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第587話「9時になったら」①

 
「このまま少し輪廻(ループ)に掛けて
本来の視覚による幻術に掛けやすくする」(穢・イタチ)

「なら…カブトはその輪廻ってのにハマったってことか?
それがイザナミ

いつ仕掛けた?」(サスケ)

「カブトが最初にオレを
その刀で突き刺した時だ」(穢・イタチ)

(…あの時か…)(サスケ)

「しかしどうやって?
視覚じゃない瞳術とはどういうことだ?」(サスケ)

イザナミは自分と相手…
二人の体の感覚によってハメる瞳術だ」(穢・イタチ)

「…二人の体の感覚?」(サスケ)

「行動の中の任意の一瞬…
その一瞬の己と相手の体の感覚を
一度瞳力で写真のように記憶する

仮にそれをAとする

そして同じ体の感覚を
わざともう一度再現し
その一瞬を同じように瞳力で
写真のように記憶しA'(エーダッシュ)を作る

イザナミはそのAA'を重ね繋げることにより
それまでの二つの間の時の流れを繋げてしまう
つまり無限ループを作る能力だ

もちろん失明することを引き換えにする
イザナギと同じにな」(穢・イタチ)

イザナミの仕込みが第580話「兄弟の時間」の烏分身で既に完了していて、それをイタチは第581話「それぞれの木ノ葉」の終盤で「すでに仕込みは整った」と宣言したんですね。そして、次にカブトが同じ様にイタチの烏分身を草薙の太刀を使って貫くシーンをイタチは虎視眈々と狙っていた…と言うよりは、同じシーンが再現される様に戦いを演出していたんだと思います。連続する戦いの中でカブトと自分が同じ様に関わる瞬間をイタチは作り出したのです。でも、その為に失明する代償が待っているんですが、イタチはカブトが龍地洞との繋がりを明かし、仙人モードを発動した時点でイザナミの発動を決断したのだと思われます。後述がありますが、その決断イザナミの術の成り立ちと大きく関係しております。

確かイザナギ「六道の力」たる陰陽遁を応用した高度な瞳術だったと思います。しかし、イタチは柱間の細胞を移植していない筈なので、イザナミ「六道の力」に頼らないうちは純正陰遁なのだと、僕は考えています。ただ、術の発動が失明のリスクを負うところは同じで、イザナミイザナギも術の大それた効果と引き換えに相応のリスクを背負っているようです。ただ、イタチは死人であり、穢土転生によって召還された仮の命…命と呼んではいけないような存在であるので、リスクがリスクたり得ない状況でして、この術を扱うには相応しくないと、僕は一方で思っています。例えば、イタチが死人でなければ文句はないんですが、やはり術の効果と痛みが釣り合わないのがしっくり来ない。

カブトがこの戦争を有利に進めようと考えたなら、デイダラの穢土転生に、それこそ無限回のC0を発動させれば世界は簡単に焼け野原になったんではないでしょうか。自爆こそ穢土転生の本来の用法なれば、先ずそれを実行するべきだと思える。ま…術の発動に「溜め」が必要なので、そこに付け入られるのを回避した…という考え方もありますが、それは他の穢土転生が連係して防御すればいい。戦場の撹乱という意味でもデイダラの破壊力は有効だったと思います。しかし、C0が使えなかった可能性もある。それはC0がデイダラのコア=生命を燃やす爆発だったからで、穢土転生はそれにあたらない…制限みたいなものが存在するなら、ある種の整合性は保たれます。これだと個人的にしっくり来る。

でも、そうならばイタチのイザナミが発動できるのが面白くない(笑)。ところで、イタチの眼は一度、塵芥に帰した後、再度復活した時には復元されるのか?穢土転生が死すら超えた忍術ならば、それも可能かと思われます。ただ、こんな風に穢土転生を吟味してると、結局、最後は辻褄が合わなくなってお手上げになってしまう。それが、サスケに何をか伝えんと必死に生きる穢土転生のイタチの行いを軽々しく感じさせる…凄く味気ない輪廻(ループ)を形成します。これが高次に発展した忍術の持つ本質的な問題なのかな…と、些かに落ちる(笑)。もしかしたら、キッ神は穢土転生を用いて、それを僕らに伝えんとしてるんではないか?そんな風に薄らと、僕は感じているところです。

生命の危機を感じる為…続き…にさせて…<ゲフォッ>

 

第587話「9時になったら」② | BLOG TOP | 暗くなるまで待って…(120528)

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