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銀の匙(ep586補足③)

 
エーッと、一気に書いちゃえば良かったんだけど…(汗)、サスケの事についてなんです。カブトは大蛇丸を愛していた…大蛇丸に愛されたかった…でFAでヨカと思うんです。大蛇丸が心から望んだ「うちはイタチ」…その骸である穢土転生の…ましてや自分の術で呼び出したコマに嫉妬しちゃうなんて…どんだけイタチに憧れてるんだよカブト(笑)。大蛇丸が欲しかったイタチに匹敵する存在になりたい…カブトが自分に「能力」を盛るのは、イタチの人間性とか経験値の高さ…つまり「訳知り」な部分をカブトが相当高く評価してるからで、「強さ」というものが単なる「力」(ベクトル)に依存するモノではなく、それを操るインテリジェンスに左右されるとインテリ・カブトは知ってた訳ね(笑)。

カブトはイタチに成り代われる存在へと昇華し、それでもって大蛇丸に選択される事を目指していた…。大蛇丸に「お前が欲しい」と言われたかった。そうなれば、情報生命体として「肉体」の拘束を解いていた大蛇丸なれば、カブトはこの世に大蛇丸を再構築する方法を持っていたのではないかと、僕は考える訳です。大蛇丸を再度、この世に呼び出す手段があったからこそ、カブトは頑張ってるんだと思います。だから、カブトは大蛇丸になろうとしてるんじゃなくて、大蛇丸に選ばれるような存在になりたいんだと思ってる筈なんです。その意味で、イタチの指摘は的外れであり、カブトのイタチに対する過大な評価に対して「皮カムリだ」…違う…「買いかぶりだ」と言うのはそう言う事ね。

カブトは「イタチみたいになりたい!!」…もっと言うと「イタチになりたい!!」と思ってたんだと、僕は思います。しかし、それがお腹から白蛇を生やして異形に成り果ててまでも、イタチの「力量」に比肩する為に及ばない「力」を、パッチワークによって得た「量」で補おうとした、持てる者と持たざる者の差を否応無しに感じさせるリアルに近い不公平さに、少しばかりカブトを「擁護」したい気持ちに、僕は駆られた。その気持ちを何とかして伝えたいと思ったまでです。そして、そのカブトがサスケに示す「興味」とは、表面的には永遠の万華鏡写輪眼であり、それを得た後、輪廻眼を得る確証みたいなものがカブトにはあって、つまりは「六道」になれる算段がカブトにはあったんでしょう。

そこまでして、カブトはイタチに肩を並べたかった…サスケの兄になりたい発言はそれでありまして、カブトが自分をサスケと同じと表現するのは、イタチ越しに「ホントに欲しいモノ」を感じていた者同士の共有感を訴えてる訳です。サスケはイタチスキーのブラコンだと、僕もよく書いてましたし、世間一般でも「定説」みたいになってますでしょ。BLでも、そういう受け取り方をした方が描き易いのは確かです。でも、サスケはイタチ越しにフガクを感じてた人だと思うんです。フガクに寵愛されるイタチを見て、イタチみたいになりたいと思ってたと、僕は思うんです。その意味で、サスケはカブトに非常に似てる訳です。カブトが示す親近感が非常にしっくり来ます。

でも、サスケはイタチに成ろうとした訳ではなく、イタチを超えようとする者でもありました。イタチの死を受けて即座にイタチの眼を移植する事を拒否したのは、その気持ちの現れであると思います。サスケが「一番大切な友」を殺さなかったのも、イタチの示唆の通り動いていたのでは決してイタチを超える事は叶わないとする賢明な判断だったように思います。それをポテンシャルを予め補償された者の余裕とするか、いつ死んでも構わないとする刹那主義ととるかは自由ですが、サスケの示す上品さとは持てる者の特権だよな…カブトとはスタートラインが違うんだよな…と、同情を禁じえません。この辺、人生の不公平さ飲み込めないと納得できないと思います。でも、でも、不公平なのが人生だから<キリッ>。

カブトのサスケへの擦り寄り方とは、明らかに卑屈であり、イタチに示す「羨望」もカブトの不幸自慢に代表される自己差別ともとれる…ぶっちゃけ「諦め」なんだと思える行動様式と言えるでしょう。でも、その親近感は結果的には狂っていなくて、サスケはフガクに選ばれたいが為にイタチを目指した人格形成があり、ある種、カブトと同種の卑屈さを漂わせる少年であったと言えるでしょう。しかし、それがカブトのようなキメラ=異形に発展しなかったのは、サスケが「うちは」だったからでしょう。もしかしたら…イタチの発言から、イタチは「うちは」でなかった可能性も微妙にあるんですが、それは「同じうちは」に討たれたい気持ちだったと受け止めて流すとしておきましょう。

しかし、イタチがカブトに羨ましくない筈はない。その恨めしさがカブトの体臭を調味している。しかし、一方でカブトはサスケがイタチを介してフガクを感じていた事実をも知っている。それは自分がイタチを介して大蛇丸を感じていた事実と符合する訳。その意味で、カブトはサスケよ「同じモノ」となる…訳。それがカブトの発する「イタチ観」でもある。果たして、その全てがサスケに届いているかは疑問ですが、サスケは単に兄・イタチが好きなだけの男の子ではありません。イタチを寵愛する父・フガクに、その意識はあるものの、イタチになろうとした訳ではなくて超えようとした…。それは、やはり「持てる者」のガツガツしなさ…というか、サスケがくわえた(カブトにはキツイけど…)「銀の匙」が原因かと…。

なので…サスケはブラコンではなくファザコン

それがナル×ジャンのFA(笑)。

第586話「イザナミ発動」
ナル×ジャン ケルベロス

FA=Final Answer



 

暗くなるまで待って…(120528) | BLOG TOP | カブトが真に求めるモノ(ep586補足②)

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