貴」な姿であると思います。心の中に、バッチや肩書きはつけれないですから…。

一度でも疑ってゴメンナサイ…自来也様……

これから、自来也はペインに接触し、いよいよ「闇」の核心に急迫して行きます("行きます"が"逝きます"に変換されて…不安でしたが)。先にも言ったように、僕らは刮目してみなければならない。否…見るべきです。本当の「正義」とは?本当の「悪」とは?そんなものは…『ないのだ!!』と言う事を、肝に命じないといけないと思います。

僕は今も、自来也が正しい!とは手放しでは考えていません。ペインが「正義」と言うのでも、それはそれで良いと思います。「絶対」なんて、この世の中にはないのです。ただ、自分の中には…「ある!」…「ある!」と断言できる。もっとも、この言葉を信じる(鵜呑みにする)必要もない。何故なら…答えは自分の中にあるのだから…。

アンフェアに迷いながら、『NARUTO-ナルト-』の世界を彷徨って下さい!

そして、四代目(波風ミナト)→うずまきナルトの親子関係も明かされました。この時ばかりは、ネットの慌て振りを生で感じましたから…。確かに騒然としてましたから。ナルトはミナトとクシナの子でした。ナルトの大それたかに思える「夢」がリアリティを帯びて来ました。そして、ナルトの「不思議」な『力』(魅力)も、いよいよ真実味が加わって来ました。「佳境」に入ったのだと思います。

「じゃあ、お得意の賭け(ギャンブル)といこう…お前はワシの死ぬ方に賭けろ
お前の賭けは必ずハズれるからのォ。そん代わり、ワシが生きて帰って来た時は…」

僕も、その時、「なっ…」となりました(40巻/143頁)。自来也。どんなに不様でも、恥ずかしくても、生きて帰って来て欲しいです。悲しいかな…。僕は貴方の「魂」の深さや、「心」の高さを見誤ってしまった。それを、心から済まなく思います。貴方は大切な人であると思います。もう少し、一緒に居させて欲しいです。

だから、だから、帰って来て下さい。

綱手が待っています。綱手は、貴方の帰りだけを待っているのだから…。


第377話「仙人モード!!」 | BLOG TOP | ミナトは何故、「螺旋丸」を開発したのか?

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