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『イチャイチャシリーズ』って何だろう…

 
「にししし…自来也
アンタとの賭け
勝ったわね!
やっぱアンタが丸太行き!」(綱手)

「うるせー
ムネペッタンコの
まな板ツナデがー!!」
(自来也)

自来也の猿飛先生(三代目)の修行時代の描写です(16巻/83頁)。自来也が自分が丸太縛りに遭った腹いせに、綱手に「汚い言葉」(笑)を浴びせかけるのですが…。自来也のアカデミー卒業は6歳。それから猿飛先生に師事したとして、通例の修行のシーケンスからすれば、鈴取りの修行はその取っ掛かり部分。恐らく、入門当初のエピソードだと思います。つまり、6~7歳程度と言う事です。

もっとも、綱手や大蛇丸とはアカデミー(幼い頃)から一緒に居たので、この時点でも充分にお互いを知り得る仲です。しかし、高が6~7歳程度の子供の筈の自来也が、綱手の胸(の膨らみ)を既に意識しちゃってます。これは相当な"おませさん"と言えそうですね(笑)。自来也は、この頃から綱手を「女性」として意識していたんです。「女性」として好きだったから、「汚い言葉」で責めたのです(汗)。

子供だから、直接的な行動(ポッ…^^;)は思い付かないだろうし、勿論、少年誌だし…(汗)。でも、現実問題として(潜在的に)存在する「性衝動」を自来也は「汚い言葉」で昇華させていたんですね。

僕も子供の頃、好きな女の子をいじめて泣かしてしまった事がありました。その子が座ろうとするのを、椅子を引いたりして尻餅をつかせて…泣かしてしまったな。好きなのに虐めるのは、きっとそう言う…未知の行為(笑)と(別の行動との)置き換えなんでしょうね。自来也もませてはいるけど、まだまだ子供だったんですね。

かと思うと、実際に「覘き」なんて高度な「置き換え」もこの頃、経験していたようで、この綱手への「汚い言葉」責めの直ぐ後にあった、猿飛先生との会話の中にありました。鈴取りのペナルティで自来也が丸太に縛り付けられているシーンです。この"お仕置き"で、自来也がハイになってた訳では勿論ありませんので…(笑)。

「オレだって
覗きする時は
すっげー透遁術うまいんだぜ
まだ見つかったことねーもん!」(自来也)

「…ったく…
お前の言う透遁術が
どれほどのものか……
今度はワシもついていく…」(猿飛)

「………!?」(自)

「………」(猿)

「………
猿飛先生のスケベ…」(自)

この自来也の"自信過剰"が将来、一度目の「三途の川巡り」をもたらす事になると、誰が予想できたでしょうか(笑)(16巻/84頁)。猿飛先生もホイホイ一緒に覘き(透遁術の訓練?)に行って、ぶっ飛ばされなくて良かったもんですね(笑)。また、自来也が持つ単眼鏡(望遠鏡)もその必要性から調達したんでしょうが、実際この経験が将来の「情報収集」に結果的に活かされたんだから、人生って判らないもんですね(笑)。

そして、自来也は綱手の入浴を覘いて、それが発覚し、綱手の「バカ力」でぶん殴られて「100メートル」ほど飛ばされています。その時、「アバラ六本と両の腕が骨折。内臓破裂が数カ所(普通だったら死んでますから…)」(33巻/33頁)の瀕死の重傷を負っています(つまり、一撃でなく、何度も何度も打撃を加えた後、渾身の一撃が来た…あの「バカ力」で…)。本人曰く、「死にかけた…」ですから、確実に「三途の川」に片足は突っ込んでたと思います(笑)。

この経験が「イチャイチャ・バイオレンス」を産んだ!!

それは、ただ自来也が綱手にボコられて、死にかけた…だけだからではなく、正気に戻った(恐らく、頭に血が昇った綱手は見境なくなっていた…汗)綱手は、その医療忍術で自来也を看護したんだと思います。自来也は綱手に激しく傷付けられ、その後、同じ綱手に徹底的に癒されたのです。解らない人には解らないと思いますが、これは、「その道」にあっては、究極の「痛み」と「癒し」の最強コンボこそが『至上の喜び』と言われています(笑)←詳しくは「ブラック・ケルベロスの大人部屋」にて………(ウソ)。

ここ、書き足りなかったんで追記しますが…。

僕は初めに「イチャバイありき」だと考えています。自来也が究極に綱手への想いを募らせたのは、やっぱり件の「第一回目の三途の川巡り」だった筈ですから。一気に、「自来也はイチャバイを書き上げた」と思うんでです。ペンが独りでに走るように書き上げたんではないかと、僕には思えます。綱手への想いが迸ったんだと思います。

で…そうしてると、ガキの頃からの想い出がこみ上げて来た。自来也は、この時、『イチャイチャ』のシリーズ化を決めたんではないかと思います。自来也の「イチャバイ」に到る軌跡…と申しますか(汗)。それは、自来也にとっての光り輝くような想い出たちです。いきなり「イチャバイ」に行くのは、流れ的にも美しくないし、自来也はお話のバランスにこだわったんじゃないでしょうか。

それに、自来也の歳の頃も、恐らく18歳を越え、いよいよ本格的な(?)官能小説を読み書きできる年齢にもなっていた事でしょう。自分の「衝動」の本質や実質(笑)にも気付いた年頃でもあるでしょう。ガキの頃から貯めに貯めまくった…自来也の「妄想」が一気に吹き出した…自来也も「黒く」なった。それは「真夜中別の顔」だったんではないかと…想いを募らせるケルベロスです(笑)。

で、『黒く』なってもヨカですか…(黒汗)。

自来也は何故、綱手の攻撃を躱す事ができなかったんでしょうか?変だと思いませんか?対ペイン戦で、自来也の体術のキレを散々、見せられた後だから余計そう思えてしまいます。自来也だったら、綱手の攻撃を瀕死の怪我を負うまで受ける必要はなかった筈です…よね。

綱手は頭に血が昇った状態だったんですよね…きっと。お風呂を覗く奴が居ると気付いた…。<プチンッ>と切れた綱手はそのまま賊を懲らしめに動いたのです。つまり、マッパ(全裸=スッポンポン)だったんです。そして、自来也はその美しき造形に心を奪われた訳です。身動きせずに魅入った筈です。

そして、第一撃。多分「通天脚」(綱手の踵落とし)だった筈です。勿論、全裸の…。自来也が避ける筈ありません。脳天を割られそうになった寸前、「十字受け」(二の腕を交差する最強の受け技)で受けた。その時両腕を骨折した。辛うじて、自来也は頭部の負傷はなかったんです。この時、自来也は綱手の「全て」を見てる筈です。だから、殴られる前から"鼻血"だけは<ドクドク>でた…多分。

第二撃。正拳の多連突き。両腕は使えませんから受けれません。アバラが六本逝きました(笑)。瞬身で逃げれば良いんですが、マッパの綱手にまだ魅入っていますから…。この場を去れる筈なんてありません。そして、極め手の右ストレート。渾身の一撃です。これを腹部に食らい、自来也は飛ぶのでした。勿論、内臓破裂です(汗)。吹っ飛んだのは、自来也の「浮身」(ふしん)もあって、綱手のバカ力を運動エネルギーに変換した訳です。

手を下したのは綱手ですが、結果的に自来也が死ななかったのも、綱手のお陰です。恐らく、完璧な救命救急医療があったのだと思います。ただ、100メートルも吹っ飛ばしていますから、しっかり浴衣を着てから処置した筈です。それも自来也には好都合で、マッパのままだったら、きっと出血が止まらなかった。鼻血だけで出血死してましたから…。何れにせよ、自来也は綱手に救われたのです。

だから、自来也は死の淵に立った割には、この想い出を「甘酸っぱい」と感じているようで、懐かしそうに回想してるシーンもありましたよね。そして、この一件を機に増々、綱手の事が好きになって行ったんじゃないでしょうか?そして、自来也は勇気を出して、コク(告)った…。そして、事も無げにフラれたんだと思います。その痕跡はナルトを帯同した綱手の捜索の折の、久し振りの自来也と綱手の差し向い(18巻/118頁)の描写にしっぽりと残っています。

「しかし…お前
またキレーになったのォ…」


めちゃくちゃ、スケベ面の自来也です(しかも、「キレーになった」と言いながら"胸"しか見てない…汗)。久しぶりに再会した綱手が昔のような美貌を保っていた事。しかも…『巨乳』だった。心理学的な考察はさて置き、この「道」にはいろんなジャンルがあって、少年少女もいつかは、何れかの「カテゴリー」に自分が属する事が判ると思いますが、きっと、自来也は『おっぱいが好き』な人だったんだと思います。

綱手も綱手で、思春期の多感な時期に自来也の「汚い言葉」がトラウマになったのか、恐らくは「豊胸手術」をしたものと、僕は考えています。外見的にも綱手の胸はアンバランスだし、ファッションにしても、その胸を強調するような着こなしだし…。度重なる自来也の言葉や、綱手の胸に注がれる嫌らしい視線が、少しずつ綱手の人生すら捩じ曲げて行ったのかも知れません(笑)。この周辺の綱手の「口調」(言い回し)が微妙にいつもと違うのにも注目してみて下さい。

「……相変わらずだ
…言っておくが
お前だけは願い下げだから


「フン!
ワシだってお前にゃ興味ないよ」
(なんつったって
本当は50代のババアだからの…)(自)

「何だ…」(綱)

「別に…」(自)

強がる自来也ですが、未練タラタラは隠せません(汗)。自来也は、綱手の事が今も大好きなのです。その気持ちは少年の頃から変わりません。死ぬほどぶん殴られても、ケッ飛ばされても、その気持ちは微塵も揺らがなかったのです。そして、綱手の「願い下げ」と言う台詞から、自来也が正式にコクって、キッチリと断られた事実が窺えます(汗)。

「男はフラれて強くなる」

これが自来也がイチャイチャシリーズを書き興すに至る動機になると思います(40巻/144頁)。自来也はナルトと違って、勉強(座学)のできるインテリな面(で、ドスケベだったから「インテリエロ助」になる…笑)があり、特に「文才」があったのだと思います。そして、執念深い性質(粘着質と言っても良いくらい)。自来也は綱手の事を何十年にも渡って想い続けたのですから…。

「よーするに、
そんなことは
笑い話にするくらいの度量がなけりゃ
男は務まらん
ネタにするぐらいじゃないとの」(自来也)

自来也は綱手との想い出(に"濃厚"な妄想を加味して…)を『本』に記したのです。イチャイチャシリーズって『暴露本』だったの?!なんて勘ぐったりもしますが、実際は、自来也の壮大な"計画"に基づいた、緻密で精巧なシナリオだったと、僕は想像しています。それは、自来也の愛の叙事詩であり、決して、綱手を辱めたりするような下世話な内容ではなかった筈です。きっと『恋文』みたいな存在…だった。

ただ、描写に猛烈な妄想が加わったので(笑)、『18禁化』せざるを得なかった(汗)。或いは、内容的に少年少女には理解できない「大人の機微」が描かれていた(自来也が描きたかった)ので、ワザと"R18"に相当するような脚色にしたのかも知れません。意図的に、「敷居」を高くした…と言う事です。この気持ちは何だか解るな…。

『イチャイチャシリーズ』は綱手への"恋文"(ラブレター)だった!

何せ、出版物ですから、相当な文章量と思われますから、『恋文』と言うには余りにも大袈裟過ぎますが…。しかも、カカシも愛読するベストセラーとの事ですから、大勢の目にも触れる文章でもある。極めてプライベートな内容と思える『恋文』を曝す意図も普通は理解できないでしょう。実は、ここに自来也の壮大な『知略』が潜んでいるのです。出版と言う、不必要に回りくどい選択が、「インテリエロ助」らしくて、僕にはしっくり来ます。

これまでに刊行された『イチャイチャシリーズ』は…、

(1)イチャイチャパラダイス(上・中・下)
(2) イチャイチャバイオレンス
(3) イチャイチャタクティクス(最新刊)

以上の三部作です。多分、「イチャイチャパラダイス(イチャパラ)」はアカデミー時代から一人立ち(ブッ飛ばされる前?)するまでの自来也の妄想を克明に記した日記のような内容だったんではないかと、僕は想像しています。「上・中・下」と三部構成の大作ですよね。自来也は「イチャパラ」で、綱手と「こうしたい!」とか、「ああしたい!」と言う希望を実体化させて行ったんでしょう。結果、『18禁』に…(笑)。

そして、「イチャイチャバイオレンス(イチャバイ)」です。件の自来也のお風呂場の覘きと大怪我~治療看護を経て、「告白」に至るダイナミックな描写であったと思います。先にも書いたように、自来也は綱手の「看護」にメロメロになったのです。その前の「死に至るような大怪我」が綱手の「拳」("踵"もあったからね…)によってもたらされた事は横っちょに置いといて…(笑)。そして、「告白」→「失恋」。ここで、自来也は本当に地獄の底に突き落とされたんではないかと、僕は考えています。だから、短い(一部作)…?!

綱手が自来也をぶっ飛ばすのは、自来也が失恋する前でなければなりません。つまり、コク(告)る前です。何故なら、綱手が自来也を"袖"にした上で、死ぬ寸前までの怪我を負わせるほどに、自来也をぶっ飛ばせるとは思えないから…。フッた後だと、綱手も遠慮しただろうし、フラれた綱手の入浴を自来也も覘かなかったと思うんです。

「三忍の命名」があった「山椒魚の半蔵」との一戦の描写で、綱手は自来也に肩を貸しています。この前に半蔵の大技が炸裂して、木の葉で生き残ったのが三忍(自来也・綱手・大蛇丸)で、それが命名の理由にもなるんですが、恐らく自来也は綱手を庇った(大蛇丸は自分を守った)筈です。そんな自来也と綱手ですから、「恋告」を受け容れないのと「嫌い」は同じ意味じゃない事は解ると思います。綱手が自来也をフったのは、この描写のように二人の「距離」が近過ぎただけじゃないかしら…(あと、綱手の"面食い"…ね…汗)。

ここまで来ると、察しの良い人は判ると思うんですが、「イチャパラ」がストーリー展開の基本である『起・承・転・結』で言うところの『起』で、「イチャバイ」が『承』になります。"夢"のような「イチャイチャ天国」(ほとんどが妄想ですけど…)から「失意のどん底」(全てが現実ですけど…)へ、自来也は堕ちて行くのです(笑)。

そして、「イチャイチャタクティクス(イチャタク)」…これが『転』に当ります。綱手とのイチャイチャの妄想天国→暴力と癒し…そして、別れ。その後の「再生」に当る部分です。厳密には、再生に至る『タクティクス』…になりますが(笑)。そして、「イチャタク」の内容は、自来也の「今」(の行動)であると、僕には確信に近い想像があります。

自来也が雨隠れの里に単身潜入する前のエピソードで、綱手と差し迎えで呑んだ「酒酒屋」。あの辺りから、自来也は一般的な『死亡フラグ』ともとれる発言を連発しています。自来也は殊更、自分の「死」を吹聴していたかのようでした。それは当然、綱手も解っていて、その努力は「お前にまで死なれたら…私は…」(40巻/143頁)と言う、綱手の弱気を引き出すに至ります。

綱手と差し向えで呑んだ「酒酒屋」から、自来也の出立までの暇乞いで、自来也はその意外な「ダンディ」っぷりを示していましたが、綱手にもその「潔さ」は十二分に伝わっていましたね。僕らも、自来也って「カッコ良い!!」と思いましたものね。僕なんか。「自来也悪人説」の提唱者でしたから、この時ばかりは、井戸の水を全身に浴びて悔いたい気持ちで一杯でした(笑)。そして、あの殺し文句に繋がるのです。これも自来也のシナリオ通りでした…。

「まあのォ。それに幸せなんてのは男が求めるもんじゃないのォ」

これが、自来也の『タクティクス』(戦略)です!(40巻/144頁)自来也は綱手に最後のラブコールを、僕まで目覚めさせる程の…「めちゃくちゃ良い人」と言う印象と共に、綱手の胸に打ち込んだのです。正しく、これは自来也の「知略」そのものです。案の定、女心をくすぐられまくった綱手は自来也の帰りを待ちわびるまでに焦がれてしまいます。

まんまと、自来也はその優れた頭脳を恋の駆け引きに活かし切ったのです。これまで「押しに押しに押した!」。それが無駄である事を知った上で(綱手はめちゃくちゃ"面食い"だったから…笑)。それでも「押して」一度、コケた。そして、一度、身を引いたのです(綱手の前から消えた→雨隠れへの潜入)。そして、「良い人」の残り香…がムンムン。これまで何十年にも渡って押され続けた反力・反動は確実にあります。そして、ここで「あれっ?!」っと思うのが『女心』と言うものです。

「………カッコつけやがって…
帰って来たら…
そろそろ
カッコつかなくさせてやるかな…」
(綱手)

この、綱手の「心変わり」とも思える言葉に繋がるのです。ちなみに、これは完璧に「落ちた」状態です(笑)。ここまで来たらしめたものです。合コンだったら「お持ち帰り確定!!」です(笑)。そして、これが、「イチャタク」のシナリオなんだと思います。ま、これに18禁の妄想がテンコ盛りの生々しい「描写」は加わりますけどね…(汗)。ここで物語が大きく動いて、盛り上がる。恋が燃え上がるのです。自来也は40年超の歳月を費やして、この壮大なシナリオを練り上げて来たわけです。

そして、『大団円』を迎える…必要がある!

自来也には、イチャイチャシリーズの『結』を書き切る責任があります。それは、「物書き」としての"使命"であります。自来也は数多(あまた)の「死亡フラグ」を吹き飛ばし、木の葉に帰還して、綱手との壮大なラブストーリーであり、綱手に対する熱き想いを認めた「恋文」であるイチャイチャシリーズを完結させる責任があるのです。だから、自来也はどんな事をしても木の葉に帰還しなければならないのです。

逆に、自来也は木の葉に帰って来て、イチャイチャシリーズを完結させる…と言う必然を持っていますから、それが「帰還フラグ」であっても良いと、僕は思っています。めちゃくちゃピンチで、絶体絶命だけど、自来也は木の葉に帰って、やらなきゃならない事があるのです。これで、カカシが意外と文才があって、代筆してイチャイチャを仕上げるなんてのは「無し」で…一つ…何卒…(滝汗)。

ペインとの闘いの中で、自来也は苦戦を強いられ、既に左腕を失っています。大ピンチなんですが…それでも、僕は希望を捨てられません。自来也には生きて帰って貰いたいです。そして、残された右腕で、綱手を<ギューッ>と抱き締めてあげれば良いじゃないですか。

自来也は綱手を幸せにしてあげないといけない。綱手を泣かせるような事があってはいけない。だから、だから、帰って来て下さい!どうか、どうか、死なないでッ!!

そして…自来也様…その右手で……

『イチャイチャファイナル』を、是非とも書き上げて下さい!!



 

『九尾の絵図』 | BLOG TOP | 第380話「その面影…!!」

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