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第590話「お前をずっと愛してる」①

 
「…………」(サスケ)

「オレは…
お前にいつも許せと嘘をつき
この手でお前をずっと遠ざけてきた…

お前を…巻き込みたくはなかった…

だが今はこう思う…
お前が父と母を
…うちはを変えることが

できたかもしれないと…

オレが初めから
お前とちゃんと向き合い
同じ目線に立って
真実を語り合っていれば…


失敗したオレが
今さらお前に上から多くを語っても
伝わりはしない

だから今度こそ
ほんの少しだけ
<ザッ>

お前はオレのことを
ずっと許さなくていい…」
<スッ>(穢・イタチ)

「!」(サスケ)

<ガッ>

<グイ>

<コッ>


「お前がこれからどうなろうと」(穢・イタチ)

「おれはお前をずっと愛している」(穢・イタチ)

人生とは後悔の連続であります。あの時…こうしていタラ…ああしてレバ…は言っちゃいけないのだけれど、心の何処かでブツブツと呟いてしまいます。人はその命が仕舞うまで、そういう後悔を繰り返す生き物なのでしょう。それはイタチとて例外でなかった…のです。そして、人は自分が積み重ねた後悔を胸に仕舞い逝く…のですが、どっこい禁術・穢土転生「泣きの一回」を許容しました。僕は穢土転生なんて必要ない。って言うか在ってはならないと断固として譲らない人でしたが、今回のイタチとサスケの存在しない邂逅を演出した一点におきましては許しましょう。でも、ホントは死んでしまったらそれでお終い。死んだら生き返れない。少年少女はくれぐれもお間違い無きよう。

死んだらお終いだから、後悔とかやり残しは生きてる内に果たすべきなのです。死んでから穢土転生で呼んで貰うとか、死んでも外道・輪廻天生の術で生きかえるとか、そんな姑息に逃げるから人生が軽薄になってしまうのです。他者の命とか人生を軽々しく感じてしまうのです。そんな人に誰かを慈しみ大切にすることなんて出来ない。うちは写輪眼の禁術・イザナギだって都合良く運命を変えちゃって、そんな何でもアリな人生なんて詰まらなくて仕方ないでしょうに。しかし、そんな下らなくもチートな忍術にその真摯で誠実な生き様を翻弄されたうちはイタチなれば、今回の「泣きの一回」くらいは認めましょうよ…それは人情というものでしょう。ナルトだって随分と狡い造りでしたし(汗)。

そして、僕はイタチの「一言」に多いに期待し、この人生に「タラレバ」後悔の無きよう連日連夜書きなぐって参りました。全ては本来なら、イタチ程の人ならば生前しっかりと成し遂げられた想いなのだけれど、いろんなオトナの事情、里の事情で成し得なかった想いを、「今」…イタチは最期の死力を振り絞り成そうとしている。僕はそれを感じ、こうしちゃいられないと老婆心を燃やしてしまった。同時に僕の脳の深い部分に在る捏造中枢が必要以上に刺激され、必要の無い情報を撒き散らし、それを読まれた皆さんを混乱のドツボに落としてしまった事をお詫びします(笑)。僕はイタチを尊敬し、信頼しています。彼は僕などに決して出来ない事をやり遂げた人だからです。

それが「嘘」「幻術」で塗り固められた人生であろうとも、その根幹には弟・サスケを正しき方向に歩ませようとする「愛」が詰まっていました。しかし、それはサスケが自ら考え「道」を探していく行為…つまり、サスケの「成長」期待しない思い上がりであった事にイタチは死んでから気付く事になる。ホントの意味で、それがイタチの唯一の後悔だったのかも知れません。イタチはそれをサスケに詫びています。素直に自分の非を認め、積極的にイタチがサスケの人生に関与しないと、イタチは(わきま)えるのです。それもまたイタチの成長でありましょう。だから、今度という今度は…「嘘」「幻術」でなく、イタチはイタチの言葉でサスケに語ってくれるのだろう…と、僕は信じていました。

そして、イタチがサスケに与えるその「一言」が、今後のサスケにとって、サスケがサスケの人生を歩む上において如何に大切か?!それを僕は考えて来ました。イタチの残した「道標」「嘘」「幻術」が指し示す孤独へと続く一本道。それは「うちはの石碑」に沿った兄系・うちは一族の「高み」を目指す強化プログラムだった訳で、サスケはもう光を失う事の無い「永遠の万華鏡写輪眼」を開くに至りました。それは独りぼっちになってしまった…イタチがサスケを独りぼっちにしてしまった事への贖罪に他ならなかったのでしょう。そこには一欠片も悪意なんてなく、親が子を愛するように…兄が弟を大切に思う様に…イタチはイタチができる最善をサスケに施したいと願っただけなのです。

イタチの後悔を誰が責められようか!!誰が非難できようか!!イタチは精一杯生きたのだよ。里の為、サスケの為にその命を燃やしたのだよ。イタチの真摯で誠実な「生き様」を笑えるのはイタチだけなのだよ。僕はこの在ってはならない穢土転生に、その禁忌の功罪に「今」…物凄く感謝している。何度でも言うが、忍術の真理だか何だか知らないが、チート設定に翻弄されたイタチなれば、その忍術に一度くらい助けられたってバチは当たらんだろうよ。勿論、イタチはそれを愚痴ったりはしないし、カブトみたいにいじけもしません。そういう心構えや態度がイタチをしっかりと支えているから、この期に及んでちゃんと約束を果たし、僕らの期待に応えられるのだと、僕は思うのです。

そして…イタチは僕の期待に応えてくれた!!イタチはサスケにちゃんと向き合い、同じ目線に立って真実を語り合ってくれた。そして、今度こそ本当の事を、ほんの少しだけどサスケに伝える事が出来た。それは「嘘」でも「幻術」でもない。イタチ自身の言葉なのである。イタチがサスケの為に発した本心なのだ。もう充分だ。「イタチの生き様」はここに報われたのだ。サスケはイタチとの繋がりを確かに「心」に刻んだのです。そして、その「繋がり」こそ、必ずやサスケのこれからの「人生の礎(いしずえ)」になろうと思います。ありがとう!!イタチ。僕は信じていた。アナタが必ずサスケに伝えてくれる事を。サスケに繋がってる人が居ると教えてくれる事を。イタチはサスケに「愛」を教えたんだ。

イタチはサスケに確かに…こうってくれた…。

「お前をずっと愛している」と…。

今週も小刻みに続けます。



 

第590話「お前をずっと愛してる」② | BLOG TOP | 「言」(「愛している」と言ってくれ!!)

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