スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第570話「九喇嘛!!」②

 
<ズオオオオオオ>

<オオオ>(外道魔像)

「四尾を吸い込みやがった!
やっぱまだ奴のだった!」(八尾)

<ザッ>(ナルト)

<ハァ><ハァ>(ナルト)

「魔像の杭」が抜き取られ、孫のチャクラは解き放れたのかと思いきや、外道魔像が大外一気に孫を連れ去ってしまいます。しかし、孫は「四尾の止め方」をナルトに教えたのだと言い張る通り「魔像の杭」を抜いた事で「テイルズ六道」の一角である穢土転生・老紫の人柱変化が解除され活動が停止しました。しかし、老紫は穢土転生で召還された筈だから、その操作系は後頭部に埋め込まれるクナイにお札を結び付けたヤツがあって、封印しない限りどんなダメージを受けても塵芥(ちりあくた)のレベルから再生して活動し続けると思うんだけど、胸の「魔像の杭」が抜かれた老紫はピクリともしません。やはり「テイルズ六道」の登場からの描写を確認しましたが、その肌のひび割れ具合からすれば間違いなく穢土転生の人形です。

そもそも”暁”人柱力を捕獲し、それに封印された尾獣を抽出し外道魔像に再度封印していましたから、元人柱力(テイルズ)の死体を保有しています。人柱力が死んでしまうと封印された尾獣も一度死んで一定期間復活できませんから、”暁”人柱力を半殺しにして外道魔像の元に運んでいました。つまり、輪廻眼の能力がトビに備わっていて長門の様に「ペイン六道」が使えるなら、カブトの展示をコピーした穢土転生をワザワザ使わなくとも、元人柱力の死体に「魔像の杭」を打ち「テイルズ六道」を動かせた筈なんです。しかも「テイルズ六道」に写輪眼や尾獣のチャクラを搭載して強化するんですから、死体を加工する方が楽だし、生前に尾獣と馴染んだ肉体の方が尾獣とのマッチングも良かろうに…。

「テイルズ六道」とナル×ジャンが勝手に呼称したものの、実際は外道の術で視野共有する程度で、神羅天征や封術吸印などの「六道の術」は使わず、元人柱力・テイルズの能力に頼った戦闘に終始しており、どちらかと言うと「テイルズ外道」と呼ぶのが似つかわしい。もしかして、トビが穢土転生を挟んで「テイルズ六道」を動かしたのは「六道の力」を使えない事情があり、外道魔像とのリンクや輪廻眼の外道の術くらいしか使えない不完全な状態だったからではないかと思えてきます。トビが「テイルズ六道」穢土転生を挟んだのは外的な攻撃に自動的に反応して反撃する性質を利用して、六体の操作負担を軽減する狙いが在ったんではないかと思います。しかも「テイルズ六道」の攻撃は連続性と一体感が乏しいです。

そして、何故だか「魔像の杭」が抜かれて孫(四尾のチャクラの本体)が外道魔像に収監され、穢土転生で呼ばれた筈の老紫の活動が停止しています。トビの穢土転生は肉体を再現しているだけで、召還された魂の能力が単体で再現されていないのです。穢土転生は召還された魂の生前のチャクラも再現する筈なんだけど、尾獣のチャクラを抜かれただけで動けなくなっているのが上手く説明できません。この辺りの疑問が解消すればトビのパッチワークの綻び…綻びてるからパッチワークなのかも…が突き止められる…といいますか、トビの全貌が明らかになるんじゃないかと思うんですが、イマイチ追い込めずにいます。余談だけどパッチワークついでにトビが残りの一尾・守鶴のチャクラを自分に仕込んでる可能性もあるある…。

<ハァ><ゼェ><ハァ>(ナルト)

<ゴゴゴゴゴ>「一匹止めるだけで
くたばりそうだな」(トビ)

「しかし出し惜しみは無しだ
お前らの大切なオレのモノ…
これでいただく」(トビ)

「!?」(カカシ・ガイ)

何気に「お前らの大切なオレのモノ…」が引っ掛かってまして、「お前らの大切な」ってのはナルトの九尾とキラビの八尾のことで、それが「オレのモノ」ってーのは、尾獣の集合体である十尾の所有者宣言なのかなーと。或いは、トビが十尾そのものと言いたげな雰囲気すらあります。「トビ=十尾(ト・ビ)説」ってーのがあってですね(笑)。例えば、十尾の意志みたいなものがあって、それがトビを動かす黒幕になってるなんて、僕は考えてた時期がありましたが、もしも黒幕が十尾なら、自分を九つに別けた尾獣の「心」を踏みにじる様な扱いはせんでしょうよ。ましてや、こんな人徳のない戦い方をするトビがかつて十尾の人柱力だった六道仙人の再来なんてのはお日様が西から昇ってもあり得ないだろうし(笑)。

おまけに千手柱間の細胞や写輪眼や輪廻眼など、ありとあらゆる「力」を寄せ集めた挙句、人前に出る時はお面無しにはいられない…なんて、世を憚(はばか)り過ぎてこっちが恥ずかしくなる(笑)。トビの正体はうちはマダラにも千手柱間にもなれなかった誰かだろうけど、捻くれ方からすれば兄系で、未だに”須佐能呼”を出さない(出せない?)ところから追い込めば、左目が眼軸ごと無くなったうちはオビトか、その体に取り憑いたうちはの残党じゃないかと思います。うちはマダラとの関係性から絞り込むならマダラの弟のイズナ一択なんだけど、お祖父ちゃん過ぎて困る(笑)。ちなみに、トビの輪廻眼(=トビが長門に与えて、今は自分に載せてる)ってうちはマダラの開眼した輪廻眼だと、僕は思います。

<ズオオオオ>(テイルズ)

<グオオオオオオオオ>(テイルズ)

「!」(ナルト)

<ゴゴゴ>(テイルズ完全体)

右から、三尾、六尾、七尾、二尾、五尾…。多分、リアルで僕がカカシかガイの位置に立ってたら失禁してます。小さくて見えませんが、カカシもガイもチョロっとお漏らししてるかも知れません。しかし、人柱変化で完全体になってしまうと輪廻眼・外道の術の視野共有とか写輪眼の見切りとか全く関係ないし(汗)。また、人柱力の戦闘能力のマックスが人柱変化の完全体ってのもちょっと違うよな…つーか、カッコ良くないと思います。第一、この子らって”暁”に狩られたからこんな風に扱われてるんですよね。人外の”暁”だったけど、彼らだってサスケやナルトと戦って死んだんです。確かにカカシやガイにしてみれば恐怖以外感じないだろうけど、これを素直に「強さ」なんだと受け容れる度量を僕は持ち合わせない。

人柱変化の尾獣・完全体とは人柱力の封印式内で管理される尾獣から発生するチャクラを用い、人柱力たり得る弟系の肉体=仙人の肉体を陽遁、或いはチャクラの陽の性質変化なのかは定かでは在りませんが、尾獣のチャクラが人柱力の肉体を巨大化させ、形状を変化させることで、在りし日の尾獣の外形を再現しています。そのまんま尾獣が出現するのと何処が違うのかというと、人柱力の抑制が利いていて、尾獣を単なる「力」として受け止めるのではなく、人柱力「心」が通い合った中で、人柱力と尾獣が「力」を練り合わせるところに意味があると思うんだけど、外道魔像を介して尾獣の「心」を無視して、剰(あまつさ)え要(かなめ)の人柱力すら穢土転生で調達してるトビのテイルズ完全体に感ずるものはないのです。

キラビと八尾が寄り添う様にナルトに関与し導く姿に感ずる暖かさとは、本当の強さに対する示唆を多分に含んでおりまして、それがぶっちぎりに強くなくても僕は良いと思っています。何つーか、キラビと八尾を見てるのは嫌じゃないですよね。対してテイルズが完全体になって雁首揃えた所で、恐いけど強そうとは…正直それを認めたくはないと…僕は感じてます。これはもう理屈とか道理ではなく感情論です(笑)。きっと、それは僕らが生ける者だからだのだと思います。生き物には「肉」「血」「骨」があると思うんです。そしてそれらを感じる「心」が備わって「生」というものがある事を忘れてはならないと思うんです。そこをしっかりと踏まえるとテイルズ完全体の違和感が理解できるんではないでしょうか。

上手く書けなくてケルベロスも焼きが回ったな…と思いながら感想を書いています。最近は同じ所をグルグルと回ってる感じがして書きにくいです(汗)。それはきっとキッ神も同じで、一つの答えに一気に手をつけられない歯痒さみたいなものがあるんじゃないかと思います。大人はそれを感じられれば良いし、少年少女は幾層にも積み重ねられた伏線を何度も何度も擦り下ろす様に噛み砕いて味わえば良い。キッ神は何とかして伝えたいのだと、僕は思います。キッ神だって人間なんだから、これが一世一代の仕事でしょうし、ここまでの作品を生み出した「命」から別の新たなものを期待するのは酷でしょう。「命」を削る様に紡がれる作品にはまた「命」が宿っている…。キッ神はそれを証明しようとしているようなものだ…。

ゴメン…今日はここまで。続きます。

<ハァ><ハァ><ゼェ>(ケルベロス)


 

第570話「九喇嘛!!」③ | BLOG TOP | 第570話「九喇嘛!!」①

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。