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イタチにあってカブトに無いもの

 
カブト…ってのはどうかしら?」(マザー)

第582話「何も無い」の回想部分でカブトの生い立ちが明かされました。何歳かは特定できませんが、幼児です…幼児。カブトは「臨の書」19歳「闘の書」20歳「者の書」23歳。対してカカシは「臨の書」26歳「闘の書」で27歳。「者の書」30歳なので、カブトとカカシは7歳差ですね。カカシは12歳で上忍になり「神無毘橋の戦い」を迎えますが、この時点でカブトは5歳で、ダンゾウが岩隠れの動きを警戒してますから、院でのお話は神無毘橋の前だと思われるので(大規模な作戦というのが神無毘橋の戦い?)、カブトがマザーから医療忍術の手解きを受ける余裕を見ると、カブトが孤児院に拾われたのが3歳~4歳程度と考えるのが妥当ではなかろうかと、僕は思います。

ダンゾウは「者の書」72歳。カブトとは49歳差で、カブトが3歳でもマザーを脅した時点でかなり若く見えますがダンゾウ52歳。大蛇丸は「者の書」54歳ですから、カブトと31歳差。カブトとの初対面時、カブトが3歳ならば34歳。勿論、「九尾事件」「シスイ事件」「うちは虐殺」の遥か彼方前で、ダンゾウは包帯で隠していますが、少なくとも右眼はシスイの写輪眼ではありません。ダンゾウの高飛車な交渉でマザーが容易く落ちてしまったので、一瞬幻術を疑ったんですが、そじゃなくてマザーは院を守る為に自分を犠牲にしたんですね。元「根」の構成員だったマザーはダンゾウの手口は知り尽くしてる筈ですから、ダンゾウに逆らうのは得策じゃないと考えたのでしょう。

ちなみに「者の書」でヤマトは26歳とされてますんで、ここから3年後くらいには大蛇丸に拠って「柱間の遺伝子」を弄くり回す実験が行われヤマトが誕生してる筈で、包帯まみれのダンゾウの右半身にも、この時点で大蛇丸の手が入ってるかも知れません。ヤマトが先か?ダンゾウが先か?はヤマトが先だと思うんですが、同時進行で「柱間の細胞」の研究が進んでいたかも知れないので何とも言えませぬ。しかし、大蛇丸がカブトの医療忍術で治療されていますから、不死転生の術が実用化される前臭い。なので、ヤマト→ダンゾウ→自分の順で「柱間の細胞」を応用した人体改造とか細胞の加工を施して行ったんじゃないかと思います。その方が狡くて大蛇丸っぽいですよねーッ(笑)。

うちはイタチは「者の書」21歳になってるので、カブトの2歳下なんですね。享年21歳なのが悲しいですが、「九尾事件」5歳なんですよね。生まれたばかりのサスケをダッコしてましたね。イタチは2年遅れでカブトと似たような悲惨な生い立ちを歩んでると思うんです。それがうちはフガクのお陰で天と地を分ける結果となったのだと、僕は考えています。カブトが示すイタチへの嫉妬とは凡そ近親憎悪のような趣があって、カブトがイタチを異常に意識するのは、何でイタチが!?何でオレが!?と思えてならないからじゃーないでしょうか。カブトはイタチに成り代わる事で人生の帳尻が合うような期待というか錯覚があるように思えてなりません。それが増幅する形でサスケに焦がれるのだと思います。

ややこしいのでイタチの生い立ちに関しては「DEKOTON」(虐殺前夜…第四夜)や「サスケ(Sasuke was born on July 23)」(うちはイタチの考察)を参照してください。ナル×ジャンのイタチ観は非常に偏ってて歪です(笑)。基本、イタチとサスケの血縁すら僕は疑ってますんでご了承下さい。カブトが何処ぞの荒野でマザーに拾われ名前を与えられたのと、4歳で戦場を彷徨(さまよ)い木ノ葉に帰還したイタチがフガクに「さすがオレの子だ」と励まされたのはほぼ同じなんだと、僕は考えています。そして、それを起点に考えれば、カブトが示すイタチへの嫉妬とかライバル心剥き出しの態度が妙にしっくり来ます。僕には二人がとても似通って感じられるのです。

「……
オレにとってお前は
対立と共感二つの感情を抱かせる」(穢・イタチ)

第582話「何も無い」で中二病をくすぐりまくるイタチのセリフの一部はそのような情状を酌量したものだったのかな…と、僕には思えるのです。それと同じ気持ちがカブトにもあって、何で自分には何も無くて、イタチには在るんだろう?と、カブトには不思議で仕方ない訳です。だから、カブトはうちは兄弟と対峙しながら過去に遡り、自らの人生を振り返っている…。イタチはカブトの心の虚をまんまと突き「イザナミ」にハメたのだと思います。カブトは今、夢の中に居るのです。その夢の中でカブトは自らの人生を考え直し、そして答えを出すのでしょう。果たしてカブトの人生にホントに「何も無い」のか?それが夢から覚める時にカブトには解る筈です。イタチがカブトをそれに導くのです。

カブトの運命を、カブトが最も意識するイタチが決するところに妙があり、その結果が「対立と共感」の差分であると考えれば、その部分にイタチとカブトの決定的な違いが在るだろうと想像できます。一つ間違えればカブトはイタチのように成れたのだし、イタチだってほんの少し道を踏み外しただけでお腹から蛇が生えてたのかも知れないと思うとゾッとします(笑)。ま…幸運にもイタチはカブトみたいにならずに済んだ。それはフガクの貢献が在ったからだと思われ、ダンゾウがマザーを任務に引っぱり出してカブトから引き離し、同時にカブトも「根」に組み込み、そのまま諸国への潜入任務に出してしまった事実が、二人の明暗を別けたのだと、僕は確信しちゃうのです。

「…あり…が…とう…

ありがとう…ありがとう…」
(カブト)

カブトは極度の近眼だったのかな。それでマザーが自分の眼鏡を与えてちゃんと見えるようになったのね。目の前が開けるとはこの事!!でしょう。カブトはこの時、生まれたようなものだと、彼自身も感じたんじゃないでしょうか。だから、「ありがとう」と何度も感謝したのです。だから、カブトが最初から「何も無い」と言うのはオカシイのです。カブトはこの時、愛を感じてたと思うんです。高価な眼鏡を何の躊躇(ためら)いもなく与えてくれた…。カブトはこの後、せっせとお金を貯めてマザーに眼鏡をプレゼント(ep583)してるんんですよね。マザーから貰った眼鏡はそのまま使い続けるんです。この後、ナルトの尾獣化でレンズ割られたりするんですが直してズーッと使い続けるんです。

そのくらいカブトにとってこの眼鏡は大切なんです。それってマザーの気持ちをちゃんと受け取り忘れていないってことなんだと思うんです。それでもカブトは「何も無い」と言うのは、第583話「これは誰だ」の回想で任務の中で偶然敵として再会したマザーをカブトが殺してしまった不運が在ったからなんでしょう。しかも、その時、マザーは何らかの事情があってカブトを忘れちゃってたもんだから、カブトは半端無いショックを受けてしまうんです。だってカブトにとって孤児院でマザーと暮らした想い出だけが自分の拠り所であって、それのみがカブトの「アイデンティティ」だった筈で、カブトも孤児院を出てから5年間ズーッと他国に潜入し続けたんだから仕方ない罠。

「ボクには何も無い」(カブト)

ホントにマザーを手に掛け、その断末魔にマザーが自分を覚えてなかった事実はカブトの全てを否定したとも思えます。カブトの唯一の拠り所だったんだから、これは同情の余地はあるでしょう。カブトとマザー。カブトと孤児院の仲間。その繋がりを唯一の拠り所としてカブトは「自分」を感じてたのです。マザーや孤児院の仲間との関係性がカブトを形作ってた訳で、その中核で在るマザーを、よりにもよって自分で殺めてしまったんだから、その後悔たるや想像だに出来ません。カブトの薄幸な生い立ち。ダンゾウの手先として諸国を転々とする「根無し草」のような任務(「根」なのに…)。それらを汲むならば、こんな風にイジケルのも仕方ない…僕がカブトの立場に在ったらきっと同じ事言っちゃうだろうな(笑)。

でも…でも…ですよ。じゃ、イタチはどうなんでしょう。イタチはカブトみたいに「何も無い」なんて言いませんでした。恐らくマザーと同じような役割をしたフガクをイタチはその手に掛けているんです。それどころか、イタチはミコト(←ナル×ジャンではもしかしたらミコトがイタチの恋人だったなんて唱えてたりして…「サスケは何故、生かされたのか?」参照)まで…いやいや…一族全員を殺めて、木ノ葉隠れを抜けてしまったんですよ!!これはカブトの薄幸な幼年期の体験に匹敵して余り在ると思いますが、イタチは決して「何も無い」なんて言わなかった。言いませんでしたとも。イタチは全ての汚名をその一身に背負い、里の為、サスケの為に病魔に蝕まれた体に鞭打ったんです。

「うちは虐殺」とか、イタチにまつわる謎が殆ど明かされなかった当時、トビがサスケを洞窟に囲ってある事ない事告げ口する…所謂…「万華鏡の儀式」の最中に、僕は何者かに急き立てられるように「虐殺前夜」や「イタチの生き様」なんて考察を書きまくりました。あの時は僕のバイタルは相当ヤバい事になってましたが、それでも書けた。死なずに書けた。それはイタチの生き様に「力」が宿ってたからなんだと思います。それと、今回のカブトはちょっと違います。イタチとカブトは数多くの類似点があるにも関わらず、反目する部分が余りにも目に付きます。イタチの為だったらできるけど、カブトの為だったらできない…僕は自然にそんな風に考えながら、かなり無理矢理これを書いています(笑)。

「………
これは……
誰だ…?


…これはボクじゃない…
本当のボクじゃない…」
(カブト)

「自分がハッキリ見えていないようね」(大蛇丸)

第583話「これは誰だ」の仕舞いで、マザーに忘れられてて、おまけにマザーを手に掛けてカブトが壊れっちゃうんですけど、それを狙い打つようにピンポイントで大蛇丸が登場します。カブトはマザーという…自分の外形を形作る存在を失って、自分の(かたち)が維持できなくなってしまった訳です。それがカブトが所有する唯一の「アイデンティティ」でしたから、カブトには心からお悔やみを申し上げたいと(汗)。でも、それもちょっと違うな…と思いながら、大蛇丸が登場して僕らが知る大蛇丸の手下(のもやしヤロー)としてのカブトが誕生する事になります。それは次週から描かれると思いますが、イタチはそんな弱音なんて決して吐かなかったよな…と、僕は思います。

このまま大蛇丸が死なずに在り続けたら、きっとカブチ丸としてのカブトは存在せず、ホントはカカシくらい強いんだけど、もやしヤロー呼ばわりされるカブトが大蛇丸とセットで居た事でしょう。それは大蛇丸がカブトに居場所とか役割を与え、結果的にカブトの外形はその態を取り戻し「アイデンティティ」を再生させた筈だから。大蛇丸は何でも欲しがる人だったけれど、何でも与える人でもありました。大蛇丸を殺めた恩知らずのうちはのヒヨッコであるサスケに修行を付け数々の忍術を授け、秘蔵コレクションの草薙の太刀まで与えています。それ以外にもありとあらゆる物事をきっと惜しげも無くサスケに与えたのが目に浮かびます(笑)。大蛇丸は不思議なお母さんみたいなものなの。

それに甘える形でカブトは「アイデンティティ」を得ていたもんだから、大蛇丸が死んでしまうと一気に何者でもなくなってしまうのです。それはマザーが死んでしまった今回と同じ。マザーを失ったカブトと、大蛇丸を失ったカブトは全く同じなのです。カブトはあの頃から一歩たりとも成長できていないのです。例えお腹から蛇を生やそうと、仙術マスターして仙人モードを披露しようと、カブトの「アイデンティティ」なんて自分に何かを与えてくれる人の存在に支えられる脆弱なものであって、その点で致命的に不完全なのです。対してイタチは全くそれには当たらない。カブトにしてみればイタチが不思議で堪らないのです。それがカブトが抱くイタチへの嫉妬心の根っこな訳です。

イタチにはサスケがある!!!

イタチの滅私とはその殆どがサスケの為に在ったと言っても過言ではありません。マザーや大蛇丸に与えられるだけのカブトとは違います。カブトは誰かを愛する事をせず、ただ愛される事を願い続けたのです。誰かに何かを与えられる事だけを期待し、誰かに何かを与える事を知らなかった。イタチはサスケが独り立ちする為にありとあらゆるものを与え続けました。嘘というオブラートに包んで全てをサスケに飲み込ませたのです。自分の死すらイタチはサスケの為に費やしました。その真意に気付けないカブトにはイタチを理解する事など到底叶わないでしょう。カブトがサスケを求めるのは、うちはの若い身体とか実験材料と言ってますが、単にイタチをトレースしたいだけなんだと、僕は思います。

「全てができないからこそ
それを補ってくれる仲間がいる
己が本来できたであろうことを
ないがしろにしないためにな」
(穢・イタチ)

「アイデンティティ」とは自分一人で完結するものではありません。自分を知るということは、自分のできない事を許せるようになる事です。その上で、自分が成せなかった事、成し切れなかった事を蔑(ないがし)ろにしない為に誰かに託す必要があるのだと、イタチは教えてくれました。具体的にそれがイタチにとってはサスケだった訳です。イタチはサスケを心底愛していたのだと、僕は確信しています。イタチの全てを与えられてサスケは遺されました。生かされました。イタチは自分が出来なかった事をサスケに託したのです。その行いこそがイタチの「アイデンティティ」を成していた事に、イタチは気付いています。死んでからではありますが、イタチは己自身を認めることが出来たのです。

与えられるだけで完結する「アイデンティティ」は、如何にも脆弱で不安定であります。カブトを見ていれば、それは明白でありましょう。イタチだけでなく、ヤマトだって、カブトの有り様には溜め息混じりでした(笑)。カブトの不完全さとは「与える気持ち」が全く無いところにあります。例え、それはサスケを手中に収めようと変わる事はないでしょう。それはカブトにはイタチの外面しか見えていないからです。人と人との繋がりの中で、真に「アイデンティティ」というものは成るのです。自分が感じる「自分」。他者が感じ形作られる「自分」。そのどちらも「自分」なのです。それは「自分」を認めるだけに留まらず、「誰か」を認めるということなんだと、「今やっと分かる」…のがカブトには解らない(笑)。

イタチの言わんとする事は斯様な事ではなかろうかと、僕は思います。何ができて何ができないかを知り、人と人の繋がりの中で誰かに託して行く。伝えて行く。それは誰かを信じるということなんではないかと思うのです。自来也が雨隠れの水底に沈んだ時の笑顔…。あれは諦めなどではありませんでした!!自分を許す。自分を認める。そこで成せなかった事を蔑ろにせぬように誰かに託す。イタチにあってカブトに無いもの。イタチの行い、想い、生き様。僕はそれらに心揺さぶられ、魂を鷲掴みにされ書きまくった。あの時、僕が感じたエネルギーとは何なんだろう…僕はそれにしながら書きなぐりました。心の何処かで…皆さんに「何か」託す為なんだろうと感じながら…。きっと…きっと。

この先に「愛の正体」が在るのだろうと念じながら…。

僕は確かに「繋がり」の中に居るのだ。

「イタチにあってカブトに無いもの」
ナル×ジャン ケルベロス


業務連絡(120427):明日はもしかして週ジャンの発売日?よく解らなくてキョドり中ですが、ワンちゃんのミーティングなどに参加したりGWはいろいろとイベントがありまして(汗)。感想はキチッと定時には上がりませんって(笑)。何とか時間を見つけて書いて行きますので、皆様もどうか良いGWをお過ごしください。僕は相方とイチャイチャしつつ普段はできないような、そりゃもういろんな事をさせて頂きます故オフラインが多いです。ナル×ジャンの活動もしっかりこなして行きますので。では良きGWを!!晴れたらいいですね。ごきげんよう(ケルベロス)。

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