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大蛇丸は本当に死んでしまったのか?

 
最初に言い訳をさせて下さい(笑)。

僕は大蛇丸が大好きです。以前、「一番好きなキャラは誰か?」と訪ねられた事がありましたが、その時も、そして、今も大蛇丸とシカマルの間を行ったり来たりしてる状態で、たまにカカシが耳もとで囁いたして揺らいだりしながら。それに「白」もいるしで(笑)…兎に角、大蛇丸は屈指に大好きなキャラなのです。

だから、しっかりと死んでも、実は死んいて欲しくない風に考えちゃうし、物語にもまた登場してもらいたいし…。そう言う「願望」が考察に滲んでしまいます。でも、それはそれで、僕の人間らしい行いなので良いな…とも思っています。

何を言い訳したいかと言うと、そう言う「考察」になりました(笑)…と言う言い訳です(笑)。これは「願望」に近いです。しかも、僕はめちゃくちゃ偏っているから。そんな人が考えたお話だから、そりゃもう「どんだけーッ!!」と言う事になっている…。でも、これが…もし来たら…大穴?!万馬券?!

僕が感じる微かな大蛇丸の「臭い」を綴ってみました。ある人は「ケッ!!」と思う人もいるかも知れない。大勢の人は「つまらない」と思うかも知れない。少しでもそう思って不快になるんだったら読まない方が良いですよッ…と言う言い訳です(笑)。僕だって、ほとんどない(もしかしたら…とも思っている)…と思ってる事です。

僕は日頃から僕が面白いと思う事を書いています。ぶっちゃけ、自分が楽しむ為に書いてるんです。ただ、表現者としての「欲」もあって、誰かに見てもらいたい気持ちもあります。だから、インターネットにぶら下げてるんですけど…。その記述を読んでくれるは有り難いと思っています。でも、この記述は無理して読まなで欲しいです(エッ?!)。

「何だって、読んでやるぜ!!」と言う殊勝な方のみ…読んでみて下さい。











「やっぱり…そう来たわね」

サスケが大蛇丸の寝室に強襲した時に、図らずも大蛇丸はそう言っています(38巻/81頁)。サスケが雷切(正確には千鳥と言う術だがな…笑)の形態変化を使った、あの伸び縮みするチャクラ刀です。サスケは大蛇丸に隠れて、術のバリエーションを増やして行ったんですね。大蛇丸もチャクラ性質(雷遁)は直ぐに分かったけど、刀のような形になる"形態変化"は認識がなかったようです。

しかし、僕はこの時の大蛇丸の言葉に強烈な引っ掛かりを感じてなりません。大蛇丸は件のサスケの変心を予見していました。「やっぱり…」とは、大蛇丸の「想定の範囲内」と言う事です。なのに、ああもあっさり、サスケ(うちはのひよっこ)に大蛇丸が殺られてしまうのは、僕にはどうしても解せないのです。

大蛇丸は本当に死んでしまったのでしょうか?

「地を這いずる蛇が空を飛びたいと夢見たところで、しょせん無理な話…
それでも、どうにかしたいと巣の中をひよっこを狙っていたお前が…
逆に狙われたのさ。これから空高く飛び立つ…鷹の目にな」

サスケは確かに優秀な忍だし、「写輪眼」と言う特別を有する選民でもありますが、ここまでケチョンケチョンにこき下ろされるほど、大蛇丸は弱くはないと思います。たまたま、幻幽丸(依憑)との相性が悪く、その拒否反応に苦しんでいたり、投薬(レベル10とされる強い薬)を必要とする状態であったり…と、弱っていたのは確かですが。サスケの高飛車な態度に対して、大蛇丸が妙に卑屈というか…激しく反攻しません。この反応は大蛇丸らしくない…と、僕はジメッと疑っているのです(汗)。

「大蛇丸、アンタはオレより弱い。
もうアンタにオレの体をくれてやる必要も無くなったわけだ」

「言うわね…うちはのひよっこが」

「フッ……ひよこじゃなきゃ
手に入りそうにも無かったんだろう?アンタさ…」

サスケは大蛇丸と修行する中で大蛇丸を観察していたんだと思います(38巻/84頁)。大蛇丸の術や戦闘スキル等を緻密に調べ上げ、その結果、導き出された答えだと思います。その上で、大蛇丸を「弱い」と言っているのです。腕相撲で組んだだけで(手合わせ)相手の強さが大体判る…アレだと思います。この大蛇丸に対してサスケのこの評価は間違っていなかった筈です。

しかも、サスケには写輪眼がありますから、大蛇丸のチャクラの流れとか、身体の内部構造(状況)も解っていたんじゃないでしょうか。そして、大蛇丸の身体の中がどんな風になっているか…。それか、何かで大蛇丸が見せたか…。何れはサスケにそれが入るのだから。どっちにしても、サスケは気付いてた…のです。

「白いウロコの大蛇…それがアンタの正体だったとはな…」

身動きが取れない大蛇丸にサスケが草薙の太刀で迫った時、堪らず本体が飛出した…(38巻/89頁)。しかし、不意にこんなものが、たとえ忍者と言えども(笑)、口からガパッと飛び出してきたら、そりゃ、サスケだって吃驚しても良いのに、平然と対応していましたね。それは、サスケが大蛇丸の正体を始めから知ってたからです。

「体から体へ乗り換える為に…実験を繰り返した…なれの果てが、その姿か」

大蛇丸は「魂」や「心」と言った「陰陽論」で言うところの「陽」を肉体(陰)から解き放ち、他者の肉体から肉体を渡り歩ける術を編み出しました。恐らく、他者の身体と自らの「魂」や「心」とのインターフェイスとして、"大白蛇"が必要だったのでしょう。サスケはその写輪眼と卓越した観察力で、大蛇丸の中に存在する、この"大白蛇"を見切っていたのです。

「今なら少し分かる…
肉体という牢獄から抜け出した情報生命としての感覚…
大蛇丸様の夢の一端に触れている感覚」

君麻呂がサスケ奪還編で音の四人衆の加勢に来たシーンです(23巻/31頁)。懐かしい…。ナルトと闘ったんですよね。その後、怪我から復活したリーが来て「酔拳」を披露して奮闘した…。それでも苦戦して絶体絶命になったら、今度は我愛羅が来た。砂の三兄弟の参戦。「ヨシッ!!」って声が出たもんナ(←電車の中でした…汗)。この時ばかりは、萌え上がったなァ。

「僕はもはや肉体ではうごいていない…精神の力だ」

この時、君麻呂は病魔に犯されており、既に肉体は滅びようとしているけど、精神の力のみで動いてると言っていました。君麻呂は、その境遇から大蛇丸の「不死転生」を理解していると言っているのです。ホントは苦しかったんだろうけど、大蛇丸に対するリスペクトはその痛みに勝った。想いだけで、人は動けるのかも知れません。今にも消え去ろうと言う自分が崇拝する大蛇丸に少しでも近付けた気がして、君麻呂は嬉しかったんだと思います。

肉体(陰)を捨て去った「精神」=「魂と心」のみの存在をして『情報生命』としているのだと思います。君麻呂のその言葉が「不死転生」仕組みを適格に言い当てているのだと思います。しかし、肉体と魂の分離は「陰陽論」でいうところの「死」ですから、肉体が今にも滅しようとしている君麻呂は死にかけているんです。それを補うのが「大白蛇」と言う事になるのでしょう。前にも書いたけど、コアと同じ。「魂」や「心」と言った精神をパッケージングするモジュールです。

よく考えてみると、大蛇丸なら君麻呂を、その死から救えたんじゃないでしょうか?「不死転生」を用いて新しい肉体に君麻呂の精神を乗り換えさせれば、君麻呂は死なずに済んだんではないかと思うんです。でも、大蛇丸は君麻呂の死を傍観していました。君麻呂の事が嫌いであった訳でもないし、逆に誉め讃えていましたよね。大蛇丸は君麻呂の身体だけが欲しかったから…?

大蛇丸の気持ちになって考えたら断じてそんな気持ちにはならないから不思議です。大蛇丸は君麻呂の身体が目当てだったのは確かですが、病魔に犯された君麻呂に利用価値がなくなったから君麻呂を切り捨てた訳ではないと思います。大蛇丸はそう言う人格ではないと、僕は思うんです。凄く遠くを見てるんです。大蛇丸の視線は…。

「不死転生」が特殊な術過ぎて修得困難(写輪眼で返せた)でもなさそうなので、この君麻呂に対する仕打ち(扱い)はやや冷淡かな…と思いますが、大蛇丸は君麻呂が身体を乗り換える事で「血継限界」が無くなって(しまうであろう)しまってまで生き延びるのを美しいと感じなかったのかなと、思うんです。それも大蛇丸の優しさなんだと…。

「殺す?この子たち」

「ずいぶんと戦争孤児を見てきたけど惨いものよ。
いっそのこと、ここで殺してやるのが、この子たちにとっても…」

この大蛇丸の台詞には萌えまくりましたっけ(汗)(第372話「泣いている国!!」)。大蛇丸は、本当の「優しさ」を知っている人だと、僕は思っています。自来也とは別の意味で疑われ易いんだけど(笑)、この場で、この子たちを置き去りにするよりは殺してあげるのが、この子たちの為であると、彼の壮大なシミュレーションの果てに導きだされた答えだったんだと、この時は思いました。そして、この考えは君麻呂を助けなかった大蛇丸の行動にも符合するな…と思います。

でも、ブラック・ケルベロス(←真夜中別の顔…笑)としては、大蛇丸がこう切り出す事で、気の良い自来也がこの難民を放置出来なくなって、弟子に取る。それには意味がある事だから…。つまり、大蛇丸も「予言」を知っていた?その上で、自来也を誘引していった描写と捉えれば、ある目的を持ってこの場で、難民の長門(輪廻眼)と自来也を引き会わせた…ようにも見えて来るから、お立ち会い!(汗)だとすると、大蛇丸は…<ズズズズズズッ…>っと、昔は恥ずかしい姿に変身してた僕です…(汗)。

でも、ここは純粋に大蛇丸の真摯な優しさと取りたい…かな。穿った味方なら、もう「どんだけーッ!!」ってとこまでつっ走れる自信はあるけど、そればっかってのも哀し過ぎる…気もしますから。でも、これは『マドララ』(マドンナたちのララバイ)がエンディングで流れるミステリーでは良くある演出なんです。案外、そう言うのが好きだったりします(汗)。でも、忘れてくれて良いです(笑)。昔は自来也すら疑ったんだから…(遠い目)。

でも、しつこいようだけど、自来也がペインを一方的に「役割を間違えた」と言い放ち、消去しようとしている描写には些かの不安を感じています。「善悪」なんて、自分が立つ位置でどっちのも転んでしまう、極めて脆弱な概念なんだから…。例えば、泣叫ぶ大勢の子供達を六人のペインが血まみれになって守っている姿を見たら、どう感じるか?と言う事です。それに刃を向けるのが木の葉の忍びだったらどう思いますか?「暁」がどんな場合でも「絶対悪」とする考えは不自由だと思うし、『NARUTO-ナルト-』の味わい深さを疎外しているように感じてしまいます。

ただ、自来也は自分の意志で行動しています。自分の中の「絶対」に従って行動している。全ての責任をその一身に背負っている。これは正しき大人の姿だと思うんです。男の生き様とも言える。自分に被害の及ばない安全圏からしかモノを見れない人には判らない境地で、自来也は行動しています。僕はその一点に救いを感じてならないのです。

ま、「善悪」なんて不確かな概念に縛られている内は『NARUTO-ナルト-』は見えないですよ。

それじゃあ、楽しめない。

凄く、勿体無い…(笑)。

でも、「大蛇丸VSサスケ」はあまりにも呆気無さ過ぎて、サスケ自身も「終わりか…あまりにもあっけない」(38巻/103頁)と、言っているくらいです(汗)。やっぱり、僕には、「やっぱり…そう来たわね」(←しつこい?)と言う大蛇丸の台詞が引っ掛かって仕方ないんです。あの言葉を言う大蛇丸が、こんなに簡単に殺られるのは、どうしても引っ掛かる。

サスケに殺られた大蛇丸は「本物」なんだろうか?

僕はそこから疑ってます(汗)。大蛇丸が四本目のナルトと闘った時には腕がもげようが、胴体が真っ二つにされようが、口からドンドン複製をつくり出して(脱皮をするが如く)、構わず戦闘を続けていました。その能力が幻幽丸の血継限界で、無限に自分の複製を造り出して活動できる能力であると思うんですが、サスケが強襲して来た時には何故だか使わなかった。それとも、使えなかった?

四本目のナルトとの一戦でも拒否反応が出て活動停止に至ったところを見ると、その特性と大蛇丸が相性が極めて悪かったのだと、僕は考えているんですが、サスケが襲って来た時にも、大蛇丸の調子が悪くて、闘う元気がなかった…と言うのも良いんですが、それだと「やっぱり…そう来たわね」(←しつこい?)に上手く繋がらないと思うんです。

大蛇丸ほどの賢い忍が、予め判っていた想定で、自分を窮地に陥れるような選択肢を残すか?と疑問に思ってしまいます。サスケが攻めて来て、殺られるのが嫌だったら、そうならない策を用意しておくのが大蛇丸ですから…。また、この時、余りにも呆気無く「正体」である白蛇をいきなり曝していますし、そんな深層の秘密や奥の手を、大蛇丸ほどの忍が、こんなに簡単に露呈させるのは"変"だと思うんです。

しかも、しかも…です(汗)、大蛇丸は写輪眼の能力も充分調べ上げてる筈だし、実際にサスケと言う貴重なサンプルが手元にあったのです。この状況でサスケが大蛇丸の秘密をスキャンしない訳ない事を、大蛇丸が考え付かない筈はない!(ハァハァ…)もしかしたら、大蛇丸はサスケを偽っていたのではないか…。もしかしたら、大蛇丸は偽りの姿をサスケに曝していたのではないでしょうか?つまり…。

この大蛇丸はダミーだった!!

「さあ…サスケ君。その体を…私にちょうだァァイ!!!」

不自然なくらいに、妙にガッつく大蛇丸です(笑)(38巻/91頁)。僕は大蛇丸が大好きで、彼の事を良く考えるんですが、大蛇丸は非常に賢く、何者よりも「気高い」です。大蛇丸の行いの全ては、その気高さに基づいていると言っても良いくらいで、その大蛇丸がこんな身汚い「求め方」をするのが、めちゃくちゃ訝しいのです。これは大蛇丸じゃない!と、僕はふと思ったものでした。

「そろそろ効いてきたみたいね。
この大白蛇の体液は空気に触れると気化する痺れ毒なのよ…」

切り刻まれたのにピンピンしている大蛇丸(大白蛇)も怪しいです(笑)(38巻/104頁)。その上、大蛇丸の用意した策が、この「痺れ毒」だけ…と言うのもお粗末過ぎると思うんです。この後、サスケの写輪眼による術写しでまんまと「不死転生」を返され、大蛇丸は転生空間ごと乗っ取られてしまうんですが、この状況は「暁」脱退に絡むイタチとの対戦(腕カット事件)で大蛇丸は経験していた筈です。太い楔を穿つ写輪眼独特の金縛りの術もイタチに食らって経験済みだったのです。

この描写も激しく引っ掛かります。大蛇丸が同じ失敗を2度までも犯すとは、僕には到底、考えられません。写輪眼がどんなもので、それとどう闘えば良いかは、大蛇丸ならズーッと考量し、万全の対策を講じる筈だと思うんです。ここまで、呆気無く同じ轍を(大蛇丸が)踏むなんて…ありえないです。大蛇丸が実験室に置いていた指輪(空)の腕。イタチに切り落とされた腕。あれは「臥薪嘗胆」を意味するモニュメントの筈。だから、ありえない…と、どうしても考えてしまうのです。

この場合はむしろ、大蛇丸が積極的にサスケに取り込まれる作戦に出た…と考えるべきだと、僕は思うわけです(ハァハァ…)←ちょっと強引かな…って思ってるんだけど…力押しして息が上がってる(笑)。その(ハァハァ…)です(笑)。もしかしたら、大蛇丸はワザとサスケに破れた。サスケに殺される為に…。取り込まれる為に…。

「………何?アレ…(白眼!)もう、体の三割は取り込まれてる…」

ヒナタが透視するカブトの身体は…(39巻/141頁)。大蛇丸の細胞を「取り込んだ」とカブトは言っていましたが、それが原因で大蛇丸が侵蝕して左目は大蛇丸のそれに変化していました。その"侵蝕"と鬩ぎあう事で自分を感じると、また、訳の判らない事を言う典型的な「ドMの受け」のカブトが妙に悲しく見えたものです(笑)。

しかし、この描写から、大蛇丸は意外に容易く自分の複製を造りだせたのではないかと、僕は想像しています。ある程度の強さを持った忍(或いは自ら進んで身体を差し出すような信奉者)に、大蛇丸の細胞を移植して自分の複製にしてしまう。これも大蛇丸が開発した術だったのかも知れないとまで(汗)、僕は考えているのです。

また、大蛇丸の口から躍り出た大白蛇も実験段階の試作品の可能性だってあります。それには、不完全に「情報生命」としての大蛇丸がコピーされていた。「不死転生」が「魂」(陽中の陽)や「心」(陽中の陰)を情報化して未来永劫に遺す技術とすれば、当然、コピーも可能になる…と言うのが僕の考えです。

例えば、四本目のナルトと闘った大蛇丸と、サスケの殺った大蛇丸は違う個体だったのではないか?と、僕は疑っているのです。それが、時と場合に応じて入れ代わっていた。それにサスケは気付かなかったのかも知れない。だから「大蛇丸、アンタはオレより弱い」と、言ってしまったのではないかと…。サスケが見せられてた(覗けた)のは不完全なコピーの方だったりして。そして、それが大蛇丸の作戦だった…?!

でも何の為に…(黒笑)。

「あの時…あの時、大蛇丸の言う通りにしておけば…そう思ってるのね…」

小南には今にも自来也の胸に飛び込んで泣きじゃくりたいベクトルを感じてしまいます(第372話「泣いている国!!」)。小南は大蛇丸と自来也の対比で、自来也に救われた事に感謝している。感謝しているんだけど、ズッと一緒にいてくれなかった自来也に、三年間だけ面倒みただけで、どっかに行ってしまった自来也に、恨みを持っているのです。

「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」

でも、この気持ちは「(大)好き」にも似た憎悪で、女心っちゅうヤツだと思います。どうして、一緒に居てくれなかったの?と言う可愛い憎悪です(笑)。もしかしたら…小南は、自来也のお嫁さんになるのが「夢」だったんじゃないだろうか…と、僕は思っています。

そして、小南は大蛇丸の事も重々知っていると言う事です。「暁」で一緒だったのもあるだろうし、もしかしたら、あの時、難民だった頃から…<ズズズズズズッ…>おっと、いけない(汗)。自来也に対比して言葉を発する程度に大蛇丸を知っている…と。自来也に対して…という事は、そう軽くはない。むしろ、相当に大きい存在であると言う描写であると、僕には思えます。小南の今の身体(ペラペラ)になる経緯もあるだろうし、死んだ方がましだった…ような辛い人生だったのかな。

「大蛇丸にしろ、自来也にしろ、"三忍"は独特な力を使うな」

一方、ペイン(弐)も自来也と大蛇丸を同列に考えるフシがあります(第376話「予言の子!!」)。過去に闘った事があるようにも思えます。でも、大蛇丸は死んでいない。しかも、大蛇丸が「暁」を抜けた後も、大切であるだろう「暁」の指輪(空)も回収しなければ、大蛇丸を処理するでもない。以前は、ここに大蛇丸の巧みな交渉術があって、例えば尾獣(人柱力)を楯にしてる…とか考えてましたが、別の見方もあるかとも思います。何にせよ、「暁」とそこから脱退した大蛇丸の関係は不自然であったと思います。

そして、現在のエピソードです。自来也は「お…お前は…」と、驚いています。誰かが現れた?

「ふふふ…久し振りね。自来也…」

不敵な笑みを浮かべながら、六人のペインの後ろに現れたのが、大蛇丸だったら!!それこそ、『大蛇丸(゚∀゚)ッ!! キタ━(゚∀゚)━━ッ!!』になっちゃいます。超大穴の万馬券です。「サスケVS大蛇丸」のやけにあっさりとした幕引きから、ズッと痼っていた疑念。「暁」の目的に「写輪眼」が深くリンクしていた事実。鏤められた数々の「謎」。もし、あの時、大蛇丸が故意にサスケに殺られた…だとすれば…(ハァハァ)。

活発化する「暁」の行動の為には、一度、死んだ事にした方が行動しやすかった。しかも、大蛇丸の複製(コピー)だったとしても、サスケの内部に自分の「意志」を埋め込めるチャンス。強くなったサスケに「首輪」を付けるのが、大蛇丸の真の目的であったとすれば…あの時点で、サスケに敗れて、取り込まれる事は好都合だった…言えるのではないでしょうか。他にも、「ペインの寝室」とか、「トビ=オビト仮説」なんかも、「第三者」の関与の臭いが一層強くなって来ます。「第三者」って…勿論、大蛇丸ですよ(笑)。つまり…、

大蛇丸が「暁」の黒幕だった…!!!

そう考えると、上手く繋がる「謎」が一杯あります。「暁」内部の二重構造的な情報操作の描写を見ても、サソリやデイダラが大蛇丸を怨んでいたのも、二人が可哀想にすら見えて来るから不思議です(笑)。そして、いよいよ「三年」の期限(奇しくもデイダラが言った言葉です)も近いだろうし、「暁」の存在目的の真相も、そろそろ明かされるべきでしょう(「世界征服」とか「禁術兵器」とか言っていますが…)。

場面がいきなり他所にスイッチしなければ、この仮説は開けた月曜日には判明する筈です。果たして、自来也の目に現れたのは…誰か?!そもそも現れてなかったりして…(←この場合はずっこけて3~4メートルは滑りますから…)。最近、こんな短期間の『謎解き&種明かし』にハマってます(笑)。でも、本編も展開が急で、エピソード的にも短期の伏線の回収が多いから…。こう言う楽しみ方もあると思います。何だか<ドックンドックン>しませんか?

この気持ち…『NARUTO-ナルト-』を思いっきり楽しんでる人には理解ってもらえる…かな…。

……と、まあ、ここまでで普段なら仕舞いになるんですが(汗)、やはり大蛇丸の「暁」黒幕説は脆弱です。と言うのは、大蛇丸が写輪眼の虜になっていたから…。それは純粋な「探究願望」に起因する情動に過ぎないんですが、「暁」の内包する(であろう)大儀とはかけ離れている。

「あと少し…ほんの少しで私のもの…!」

例の長い舌で舌舐めずりをする無邪気な大蛇丸には荷が重過ぎるかも知れません(38巻/68頁)。大蛇丸は純粋にこの世の真理や全ての忍術を解き明かしたいだけだから…。写輪眼には憧れに近い思い入れがあったし…。その大蛇丸の無垢な欲求は無視できません。

ま、早い話。僕は大蛇丸に何処かで絡んで貰いたいだけなんです。だから、サスケの中の大蛇丸でも良いし、カブトが完全に乗っ取られて大蛇丸化するのでも良い。兎に角、何らかの形で復活して欲しい!と言うのが率直な僕の願いです。

大蛇丸は、誤解され易いけど、賢く優しく…何とも言えない魅力をもった人格なんです。このまま消えてしまうには惜し過ぎる人材なんです。もっとも、うちはのひよっこにあっさり殺られてしまうような、思いもよらない『小ささ』も大蛇丸の人間らしさなのかな…なんて思ったりもします。

或いは、自来也が見たものは案外、ペインの敵だったりする展開もアリで、それが大蛇丸化したカブトでも良いですよ。しかも、『八尾・八岐大蛇』のおまけ付きで!そして、自来也のピンチを救ってくれるのです。

「自来也…随分と、お困りのようねェ〜」 

なんて…毒づきながら、大蛇丸が颯爽と現れるのなんて、カッコ良過ぎるじゃないっスか!!僕は大蛇丸が大好きだから…、何故だか期待ばかりしてしまうんです。そう言う期待を僕にさせてしまう…魅力的なキャラなんです。

何か、最期まで言い訳っぽくなってスミマセン。

それでも、『大蛇丸…Come back!!!』
と、言いながらも、大穴に期待してしまうケルベロスなのです…(笑)

 

第380話「その面影…!!」 | BLOG TOP | 波風ミナトは何歳で逝ったのか?

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