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第568話「四尾・仙猿の王」③

 
「………」(九尾)

<ガバッ>(四尾)

<ガクン>「うわ!!」(ナルト)

<パクン>



「ナルトォォ!!」<ドクドク>(八尾)

<フッ>「!!」(ナルト)

「今度はお前がオレの力をぶん取る気か
…こんな所にまで入ってきやがって…
クソガキキィー!!」(四尾)

「何だ!?」(ナルト)

「こ…これって…四尾…!?」<スッ…>(ナルト)

いきなり余談=四方山話で申し訳ありませんが…TVドラマ「謎解きはディナーのあとで」最終回をやっと観れたんだけど、他愛ないストーリーだったけど、何だか良い気持ちになれる作品でした。人が人を導く。その為に教え=仄(ほの)めかし、やって見せ、やらせてみせて、最後に褒める…その周到なプログラムに、『NARUTO -ナルト-』に脈々と流れる「親の愛情」に通じる清らかさを感じました。桜井君の執事が絶妙で、非常に高貴で落ち着きがありました。やや「ヲタク傾向」があったのも親近感(笑)。人が人を導く行いの底流にはやはり「愛」が必要なんだと感じました。しかし、それには人の持つ曖昧な感情が大きく関わります。だからこそ愛される能力は重要です。僕はそれが「愛想」なのだと考えています。

そこでナルトに対する僕らが感じる「好意」の量が半端無い事に気付く筈です。物語の主人公だし、今やホントに「木ノ葉の英雄」になっちゃったし、ぶっちゃけ「ヒーロー」だし…魅力が一杯詰まったキャラなんだから仕方ないでしょ。「謎ディナ」では影山(櫻井翔)と宝生麗子(北川景子)がそれだったのかな。それのみに支えられた感も在りますが…(汗)。ナルトの「愛想」に注目すると、その対極にサスケがいる事にも気付くでしょう。そして、サスケも充分、愛されてる事も。サスケの「愛想の尽かされなさ」は異常でしょう(笑)。「愛想」にも色々ある訳だ。何でこんな話から入ったかと言うと、これからナルトの持つ「愛想」が如何なく発揮されるからです。それが理解できないと読み込みが浅くなると僕の老婆心が(ry

さて本誌にもどりまして…先ずは八尾と四尾が揉み合って、四尾が口を開けた時にナルトを飲み込んじゃったんだと思います。人柱変化・四尾の口の中にナルトは落ちた。つまりパックリと食われた状態です。そして、ナルトの九尾チャクラモードが解除され、ナルトの目の前には太い鎖に縛られた四尾が現れます。胸には太い楔の様なものが四尾の背後から身体を貫いているような…。ナルトの足元には九尾と対峙した八卦の封印式内のように水辺が広がっているようです。ナルトが「四尾」と微妙に驚くのは自分を飲み込んだ四尾が目の前に縛られているからで、懐かしい景色と共に動きを封じられた四尾の姿に、どうやらここが四尾を縛る人柱力の結界であろう事を何となく悟っているように思われます。

ここで「テイルズ六道」「組成」とトビの「人となり」を吟味すると…先ずは組成。テイルズは穢土転生で構成されるお人形で、召還後、そのお人形に細工して写輪眼(これは諸説あって、例えば「外道の術」の瞳力・瞳術が六体のリンク先に反映される考え方もありんす)を埋め込み、操作用の杭を胸に打ち込んでいる。穢土転生には生贄(いけにえ)が必要で、それを取り囲む塵芥が召還した魂のぜ以前の姿・能力を再現する。そして後頭部にクナイに結び付けたお札を埋め込んで術者が操作(縛る…と表現した方が妥当?)する仕組みです。なのでトビの「テイルズ六道」は基本、穢土転生で操作し、「外道の術」を用いて視野共有し攻撃や防御の連係を確保してるんじゃないかと、僕は推察しています。

「テイルズ六道」の各個が「六道の力」を発揮できないのは、その組成が穢土転生の術に依存度が大きいからだと、僕は考えます。その為、「テイルズ六道」の杭が少ないと考えると、「テリルズ六道」の胸に刺さった太い杭って、操作系じゃないかも…と考えが巡る訳。それが太い鎖…この鎖もクシナが「九尾事件」で出したものや、前回トビが五尾を制御したそれともディテールが違います。棘棘がありません…に縛られた四尾の胸にブッ刺さった楔だか杭だかとリンクします。他のテイルズの結界内(一応、結界内としましょう…笑)の状況を提示されないと判断できないけど、尾獣チャクラの送受信用なのではないかと仮説が立ち上がるのです。つまり、「テイルズ六道」の胸の杭は非操作系=エネルギー供給用?

それにトビの「人となり」(=生まれつきの性質とか外見)を考えると、一度、外道魔像に封印した尾獣を穢土転生のお人形さんの中に戻したりするかしら…そんなギャンブルする人なのかしら…と、僕は思うんですね。トビみたいに用心深くて疑い深くて狡い人がナルトとキラビを鹵獲する為にそれと等価な人柱力を六体も用意する筈はないです。リスクも最小限にするのがしっくり来ます。つまり、尾獣は外道魔像に収まったまま、例えば四尾は外道魔像の中で縛られてて、胸の杭が穢土転生のテイルズにチャクラ飛ばしてると考えるのが、僕的には妥当です。ナルトは四尾に食われましたが、あれは人柱変化した四尾でオリジナルの四尾ではありません。ナルトは四尾と交信してる…そのイメージを見てる。

それが四尾に食われたナルトの九尾チャクラモードが解除された描写の理由ではないかと思うんですね。これまでの提示でオリジナルの尾獣に食われて生還したキャラは「金角銀角」だけなんですね。そこで九尾の内蔵のチャクラ肉(=ホルモン?)を食べて肉体的・チャクラ的に変容しました…が、それと今回のナルトはちょっと違います。恐らく、四尾本体は外道魔像の中で、その中もパーテーションに仕切られて、各尾獣が混ざり合わずに居られるんじゃないかと思います。外道魔像は蓮華座を介し「白ゼツ軍団」のリンクしてて白ゼツの活動用にチャクラを供給してる筈。製造後の「白ゼツ軍団」が蓮華座へのヤマトの組み込みでパワアップしたのはリアルタイムで繋がり、絶えずチャクラを送信してる根拠たり得るでしょう。

そして、忍連合が九尾チャクラモードの分身ナルトの悪意の感知能力を借りて「白ゼツ軍団」をほぼ殲滅した現状、外道魔像のチャクラを「テイルズ六道」に潤沢に分配できる様になったのだと思われます。しかし、未だ完全に「白ゼツ軍団」が殲滅した訳でもないので、外道魔像から尾獣チャクラを取り出す訳にもいかない。それが外道魔像内に未だに尾獣が残留すると考える根拠でもあります。きっと、それは次回以降の四尾の封じ方に関係して来ると思われます。だから、こんなにダラダラ書いて全く外れてましたなんて…凄いリスク背負い込むケルベロスも阿呆だなと思いますが、トビの狡さを考慮すると、どうしてもこれを書きたかったの。僕は僕のやりかたでトビを否定したいだけなんですけどね(笑)。


「…オレを四尾なんて呼ぶんじゃねェ!
ちゃんと名前がある!」(四尾)

「オレは水連動の美猿王
六道仙人より孫の称号を与えられし仙猿の王
孫悟空 斉天大聖だ ウキキィー!!」
(孫)

「ん?え!?どれが名前…?
ウキキー?」(ナルト)

「孫悟空だ!!」(孫)

「フン…やっぱ人間はバカばかりだな
名前もろくに覚えられねェ…猿以下だ

そんな奴らに…オレに力はやりたく―」(孫)

「…てか何だここ!?
九尾のとこと似てんぞこれ…!」(ナルト)

「聞いてんのかてめー!!
オレ様の名前はテキトーに聞いた上に
無視してんじゃねーぞ失礼すぎんだろ!!」(孫)


「え?
あ…!ご…ごめん…」(ナルト)

「…!」(孫)

「てめ…
人間の割には素直な奴だな
尾獣に謝る奴なんてのは初めてだぜ


どうやらオレの力をぶん取りに来た訳じゃ
なさそうだな…

お前の中にも居るな…
だからここへ入れたのか…
九喇嘛は人柱力の仕付けがいいとみえる…

「クラマ…って?」(ナルト)

「てめ…
九尾の本名も知らねーのに
九尾の人柱力やってんのか!?

これだから人間は…!」(孫)

四尾は正式には「孫悟空・斉天大聖」と言うらしい…「斉天大聖」は称号として、「肩書き」と考えて良いと思います。「法号」とは僧侶の師匠が弟子に与える名で、この場合、六道仙人という僧侶が仙猿の王たる四尾に名を遣わせた…つまり、四尾は六道仙人の弟子だった…事になります。まさか四尾がストーカーチックに六道仙人を崇拝してたとも思えませんので、十尾分割後、少しの間、六道仙人のチャクラが残留して、彼が生み出した尾獣と接してた事実があったのだと思います。そう言えば、ナルトが九尾のチャクラのコントロールで、九尾を「六道の鳥居」で押さえ込みました。それに九尾は「六道の…」と反応しましたので、結構痛い目に遭った風でした(笑)。四尾には好意的だったって事なのかな。

どっちにしても孫ちゃんには相当の知性がありそうです。近くに居たらちょっと口うるさい嫌なオッチャンだと思われます。そんな孫ちゃんの情報に拠れば九尾の本名(=法号=六道仙人が与えた名)は「九喇嘛」(くらま)なんだそうです。尾っぽの数に関係してるから「九喇嘛」なのか?しかし、それだと「孫悟空」の立場がありません(笑)。それとキラビが八尾を「八っあん」と呼んでますんで、それは「八尾」の「八っあん」ではなく何らかの法号があって「八なんたら」みたいな、ちゃんとした本名があるんでしょう。同じ週ジャンで連載されてる『BLEACH』でも、斬魄刀のコントロールの為に斬魄刀の「名前の認識」が必須でしたが、「力の獲得」のプロセス論としては少年誌の定番と言って過言ではありません。

ここで注目して欲しいのは孫ちゃんが酷く気難しいというか、嗜好や拘りが強いところです。八尾も言ってましたが尾獣には「心」があります。だから、トビが鎖のチャクラで問答無用に五尾を押さえ込むのに「心」を痛めていました。孫ちゃんも太い鎖に縛られながらも凛とした感じでナルトに相対していて卑屈な雰囲気は微塵もありません。そして、その「心」のザワツキに目を向ければ、トビが外道魔像や、鎖のチャクラ、柱間の細胞…その他諸々のチートな手段を用いて、尾獣から「力」のみを搾取している事に気付くと思います。しかし、それはナルトも同じで、仙術チャクラ・仙人モードで九尾をフルボッコにして九尾のチャクラ=「力」を奪っただけで、トビのやり口とそう変わらない…それの是正が必要な訳だ。


「え!?
九尾にも名前があったの!!?」(ナルト)

「チィ…」(九尾・九喇嘛)

「そっか……
クラマってんだ…」
(ナルト)

「お前ら人間はオレ達を
ただの力としか見てねェ…

だから名前すら知らねェし
知ろうともしねェ…」(孫)

「…!」(ナルト)

孫ちゃんの示唆に注目して欲しい…と、僕は凄く思うんですね。それで、年が明けてやっと見た「謎ディナ」の下らないお話から今回入った訳ですが、いくら何でも前戯が過ぎるだろッ!!とお叱りの言葉もなく(笑)、よくぞここまで耐え忍んでくれましたね(笑)。ま…そういう事で(←どういう事なんだ!!)、孫ちゃんがナルトにこうも絡むのは、そのベースにナルトへの「好意」というものがあり、それを引き出したのがナルトの「人となり」たる「愛想」というものであります。例えば、ナルトにさしてみる所もなく、逆に嫌な雰囲気があったら孫ちゃんだってこんなに喋らないと思うんです。ナルトには僕らが感じる様に放っておけなかったり、目が離せないとか、気になるとか、魅力があるんです。

それらを総合して「愛想」と僕は考えてるんだけど、その奥の奥に有るものは、やはり「理解力」なんだとは思います。孫ちゃんはそれに本能的に反応してるんじゃないかとも思います。聞けば、どれだけの期間かは解りませんが、六道仙人とも絡みがあり、法号まで貰っちゃって、しかもかなり口うるさくて、よく言えば知性的(笑)。感情も豊かです。そんな孫ちゃんが自らを名乗り、ナルトに訴える行いには、これまでの自分に対する忍の扱いへの不満が渦巻いています。そして、九尾の本名(=九喇嘛)を知らずに九尾チャクラモードの恩恵に浴するナルトの胸に刺さる一言…「お前ら人間はオレ達をただの力としか見てねェ…」を素直に受け止められる「心」が在るナルトの「人となり」孫ちゃんも感じてるのです。

ナルトの陰惨な幼年期とは、尾獣に対して忍がとった仕打ちと非常に酷似している…即座にナルトはその記憶にアクセスします。僕らは子供だった頃の記憶をどれ程覚えているんでしょうか?子供の頃に抱いてた不服とか不満とか。大人になったら、それと同じ事を子供達にしてるんじゃないか?あの時、あれだけ嫌悪した行いを僕らは忘れ去り同じ轍を踏んでいまいか?その愚かしさに大人は気付くべきでしょう。僕は親が最低限しなければ成らない事は「自分がされて嫌な事は他人にしちゃいけない」だと思っていまして、以前、僕がナル×ジャンを始めたばかりで中二病全開でイキガッテタ頃、自省の念を持って書き記した「イルカの『涙』の成分」(アイデンティティ)にも書いたっけな…書いた…書いた(汗)。

懐かしい…全てが…懐かしい。思えば100本目の考察でした。やはりお正月にアップしてますね。奇しくも同じ日…2007年1月8日でした(遠い目)。きっと、僕はあの頃と変わらないんだろう。偏屈で気難しく、その割りに大雑把で適当(汗)。でも、そんな僕が永きに渡って「愛」を感じる『NARUTO -ナルト-』という素晴らしき作品の「力」とはどれだけ凄いのだろうと思います。そして、僕は今こうしてキーボードを叩きながら思う。この作品の「力」だけでなく「心」を感じるべきなんだと。キッ神が発するメッセージ。その奥の奥にある「心」をナルトが示す「理解力」をもって感じるべきなんだと。きっと、それを孫ちゃんは訴えてるんだから。少年少女は悩め!!大人は思い出せ!!そして、その先にある…………

「心」を感じよう!!(続きます)


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