スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「月」(「愛している」と言ってくれ!!)

 
トビの画策する「月の眼計画」って、トビが十尾の人柱力になって月に「大幻術・無限月読」を投影して世界を幻術の夢の中に落とすものなんだけど、イタチのイザナミでも説明されてたけど、うちは・写輪眼の幻術って基本、視覚に訴えるものなんですよね。月読だって眼と眼で通じ合う♪幻術だから、眼を瞑ってたら大丈夫なんですよね。ガイはカカシの足だけ見て闘える様にシミュレーションしてましたよね(笑)。つまり、トビは「月を見ておくれ!!」と思ってるんですよね。何で「月」なのさ!?ってのも在りますが(笑)、おいおい…構ってちゃん炸裂だな…と、どっかの板に現れたら恐らくフルボッコでしょうね(笑)。ま…トビが寂しがり屋さんという事だけは分かった(笑)。

そう言えば、僕は「今夜は月が綺麗ですね」(110912)という記事を上げましたっけ。それは相方と散歩しててホントに「月」キレイで皆さんにそれを伝えたかっただけで、何の気無しのカキカキでした。でも、その周辺で夏目漱石大先生が「今夜は月が綺麗ですね」を”I LOVE YOU"の和訳として紹介してたのを知って「そうか…そういう事か」とサスケみたいに悟っちゃったんです。トビの「月の眼計画」の真相を(笑)。そして、その後に「今夜は月が綺麗ですね」(110922)を書いた…。この時はコメント欄を開けて皆さんとお話しましたね。綺麗な「月」を皆さんと共有しながら、僕らは一つになれた。繋がれた…んだと思えた。それと「月の眼計画」の何処が違うのか…。

キレイ「月」が闇夜に浮かんでいる。仄かな光が柔らかく美しい。頬を撫でる風。キレイだ…。こんな「月」を見る事が出来て幸せだな…。今夜はお酒が旨いだろうな(汗)。その時、僕はナル×ジャンを読んでくれる皆さんに、この「月」を見て頂きたいと純粋に思った。月が綺麗だよ。夜空を見上げてごらん。僕と同じ「月」を君にも見てもらいたいんだ。それを伝えたい相手って「好き」な人でない筈はないでしょうよ。ああ…ケルベロスはアナタが好きなんだ…大切に想ってるんだ。それを”I LOVE YOU”と訳しても良いじゃない。寧ろ、フラットだろうよ。トビもマダラも似たような気持ちだったんだろう。きっとそうだ…彼らだって同じ「心」を持った人間なんだから。

ああ…そうなんだ。「月の眼計画」ってうちは・写輪眼の”I LOVE YOU”なんだよ。「今夜は月が綺麗ですね」とか「私はアナタを愛しています」と言えない兄系が陥りそうな過ちでは…ある。そもそも、うちは一族には「写輪眼」という才能があるから、こんな馬鹿げた計画が企画されるんです。能力が許すから選択肢に上がるんです。そして、それに「うちはの石碑」なんてフィルターが掛かるからうちは・写輪眼の末裔の前途というものは甚だしく暗いCry!!うちはイタチの才能とか可能性は「うちはの石碑」によって制限されてしまったんだと、僕は考えています。イタチは「うちはの石碑」を熟読し、その意味を深く理解し行動していたと思います。その中でイタチは焦燥を募らせたのです。

「一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約
予感や想像の枠
収まりきっていては出来ない」(イタチ)

兄系としての才能と可能性。その対極で釈然としない疑問や苛立ちがイタチには確と存在しました。「シスイ事件」直後にうちは上役がフガク邸に怒鳴り込んだ行のイタチのイミフの台詞を思い出してください(「シスイ事件」虐殺前夜…第六夜参照)。「予感や創造の枠」って、もろ「うちはの石碑」の事なんだと思うんですよ。「うちはの石碑」は当時、うちはの集会場にありまして、写輪眼持ちならある程度解読できたんです。それで「禁術・イザナギ」を使い合うような状況が在ったと思うんです。それって同族で写輪眼を奪い合うって事ですよね。殺し合うって事ですよね。それで万華鏡が開いたら近親者で殺し合う…事になる。でも、それはオカシイよね。間違ってるよね…。

…イタチは「うちはの石碑」に疑問を感じてたんじゃないでしょうか。それと似た雰囲気が自来也にもあって、両肩に二大仙人が融合する自来也の仙人モード然り、出来損ないの弟子の消去然り、大ガマ仙人の「予言」ってどっかオカシクない!?間違ってない!?って、考えて当然だと思うんです。特にイタチと自来也の他者への関わり方ってメチャクチャ似てますから…。数少ない両者の対峙でそれに触れない距離感を保っていた二人の親近感みたいな雰囲気が僕には無視できんとです。ま…お話をイタチ単体に戻すと、イタチは幻術で分かり合おうとは「今」では思わない筈です。現にナルトの目の前で「シスイの万華鏡写輪眼・別天神」を燃やしたじゃないですか。

確かにイタチは「うちはの石碑」を一番深く読み解いたうちはだとは思うんです。そういう品格とか素養が在りましたから。でも、その上でその「枠」にイタチは収まらなかった。収まっちゃいけないと思った。だから、イタチはサスケを残したんだと思うんです。そして、泣きの一回とも言える穢土転生の再会は、今度こそイタチはサスケとの今生の別れを演出しています。カブトを操り穢土転生を解かせたイタチ。浄土にその御霊が呼び戻されようとする…その最中…いたちは「まだ間に合う」とサスケににじり寄る。才能とか能力とかじゃなく、それはイタチの「心」が決断した行動。唯々素直にイタチはサスケに向かう。向かうべきだと僕は思うのだ。で塗り固めるじゃない。すんじゃない。

「今夜は月が綺麗ですね」

そう言えば良いのだよ…イタチ。

「愛している」と言ってくれ!!(続く)


「標」(「愛している」と言ってくれ!!) | BLOG TOP | 「紡」(「愛している」と言ってくれ!!)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。