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第585話「ボクがボクであるために」②

 
<バッ><バッ>(カブト)

「奴を殺したら本当にダメなのか?
全て後手に回るぞ!」(サスケ)

「それはダメだと言ったハズだ!
今は奴が戦場を仕切ってる…耐えろ」(穢・イタチ)

「イザナミはまだなのか!?
仕掛けて来る気だぞ!」(イタチ)

「………
こちらも仕掛けてる…
…だがもう少し時間がかかる」(穢・イタチ)

僕としてはカブトの振り返りとはイタチの術中…つまりイザナミの支配下でカブトが「過去」を悔恨し「今」を清算するみたいな流れで自己崩壊していくんだろうなー…と高を括っておりました(汗)。しかし、イタチが「もう少し時間がかかる」と申されておりますので、カブトが自前で自らの陰惨な過去を思い起し、如何にして大蛇丸と出会い、パッチワークの手法を深めてったかを…聞かれもしないのに…淡々と語っていたようです(笑)。これは、もう僕の中では「泣き売り」「バナナの叩き売り」に近いです(笑)。カブトの可哀想さが響かない…と言うか、究極的には「甘えてんなよ!!」で片付いてしまうんではないかと、僕は思います。多分、死んだ婆ちゃんが聞いたらグーパンでカブトを潰します(笑)。

<ズズ…>(カブト)

「大蛇丸様はこう言ったよ」(カブト)

(左近・双魔の術!!)(カブト)

<ズズズ…>(カブト)

(次郎坊・土遁土陸返し!!)<ダン><ダン>(カブト)

「自分が何者か知りたければ―
この世のあらゆるものと情報…
それらを集めつくしさえすれば
いいってね!」<ガコ>(カブト)

問題はどん底に沈んだ(と自分で思い込んでしまった)カブトに刷り込まれた大蛇丸の「アイデンティティ論」にあるのは明白でしょう。何で「この世のあらゆるものと情報」を集めたら「自分」が解るんでしょうか?世界に「自分」とドンピで重なる存在が在るという事なのでしょうか?ここ、全くイミフで理解できません。僕はこの世界に「自分」は一人しかいないと思っています。そうじゃなきゃやってらんない!!と思う質の子というのもあるけど、SMAPの歌にもあるけど「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン♪」というのがあってですね…(笑)。誰かと比べるんではなくて「自分」「自分」でいいじゃん!!と、僕はフツーに思うんですが、変ですか?(笑)

僕が「相対的な価値観」は人を不幸にする…と書いたのを覚えてる人は居るでしょうか?あれって、例えばマイクロソフトのビルゲイツ(めっちゃ大富豪)であっても、もっしかしたら「もっとお金が欲しい!!」とか、「オレって不幸やわーッ」と思ってるかも知んない…思ってたらどうすんの!?っちゅー話ですよ。僕はめちゃめちゃ良い家の子でもないし、めっちゃ稼いでブイブイも言わせてません(汗)。ポルシェを転がしてもいませんし、アークヒルズの摩天楼から地上を眺めて悦に入る成功者でもない。でも不幸じゃないよなー…いやいや…寧ろ幸せ…すっごい幸せだよなーと感謝して日々過ごしております。それが僕の「情弱さ」故の思い違いだったらゴメンナサイなんだけど、幸せなんだから仕方ない!!

幸せって「自分」が感じるものなんだから、「自分」じゃない誰かと比べても物差し(スケール)が違います。誰かと比べるって、物事を相対的に評価するって事だと思うんです。しかし、自分と全くスケールの違う対象との評価をどう受けとめると言うのでしょう。ってか、そんなの無意味だよな…と、僕はフツーに考えてるんです。誰かと比べて競い合って勝ち負け感じて何になるのか?逆に訊きたい気持ちで一杯。多分、それがカブトに感じてる拒否感なんじゃないのかなー…と何となく考えています。そして、こんなカブトにしちゃったのは大蛇丸…なのね。だから、カブトは「自分」を得んが為にイタチやサスケを求めるんだけど、リアルの僕らからしたら、それこそリアリティがない。

ここかなり重要だと思います。ナル×ジャン的に…黒く…黒くなるならば、龍地洞の白蛇仙人→大蛇丸予言の負託があって…となるんだけど、面倒臭いので割愛。取り敢えず、大蛇丸がカブトをミスリードして、世界中から情報や能力を集めさせたのかな…。でも、大蛇丸はサスケに殺されて(ホント言うと情報化された大蛇丸は何処かに保存されていて虎視眈々と窺ってると、僕は思ってるんですけど…)カブトの暴走(=カブチ丸化)が始まった…そんなところかと。カブトが何故、こんなバケモノ(キメラ)に成れたか?っていうところにキッ神が訴えたい問題が横たわってるんじゃないか?しかし、いろんな意味で「親心」を絞り出して黙る事に致します。僕はカブトの「出オチ感」が不憫でなりません(笑)。

ま…話がアレな方向に走ったので戻しましょう。カブトが放つ「左近・双魔の術」。これって、音の五人衆の左近の「双魔の攻」という血継限界の能力(互いの肉体を分離・結合させ、結合中に主体でない方の手足を出して戦闘を行う)ですよね。それを土台に音の五人衆の能力を呼び出してカブトは使い始めます。一瞬、穢土転生の応用かな?と疑いましたが、それだと戦場で封印されたコマが呼べないので、純粋に各個体の組成を術式化(陰遁)しておいて、それを解いて双魔の術で呼び出した左近の肉体の構成を買い替えてるんだと思います。帯び出された音の五人衆が生き生きとしてないのは単なる細胞の塊だからでしょう。魂が降りてない…というか、面白味が感じられない(汗)。

カブトは明らかに陰陽遁を使ってますな。カブトには輪廻眼がないので「なんちゃって」だろうけど、予め用意した陰遁柱間の細胞(白蛇)を用いた陽遁で生み出した生命力で走らせる…プログラム(陰遁)をアウトプットする為の動力(陽遁)みたいな感じですかね。これに似た忍術が綱手の「忍法・創造再生」でありまして、「陰封印・解」とセットになってるところがポイントだと思います。カブトとしてはこんな風に他者の能力を奪い、自分のモノとして使う事ができるんだからやらなきゃ損!!みたいなイジマシイ考え方をしてるんだと思います。カブトがサスケを欲するのは「永遠の万華鏡写輪眼」を持つからでしょう。これこそレアアイテム。カブトの体に移植すれば輪廻眼の出来上がりです。

カブトは神・六道の力を目指してる訳だ…。

あまり面白くないけど続きます(笑)。


  

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