スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

勧善懲悪(ep584補足)

 
「今までのものが納得できないなら…
代わりのものを見つけて次々に足していけばいいだけのこと」(大蛇丸)

「…私自分が何者なのか知りたくてね
あらゆるものを集めているの

少しずつ集めた多くのものから実験と検証を繰り返し…
知識と能力を己に蓄積させていく

そしてそこから新しい完璧な自分に向かって…
生まれかわっていく」(大蛇丸)

「自分が何者かだって
この世のあらゆるものと情報
それら全てを集めつくしさえすれば
導き出せないハズないのよ」
(大蛇丸)

マザーを殺めてしまったカブト。その前に満を持して登場した大蛇丸。そこで大蛇丸がマザーがカブトを忘れていたカラクリ。”根”のやり口。それと「自分」の見つけ方…等々を話します。その前に、”仙人モード”を会得して天辺を取ったような気になっているカブトに、イタチが考える「アイデンティティ論」を提示したんですが、僕はそれに思いっきり感化されてしまい、大蛇丸が語る事が「今さら…」と思えて筆が折れ…もとい…渋りました(笑)。確かに”根”のやり口は尋常ではありません。カブトがどんな想いで孤児院を去り、その真相を知ったマザーがどんな想いでダンゾウと取引したのか…そこまでするかよッ!!と、まぁ…多分、皆さんと同じように腹が煮えたぎって…(汗)。

しかし、そこで僕はダンゾウの「立場」とか「役割」について考える訳です。ダンゾウは木ノ葉の”FBI”みたいな部署のボスなんだよな…。岩隠れと戦争してるんだよな…。他の国とも水面下では色々とあるんだよな…などと、これも、ま…容易に想像できる訳です。スレッガー中尉じゃないけど、「悲しいけど…これって戦争なのよね!」な世界観の中にダンゾウは居るんですよね。その男が「木ノ葉を守るためなら安いものだ!」と言っちゃうのが、マザーとか孤児院の重さだったんだろうなー…と、何となく感じちゃいました。ダンゾウはある意味、冷静に「命の重さ」を図ってたのかも知れないな…と、僕にはとっても出来ない芸当だけど、ダンゾウの「立場」とか「役割」とはそれを考える必要があるのね。

ぶっちゃけ、『NARUTO -ナルト-』の登場人物って多かれ少なかれ「殺し」をしています。イタチだってカカシだって「任務」というオブラートに包んで人の命を奪ってるんです。カカシなんて千鳥で「白」の心臓を貫いたし、暗部としてブイブイ言わせてた頃には血で血を洗う日々を送ってた筈なんです。イタチなんか一族全員を、剰え、父と母を…もしかしたら殺めちゃったのかも…知れないんです。一人殺すか?大勢を殺すか?その程度の違いを容姿とか態度とか…臭い?で、それこそ「好き」か「嫌い」で、ダンゾウは悪くてイタチは良い…みたいに、僕は感じていたんではないかと思うんです。そこからすると、大蛇丸はいろんな意味でブレない人だったのかも知れません(汗)。

ま…そんな風に反省しながら、それでも筆が進まず、TVドラマなんかを観ていました(笑)。ちなみに、今クールは良作の大豊作期でして、HDが常にパンパン(容量チッチャ!!)です(笑)。中でも一番のお気に入りがフジ(CX)の火曜日九時の「リーガル・ハイ」でして、音痴でドジで天然だけど、可愛い黛・新垣(ショートカットが新鮮)に首っ丈でメロメロで毎週楽しみのケルベロス一押しのドラマであります。ザックリ言うと「金になる訴訟だけを取って来い!!正しいかではない!!勝ったものが正義なのだ!!」と公然と言い張る古美門・堺が提案する司法物なんだけど、一見、悪徳弁護士!?みたいな気もしちゃうけれど、どっこい実はそうじゃなくて、結構深いお話なのです。

リーガル・ハイ第四話予告引用:昼寝中の古美門研介(堺雅人)に、黛真知子(新垣結衣)が持ち込んだのは、日照権を巡る訴訟。近くに建設中の高層マンションのために、自宅が日陰になるという主婦、桑田久美子(村井美樹)の訴えだ。相変わらず、黛が持ち込む案件に興味を示さない古美門。そんな時、久美子から町内会で弁護士を立てることになったと黛に断りの連絡が入った。→翌日、黛が事務所に行くと、金になる仕事が入ったと古美門に連れ出される。向かった先は、建設会社。黛には聞き覚えのある会社名。それは、久美子が訴えようとしていた建設会社だった。会社の依頼は、まさしく久美子の町内会から訴えられた工事差し止め請求。町内会が選んだ弁護士が、この手の訴訟のプロで企業から多額の賠償金を勝ち取ることで有名な大貫善三(大和田伸也)だった。そのため、多少の費用はかかっても連勝中の古美門に声がかかったのだ。→黛は久美子の話に親身になっていたため、依頼を引き受ける古美門に文句たらたら。一方、会社側から示談での解決を求められた古美門は、黛を引き連れて住民説明会へ赴く。早速、住民代表の大貫とぶつかり合う古美門。裁判で決着をつけようと言う大貫に、古美門はクライアント無視で応じてしまう。→ところが、翌日すぐに大貫が古美門を訪ねてきて示談に応じると言い出す。信じられない黛。大貫の示談金、一世帯当たり500万円の提示に、古美門は5千円で応酬。古美門と大貫。大物弁護士の示談対決は本番に入る。

正義感……一途に突っ走る黛・新垣を「作り話」で古美門・堺が一揺らししただけで、黛・新垣の「正義」が揺らぐ…そんなシーンがあったんです。僕はふと、それが大蛇丸(古美門)に出会ったカブト(黛)とシンクロしちゃって、その直後の古美門・堺の長セリフに<コロッ>っと落とされてしまいました(笑)。古美門・堺は「感情」に流される黛にしっかりとした「立場」「役割」に根差した「正義とは何か!?」を提案してみせたのです。その時、古美門・堺がダンゾウの弁護をしたらどうなるんだろう…。もしかしたら、孤児院やマザー、それとカブトが敗訴しちゃうんじゃないのかな…と、あらぬ想像をして<ワジワジ>しとりました(笑)。

以下、耳コピー参照。

「君が”正義”とかぬかしてるものは
上から目線の同情に過ぎない
その都度…
目の前の可哀想な人間を哀れんでいるだけだ」(古美門・堺)

「でも…だったら…
それを否定したら”正義”は何処に在るんですか?」(黛・新垣)

神でもない我々にそんな事解る筈もない!!
”正義”は特撮ヒーローものと
少年ジャンプの中にしかないものと思え!!

自らの依頼人の利益の為だけに全力を尽くして戦う!!
我々弁護士に出来るのはそれだけであり
それ以上の事をするべきでもない!!

分かったかァ!!……朝ドラ!!」(古美門・堺)

「…もし桑田久美子が君のアドバイスに従い
私のやって来た事が水の泡となった時…
その時は…その弁護士バッジを外せ!!」(古美門・堺)

ざっくり説明すると、日照権の訴訟で、たまたま黛・新垣の心に引っ掛かった桑田に対する、ある種、独善的に溢れた「感情」を、古美門・堺は<バッサリ>と断ち切った訳です。そもそも黛・新垣は「弱者」を救う為に弁護士になったのです。その一途さを、僕は気持ち良く味わっているし、それがキャラとしての黛であり、愛される部分なんだと思うんですね。凄くピュアで素晴らしいと感じています。でも、その所為で見えなくなっているモノもあるのだと、古美門・堺は気を吐く訳。その切れ味が、まるで大蛇丸の振るう「草薙の太刀」のようで…。古美門・堺の淀みない長セリフに何をか感じ、黛・新垣は一つ階段を登る…そんな風に見えたシーンでありました。

「悪徳企業をのさばらせるのか?!
………いいですか!?皆さん!!
この国の諸悪の根源は政治家とゼネコンだ!!
奴らに血反吐を吐かせるんだ!!」(人権派弁護士・大和田)

「そんな事して何になるんだ!?」(町内会長)

「社会正義だ!!」(人権派弁護士・大和田)

「それはアンタの自己満足だろ!?」(町内会長)

「リーガル・ハイ」とは法廷闘争物で、古美門に言わせたら「正義」ではなく「勝ち負け」を描いてるんですね。結局、第四話も無敗・古美門が勝っちゃうんだけど、敵になった人権派弁護士・大和田と原告代表(町内会長)が口論になるんです。この時の人権派弁護士・大和田と黛・新垣はドンピで重なってて、大和田を完膚なきまでに叩きのめす事で、故美門・堺は黛・新垣を教え導く…という実に深いお話だったのです。黛・新垣は「自己満足」でクライアントと関わってたんだと気付かされる事になる。何をして「正義」と言うのか?それは、人それぞれ違うのだと、古美門・堺は終始一貫しています。その為に、故美門は「無敗」を貫いている。それが彼の「正義」とでも言わんとするかのように…。

六道仙人は世界にパズルを鏤めてお隠れになった…それが『NARUTO -ナルト-』の全ての始まりなんですが、彼が存命した世界において、恐らく六道仙人こそが「絶対的な存在」であり、六道仙人こそが「正義」だったのだろう…と、僕は思います。しかし、それが無くなり世界のバランスが崩れる…。それが兄と弟の諍いでありまして、結局、世界は「新しい価値観」を求めて胎動しているのだろう…と、僕は考えています。六道仙人は「絶対」として存在した事で「安寧秩序」を実現していたのだけれど、それを善しとしなかったから、延命せず逝かれたのだと思います。そして、兄と弟を「うちはの石碑」「予言」によって交錯させ、「絶対(的な存在)」に頼らない世界を捜させようとしているのではないのか!?

僕は古美門・堺の言葉責めに一瞬、六道仙人が願った未来を感じた気が致しました。恣意的にではありますが、兄と弟が絡み合う「陰陽」の様相が世界にきっと新たなる「価値観」を齎してくれるんではないか?!それを願って六道仙人は自分の全てをバラバラにしたのだろう…と、僕は思います。それはやはり「考えろ!!」という痛烈なメッセージでありましょう。それは偏に「成長」を願った「親心」なのだと、僕は訴え続ける覚悟ですが、じゃ…「新たな価値観」って何なんだよ!?となると思います。「正義」って何なんだよ!!←「少年ジャンプの中にしかないものと思え!!」←少年ジャンプの中にあるって…(笑)が妙に引っ掛かって何度もこの部分を再生して見返しましたっけ。

「…尾獣と一緒に居ることが
不幸せだと勝手に思い込むんじゃねーよ…」(ナルト)

第564話「誰でもない男」(ナルト!!よくぞ言った編)で、ナルトはそう言いましたよね。僕はmjd「ナルト!!よく言ったぞ」と思いましたもの。それを「今」思い出して、兄が酷い人生を背負わされ「うちはの石碑」でミスリード(?)されて「可哀想」と思ったのも、もしかして兄様に「兄で居るのを不幸だと思い込むな」と叱られる!?と不安になりました。そう言えばイタチ兄さんは不平や不満を微塵も口にしませんでしたね。それってちっぽけな「自分」から見えるちっさな「価値観」に左右されてるんだと思うんです。六道仙人は「そうじゃなくって…」と草葉の陰で思ってるわーッ(笑)。もう「善悪」とかない罠。かと言って、ただ殺し合うだけ…ってのも何だか違う気がしている…。

基本的に「相対的な価値観」というものは人を不幸にすると、僕は思う人なんです。「自分」の中の「絶対」が肝心で、だからこそ「独善的なケルベロス」というものが構築されたんですが、「相対」「相対」が擦れ合って、その中で「合意」(コンセンサス)が得られる方向へと物語は転がって行くんじゃないでしょうか。やはり、その中心にはナルトが居て、人を誑(たら)し、尾獣を誑(たら)し、絆が絆を縒れ合わせ大きな「渦」に成ると!!やっぱサスケはボッチの異端児なのか?!可哀想に!!と思うなかれ!!例の「万華鏡写輪眼が三人に…」(イタチ)は、違うやり方で「価値観」を齎す…のかも知れません。「うちはの石碑」にゃ…それくらいのネタが書かれててもおかしくはないのです。

取り敢えず、「正解」は無いんだろうと思います。何が正しくて何が間違ってるとか、誰が幸福で誰が不幸とか…探るのは最早、意味を持たないでしょう。かと言って、それで「自分」がみえなくなる…カブト…もちょっとな…と思います。僕はイタチが教えてくれた通り…自分が出来る事をやろうと思います。僕に出来ることと言えば「相方の散歩」「書く事」くらいなので…一生懸命、書いて行こうと思います。それで僕は皆さんと繋がれるのだ。ホントに「強い」ってのがより多く人を殺せる事でもなく、誰よりも幻術が上手いとか、チャクラ量が多いって事では無い事くらい、薄々勘付いてると思います。物語の落とし所を僕らは今か今かと待ってる…大きな口を開けて待つ「雛鳥」なのだ!!

キッ神が毎週セッセと描く「親鳥」みたいな……。

僕が僕である為に…(120514) | BLOG TOP | 第584話「薬師カブト」

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。