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第568話「四尾・仙猿の王」④

 
「オレ達を閉じ込め存在を否定する」(孫)

「………」(ナルト)

「………」(ナルト)


「ホラ…例の子よ」(母)

「関わるな…通り過ぎろ」(父)

「あの子誰?」(子)

「お前は知らなくていい…」(父)

「あのガキィ!!」(父)

「ベー」(ナルト)

「…オレも少しだけどお前の気持ちは分かんよ
オレはよくいたずらをやった…叱られたくて」
(ナルト)

「…ハァ?」(孫)

「人の気を引くためならなんだってよかったんだ
自分がなくなるよりはずっとマシだったからな

…オレは人柱力だ……
けどちゃんと大切なナルトって名前がある
両親と師匠の形見だ」
(ナルト)

「………」(孫)

またまた余談から導入してヨカですか?(笑)ちょっと時間ができて撮り溜めた録画ちゃんを観たんです…実は。感想も書かずに(汗)。もうご存知かも知れませんが、ケルベロスはテレビっ子で、大のTVドラマ好きであります。最近の若者はあまりTVをご覧にならないようで、今クールの面白いTVドラマの話題に全く食い付いてくれません(汗)。しかし、ナル×ジャンの読者の主力は若者じゃなくて、昔少年少女だった頃の気持ちを忘れてないオッチャンオバチャン(失礼!!好意を込めた愛称であります故)だと、僕は踏んでまして、こんな導入ばかり書いてると、「是非ともTVドラマの感想も!!」とメッセージが来そうで恐いですが…(笑)。そんな分析でTVドラマの話でも盛り上がれるんじゃなかと思っています。

興味がない人には苦痛でしょうが、少しだけ書きますね。昨日、夜更かして、相方の背中を撫でながら『ドラマレジェンド ストロベリーナイト』(フジTV)を観ました。聞く所に拠ると去年の暮れに一度放送されたものに手を加えた再放送に近い内容だったみたいだけど、面白かった。主人公の姫川玲子(竹内結子さん)を中心に猟奇殺人事件を解決して行くクライムミステリーなんだけど、原作の小説が在るのね。だから、お話がしっかりしてて分厚いです。今回のは連続レイプ事件の被害者である姫川の過去を絡めたお話で、殉職した姫川の愛弟子みたいな刑事を介して姫川が自ら過去の自分に触れるシーンが良かった。忌まわしい自分の過去と向き合い、犯人と対峙し、法廷闘争に参加する若き日の姫川…。

彼女はカミソリの様な鋭い切れ味で被告人(犯人)の弁護士を論破し、犯人逮捕の過程で殉職した姫川の恩人たる佐田倫子(女刑事)の無念を晴らす長ゼリフを淀みなく、力強く捲し立てるんだけど、その凛とした雰囲気には裁判官の制止すら届かない。か弱いその身体の何処からこんな「力」が湧いて来るのか不思議なくらい彼女は強かった。そして、その姿に誰よりも敏感に反応したのが、裁判を傍聴しに赴いた佐田の仲間の刑事達の「敬礼」でした。その中に佐田の日記姫川に託しに病棟に足を運んだ佐田の上司を見つた瞬間(真っ先に立ち上がり敬礼してた!!)、僕は声を出して泣いた!!今、こうして書いててもモニターが滲む。その姿に「悪」に立ち向かう警察権力という「力」「心」が宿っているのだと感じました。

ちょっと湿っぽくてアレなんですが、僕らは『NARUTO -ナルト-』を通して「強さ」とは何だろう?を考えてるんだと思うんです。少年少女の考えるそれと、僕らオッチャンオバチャンが考えるそれとは必ずしも一緒じゃないし、凄く漠然としてて絞り込まれてなくて公汎過ぎるテーマかも知れませんけど…。そして、ナルトは既に九尾のチャクラの獲得と、その完全なコントロールを経て「力」(だけ)を手にしたんですね。でも、それがあまり芳しくはない。それは何でだろうと今、悶々としてる状況だと思います。僕は若き日の被害者・姫川の発揮する「力」に宿る「心」というものに震えた。それを思い出すと涙が流れる。「力」とは「心」と対で在るべきなんだろうと教えられた。これに気付けなきゃ嘘だと思うくらい…痛烈に。

もしもナルトに「ストロベリーナイト」を観せられたらと老婆心が(ry…そのくらい良かったんだけど、ナルトはしっかりとその辺が解ってる…っていうか、孫ちゃんとの絡みでサクッと乗り越えちゃうと思います。もしかしたら、「忍」の一文字って、「刃」という「力」を従えた「心」を示す六道仙人のメッセージだったのではないかと思えてきます。『NARUTO -ナルト-』の世界観的には「侍」から分派して忍宗忍術に発展させたのが「忍」なので、進化の流れとしては非常にリニアですね。ま…ものは取り様ですんでアレですが、ナルトが気付かなきゃならないのは「心」に相違なく、それが築くのが「本当の強さ」なのだと僕は思います。その為にナルトは傷付く必要があった…それがナルトの幼年期でありましょう。

そして、それを善しとしたのが三代目火影・猿飛ヒルゼンだった事に気付くと、また目頭が熱くなります。それこそ「九尾事件」で夭折したミナトとクシナへの「敬礼」に他なりません。また、それを傍観した自来也も同じ。僕などが垂れ流す老婆心なぞ鼻くそみたいなもんで、彼らの発した「愛」に僕はしっかりと「答礼」したいと思うのです。そして、それがナル×ジャンでの活動なのだと信じています。ま…ダラダラと長くなってアレですが、尾獣に「心」が在る以上、ナルトの生来持つ「愛想」とか「理解力」を感じない訳ないんです。しかも、その取っ掛かりに仙猿の王・斉天大聖孫悟空を持って来たのはナルトにとって最大の幸運だった事でしょう。孫ちゃんの「心」がナルトに向く度にゾクゾクッと背中がむず痒くなります。

自来也で思い出したけど、ナルト命名の行をナルトが知る「ド根性忍伝」をナルトに手渡したのって妙木山のフカサクさんでしたっけ。それ考えると、妙木山の悪意は否定されますね。しかし、どうあれ大ガマ仙人のトップダウンのみでアレだけの「力」が忍界に関与してたのは危険であり、自来也の死後、ナルトの仙術修行にシマが全く関与しなかった描写に、妙木山の行為に対するシマの疑問があった可能性を強く感じます。この辺りは「うちはの石碑」(結)で書こうと思いますんで留め置きますが、ナルトが自分の「名前」をしっかりと認識し誇りを感じられるなら、尾獣のそれぞれの名前を尊重できます。そして、それに宿る「力」だけでなく「心」をも見逃さず感じとれると思えます。孫ちゃんもそれに期待してるのが良く判りますね。


「オレは誰でもない
誰でもいたくないのさ
ただ月の眼計画を成せればいい…」
(トビ)

「だから…」(ナルト)

「絶望しかないこの世界に
存在する価値などない」
(トビ)

「自分を誰でもいいなんて言うあんな奴が…
お前らを言いなりにさせてんのが
ガマンならねーんだ!」(ナルト)

「………
なら…お前はオレ達をどうしたいってんだ?」(孫)

「………」(ナルト)

「ビーのおっちゃんと
八尾みてーになりてえ…」
(ナルト)


「は?」(孫)

「八尾と冗談言い合ったり
ケンカしたり励まし合ったり……!
はっきり口では言えねーけど
近くで見てると分かる…
まるで友達みてーでよ…
…んでいつもオレってば
こう思うんだ」
(ナルト)

「?」(孫)

「むっ…ちゃ……
うらやましいってよ……!」
(ナルト)

ナルトの凛とした生き様と対極に在るのが「誰でもない男・トビ」でありましょう。先にトビの鎖のチャクラ(クシナと同種のチャクラ)に押さえ込まれ悔しがった五尾然り、尾獣の「心」を存在から否定する様なやり口に、ナルトは嫌悪感を示しています。トビは自分だけでなく世界を否定しようとしています。それが「月の眼計画」の本旨であり、兄系の独壇場とも言える幻術で世界を夢に貶めて安心しようなんざ反吐がでるっともんでしょう。ナルトはナルトなりにそれを理解してるんです。だから、自分の言葉で話せる。僕は「お面」をして自分を「うちはマダラ」だと言い張るトビを「マダラ」と呼ぶ事を憚(はばか)りました。それと、ナルトの想いは同じでしょう。そもそもアイデンティティに「お面」なんてあり得ない(笑)。

実際、図らずも穢土転生で召還された「うちはマダラ」はその反転した両目を隠しはしなかった…。そして、このまま世界征服しちゃんじゃないかと心配しちゃうくらい強かった。その「強さ」をトビに感じないのはそのアイデンティティの希薄さに拠るでしょう。それを一番理解しているのはトビなのです。だから世界征服に大幻術・無限月読なんてやりたがるんです。トビの持つ気持ち悪さは「一体化願望」にあります。「自分」と同じ気持ちなのは「自分」だけです。「共感」「同感」も違うものです。個体として人が生きる以上、孤独なのは仕方ない事です。その中で人は互助的な関係性を模索し、「社会」を構築して来ました。「社会」は折り重なり「世界」へと発展する。それは人の本能に根差した自然な進化です。

人が感じる「孤独」を受け容れる為に「自分」が確立しなければ成らない。中心のない「独楽」(こま:孤=”ひとりぼっち”が楽しい)は回転できない。「自分」という中心があって「孤独」が認識できるのです。トビは「自分」を見失い事で「孤独」すら見失っているのです。それがトビの「不安」の根っこであります。それで、ナルトはそれを言葉にできない代わりに、キラビと八尾の関係性に言及しています。これこそナルトの「理解力」なのであります。それは「知性」でもある。「知性」とは「優しさの根」であると、故・司馬遼太郎氏は書き残しております(「21世紀に生きる子供たちへ」参照…ググれば直ぐに見つかります)。ナルトの素直な感じ方こそ、これから未来を生きる少年少女には大切です。そして、これは真似できます。

僕はナルトは「異常者」だと散々騒いで来ました。その根拠に「八卦の封印式」なんてチートな仕組みがありまして、案の定その中にはミナトとクシナのチャクラが組み込んでありました。既に死んだ人が出て来て救ってくれるなんて本来有り得ない事です。でも、そうでもしないと乗り越えられない無理難題をナルトは解決しなきゃなんない運命も同時に持っている。それを踏まえて、僕は皆さんは「ナルトにはなれない!!」と言うしかない。言わなきゃなんない!!と思っています。サスケの堕天を鑑みてもそれは了として頂きたい。でも、真似られるものがある。それはナルトの「真っすぐさ」「素直さ」であります。同じ様に「自分」を感じる事もできる。アンタが感じる「自分」とは「ナルト」ではなく「アナタ」なのだから。


「ガハハハ!!
人間のお前がまさか本気で
尾獣と友達になりてえなんて
言うんじゃねーだろーな!?」
(孫)

「………」(ナルト)

「ハハハ……!」(孫)

「………」(こいつ…)(孫)

(本気で言ってやがる…)(孫)

確かに孫ちゃんには「心」がある。だから、ナルトの発する「真っすぐさ」「素直さ」を感じられる。その為に必要なのは何度も何度でも言うけど「自分」であります。「愛」という字の中心「心」が在るように、「忍」「刃」(やいば)が「心」の上に築かれるように、「心」のある「言葉」もまた届く。僕は『NARUTO -ナルト-』の作品を通して何かを書き皆さんに発信している。それは営利目的でなく、お節介でもあり、老婆心に過ぎない行いである事を重々認識している。その上で残り少ない人生時間をナル×ジャンの活動に捧げている。僕は『NARUTO -ナルト-』に沢山与えられたんだと感謝している。こんなにも素晴らしい作品に出会えた事に心から感謝している(モニターが滲む)。その想いに嘘はない。

僕は僕の「心」が皆さんに届けば幸せだと思いながら、キーボドを叩いている。相方には申し訳ないが、その時は孤独モードに入って頂く。相方も良くしたもので、何も教えはしないが、顎を床にべったりと着けて休んでいる。時折、僕の方を観るが、僕が関わらない限りじっとしている。それは相方が僕の「心」を理解してくれてるからなんだと、僕は感謝している。僕は僕の言葉に「心」を乗せて皆さんに届けている。1グラムでもいい。一粒でもいい。どんな小さな粒子でもいい。皆さんに「心」が届けば良いと思いながらナル×ジャンを続けている。そして、その想いは絶対に伝わると信じている。もしも、僕の書いたものを読んでくれる方のモニターが滲んでるなら、これ以上の幸せはない…と信じています。

それが「繋がり」なんだと、僕は思う。人には「心」がある。それがいろんなものに宿り「本当の強さ」を発揮する。僕らはそのプロセスを『NARUTO -ナルト-』で検証しているに過ぎない。そして、孫ちゃんがナルトをしっかりと吟味し信じた様に、「心」「心」を認められる。それを甘いとか絵空事と信じられないのは、とても悲しい事だと思う。僕は泣きながらこの文章を書いている。それは僕が「言葉」「心」を添えているからだと信じている。僕はただただ僕の「心」を伝えたいと思っている。少年少女に気持ち悪がられるかも知れないけど、これが僕の「本心」なんだと思ってる。それを素直に真っすぐに感じてくれたら幸せです。そして、今、感じている「何か」があるなら、それを忘れないで。どうか…忘れないで。


「だからオレはお前も助けてえ…
えっと…」(
ナルト)

「ハァ………孫でいい…

で…お前オレに食われてっけど
どうすんだ!?」
(孫)

「!!
そ…そうだったってばよ!!
どうしよう!?」(ナルト)

(面の奴よりはマシみたいだな…)(孫)

「オレを止める方法ならあるぜ……
代わりに鎖を解いてくれるってんなら
教えてやらんでもない」
(孫)

「! 孫!!」(ナルト)

孫ちゃんを見てれば、九尾・九喇嘛が何を考えてるか解りますよね。既に九喇嘛の「心」は動いている筈です。あとは切っ掛けというか、九喇嘛がナルトに「心」を開くタイミングを与えてあげれば良いんだと思います。九喇嘛もそれを探してる最中でしょう。ツンデレの「ツン」「デレ」に変わるのって萌えるよねーッ!!なヲタク的展開で好みです(笑)。しかし、ナルトがクシナの遺伝子を継承しているなら、クシナが持っていた希少なうずまき一族のチャクラを持ってる可能性もあり、孫ちゃんを閉じ込めるぶっとい鎖をどうこうできたりするんかしら。できればナルトにはそんな特殊な「力」ではなく「心」に頼って行動してもらいたいんだけど、ナルトは既に「心」を理解してるからね。どうなりますか…。

ま…その辺のカラクリはナルトにデレデレになるだろう孫ちゃんが説明してくれると思うので譲ります。今回はTVドラマの話に始まって感想があらぬ方向に転んでしまったけれど、それはきっと僕の「心」に関係してるんだと思います。いろんな物事に触れ人は感じる生き物であります。そして、僕の「心」が何を発信したくなった。それが今回のグダグダかも知れません(汗)。ま…少年少女・若者はTVドラマなんか観ないんだろうけど(笑)、年寄りの話もたまには聞いてくださいな。決して損はさせませんぜ。さ…気持ちを切り替えて相方と散歩でもして来ましょうかね。年も改まりましたことですし。何せ年のオッチャンなんで(笑)。相方共々、今年も宜しくお願い致します…と、まとまった様なまとまらない様な(ry

届け!!

第568話「四尾・仙猿の王」
ナル×ジャン ケルベロス




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