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第593話「復活の大蛇丸」②

 
「サスケ
君はさ…言ってみれば
大蛇丸の一番お気に入りの
弟子だったわけだろ?

なら君だって…」(水月)

「…水月…お前……」(サスケ)

「…!…何?」(水月)

「大蛇丸をナメすぎだ」(サスケ)

サスケが大蛇丸の復活を確信してるよに、そんな事は水月だってそんなの当たり前のレベル…ってところがポイントかな…と思います。大蛇丸の復活理屈については当該する描写できっちりと解明してみせますので楽しみにしてください。注目すべきは、ここで示されるサスケと水月の温度差といったところでしょうか。水月の口ぶりからすれば、サスケだけでなく水月も大蛇丸にそこそこ気に入られていたような雰囲気が漂っています。そして、何をか察して欲しい…みたく口ごもった水月を<スパッ>と切り捨てるサスケ。サスケは水月が過信してると諌めます。サスケはサスケで大蛇丸をしっかりと評価していまして、水月が思う程、大蛇丸は甘くもないし、辛くもない(話が通じない訳でもない)。

僕がナル×ジャンを初めて直ぐの頃、大蛇丸は優しい人なんだ…と考察したところ、意外だとか、気付かなかった…と評価を頂きました(あの頃はコメ欄とかあったしな…)。どうも…大方の人は大蛇丸はキモくて冷たい人だと感じているようで、僕は逆に意外でありました。大蛇丸ほど情に厚くて優しい人はそういない…僕は優しさとは知性を根にする…と司馬遼太郎大先生に教えを頂いてからズーッとそう思っておりまして、恐らく『NARUTO -ナルト-』に登場する忍でもっとも知性に溢れるのが大蛇丸だと思います。つまり、一番優しい…。シカマルとはまた違った知性で、「記憶力」とか「分析力」ではなくて「理解力」は大蛇丸が上をいってるなーと思います。きっと大蛇丸は「創世記の蛇」なんだろうな…。

大蛇丸への理解については重吾を観察していると良く分かると思います。そこら辺を見逃さず、無口で鈍な重吾の数少ない台詞…「………」でも台詞…に注目してください。これも当該する描写がでたら説明しますね。サスケが水月を諌めるのは、大蛇丸の「理解力」をナメるなという意味なんだろうと思います。大蛇丸は水月が見切れる程度の小物ではない…と、サスケはぶっちゃけ言いたいのでしょう。ちゃんと話せば分かる。理解してくれる。そういう懐の広さがある。サスケは大蛇丸を嫌悪しながらも、一方では大蛇丸を理解しているのです。サスケと水月の「理解力」の差が大蛇丸の是非を別けているんですね。サスケと水月の差異に着目すると大蛇丸がより鮮明に見えると思います。

「…………」(重吾)

「バッバカ!
ぜっぜんナメてなんかいないよ!
むしろその逆だって!

君が大蛇丸を倒せたのは
たまたま奴の両腕が屍鬼封尽で
使いものにならなくなってただけさ!


君の方こそ奴をナメてる!
仮に奴が復活したとしても
おそらく両腕は使えないだろう!

でもだからってヤバイ!
また君の体狙われるよ!

奴がこの戦争を知ったら
乗っからない訳がない!!
奴も木ノ葉を潰したいんだし!

そしたらボクら鷹も
一戦交えなきゃならないじゃないかよ!
いいのォ!?

下克上は成功したんだしィ…
もうボクらの時代なんだって!!」
(水月)

<スッ><スッ>(サスケ)

「今さら大蛇丸なんて誰も見たくないし!
引っ掻き回されたくもないしさァ!!」(水月)

水月が大蛇丸のアジトに幽閉されていて、何で屍鬼封尽(大蛇丸の両手の不具合…木ノ葉崩しでの負傷)を知ってるんでしょうか。水月が直前に吐露したように、大蛇丸は水月にある程度の自由を与えてたんではないでしょうか。それは水月がサスケ程ではないが自分も大蛇丸のそこそこのお気に入り…だと思い込んでしまうくらいに温かい施しが紛れていたんだと思います。大蛇丸はそれだけでなく恐怖も巧妙に鏤めて調味していたのでしょう。恐らく水月が感じたであろう「飴と鞭」は水月の台詞の端々に滲んでおります。サスケはそんな水月を見て、自分を戒める冷静さを持っている訳です。それはサスケの賢さであり、懐の深さなのだと言えるでしょう。それらを織り込むと、僕が常々唱えている「水月のスパイ臭」は極端に薄れますが…(汗)。

ところで屍鬼封尽ですけれど、あれは魂(御霊)を死神に喰わせる封印術なのですよね。それが情報生命体としての大蛇丸にどのように関与するのかを考えてみる事は非常に興味深いです。木ノ葉崩して三代目火影・猿飛ヒルゼンは自分の命と残りのチャクラと引き換えに大蛇丸の両腕だけは死神に喰わせる事が出来ました。忍者にとって両腕とは「印」そのもであり、それは「印」を必要とする大蛇丸の忍術を根刮ぎ奪うという…大蛇丸にとては最悪な痛手であり、ヒルゼンにとっては愛弟子の命までは奪わずに済む最善の結果だった筈です。ヒルゼンが死ぬ間際にも微笑み、大蛇丸を可愛いと思ってた…のが、今でも胸熱でありまして、大蛇丸に痛みだけが伝わらなかった…のは救いみたいじゃないですか。

それが通じるところに、大蛇丸の人となりがある訳で、それをしてヒルゼンの屍鬼封尽があった事に気付けば、今一度、ヒルゼンの死に際の笑顔が胸に染み入ることでしょう。ヒルゼンは大蛇丸だったから命を懸けてまでそうしたということであります。その感じ方がサスケには出来て水月にはできないと線を引けば伝わるかも知れません。大蛇丸は単なるDQNではありません。話が逸れてしまったので戻しますが、ヒルゼンの屍鬼封尽は大蛇丸の魂(御霊)に作用する術であり、それは情報生命体として在り続ける大蛇丸にズーッと影響するであろうと水月は見立ててるという事を覚えておいてください。サスケに殺られた頃も、「今」も…という事です。これは大蛇丸の在り方を非常に上手く表現しています。

何だかとても眠いんだ…で続きます…。

また明日…。


 

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