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”玉”

  
「珍しいっスね
いきなり"棒銀"なんて
じっくりやろうぜ
時間もあんだし」(シカマル→シ)

「敵陣突破の先兵だ
たまにゃ
こういう指し方も出来ないとな」
(アスマ→ア)

「そういう指し方
嫌いじゃなかったっスか?
オレと同じで…」(シ)

「上手相手に"玉"を守る為には
犠牲もやむなしってやつだ」(ア)

「…………
何かあったんスか?」(シ)

「別に…何もないよ
ただ今頃になって
"玉"の大切さが分かって来たのさ」


「そりゃ"玉"取られたら
終わりっスからね…
将棋は」(シ)

「木の葉の忍を駒にたとえるなら
シカマル…さしずめお前は"桂馬"だな」(ア)

「………何で?」(シ)

「力は弱いが
駒を跳び越して進むことが出来る…
このユニークな動きは
型にはまらない
お前の柔軟な思考に似てる」(ア)

「…………
じゃあ先生は?」(シ)

「オレは何でもない
ただの…」(ア)

「犠牲駒…ってか…」<パチン>(シ)

「なら…"玉"は誰だか分かるか?」(ア)

「………
火影だろ?」(シ)

「…オレもこの前までは
そう思ってた」(ア)

「じゃ誰なんスか?」(シ)

「お前も時が来りゃ分かるさ」

シカマルとアスマ…任務や修行の無い時は、よくこうして縁側で将棋を指したんでしょう(35巻/130~133頁)。二人は仲の良い兄弟の様ですね。僕にもアスマみたいな、優しくて強いお兄さんがたらどんなにか楽しかったろう…と思うし、シカマルみたいな賢くて可愛い弟がいたなら…どんなに大切にしただろう…と。シカマルとアスマ…どっちにしても羨ましい関係と思います。二人は一緒にいるのが楽しくて仕方なかったんだろうな…。

アスマの「目」でシカマルを見る時、それは正しく宝石の「原石」の如く秘めたる「力」を感じた事であろうと、容易に思い当たります。アスマはシカマルと言う素晴らしき「原石」を如何に磨き上げるかに情熱を傾けた事でしょう。この場合、「賢さ」と言う能力が合わせ持つ「自尊心」(プライド)に如何に抵触せずに、それをプラス方向に伸ばすか?が非常に重要で、それに腐心する必要がありますが、アスマはそれを重々理解した上で、シカマルの「師」として、彼を導き育てています(非常に余談ですが、三代目は大蛇丸の駄天と言う"大失敗"をやらかしています)。

その最たる例が、今、二人が指して居る「将棋」であります。シカマルの才能を疑い、試しに将棋の入門書(36巻/162頁)を手渡したのはアスマでした。ルールや基礎理論などを、十分ほどで修得して、後はアスマと将棋を指しながら、一緒に将棋を楽しんでいました。結果的に、シカマルが「IQ200以上の超天才ヤロー」(12巻/161頁)と言う事が判明するのですが、アスマがこの時、執ったこの大いなる選択に、僕は敬意を感じてなりません。

アスマは自らの手でシカマルに将棋を教えてはいません。アスマはシカマルと「将棋」を出会わせただけなのです。シカマルの性格の吟味もあっただろうし、アスマの性格もあったでしょう。もっとも、二人は相性抜群のソウルメイトみたいなもんでしたけど…。『何となく分かる』(ナルトが良く言うヤツ)は、ホントに理解したとは言えないです。『ホントに分かる!』って言うのは、自分で気付いた事なのです。

「気付く」とは「築く」なのです。

アスマは、それを知っていました。だから、教える事ができない授業もあった訳です。シカマル自身に気付いてもらわねばならなかったのです。だから、そう言う「物事」との出合いを「演出」して行ったのです。人は一生の内で何度も大切な出会いがあります。それは人かも知れないし、物かも知れない。シカマルは「将棋」に出会い、その「頭脳」と言う「原石」を磨いて行ったのだと思います。その結果はシカマルの闘いを見れば判ると思います。中忍試験での「テマリ戦」、サスケ奪還編での「北門の多由也戦」、「対飛段戦」での戦闘下での作戦の再構築、追撃戦での戦術等など…。

如何に「原石」とは言え、磨かねば輝きを放つ事はないのです。アスマはシカマルの組成を見事に見抜き、埋もれぬように、曇らぬように…シカマル自身がそれを磨くように、上手に「出会い」を「演出」して行ったのです。それはかつて自分が味わった…三代目・火影との確執が影響していると思われます。反りの合わない父と離れ、里を離れ、自分だけになって出会った考え…。それが今あるアスマを形作っているんだと思います。いわゆる"反面教師"と言うヤツです。

この時、アスマは初めて"玉"と言う言葉を使います。それを単なるアスマの「死亡フラグ」と受け取るか、一連のアスマの「演出」の一端と捉えるかで、物語の味わいは『天と地』ほど変わってきます。僕の選択は断然、後者で(笑)、アスマはシカマルにしっかりと遺して行きたかったのだと思います。しかし、最後まで、アスマは自分の口から"玉"の答えを明かしませんでした。それは自分が経験したように、出会わなくちゃいけない「答え」だから…。

アスマの吸う「煙草」はこう言う時の為にあるのかも知れません(笑)。それは「煙(けむ)に巻く」と言うのではなく、「間」が作れるから。それは、言いたい方にも、聞きたい方にも有余を与えます。良い感じの「間」…ができる。そして、賢きシカマルには判ったと思います。アスマが伝えたかった『無言の言葉』が…

『自分で見つけてみろ!!』

それは真に「大切」なものであるから…その「答え」には自分で出会わなければならない。それがアスマの本意であり、シカマルにも伝心(でんしん)したのです。シカマルの目にはアスマの無骨な指先が、シカマルの繊細な「心」を傷付けないように、非常に慎重に配慮している姿を、絶えず見つめていたのだと思います。そして、シカマルの賢さはそのアスマの"優しさ"を受け入れたのです。「かっこいい大人」とは…。「師」とは…。ここでも、シカマルは教えられたのではなく、出会っているわけです。それが、シカマルにとってのアスマの存在です。

アスマが遺した「お前も時が来りゃ分かるさ」と言う言葉の「時」とはアスマの生き様…「死」をしかと見届けた時になろうとは、シカマルも想像していなかったでしょうが、アスマにだって、この"玉"が何なのか?その答えに出会った「時」がある筈です。それはいつなのでしょうか?この将棋の少し前に、アスマが父である三代目・火影の墓前に佇むシーンのその痕跡が遺されています(以下:35巻/95~97頁)。

「…今ならアンタの言ってた事も
少し分かる気がするよ。
木の葉を離れたり…
好き勝手な事ばっかりして悪かったな…
後悔はしてねーけどな………
…今は猿飛一族に生まれたのも
悪くねーと思えるぜ
アンタはちゃんと
里長としての役目を果たした」

『かっこいい親父だったよ…』

線香代わりの煙草。"玉"=「火影」と思ってる時…つまり、若い(子供?)頃、アスマは父である三代目と反りが合わず、やさぐれた過去があるようです(汗)。そして、墓前で語る「…今ならアンタの言ってた事も少し分かる気がするよ」の「今」が、アスマがその「答え」と出会った瞬間と考えて良いと思います。それは恐らく、自分が亡き三代目と同じ立場になった瞬間。それは…つまり、紅のお腹に自分の子供が宿ったと聞かされた時ではないでしょうか?

自分が父親になった時、自分の子供の事を考えた時に湧き出て来た気持ち…。アスマはこの時、三代目が自分の父であると同時に里影として生きなければならなかった「道理」に行き着いたのではないでしょうか。だから、「アンタの言ってた事も…」になる訳です。子供の頃感じた、寂しさや不条理。子供だったアスマには、木の葉の里の「父」たる火影の職責までを飲み込む事はできなかったのでしょう。

そして、木の葉崩しで三代目は里を身を呈して守り通しました。その生き様…「死」はアスマにも届いています(多分、葬儀には参列しなかったな…多分)。そして、三代目が守り通したものが、"玉"であることも、アスマには理解できたのだと思います。「里長としての役目を果たした」と、猿飛の墓標に語ったのは、「父」として自分に接してくれなかった「立場」も判る歳(心境)になりました…と言う事です。「猿飛一族」とはその職責を担うべき血筋を意味するのだとも、この描写からは見て取れます。アスマのやさぐれたベースにはそんなプレッシャーもあったんですね。

そして、何より、三代目もアスマに教えなかった。それはアスマにも出会って欲しかったからだと、僕は考えています。ホントに大切な答えだから、自分で気付く必要があるから、教えるわけには行かなかったのです。その人の事を真に大切に思うからこそ、黙して語れない。それこそ、真の「親心」と言うものではないでしょうか?三代目もそうだった。アスマもそうだった…。その気持ちは連綿と続いているのです。そして、その繋がりが木の葉の里を造り上げているのです。それら全てが「今なら分かる」と言う、アスマの言葉に集約されています。

終わりがあれば、始まりがある。アスマの命は新しい命を生み出しています。それは、紅のお腹に宿っていました。二人は愛し合い、その証をこの世に遺していたのです(以下:38巻/55~58頁)。

「出歩いていいんですか?」

アスマの墓前…紅が佇みます。えらく女っぽい感じの紅。ワンピース姿の紅のお腹はかなり大きくなっています。ちょっと、冷えそうで心配です。近所のお婆ちゃんい叱られそうで心配(汗)。「!」…紅はシカマルの、その声に紅は振り返りました。まるで、アスマが話し掛けるような暖かい、優しい響きを、紅は感じたんだと思います。

「将棋の相手がいなくなったわね…
アナタはアスマの
一番のお気に入りだったから
さみしくなるでしょ…」(紅)

シカマルと一緒に居ると、紅はアスマの事を思い出してしまうのかも知れません。シカマルに「さみしくなる」と言ったのは彼女自身の気持ちでしょう。紅は仲の良い兄弟のような二人を見ているのが好きだったんだと思います。それは彼女に「家庭」をイメージさせていた…かも知れない。笑顔と笑い声の絶えない、暖かい家庭を…。でも、その笑顔の中心に居るはずの…最愛のアスマはもう居ない…。

「大切な事からくだらない事まで
いろんな事を教えてくれたんですよ
将棋もその一つだった
さみしくないっつったら
ウソになりますけど
オレはもうガキのままじゃ
いさせてもらえない世代ですから
ピーピー泣いていられないっスよ
オレ…"めんどくせー"って
いつもだだこねてたから
ガキの頃
そのせいで失敗ばっかして…
…そのたび
アスマには守られてばっかで…
それでかな…
つかみどころのない変な先生だったけど
オレにとっちゃ
むちゃくちゃカッコイイ大人だった」

『今度はオレの番ですよ
その子が生まれたら
今度はオレがその子を守る師ですから…

カッコイイ大人にならねーと!』

アスマにとっての"玉"とはシカマルであったと、僕は考えています。

実際、「暁」の飛段との交戦で、アスマが「捨て駒」(棒銀)にならないと、飛段の術の正体も解らず、小隊ごと殺(や)られていただろうし、何よりもアスマはシカマルを大切に思っていましたから…。「暁」の動きが活発化し、木の葉にもその魔の手が及ぶだろう予測から、アスマはこの状況を悟っていたんだと思います。どんな状況に陥っても、シカマルだけは、命を賭けても守り通そうと心に誓っていたのです。「棒銀」とはアスマ自身。たとえ犠牲駒になろうとも"玉"を守る。それがアスマの「覚悟」でした。

そして、自分の為に逝ったアスマを「カッコイイ大人」と言うシカマル。シカマルはアスマの行動の奥の奥までをしっかりと理解していたと思います。それは教えられた事ではなく、自分で気付いた事だから、「今度はオレがその子を守る師ですから…」と言い切れたのです。アスマが命を賭けて自分を守ってくれた事を、それを一身に受け止めようと、シカマルは歯を食いしばっているのです。それが、シカマルの「覚悟」でもあります。

「………ありがとう」

その毅然としたシカマルの言葉の中に、紅は「アスマ」を感じたのだと思います。アスマが居たからシカマルが居る。自分も居る。そして、お腹の子も…。もうアスマは死んでしまったけど、寂しくなんかない!きっと、紅は、アスマの死後、不安の中で過ごしていたと思いますが、シカマルのこの言葉が、どんなに支えになった事でしょうか。

「オレはもうガキのままじゃいさせてもらえない世代ですから」と言うシカマルの言葉に頼もしさを感じてしまいます。紅の暖かい掌が終止、お腹に触れています。まるで、シカマルの言葉を伝えるように、その暖かさを伝えているのです。

シカマルはこの一件を経て、確かに「大人」になったのです。アスマの死後、シカマルは暫く煙草を吹かしていましたが、年齢的には未成年だろうけど…誰が何と言おうと、シカマルは大人になったんだから、問題無いです。煙りで環っかを作ろうと、煙りを口から出して、直ぐさま鼻から吸い込んでも良いのです(笑)。この件で大騒ぎするヤツがいたら、それこそ、最高裁まで闘う決意でした(笑)。

この成長はアスマがもたらしたものです。それに多少の痛痒さを感じるのが、シカマルの父、シカクです(笑)。シカクはアスマがした事をホントは自分がしたかったんだろうけど、余りにもシカマルと似過ぎていた自分が、それをするべきではないと判断したのだと、僕は考えていて、それがシカクらしい賢明さだと思っています。だから、アスマの死はシカクにとっては痛痒い…。それが、シカクとシカマルの対局で赤裸々に描写されます(以下:38巻/59~61頁)。

「さすがオヤジ
アスマと違って強えーな…」<パチン>(シ)

「棒銀か」<パチン>(シカク→父)

「上手相手に"玉"を守るためには
犠牲もやむないってやつさ」


シカマルはアスマと同じ言葉を喋っていますね。アスマの事を想い出しながら将棋を指しているんでしょう。

「そう逃げたらホラ
ここで桂馬だぜ」(シ)

「金のどっちか逃げても
角が成り込みか…
ったくその桂馬
いやらしい手だぜ」(父)

シカクもシカマルを「桂馬」と分析していたんだと思います。「いやらしい」と揶揄するのは、妙手というのもありますが、シカマルの性格を言い表している。しかし、それは批判では無く、賞賛。賢き我が子に対する「ハナマル」だと感じます。シカクの「親バカ」の片鱗が微妙に見えた気がして、僕は嬉しかったです(笑)。

「木の葉の忍を駒に例えるなら
オレは桂馬だからな」(シ)

「何だそりゃ?」(父)

「アスマがそう言ってた」(シ)

「……」

この時のシカクの"ポカン顔"は、アスマに対する「嫉妬」に近い気持ちではないかと…僕は疑っています。「自分が考えていた事をアスマも考えていたんだ…」と、シカクは心の中で、大声で叫んでいたのかも知れません。今、こうして息子と将棋が指せる。シカマルの「アスマと違って…」と言う言葉からしても、シカクも将棋を以前から楽しんでいたと考えて良いと思います。しかし、父・シカクはシカマルに将棋を教えたりはしなかった。その想いは「いつかは出会うだろう」と言う処にあったのだと思います。出会って欲しいと思っていたのだと思います。

「ケッ…
お前の性格をよく分ってやがったな…
アスマのやつも…」(父)<パチン>

駒を指す指にも力が入るってもんです(笑)。アスマがシカマルのそんな深層までを見通してた事に、シカクの心境は更に微妙に…(汗)。ついでに、シカクは「"アレ"も聞いてみるか…?」とこの時、思い付いた…。ちょっとイラッとしつつも、アスマがシカマルに遺して行ったものを確かめずには居られなかったのです。また、シカマルとアスマの関係性も充分にシカクは認識していたでしょうから、アスマの死がシカマルにどんな影響を及ぼしているかも、同時に探りたかったのもあると思います。

「なら"玉"は誰にあたる?」

かつて、アスマがシカマルに投げかけた質問です。あの時、シカマルは答えられなかった。一体…どんな答えが帰って来るのか?この瞬間、シカクはドキドキしながら、シカマルを見守っていたと思います。勿論、シカク自身は疾(と)うに出会っている「答え」です。シカクの目はしっかりと見つめています。それは、シカマルの今の雰囲気。輝き…。「今なら聞いても良い!」と、シカクは思ったんだと思います(やっぱ、親バカだわ…笑)。

「…木の葉をになう
これからの子供達…
それが"玉"さ」


これがシカマルの出会った「答え」でした。アスマはシカマルを遺しました。それは、アスマにとっての"玉"はシカマルだったからです。そして、その「行い」や「想い」を自分の中で咀嚼した上で、自分自身で出会った…これが、シカマルの「答え」なんです(その中でもプライオリティが最上位が紅のお腹の子だろうと思いますが…)。きっと、その声は清々と、淀みなかった筈です。それは…アスマが遺し、シカマルが気付いた…「覚悟」なのです。そして、シカクが(運命に)託した想いそのものでした。

「よく分かってるじゃねーか
……よっと王手」(父)

シカクはアスマにしてやられたと思いが半分。ここまでしっかりと教え導いてくれた事を、有り難く思うのが半分。父親の心境的には(やや)微妙な痛痒さを残しつつ、こうして「大人」として歩み始めた我が子の輝きを前に、目を細めていたのではないでしょうか。シカマルはアスマに出会ったのです。これ以上の「運命」はない。そして、この「答え」にシカマルが気付けた。それは、アスマにとっても本望だったろうし、親として、シカクにも、こんなに喜ばしい瞬間はなかったと思います。

「あ!」(シ)

「てめーが"玉"を守るには
まだまだ力が足りねーな!
精進しろよ!」(父)

「くっそー!」(シ)

シカクは立派な人格です。アスマがシカマルに付いていてくれたから安心して任せていたんだと思います。また、シカマルを易々と将棋で討ち負かしてしまうところからしても、相当の「知将」と言えるでしょう。

これまでも不安定だったシカマルの背中を支えていた描写もありますし、「かかあ天下のダメ親父」では決してない存在感を感じます。シカクはシカマルのなるべき姿をしっかりと示していると言える存在です。物語の中に登場するお父さんの中では「白眉」です。

僕はシカマルも好きだけど、シカクも好きだな。きっと、アスマの子はシカクも自分の孫のように可愛がってくれるんじゃないでしょうか。シカクのサブリミナルな親バカっぷりを見てると、何だか、そんな予感がしてなりません(笑)。

アスマの形見の煙草を吹かすシカマル…。うち降る雨。涙雨…。

「煙が目に…染みやがる…」

アスマがシカマルに遺したもの…。
それを、シカマルは一生忘れない。

そして、シカマルはアスマみたいな大人になる。
そう、カッコイイ大人に…。



 

大蛇丸は何を知っていたのか? | BLOG TOP | 第378話「一対一…!!」

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