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第572話「九つの名前」④

 
「オレ達は四尾の訴えで集い
お前に聞かせ渡すものを約束して
こうしてここに居る」(ウタカタ)

「そっか……あいつそんなこと…
へへ…とにかく皆集まって
仲良さそうでよかったってばよ!」
(ナルト)

「そうなったのはここより
四尾と老紫がいなくなって後のことだで

ナルト……お前のおかげだ」(ハン)

ウタカタとハンのセリフの流れから、孫の呼びかけ(訴え)で「心の階層」にテイルズは集えたようです。ハンの「こうなったのは…」を解釈すれば、人柱力が一緒にいるのも、もしかしたら孫と老紫の邂逅に震えた結果だったのかも知れません。そして、それらがナルトのお陰なのは、やはり九喇嘛と「心」を繋げられた…エーッ!?九喇嘛がッ!??(笑)…衝撃に拠るところが大きいと思われます。やればできるんだな…と、オオノキ以上に頑固じじいだった老紫が<ニコ>と笑って刹那ではありましたが孫と「心」を通わせ「違う道」をちゃっかり味わって外道魔像に消えたのなんて、その他の尾獣達も「オレもオレも」となっても不思議じゃありません。それは元人柱力にしても同じ気持ちなのでしょう。

だからナルトは「仲良さそうでよかった」と感じてるんですね。ま…それを「お前のおかげだ」とハンに言われたところでナルトは頓着しないでしょうが(笑)。尾獣が念話(テレパシー)で繋がっている提示がありましたから、尾獣同士が「心の階層」に集うのは特別ではないと思いますが、人柱力がそれに随伴するのは画期的です。それは「やぐら」「キラビ」のレベルをもって実現かのうな筈で、その他の人柱力がこの場に臨場できるのは尾獣だけでなく人柱力の認識が一定のレベルをクリアできたからで、それが九尾・九喇嘛が超えた一線によって尾獣とその人柱力に示唆を与えたものと、僕は受け取っています。それをして「ナルトのおかげ」となる訳で、皆、ナルトに教えられたと感謝しているのです。

「ナルト君
前に来て手を…
四尾…イヤ孫悟空との約束を…
果たします…」(二位ユギト)

「!?」(ナルト)

「私の名は又旅(なたたび)」(又旅)

「二位ユギト」(二位ユギト)

「ボクの名は磯撫(いそぶ)」(磯撫)

「オレは元四代目水影やぐらだ」(やぐら)

「私は穆王(こくおう)」(穆王)

「ハンだ」(ハン)

「オレやよ
犀犬(さいけん)ってんだ」(犀犬)

「ウタカタだ」(ウタカタ)

「ラッキーセブン重明(ちょうめい)だ」(重明)

「フウっす!」(フウ)

<スッ>(テイルズ)

<トン>(ナルト)

それで、尾獣と人柱力は「名」を名乗ります。そして、尾獣はナルトと手を合わせチャクラを与えます。これは孫がナルトに「チャクラを渡せた」と話してるので鉄板です。ちなみに、今まさに「尾獣モードVSテイルズ」の真っ最中で「九喇嘛の鎧」と分身ナルトが「魔像の杭」に取り憑いたところで、一応、テイルズは外道魔像の管理下を脱していません。それなのにここまで自由に語り合えるのは外道魔像が尾獣の「心」を縛れていないからです。もっと言うと、こんな戦いの最中にこんな静かな場所があり、こんなにホッカリと話し合えるなんて何かがオカシイと思うべきでしょう。そしてテイルズが自らの「名」を伝え、チャクラを渡す。それが何を意味するのかは物語で提示があると思います。

つまり…ザザザッ…ザザッ…って~おい~ィ!!(笑)もう書けないところだらけで申し訳ありません。僕が「うちはの石碑」(結)を書かないもんだから、手が詰まって仕方ない(汗)。でも、「捏造限界」で埋める必要があった場所に間チャンがズッポシです(世界的に間チャンの擬音はズッポシですよねーッ)。ま…ホントに近い内に書きますんで(近い内っていつだよッ!!)、お待たせした分、しっかりと熟していると思いますので。しかし、一尾・守鶴は何処でどうしているのやら。狡賢いトビの事ですので、ここぞという場面でぶつけてくるかも。それを逆手に取って一尾・守鶴にすら悟りを与えられるくらいなら、必ずや外道魔像の呪縛をテイルズはうっちゃれるんじゃないかと、僕は思います。

それに”尾獣モード”一尾・守鶴のガチバトルはご馳走じゃないですか。めっちゃファンキーな守鶴が尻尾振り乱して暴れて欲しいし、それすらねじ伏せて救うのがナルトだと思います。キラビとは既に拳を合わせてチャクラ交換の儀式も済んでますんで、守鶴が落とせればナルトは尾獣のチャクラと名前…そして「心」をコンプすることになるます。もしかしたら、それによって「心の階層」の更に奥底にある…例えば「魂の階層」とか「十尾の階層」に進めるオプションが存在するんではないでしょうか。そこから外道魔像の介入にハッキングしてコントロール権を奪うとかできて、ホントにナルトは尾獣を統合しちゃうんじゃないかな…それで実現するのが…”十尾モード”なんじゃないかと、僕は考えてるんだな。

「私はもう長くない

守鶴・又旅・磯撫・孫悟空
穆王・犀犬・重明・牛鬼・九喇嘛

離れていてもお前達はいつも一緒だ
いずれ一つとなる時が来よう…


それぞれの名を持ち…
今までとは違う形でな
そして私の中に居た時とは違い
正しく導かれる


本当の力とは何か…
…その時まで…」(六道仙人)

(長すぎなんだよ…じじい)(九喇嘛)

ま…根拠のない妄想は実際の提示に譲るとしまして、九喇嘛のおぼこいこと…<ジュルッ>。めちゃめちゃメンコイですね。六道仙人の話を円座で聞く尾獣達ですが、これは九喇嘛の回想ですよね。尾獣達にその「名」を託され、チャクラまで手渡され、何だか重いモノを背負わされたナルトですが、九喇嘛はそれが頼もしくもあり誇らしくもあったのか、六道仙人の辞世を思い出します。十尾から分割した尾獣は離れていても「いつも一緒」…それが「心の階層」を意味するんでしょう。尾獣が念話(テレパシー)可能なのは「心の階層」で何者にも干渉されず話し合えるからです。そして、いつか一つになる…それは十尾として再び統合される暗示であり、尾獣が不安定な「力」と兄系に判断された理由でしょう。

兄系の瞳力とは「チャクラ(=力)」は見分けられるのに対して、弟系のミトやナルトは「悪意の感知」ができる「心」に対する感受性が備わっています。外道魔像は尾獣の「力の階層」に干渉できても「心の階層」には立ち入れない。ここまで片手落ちの能力を六道仙人は何でそれぞれに委ねたか?その前に十尾を分割しおぼこい子供の尾獣を九つも作り、それぞれに「名」を与え、この世に解き放ったのは何故?六道仙人は尾獣にもそれを考えて欲しかったんだと思うんです。尾獣達が正しく導かれ、「本当の力」とは何か…を知る事を願って。九喇嘛はその答えを見出したのだと思います。だから、こんな風に微笑む事ができる。こんなに柔らかい表情の九尾(九喇嘛)を見る事ができるとは…(滝汗)。

もうこの辺りでこれまでバラまかれた伏線が集結して来て、オイオイ…十尾復活!?みたいな勢いで大きなウネリを生んでいますよね。こりゃホントに『NARUTO -ナルト-』終わっちゃうよ…マジかよッ!?って寂しいやら嬉しいやら(笑)。しかし、ナルトの方がここまで完結しちゃうと、サスケとの会わせ方つーか、「終末の谷の決闘」の落としどころが逆に見えなくなってしまいます。ここまできたら「ナルトVSサスケ」はゴワサンに願いまして、トビを包み込むくらいの別の大きな敵が出て来て、ナルトとサスケが協力してそれを打倒するみたいな流れになるのかしら。って言うかね…十尾ってそもそも何だったのかな…ちゅー話になりませんかね。何か変な話になってしまってゴメン。どうか叱らないで!!

「長すぎなんだよ…じじい」って(笑)。

だって書けない事が多すぎるんだもん(汗)。

続きまーす!!



 

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