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第582話「何も無い」②


サスケが"天照"を全周に張り巡らせてカブトをイタチに近付けません。イタチは穢土転生でサクッと回復し、黒炎越しにカブトに話しかけます。カブトはそれを受けて立ちますが、どうも噛み合ない。イタチが一方的に「アイデンティティ」について解くのだけど、カブトの鼓膜は全くもって震えず。代わりに、ケルベロスの鼓膜だけに留まらず脳髄までを揺らし、古の記憶を呼び起こします。もしかして、「イザナミ」がケルベロスにも利いてる…かも。アレですか?!ケルベロスの運命もイタチの「イザナミ」に決められちゃうんでしょうか。カブトにはシンパシー感じますわーッ。あの痛さ…ダメッ!!やめてッ!!あの夏の日の理科教室を思い出しちゃうッ!!ひ…左手が…(以上、六頁~七頁まで)。

「カブト…お前を見てると
まるでかつてのオレを見ているようだ…

だからこそお前は負ける」(穢・イタチ)

「……
いいかい…ボクはもうにはいない
今はこの戦争の中心と言ってもいい!
暁を手玉に取り戦争を有利に操り
うちはの兄弟をも追い込んでいる…」(カブト)

「……
オレにとってお前は対立と共感
二つの感情を抱かせる
お前もオレと同じスパイとして
偽りの世界を歩いてきた者だからな」(穢・イタチ)

「…!」(カブト)

お待たせしまって申し訳ない…イタチのこの辺りのセリフなんですが、これって「中二病目録」なんて書物があるんだとしたら、絶対に集録される罠と、思わず「ウン…ウン」と頭をコクリコクリやりながら、僕は読んでました。今回、中二病とはなにか!?を主題にイタチがDr.でカブトがPt.(Pa.=クランケ)となって、少年少女の治療キッ神が乗り出したかに思えるのです。ま…ケルベロスもこの歳ブッコイて未だに寛解(かんかい)には至っておりません故、偉そうな事は言えませんが、いよいよキッ神も本気出したな…と、僕の左手きました。こんな異変は暑かった夏の…平和だった頃の最後の夏の…あの理科教室以来。僕はこの左手に潜む邪悪な「力」と鬩(せめ)ぎあっていたのだ。

僕がこの左手「力」を一度解放してしまえば世界が終わる。先生にも同級生にも告げられず、僕は独り…無心に暴れ出さんと震えるこの左手を必死に抑えていましたっけ(遠い目)。何だか全然解らない人は週サンの「ARMS」でも読んでください(笑)。イタチのセリフ回しはですね…中二だった頃の僕の共感のみを揺さぶっています。決して対立なんかしません(笑)。そのくらい「厨二」…ってか、くすぐります。カブトは大した事を成し遂げて、大した者になったんだと思ってる。でも、それは僕があの理科教室の背もたれの無い丸椅子に、好きだった娘が生座りした温かみが潰えぬ前にチャイムの後、三々五々のザワメキの中で感じてた頃の、この左手と変わらぬ。何ら変わらぬのだ。

ま…イタチのセリフはそのくらいカッコ良いと思います。そして、仙人モードのカブトは今になって感じる中学生の頃の僕と同じくらい痛々しく酸っぱく塩っぱい…(笑)。カブトがイタチの言葉の中に、その「痛さ」を見出せないようだから、こりゃもう完璧に「イザナミ」の術中に落ちてます罠。ご愁傷様と言うしか無い…カブトのお腹から白蛇生やした仙人モードからしてもうアレですから、誰か教えてやれよ…とホザキながら、僕は何故だか『かもめのジョナサン』を思い出す。確か僕は五木寛之大先生の翻訳本を読み耽ってたと思います。歳バレちゃうね(笑)。あれは今にして思えば「中二病」の本だったんだな。カブトに是非とも読み聞かせしたい…mjd僕もまだ(わずら)ってるね(汗)。

ふと…ココで鬼鮫も思い出す。言ってみれば鬼鮫もイタチやカブトと同じ境遇じゃない。鬼鮫は情報を外部に発信した後、自らの口を塞ぐ為に口寄せ鮫に食われて自死するんだけど、その意味ではカブトよりイタチに近い果て方だったように思います。だから、鬼鮫は長年連れ添い意識し合ったイタチを想い出してたんですね。それは、イタチの「薫陶」(くんとう)が在ったからこそと思います。きっと、同じ事がこの洞窟で起こる。イタチはカブトを(いぶ)しているのだと、僕は考えております。それはカブトに対する「共感」がさせている。同じ病を(わずら)い、それを脱したイタチと、引き摺るカブト…その僅かな差がイタチには申し訳なく思えるのだろうと…僕には思えるのだ。

…と、少しばかり古傷きますが、同じ病をった僕だから、少年少女の気持ちが解るのだ。さあ…これからは僕が少年少女の兄として在ろう!!この胸に飛び込んでおいでとする前回のカブトのセリフの意味がやっとこさ理解できませんか?アレがサスケに響かなかったのは、カブトがキモイからだけじゃなく、カブトの内面がイタチ程に成熟していなかったからなんですね。それが僕に痛いくらい解るのは、僕が未だってるからなんだけど…左手くわーッ…いろいろとありまして死んでやっと気付くイタチなのでありまして、そんなイタチにカブトの痛さは堪え難い刺激なのでしょう。そして、イタチのセリフこそカブトへの引導でありまして、そこはかと無くイタチの優しさが漂っている…。

「オレも己が何者か分かってなかった
自分を知るということは
全てを成し完璧になることではないと

今やっと分かる

…それは己に何ができ
何ができないかを知ることだ」
(穢・イタチ)

「負け犬らしい方便だね
できないことを認めろと…
あきらめろってことかい?」(カブト)

ケルベロスご乱心…みたいに、文章があれてる…語尾厨二風…けれど、唯唯、イタチのセリフに震えてるからなんだな。もう左手きっ放し(笑)。僕は少年少女の皆さんに「アイデンティティ」を知る事は悲しい事なんだと以前話したと思います。自来也が雨隠れの水底深くに沈んだ行でしたっけね。「うずまきナルト物語…」のアレね。でも、今回のイタチの言葉で、「そうか…そういう事か」と180度変わりました。こう言えば良いんだ!!こんな風に伝えられるんだ!!と、キッ神のネームセンスに震えまくった訳です。「アイデンティティ」を知る事は悲しい事ではない。自分を何者か知る事は決して諦める事ではないのだ!!それを今回、「痛さ」と共に教えられました。

つまり、僕は完全にカブト側に在って、「アイデンティティ」とは「諦め」なんだと思い込んでいた人だったんですね。ま…それもまた「真」でありまして、そのくらい物悲しくもあるのが「アイデンティティ」だと思うんですが、それだと「可能性の芽」を尽く摘むしかなく、こりゃ少年少女には伝えないで、それこそまで待って行かせて頂きますと思ってたんです。でも、違うんだな…それをここからイタチは滔々と語る訳です。これはね…カブトに伝える言葉であって、実はそうじゃなくて、サスケに贈る言葉なんだと思うんですね。カブトは既に「イザナミ」に落ちた人でして、ご愁傷様な人でありまして、イタチの垂れ流す「愛」とは全てがサスケに向かうものでありまして。

そんな事、お腹から白蛇生やして粋がってるカブトには絶対伝えられなくて、こりゃもう深夜のお笑い番組で絶対パロディネタにされるわーッ…可哀想だわーッ…としか思えず、諦められ(許せ)なかったカブトがそんな姿になっちゃたのってイタチにしてみれば「違う」のよ…。先にも吐露しちゃったけど、このエピソードに触れるまでケルベロスもカブト側の人だったもんで、そう言えばお腹から「何か」生えてるわーッ…と思ってましたけど(笑)。諦めなくて良いんだ。そういう風に伝えれば良いんだ。なんか嬉しいというか、キッ神凄いというか…僕はこん棒で頭をぶん殴られたような気がしてなりません。しかし、こんな大ネタ出してしまって、ホントに『NARUTO -ナルト-』って閉じようとしてるのね。

「違う
己ができない事を許すことが
できるようになることだ


全てができないからこそ
それを補ってくれる仲間がいる

己が本来できたであろうことを
ないがしろにしないためにもな


自分が何者か知りたければ
本当の自分を見つめ直し認めることだ


オレはそれに失敗した…
皆に嘘をつき
己自身にもをついて
己をごまかしてきた」(穢・イタチ)

「………」(カブト)

「己自身を認めてやることができない奴は失敗する
かつてのオレのようにな」
(穢・イタチ)

僕はダンゾウの「オレが!!オレが!!」な姿勢というものを非難しておりました。トビが「魔像の鎖」まで使える輪廻眼・六道なのを見て、「パッチワーク」と罵りました。カブトも弟系の立場から兄系のトビとは違ったアプローチで同じ事をしてて笑いましたが、それはあの頃の僕の姿ともダブります(ううッ…左手が…ガクガク…)。僕も自分ができない事を認められない人でした。そして、それを諦める事で楽になろうとした人でした。それが「アイデンティティ」だと思ってたんです。だから、それを少年少女には伝えられないから、物悲しいとか、お墓まで持ってくと騒いでました(笑)。でも、そうじゃなくなって凄くになりました。イタチの言葉は凄いインパクトがあった。

僕は自分は何でも無い取るに足りない存在だと認識する事が「アイデンティティ」なんだと思ってたから、「こりゃ困ったな…少年少女に何と伝えるかな」と悩んでおりましたし、そりゃ物悲しいですよね。でも、諦めるんではなく許すのはイタチの言うそれと同じだったのね。それは自分を許すという事なんだけど、イタチのはそこから「仲間」というものを認め繋ぐ行いがオプションされてるんです。これは穢土転生で黄泉返った後、ナルトと再会して気付いた「道標」だったと思います。その意味で、僕の「アイデンティティ」はイタチと同義だと言いたいのね。あの時、イタチの表情が綻んだのはコレ…きっと、コレだと思います。(ないがし)ろにできないな…凄く重いわ。

そうなれば「アイデンティティ」とは平面的なものではなく、もっと立体的で、人と人との繋がりを重視して考えるべきものだと理解できる。自分ができない事をそのまましないで誰かに繋ぐ必要があるのだから。僕は確かに「アイデンティティ」を持ってるんだと思ってます。それは「自信」なんだとも思っています。でも、本心では「諦めてた人」なんだけど、ナル×ジャンを細々と続けながら誰かに「何か」を伝えてました。その積み重ねが結果的に僕の「アイデンティティ」だった訳だ。僕は何でも無い詰まらない、取るに足りない人間ではあるけれど、誰かに「何か」を伝える事ができる人だったんだ。それは左手に秘めし「力」でもなければ、特別な系譜に与えられた異能でもなかった。

ただ純粋に皆さんに、少年少女「何か」を伝えたい…『NARUTO -ナルト-』の中に在る「旨味」を伝えたい!!と願う老婆心を発散するオッチャンの「力」だったんだと思います。それは僕の特殊な能力ではなくて、唯一持ってた普通の「力」なのだ。僕は誰かに「何か」を伝えた。誰かに「何か」が伝わって嬉しかった。嬉しいと思える人だった。それ以外は全然ダメな奴だっただけで、それを諦めとは言わない。言わなくていい訳だ。僕は僕が出来る事をした。一生懸命にした。羽を啄み命を削って書いた。それが僕の「アイデンティティ」だった。書いてて良かった。その中で誰かに「何か」が伝わったなら嬉しい限りだ。僕は諦めてなんて無かった。少年少女「諦めろ!!」と伝えなくて良かった。

イタチはナルトという「道標」を見つけて「今やっと分かる」と言えたのでしょう。その重さを感じて欲しいです。ホントは死んだ人がこんな風に「改心」なんてできないのだけど、チャクラや忍術なんてチートな世界観に翻弄されたイタチなれば許して頂けるでしょうか。そして、この言葉を何と受け取るか?!それによって人生とは彩りを変えるでしょう。自分を許せるか?その遣り残しをろにしない為に誰かに繋げられるか?それとセットで「アイデンティティ」は成る。その意味に少年少女には気付いて欲しいと思います。今、どうしても分からないなら、もっと歳を重ねてからもう一度『NARUTO -ナルト-』を読めば良いと思います。そういう「力」がこの作品には宿っている…。

僕は改心しながら、今やっと分かる。この歳になっても考えは変えられる事も判りました。僕はホントに自分を許せたのかも知れない。否…それも間違っているのかも知れない。でも、それで良いのだと思う。間違っていたのなら、間違っているのなら、またやり直せばいいのだ。何度でも改心すれば良いのだ。何が恥ずかしいか!!何がみっともないか!!いつだって自分を許せるのだ。それが人なのである。イタチはそれを伝えようとしているのだ。僕は思い違いをしていた。考え違いだった。諦めないで良いのである。自分で全てを成す必要は無いのだ。その為に人は人と繋がれるのだ。その為に「心」があるのだ。特別な素養でも能力でもない。万人に平等「心」が宿る…僕らは「人」として「生」を授かったのだ。

六道仙人はそれ承認したのである…。

あとちょっとカブトの事を書かせてください…続きます。


 

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