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第577話「憎しみの刃」①

 
「柱間が死んで残した
その意志とやらでオレに勝てると?

力とは意志ではなく
物質の起こす事象のことだ」
(穢・マダラ)

<ザッ>「違う!
死者の意志が残された者を
突き動かしを現す!

私の作った医療忍術
その意志の中から生まれ…<ザッ>
医療忍者が構築された!<ザッ>

第一項
医療忍者は決して隊員の命尽きるまで
治療を諦めてはならない!<ズズ…>

第二項
医療忍者は決して
最前線に立ってはならない!

第三項
医療忍者は決して小隊の中で
最後まで死んではならない!

弟子達に教えたのはここまでだ
だがはもう一つある!

第四項
忍法創造再生百豪の術
極めし医療忍者のみ
上記のを破棄できる!」<ザン>(綱手)

「!?」(メイ)

「!」(我愛羅・オオノキ・エー)

「…百豪の術だと…?
聞いたこともない…」(穢・マダラ)

僕は綱手が柱間から継承した…単純な力などではない…「力」とは、綱手の言葉通りで、もっとこう…入り組んだ仕組みの大袈裟な能力なんだと思ってました。でも、蓋を開けてみたら思いっ切り「精神論」でした(笑)。「火の意志をなめるなよ!!」で、それに気付くべきだったんだけど(汗)、綱手は柱間の意志を受け継ぎ、医療忍術の大系を考え、医療忍者の育成と「掟」を構築したようです。ぶっちゃけ医療忍者は小隊で最後の最後まで生き残らなければならないので、積極的に戦闘に参加はダメです…みたいな「掟」なんだけど、「忍法・創造再生」「百豪の術」を極めた者はその限りに非ずとの但書きが付加されていたとのこと。しかも、それは綱手だけに適用される(笑)。

そもそも、医療忍者「掟」を綱手が起草したんだろうから、当たり前っちゃー当たり前。「忍法・創造再生」が出来るのも今のところ綱手のみっしょ。ここで、今のところ…というのは、微妙にサクラに綱手が伝授してる可能性があると思うからなんだけど、サクラがナルトと近親であるとすれば、千手柱間→波風ミナトの線上にサクラも擦るでしょうから、千手柱間の能力の遺伝的な継承が考えられます。っていうか、サクラも「馬鹿力」ですんで、これで胸がもっと大きくなればビンゴでしょう(笑)。『NARUTO -ナルト-』は一応、「諦めないド根性」の大切さを説く少年少女のバイブルなんだけど、悲しいかな、よくよく考えてみると、みんな良いとこの坊ちゃん嬢ちゃんの話なんだな(汗)。

そうなってしまうと、「諦めないド根性」すら「遺伝的な才能」だと思われ、ドンドン救われない方向に転んでしまうので、見ないように…はできないので、ここらで腹を括って真正面から受け止めてみますか(笑)。例えば「醜いアヒルの子」でって、その考えを適用すれば「醜いアヒルの子だと思ってたけどホントは白鳥の子でした」という長いタイトルになっちゃいますし、サスケを親のように見守るトビなんて、「鳶が鷹を生む」改め「鷹の子は鷹」あるいは「鳶の子は鳶」を地で行く小物臭が既に漂っていますがな。つまるところ、それが「アイデンティティ」というものでありまして、そろそろ、血も涙もないケルベロスが少年少女に「引導を渡す」べきなのかと悩んでおります。

でも、それも無粋と言えば無粋でありまして、ナルトの底流を流れます「ある想い」に反しますれば、ここは「単純な力などではない」と思わせぶりの程が過ぎた綱手の「力」がホントに何でも無い「馬鹿力」だったところに免じましてスルーさせて頂きましょう(笑)。でも、ま…「馬鹿力」と申しましても、大蛇丸に浴びせかけた「通天脚」でもなければ、自来也に三途の川を拝ませた「桜花衝」でもない。額の♦マーク(陰封印)にしこたま貯め込んだチャクラを解放(陰封印・解)して、それを「力」に変換する技術。それが「忍法・創造再生」「百豪の術」の正体でしょう。「豪」とは何かに長けたり、強い事を意味しておりまして、それを百種類(=とても多く)綱手は使えるのでしょう。

「忍法・創造再生」とは、かなり特殊な忍術でありまして、一種の「陰陽遁」と考えられます。しかし、恐らく綱手は「陰遁」が不得意な為、「陰封印」に依って「陰遁」を予め用意したものを封印しているのだと思われます。だから、「忍法・創造再生」を発動する際、その前段階に必ず「陰封印・解」が存在する訳です。これは♦マークに溜め込んだチャクラを解放するだけでなく、予め用意した「陰遁」解放しているのだと思います。でも「陰遁」って「幻術」じゃないのか?と反論もあるでしょうが、僕は寧ろ「幻術」が「陰遁」の一部で、あらゆる事象を解析した「コマンド」の塊…つまり、一種の「ルーチン」なんじゃないかと考えていまして、綱手はその「ルーチン」が百(程度)もある訳だ。

<ザッ>「私だけの禁術
つまり私だけは使えるってことだ!!」(綱手)

「…花粉は塵遁で消し飛んだが…
医療忍者が一人増えたところで…」(穢・マダラ)

「四人でダメなら五人でいく!
私をただの医療忍者だと思うなよ!」(綱手)

<ブオッ>(穢・マダラ/須佐能呼)

<ゴッ>(綱手)


<ミシミシ>(スピードは雷影以下…)(穢・マダラ)

(パワーは雷影以上か…)<バキキキキキ><ドッ>(穢・マ)

恐らく、綱手はいつもより大目に…と言うか、全ての「陰封印」を解いてるのだと思います。それが「百豪の術」でしょう。人体の各部位、各臓器、各組織などなどの「設計図」と共に、肉体の津々浦々を活性化させるツボだか点穴だかを刺激し、潤沢にチャクラを供給することで、「雷影以上のパワー」を実現しているのでしょう。例えるなら、ガンダム00の「トランザム」みたいなもんでしょうか。時間をかけて貯蔵したチャクラを一定期間放出する事で肉体活性して、身体の損傷を自動修復するチートな戦闘方法ですが、溜め込んだチャクラのみを使い切るように設定しておけば、カカシみたいに限界以上のチャクラを絞り出して三途の川を拝む事もありませんので、医療忍者らしい術だとも言えます。

それで、ここで穢土転生・マダラが冷静に綱手の力を見立ててますね。それはこの戦いが「力とは?」を問うイデオロギーの戦いである事を示しています。兄系・マダラとしては、綱手に対して告げた通り「力とは意志ではなく物質の起こす事象」であるべきで、眼に見えない「精神論」だと困る訳です(笑)。しかし、綱手にとっての「力」とは、柱間の残した「火の意志」を基盤とした、ややもすれば「根性」に過ぎず、背面にチャクラの恩恵はあるもの、その根源には「心」が存在すると言い張っているのです。しかし、一度、拳を振りかざせば、両者の理論の違いは「物理的な事象」として数値や威力として比べる事ができますから、この「力比べ」はマダラも五影も譲れないのです。

特に「心」とか「根性」とか「意志」とか、眼に見えない「精神論」「力」を語る弟系…この場合は綱手を含む五影軍団…が、兄系に負けた日には「甘っちょろい事を言うな!!」(笑)と、どっかの掲示板だったら”www”…と草を生やされ火だるまになってしまいます(笑)。五対一の多勢に無勢でも明らかに穢土転生・マダラは五影を押してますし、マダラの言い分は理論的で、綱手の示す「掟」だか何だかは、いつだったか国民を上手く騙したどっかの政党の「友愛」と似てる気がします(笑)。でも勝てば官軍と言いまして、勝者の理論が正当化されるのは道理でありまして、兎に角、どっちも負けらんない訳。誰かが言ってたな…強い者が勝つんじゃない!!勝った奴が強いんだ!!って(遠い目)。

(火遁・豪火滅失!!)<ブオ>(穢・マダラ)

<ドフォ><シュオオオ>

(水遁・水陣柱!!)(メイ)

(からの~水遁・水龍弾!!)(メイ)

<ゴボボボ>(水龍弾)

<ヒュン>(エー/オオノキ)

<プッ>(水龍弾)

<ゴッ>(加重岩―
雷虐水平千代舞!!)
(エー/オオノキ)

<バキ><ビシシ>(エー/オオノキ)

<ガッ>(綱手)

<バキキキ><ガッ>

<ガラ>「確かに…
か弱い女ではないな<ガラ>

だがお前が出しゃばり死ねば
他の影達も終わりだぞ
回復役は貴様だけのようだしな」(穢・マダラ)

「それは私が死ねばの話だ」(綱手)

柱間…お前が何を残したかは知らんが…
…この程度…お前には遠く及ばん
どうせ下っ端に引き継がせるなら
オレのように復活のやり方でも
教えておくべきだったな」
<スッ…>(穢・マダラ)

こから五影のキレイな連係が穢土転生・マダラを畳み込みます。綱手が前面からプレッシャーをかければ、マダラが超高温の火遁・豪火滅失で返し、その炎をメイちゃんの水遁・水陣柱で塞き止め、水陣柱の勢いを利用して大型の水龍弾で攻撃に換える。火遁に対して優勢の水遁で攻めてるところがミソで、後退するマダラの背後に狙い澄ましてエー&オオノキの加重岩+雷虐水平千代舞が待ったをかける。この時、メイちゃんの水龍弾がどうなったのか見えませんが、チャクラ性質的に相反する火遁と水遁が相殺されて掻き消えたのかも知れませんね。そして、背中を押さえられた状態のマダラの”須佐能呼”を前面から綱手の単純な前蹴りが極まり、”須佐能呼”の肋骨が砕け散ります。

しかも、穢土転生・マダラは勢い、吹き飛ばされて花樹界の幹に叩き付けられます。流石に綱手の「馬鹿力」は認めるマダラ…結構な素直さんですね(笑)。これは裏を返せば「力」をちゃんと数値化して冷静に分析するポリシーがあると言う事でもあります。後述がありあすが、穢土転生・マダラはここで木遁分身を使って本体は花樹界の幹に隠形(おんぎょう)してるんですよね。それを上手くはぐらかす為にか、のらりくらりとシャベクリを織り交ぜ、マダラの死合巧者っぷりを窺わせます。五影瞳力や感知系がいないのも、形勢をマダラに傾ける要素になってるのも見逃せない。その意味で、木ノ葉の日向一族の白眼って特異な感じがしますね…。迫害されず木ノ葉の要職に在るのも不思議です。

おっとと…話が転びそうになったので立て直すと、穢土転生・マダラが「復活のやり方を…」などと、何気に大ネタをぶちまけてますね。これって、「長門のガキ」…つまり、自分の輪廻眼を「うずまき一族」の末裔たる赤髪の少年・長門に移植して、「六道の力」を発揮できるように泳がせ、それをあろう事か自来也に育てさせたんだから、お立ち会い…何とも嫌らしいやり口じゃありませんか。ま…そこで暗躍してたのが、恐らくトビでありまして、その意味でトビもまた「下っ端」だったのかしら…ね。ナルトの”尾獣モード”の覚醒に思考が停止した辺りで小物臭が漂いましたが、マダラも徹底的に「心」とか「精神」を無視してますんで、それを兄系の性(さが)と飲み込めばやや立場を残しますね。

基本、マダラは長門「六道の力」を完全に使いこなし、「外道・輪廻天性の術」を会得する期待があったんですね。しかし、長門がその「力」を木ノ葉の死者を救う為に使い果たして真っ白になった時、「オレのための…」と零してましたね。その部分にマダラとトビの温度差を、僕は感じてまして、カブトが穢土転生で呼んだマダラに、「あの偽マダラが計画通りに事を運ぶ気があるかどうかは分かりませんが」(ep561)と伝えたのと、多分同じ内容なんだと思います。だとしたら、カブトの穢土転生を止めるのはイタチではなくトビなんじゃないのかな…と、香車の筋の端歩を突くよな手を打ちたくなるケルベロスでありますが(笑)…あるとしても、その時期はもっと五影を削ってからでしょうね。

<スッ>(エー/オオノキ)

<ザッ>(我愛羅)

「…お前が死んで残ったものは
オレにへばりつく細胞の生命力でしかない

が死んで残ったものは
オレの両眼の瞳力でしかない」(穢・マダラ)

「だから違うといっている!!」(綱手)

「引き継がれるものが
あるとすれば…」
(穢・マダラ)

「憎しみだけだ」(穢・マダラ)

兄系瞳力って、チャクラや忍術を用いる忍者の世界観の中では弟系に対して圧倒的に有利だと思うんです。しかも、強いチャクラ(精神エネルギー)を基本的に持ってるんですから、僕がだったら六道仙人「何で選んでくれないの!?」と問いますね。きっと、兄系のひん曲がった性格設定というものは、そこに根差している筈です。そこは凄く良く分かる。「お父さん何で!?何で!?」となります罠。だから、の身体を取り込んでしまうのかな…とも思うんです。これはそれなりにしっかりとした「理由」がある行動なんだけど、人情としても理解可能です(笑)。そこで、圧倒的に解らなくなるのが、に魅かれる理由であります。具体的には「ナルト→サスケ」なんですけど…。

そう言えば「サスケ→イタチ」も流れ的には「弟→兄」なんだけど、それは兄系の、しかも恋愛感情に近いドロドロとしたものだと思うので除外してヨカですか?(笑)それで、綱手が全否定で穢土転生・マダラに噛み付いた直後、それを嘲笑うかのように「憎しみだけだ」と返すマダラの狂気に満ちた眼に何をか感じるケルベロスなのです。確かに「力」を「物質の起こす事象」と至極冷静に、合理的に定義する兄系の言い分は整然としているように思います。しかし、それが人の「情」や「心」を全く無いものと断ずる材料にはなり得ません。っていうか、この人…オカシイと普通に思います(笑)。外道魔像を介した尾獣の扱い方とか、明らかに賢くなくて、それが冷静な知覚と整合性が保ててません。

その根っこに、圧倒的に有利な兄系瞳力ってのが在ってですね…クドクド…何でも見える眼が在るからこそ、それで見えないものを信じる事ができないんです…兄系って。だから、辛うじて「一族」を形成できても、それを「里」とか「国」の単位に押し上げる事ができないのではないかと、僕は思います。ナルトなんか「国」を通り越して「世界」まで高めてますからね。それって、やっぱ「気は心」を理解できない兄系の悲劇といいますか。「心」や「情」って見えないから…見えないように創られた眼を与えられたとも考えられる罠。ここに明らかに六道仙人「恣意」(しい)があります。…あると思います<キリッ>。つまり、ってパパ(六ちゃん)にそういう風に拵(こしら)えられたんよね。

そして、案の定、破綻して独りぼっちか、よくて”暁”レベルの少数の、限りなくボッチな状況になっちゃうのです。こんなに優秀なのに!!誰よりも強いのに!!何で!?何で!?と思うように創られてて、その上、そう思い込むように仕組まれてる。それがキャラとしての「兄」なのだと、ケルベロス(←兄系?)…このネジ曲がった性格で断定させて頂きます(笑)。それが、穢土転生・マダラが垣間見せた…と言うよりは…垂れ流す「狂気」なのではなかろうかと、僕は感じちゃったのです。誰が見ても間違ってる…狂ってる…それが「兄系の性根」なのであります。そんなが放っておける筈がないじゃない。何でも見える眼がないから、弟系には見えない「心」が素直に知覚できるんだもの…。

続きまーす!!

 

第577話「憎しみの刃」② | BLOG TOP | 黙祷(120311)

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