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カブトが真に求めるモノ(ep586補足②)

 
「カブト…お前…

私を止めたいなら……


サスケくんを殺すしかないわよ…」(大蛇丸)

「!!」(カブト)

「お前じゃ私を殺せないでしょ…
強いといっても…
カカシと同じ程度じゃねェ…」
(大蛇丸)

<ゴク>(カブト)

カブトがイタチのイザナギが生み出す夢幻回廊をグルグル廻ってる頃、僕の心も第一部の中忍試験…単行本をペラペラと捲り…木ノ葉崩しの直前をウロウロとしとりました(第10巻/129-130頁)。大蛇丸が堂々と中忍試験に潜り込み、平和ボケした木ノ葉隠れを憂う中、大蛇丸に傅(かしず)くカブトが立ち昇らせる陽炎…と申しますか、静かな熱気が光を微妙に曲げるような不思議な感覚を、僕はもう一度思い出していました。大蛇丸カブトの真意を量りかねるような描写がこの後に続いていまして、カブトが求めるのは大蛇丸なのか?はたまたサスケなのか?あの頃、僕は迷ってたな…と、今も大蛇丸とカブトが密会する木ノ葉隠れの回廊で迷っているようです。

カブトは大蛇丸の命(めい)を受けてサスケを浚(さら)いに行くんですよね。そこでカカシに邪魔され、サスケを連れ出せず、殺す事も出来なかった。でも、それで良かった!!と言いたげにカカシに自分の顔を曝し逃げ仰すのです。確かにサスケの喉元に医療班の特殊なクナイを突き立ててカカシを脅すんですが、手を下さず。カカシが邪魔したかに見えますが、カブトは余力を大いに残しておりまして、その余裕がカカシに危機感を抱かせ、カカシは片手で崖を昇る例の修行に出る…んでしたっけ(ウロ)。そう言えば…「カブト=カカシ」強さの指標として、この行が引っぱり出されてましたね。当然、それより大蛇丸が上で、その上が…そうです!!木ノ葉崩し集結直後の例の描写に繋がります。

「私を慰めるような台詞は止めなさい…
殺すわよ…」(大蛇丸)

「………」(カブト)

「…もちろん
そのようなつもりはありません…
確かに里は落とませんでしたが……
この計画のもう一つの目的は
うちはサスケ…

彼にはアナタの首輪がつけられた…」(カブト)


「………
ククク…

この腕と
私の全ての術と引き換えにね…」
(大蛇丸)

「………」(カブト)

「そもそも
あのうちはイタチを
手に入れることができれば
問題はなかった……

しかし
それはもはや叶わぬ夢…」(大蛇丸)

「彼は私以上に強い…」(大蛇丸)

木ノ葉崩し…大蛇丸は三代目火影・猿飛ヒルゼンの屍鬼封尽で両腕を奪われます(第16巻/94-95頁)。大蛇丸の魂全てを死神に喰らわせる事は叶わず、ヒルゼンは辛うじて大蛇丸の両腕を切り取って果てております。忍者にとって「両腕」とは、即ち「印」であり、それを奪うという事は「術」を発動できない…結果、大蛇丸「印」を組む必要のある術の発動が出来なくなってしまった…これでもう悪さは出来ないだろう…愛弟子(まなでし)の大蛇丸を殺さないで済んで良かったな…草薙の太刀で串刺しにされ、壮絶な最期を遂げたヒルゼンでしたが、笑顔だったのはヒルゼンが大蛇丸まで奪わずに済んだ安堵であったと、僕は考えておりますが、その代わり深い深い呪いが大蛇丸の枷として残った訳です。

ヒルゼンの呪いに苦しみながら、うちはイタチを想う大蛇丸。カブトを殺しかねない勢いで威嚇しながら、大蛇丸はうちはイタチを諦めねばならない理由を明かします。「イタチ>大蛇丸」…ま、これも表面的な強さの指標ではありましたが、大蛇丸がイタチを放棄しサスケに照準を合わた経緯をカブトに説明するのです。この時、大蛇丸のアジトの傍らに「空」の指輪をした腕が描かれていて、何だろう!?とは思ったものの物語が(当時は)ダイナミックかつスピーディーで、この直後、キレーなイタチ兄さんが鬼鮫と団子屋で三色団子食べて、そのまま木ノ葉隠れで白昼堂々と暴れ回るもんで、さして気にも止めずにスルーしておりましたが、第二部のサスケの再登場でこの伏線が見事に回収されましたっけ。

「まさか…この私が…
金縛りの幻術に…」
(大蛇丸)

「何という瞳力…
素晴らしい…」
(大蛇丸)

大蛇丸不死転生の結界空間で逆にサスケに喰われる事になるんですが、その時、サスケの写輪眼の「魔幻・枷杭の術」に、大蛇丸はイタチに腕をぶった切られた記憶を思い起すのです(第38巻/108頁)。大蛇丸”暁”を抜けた…のは、この直後だと思われます。そして、この時落とされた腕を後生大事に実験室に飾っていたんです。それがヒルゼンの呪いに苦しむ大蛇丸と共に描写されていたんですね。恐らく大蛇丸の医療忍術があれば、メチャクチャ簡単に繋がったと思いますが、それをせず腐らない様に処理(ホルマリン漬けですらなかった)までしてオブジェに代える辺り、大蛇丸のプライドが上手く描かれていたな…と、何年か越しに回収された伏線に唸ったのを覚えています。

大蛇丸はかつてイタチに完敗していた訳です。それで、ホントはイタチが欲しいんだけど、仕方ないからまだ子供のサスケで我慢しておこう…と考えていたのです。それでサスケを弟子にして「自分色」に染め上げた気持ちでいた…。しかし、かなり呆気なく、飼い犬に手を噛まれるようにサスケに殺されてしまいます。そして、カブトはその残骸を集めて音隠れの人体実験施設の濾過器にかけ、容器に満ちた「能力と情報のエキス」を取り込みます。未だに僕は大蛇丸の死に関しては猜疑心が拭えずにおります。しかし「大蛇丸の死」というものがあって、龍地洞・仙人モードに至るカブトが形成されるので、全否定する訳にも行かなくなっています。兎に角、大蛇丸はイタチにもサスケにも痛い目にあったのね。

一面的、表面的な「強さの指標」で論ずるならば、(イタチの「病魔」に関しては何の病気だとか、全く提示はありませんが)もしも病気じゃなかったら…の条件は付きますが、それ言うならサスケに切り刻まれた大蛇丸もそうなんで、うちはイタチが第一部の時点で「忍界最強」で良かったのかな…と、僕は考えています。血継淘汰とか五影もタイマンだったらイタチが上だと思います…と、少なくとも大蛇丸は考えてたと思います。大蛇丸はイタチの才能とか能力が欲しくて欲しくて堪らんかったと思うんです。それがサスケを手に入れる欲求へと昇華し、大蛇丸を突き動かしている…。カブトは大蛇丸の気持ちの変化も含めて、誰よりも間近にそれら一部始終を観ていた証人なのです。

「サスケ……
サスケくんはまだなの?」
(大蛇丸)

(時間切れ…もう限界だ)(カブト)

「大蛇丸様…
体ならいくつも用意してあります
それに…

…何なら私でも」(カブト)

「…サスケくんじゃなきゃダメなのよ…
どれだけ待ったと思ってるの…」
(大蛇丸)

サスケ奪還編の中盤。大蛇丸はサスケの到着を待ち切れず、カブトが用意した転生の依憑(よりわら)で命を繋ぐ事になります(第22巻/162頁)。カブトは大蛇丸を病状を鑑み、大蛇丸を説き伏せます。同時にカブトを依憑として転生する提案をしますが、大蛇丸に却下されています。大蛇丸は両腕の痛みに我を忘れたのか…余りにもゾンザイにカブトの好意を無碍(むげ)にするんですが、カブトは切れずに大蛇丸への忠誠を翻(ひるがえ)す事はありませんでした。それは、病床の君麻呂を焚き付けて一仕事させる算段に見て取れます。カブトが捕虜の猛者共を殺し合わせたのが、カブトの鬱憤ばらしだったのかも知れません。そんな事しなくても「強さ」の見立てはいくらでも出来たと思いますもの。

大蛇丸が時を焦るのは不死転生の術「3年」の縛りがあったからなんですが、きっと3年も経ってしまったら、サスケもイタチみたいに強くなって乗っ取れなくなってしまう…多分、自分より弱くないと乗っ取れない制限があったのかな?その意味で大蛇丸不死転生の術は不完全な術で、大蛇丸のパーソナリティが依憑に加わって強くなる…そんな大蛇丸の意地みたいなものが見えて来ます。基本、大蛇丸「強さ」よりも「永遠の生命」への執着が強くて、同時に「美しさ」にも固執していました。だから、より若く美しい肉体に白蛇で潜り込む方法を選択していまして、カブトが自分の身体にありとあらゆる「能力と情報」を取り込む形式と意を異にしていますね。

その意味で、カブトは「永遠の生命」より「強さ」に執着していたのかも知れません。それは何でかと申しますと、きっとカブトは大蛇丸に選ばれたかったのだと思います。カブトは大蛇丸「お前が欲しい」と言われたかったのです。その想いに期待した大蛇丸に第一部の中忍試験の最中に「サスケくんを殺すしかないわよ…お前じゃ私を殺せないでしょ…」と言わせたんではないでしょうか。あの頃からズーッと、カブトは大蛇丸に選ばれたいと思ってたんです。大蛇丸はイタチが欲しくて仕方ない人で、到底自分じゃそれには及ばない。だから、いろんなモノを取り込んで強くなる必要があった…。そして、大蛇丸の残骸は「力」を取り込む為に必要だったんです。実際、そういう風に大蛇丸(の能力)をカブトは運用していますし…。

「イタチの生き様があって
生き残りの今の君が形成された

ボクはまだ死んでいないだけで
君(=サスケ)と同じものが形成された
」(カブト)

「ボク以上に君を理解できている者は他にいない
だから今度はボクが兄として君の側に居よう
…さあ一緒に」(カブト)

それですね…ここでやっと第581話「それぞれの木ノ葉」のカブトのサスケへの理解と、あまりにも唐突な「兄宣言」に繋がる訳です。カブトはサスケを取り込もうとしているんです。死んだイタチは穢土転生のコマとしてしか使えないからです。それよりも生きたうちはの若い肉体で、永遠の万華鏡写輪眼を持ったサスケが手の内にあれば、柱間の細胞を土台にして拵えた「仙人の肉体」と合わされば「輪廻眼」が手に入ります。そうなれば、凡夫たるカブトであっても、「うちはイタチ」に匹敵できる「最強」になれるんではないか?!と、カブトは計算しているのです。ぶっちゃけると、カブトは「うちはイタチ」に成りたい訳です。イタチが説教するように「大蛇丸」に成りたい訳じゃないのです。

だって、大蛇丸の能力は既に取り込んでるんですから!!大蛇丸が成し得なかった(とカブトが言ってる…)仙人モードだってカブトは手中に収めたのです。それでも、「まだ足りない!!」というのは、カブトが「うちはイタチ」ではないからだと、僕は思います。ありとあらゆる「能力」「情報」…それらを集結した「最強」が、大蛇丸にとっては「うちはイタチ」であった訳です。それを誰よりも一番間近でカブトは見て来ました。だから、こんなに必死になってサスケを狙うのです。それで異形になりながら「能力」「情報」を掻き集め「最強」を、カブトは求めるのです。それは大蛇丸に選ばれたい一心。ならばその先に、「大蛇丸の再誕」をカブトは隠してると思えてならないのです

「言ったハズだ…
お前の運命はオレが握っていると」(穢・イタチ)

「うちはイタチー!!」(カブト)

第586話「イザナミ発動」の最後…カブトは叫びます。それは大蛇丸が心から欲しがった「うちはイタチ」の名でありました。カブトに「イタチの説法」が全く染み込まないのは、大蛇丸という絶対的な存在がカブトの中に在るからだと僕は思います。「己を許し本当の自分を認める者…それこそが本当の強者だ!!」とイタチは言いますが、それはイタチだから言える事で、イタチじゃないカブトが言っても何の意味も成さないのだと、カブトは思っているのでしょう。だから、「負け犬が!!ホザくな!!」と毒づく(笑)。そんなのカブトにだって既に解ってるのかも知れない。でも止まらない…のは、カブトが真に求めるモノが「強さ」とか「力」ではなく、「大蛇丸の心」だからじゃないだろうか…。

カブトは大蛇丸されたかった…だけなんだよ………。

一応…続きます。


 

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